元の体に戻してみる
「申し訳ありません!殺さないで!許してください!」
モニタールームでドクター・スロットに土下座をして懇願しているのは
キメラワーム管理室で試験管の管理業務についていたぽっちゃり助手Aであった。
両手を後ろに組み、助手Aの前に立つドクター・スロット。
「いいですか?キメラワームは大変危険なものです。
ちゃんと管理しないとあのようになるのですよ!」
右腕を真横にしてモニターを指差すドクター・スロット。
モニターに映っているのは、
キメラ化したフクロウのドグマに取り込まれた職員Bの無残な姿だった。
「殺さないで!許してください!」
「私は優しい男です。本来ならば死刑に値する罪ではありますが
あなたにチャンスをあげましょう」
「本当ですか!ありがとうございます」
「キメラワームに感染するというチャンスを!」
屈強な研究員二人が職員Aを押さえ込む。
助手Aの顔が恐怖でゆがむ。
「やめて!やめてくれ!」
職員Aの前にしゃがみこんだドクター・スロットの手には
キメラワームが入った試験管が。
「すでに助手Bは我々が裁くまでもなく、あのような形で刑が執行されてます。
助手Bがあの状態であなただけお役ごめんでは助手Bもうかばれませんからね」
屈強な研究員二人は助手Aの髪の毛を掴み無理やり顔を上に向ける。
試験管を開け助手Aの口元へ持っていくドクター・スロット。
口を真一文字にしてキメラワームの進入を阻止する助手A。
「馬鹿な男だ。口から摂取した方が痛くないのに」
そういうとドクター・スロットは助手Aの右耳に試験管を持っていく。
試験管の中からモサモサウネウネと出てきたキメラワームは
助手Aの耳の穴から入っていく。
「うがああああああああああ」
痛みで白目を剥き、口から泡を吹く助手Aはその場で気絶してしまった。
「独房へぶち込んでおきなさい」
力が抜け足がだらりとなった助手Aの両脇を抱え、モニター室を出ていく
屈強な研究員二人を見もぜず両手を後ろ手に組んだまま
ドグレッタとドグマが映っているモニターへ体の向きを変えるドクター・スロット。
「さてと・・・なぜあのキメラはドグレッタを襲わない」
温室のいつものベンチにちょこんと座っているドグレッタ。
10メートル先で動かない助手Bの頭を胸の中央につけたキメラ化したドグマ。
ドグマの足元には首から上がなくなった助手Bの体がまだ横たわっている。
時折、助手Bの顔だけがドグレッタの方を向き
「ママ、ベイベェー」
としゃべっている。
短い期間とはいえ、可愛いがっていたフクロウのドグマが
キメラワームでキメラ化し可愛くなくなってしまった。
数日前からドグレッタを盗撮していた変態もみ上げ野郎の顔が加わったことで
気色悪さも増し増しという状態。
また顔だけドグレッタへ向けて
「ママ、ベイベェー」
(何だろう・・・あのもみあげやろうの顔からママと言われると虫唾が走る)
いっそのこと魔法で焼き尽くすか。
(しかし、なぜあのキメラは私を襲ってこない?)
それは単なる偶然であった。
ドグレッタに飼われていたフクロウのペットとしての愛、
ドグレッタを嫁認定した助手Bの一方的で自分勝手な愛、
この二つの愛が奇妙に混ざり合いドグレッタへの攻撃を躊躇させていたのである。
また顔だけドグレッタへ向けて
「ママ、ベイベェー」
眉間にしわを寄せ険しい顔になるドグレッタ。
「あの顔だけでも切り落とすか」
本当にふとしたことだった。
ドグマの足元に転がっている死体に顔を戻したらどうなるのか?
ドグレッタは何の意味も無く、ただふとそう思っただけだった。
ガンプラのガンダムの顔をザクにつけてみたらどんな感じか?
本当にその程度の発想。説明のつかない行動であった。
しかし、こういう何気ない発想が奇跡を生むのである。
ドグレッタはドグマの前に立ち、両手に直径30センチの魔方陣を展開し
助手Bの頬に両手を添えた。
「ママ、ベイベェー」
そしてゆっくりと顔を引っこ抜いていく。
助手Bはびっくりした表情になり
「ママ、ベイベェー」「ママ、ベイベェー」「ママ、ベイベェー」
を連呼する。
ブチブチブチという鈍い音を立てながら助手Bの顔はドグマから引き離される。
根元からは5本ほどミミズのような細い触手がウネウネと動いている。
助手Bの首無し死体へ助手Bの頭を近づけると触手は死体に絡み付き
頭を接合してしまった。
1分ほど経過したが何も起きない。
が、代わりにキメラ化したドグマの様子がおかしくなる。
奇妙な愛のバランスが壊れたことでキメラ本来の本能が動き出す。
「グエエエエエエエ!」
と声を上げ、ドグレッタ目掛けて攻撃を開始した。
ドグレッタは悲しみの表情で
「プリズンルーム」
ドグマを半透明の青白い立方体の檻が取り囲む。
「すまない、ドグマ。せめて苦しませぬよう一気に燃やしてやろう」
立方体の檻の下に直径3メートルの魔方陣が展開される。
「ソーラーフレア」
立方体の中で大爆発が起こり、ドグマは塵一つなく焼却されてしまった。
ドグレッタの元へ後ろ手にゆっくりと歩いてくるドクター・スロット。
後ろにはタンカを持った2人の助手がついてきている。
ドグレッタの元まで来ると
「キメラに取り込まれたヒューマンの頭を元の体に戻す発想は無かったね。
何か根拠ではもあるのかね?」
「いいえ、単なる気まぐれです、お父様」
助手二人がタンカに助手Bの死骸を乗せている。
「なるほど。しかし、おかげで面白い検体が手に入ったよ」
「あれをどうするのですか、お父様」
「エルフの脳を移植した後、お前を作ったように
ピンクの培養液で育成してみようと思っている」
キメラに取り込まれた人間の頭を元の体に戻してみる
というドグレッタの気まぐれが起こした偶然と
移植したエルフの脳が奇跡的に噛み合い
この2ヶ月後、現在のドグマは産声をあげるのであった。