ドグレッタの1年
(おかしい・・・なぜ、フクロウはキメラに変化しない・・・)
モニター越しに温室内のベンチに座っている
ドグレッタとフクロウを観察しているドクター・スロット。
ドグレッタにフクロウをプレゼントしてから1週間が経過した。
遅くとも3日後にはキメラへの変化が始まるはずだが・・・。
(フクロウの中に潜ませたキメラワームに気がつき何らかの手段をこうじたか・・・)
今日も温室内には穏やかな日差しが注がれている。
ベンチの右端に座っているドグレッタ。
ベンチの背もたれの左端にとまっているフクロウのドグマ。
ドグレッタが紙袋からポテトフライのような干し肉を一つ取り出すと
ピョンピョンと背もたれを跳ねドグレッタに近づいていくドグマ。
そしてドグレッタが左手で差し出した干し肉をついばみ、クイックイッと飲み込む。
右足で頭をカキカキした後、ドグレッタの顔の近くまでピョンピョンと跳ねて近づき
くちばしでドグレッタの顔を軽くカキカキし次の餌を催促した。
追加の餌をもらうとドグマの目が細くなり、うれしそうに顔をクルクルと動かす。
ピョンと跳ねドグッレッタのひざ上に飛び乗るドグマ。
ドグレッタはドグマの頭を右手で一撫でして
左手の人差し指でドグマの右頬辺りをカキカキする。
気持ちいいのか目を細め、なされるがままのドグマ。
「ママ・・・ホー、ママ・・・ホー」
「ん?お前、ママって今言わなかったか?
フクロウって言葉しゃべるようになるんだっけ?」
「ママ・・・ホー、ママ・・・ホー」
「まあ、いいか。お前、案外、頭のいいフクロウなのかもな」
暖かい目でドグマを見ながらドグレッタは考えていた。
(あれから1年が経過した。
特にここにいる目的も無いし出ていく理由もないが・・・)
ピンクの液体の中に入っていたときの記憶は無い。
記憶があるのは目の前を飛んでいた蝶を見て
蝶・・・と発話した、あのときからである。
ドグレッタの生成に使われた男性ヒューマンの魔術師の脳、これを父の脳とする。
3日間という驚異的なスピードでをヒューマンの言語を習得したのは、
この父の脳のおかげである。
ドグレッタの生成の使われたもう一つの女性エルフの魔術師の脳、これを母の脳とする。
1ヶ月後に、ほとんどの魔法が使えるようになっていたのは
この母の脳のおかげである。
父の脳と母の脳の絶妙な融合により赤ん坊のように生み落とされた人格は
キメラ生成の最終段階で起こる
魂と依代が分離する、という問題をクリアーしていた。
目を開けると鏡に映っている自分は怪物であった。
魂は肉体を否定し、そして戸惑い消滅するのである。
・キメラワームを投入したが変化しなかった特異体質の女の子の死体
・エルフの脳とヒューマンの脳の融合から赤ん坊のように産み落とされた人格
この2つの奇跡が重なりドグレッタの人格は
拒否反応を起こすことなく肉体と融合したのだった。
ちなみに、現在に至るまで魔王親衛教会はある問題を解決できていない。
魔王親衛教会の教祖の質問に対し、ドクター・スロットが応えたこのくだり。
(ドクター・スロット、キメラから魔族を作り出す実験の進捗はどうなっている)
(魔族の肉体を作るところまでは成功しておりますが
魂の定着が上手くいっておりません。
自我が芽生えた時点で魂と依代が分離してしまう現象が発生しております)
ドグレッタが成功しているのでは?
ドグレッタはキメラワームを投入してもその形状が変化せず、
人格が芽生えた奇跡の1体ではあるが
ずっと身長130の女の子のままであり成長することはなかった。
そのため、教祖から
「体が小さ過ぎる」
と魔族の魂の依代としては不十分と却下されたのである。
ドグレッタの研究をベースに、その後4体のキメラの生成に成功するが
ドグマ、もみ上げがうざい
ドグザーヌ、ケンタウロスはダメ
ドグロック、蛇っぽいのがちょっと
ドグミーナ、イルカじゃん
という教祖の一言で不十分と却下されている。
正確に細かく言うと
魔族の肉体を作るところまでは成功しているし、人格形成も成功しているが
教祖が納得するほどの魔族の肉体を作るまでには至らず
魔族の魂を移す実験ができずにいるため、まだ成功していません。
というのが現在の魔王親衛教会の状態である。
「ドグレッタ、ドグマの餌を持ってきたよ」
「ありがとうございます、お父様」
ベンチから立ち上がるドグレッタ。
ひざの上にいたドグマがバサバサと羽を羽ばたかせ近くの木の枝に飛び移った。
ドグレッタに紙袋を手渡しながら
「何か欲しいものはないかね、ドグレッタ」
「今のところ特にありません、お父様」
「そうか」
ドクター・スロットはドグレッタに背を向け、両手を後ろに組み
ゆっくりと歩いて行ってしまった。
同時に木の枝にとまっていたフクロウのドグマは
ドクター・スロットとは反対の方向へ飛び去った。
ドグレッタは飛び去ったドグマをちらっと見た後、
ドクター・スロットの背を見ながら
(特にここにいる目的も無いし出ていく理由もないが・・・)
●
キメラワーム管理室と書かれた部屋。
二人の助手風の男が試験管の数を数えながら帳簿に書かれた数と
実際に存在している数に違いがあることを相談していた。
身長165センチのぽっちゃり体型の助手Aが
「おかしいな~何度数えても試験管が1本が足りないぞ」
身長180センチ、ドグマに良く似たもみ上げのリーゼント無しの助手Bが
「気のせいじゃないのか?ベイベェー」
「やっぱり足りない・・・どうしようか」
「面倒くせぇから、ここをこうして、1本数を減らして・・・
ほら、これでいいだろ、ベイベェー」
と帳簿の数を改ざんしてしまった。
「おいおい、そんなことしたら後で・・・」
「わかりゃしねーって。ほら、行くぞ、ベイベェー」
●
ドグマは木の枝につかまりドグレッタとドクター・スロットを見ていたが
後ろの方で何かが動く音を聞きつけていた。
フクロウのあの独特の顔をクルクル回す動きで、音のする場所を探している。
ドクター・スロットがドグレッタに背を向けて歩き始めたとき、
ドグマはドクター・スロットとは反対方向へ飛び立ち
草むらで動く10センチの紫色の物体をヒョイと鷲掴みし、木の枝にとまると
クイックイッとその物体を飲み込んだ。