ドグレッタとドグマ
大小さまざま色とりどりの花や木々が育てられている温室に
穏やかに日光が差し込んでいる。
日光が照らしているベンチの上にちょこんと座っている
フード付の白い司祭服のような衣装を着た少女。
少女の目の前近くを蝶がヒラヒラと飛んでいく。
少女は瞬きもせず蝶が飛んでいく方向へ顔を動かし目で蝶を追う。
そしてまた瞬きをせず、ゆっくりと顔を真正面へ向ける。
その様子をモニターで観察している人物がいた。
「見た目はヒューマンそのものだが中身はキメラのままか・・・」
両手を後ろ手にしたドクター・スロットである。
この時のドクター・スロットの年齢は20才。
ドクター・スロットは回想する。
これまで何百、何千とキメラを製造してきたが、これほどユニークな固体は初めてだ。
なぜなら、キメラワームを投入してもその形状が変化しなかったのだからな。
キメラワームは魔王親衛教会が長い年月を掛け開発した
体長10センチ、紫色のナメクジのような動く遺伝子変化誘発剤のことである。
体内に取り込まれると遺伝子組み換えを誘発するがランダムなため
その結果をコントロールすることは不可能なのである。
一般的にキメラワームを投入すると大型へ変化し、見た目も性格も凶暴性を増す。
体内の変化が完了すると他の生物を襲い吸収していくため
合成魔獣のようになっていくことからキメラワームの名称がついたのだ。
近隣の村で病気で死んだ女の子の死体に
老衰で死んだ魔術師のエルフの女性の脳、
モンスターに襲われ死んだヒューマンの魔術師の男性の脳
を移植した後、キメラワームを投入したところ偶発的に出来たのがドグレッタだ。
偶発的という表現にしたのは、先ほども言ったが
結果をコントロールすることは不可能、だからだ。
ドクター・スロットはその場にいる助手たちに淡々と言うのである。
「24時間、ドグレッタから目を離すな」
夜になり、朝になり、昼になり、また夜になる。
ドグレッタはベンチの上に座ったままずっと動かない。
監視していた職員は
「今日もあそこから動かなねーな」
「ずっと目を開けたままだぜ。気持ち悪~う」
それは1週間後の昼の事だった。
ドグレッタの目の前を蝶がヒラヒラと飛んでいる。
瞬きをせず蝶の動きを顔で追うドグレッタ。
そしてまた瞬きをせず、ゆっくりと顔を正面へ向ける・・・のだが
「蝶・・・」
そして瞬きをした後、ぴょんとベンチから飛び降りる。
どうせ今日も変化は無いだろうと余裕をぶっかまし、
昼食を取りながらモニターを監視していた助手は慌てふためく。
助手は手元にある赤いボタンを急いで押す。
スピーカーから声する。
「何事です」
「ドクター・スロット!至急モニター室までおこしください!
ドグレッタが動きました!」
●
「今のところをもう一度リプレイしたまえ」
蝶の動きに合わせ顔を動かした後、真正面に戻した時に何かを言っている。
「蝶・・・と言ったのか?」
ドクター・スロットは顔には出さないが
(何が起こったのだ・・・)
この1週間、ドグレッタの脳はある変化を起こしていた。
二つの脳は意志疎通をし始めたのである。
主導権は老衰で死んだ魔術師のエルフの女性の脳が持ち、
情報交換を行いながら二つの脳は融合していく。
そして1週間後、二つの脳は男女が結婚して子供を生むように
エルフの魔術師とヒューマンの魔術師の知識と魔力を宿した子供、
ドグレッタの人格を生んだのだった。
その第一声、産声が
「蝶・・・」
であった。
この時を境にして、ドグレッタは驚異的なスピードで
ヒューマンの言葉を理解し発するようになる。
同時に転移魔法から上級魔法までを難なくこなす超S級魔導師としての才能も開花する。
このドグレッタの誕生を量産すべく、同じような組み合わせで何度も実験が行われたが
一度たりとも成功することはなかった。
●
「ドグレッタ、プレゼントだよ」
いつものように植物園のベンチに座り、物思いにふけっているドグレッタに
ドクター・スロットが近づいてきて一羽の白いフクロウをドグレッタに手渡した。
「今日はドグレッタが言葉を発した日から調度1年が経過した日。
いわゆる誕生日、バースデイというやつだよ」
「お父様、なぜ、フクロウなのですか?」
「特に意味はないのだよ、ドグレッタ」
「ありがとう、お父様」
「名前は何と名づけるね、ドグレッタ」
「そうですね・・・では、ドグマ、ドグマと名付けます」
ドグレッタの生成に使われたエルフの女性の脳は実に聡明であった。
そのためドグレッタは聡明な頭脳の持ち主として生まれることができた。
(ドクター・スロットが単にフクロウを私にプレゼントするなどあり得ない)
ドグレッタはドクター・スロットのことをお父様と呼び
服従を装いながら様子を見てきたのだ。
ドグレッタの予想は合っていた。
このドグマと名付けられたフクロウの体内にはあれが取り込まれていたのである。
そう、キメラワームである。
ドクター・スロットは数日後に変化するであろうフクロウを
ドグレッタがどう処理をするのかを観察するために
プレゼントと言いキメラワーム入りのフクロウを渡したのだ。
ドグマと名付けられたフクロウはドグレッタの右腕に乗り、フクロウ独特の
顔をクルクルと動かす動きをしている。
「これはフクロウの餌だよ」
右手に持った紙袋をドグレッタに差し出すドクター・スロット。
紙袋の中は干し肉が沢山入っていた。
紙袋の中から干し肉を一つ取り、ドグマに食べさせるドグレッタ。
「それでは、私は失礼するよ」
そう言うとドクター・スロットはドグレッタに背を向け歩いていってしまった。
ドクター・スロットの背中を見ながらドグレッタは
(どうせキメラワームを取り込んだフクロウを私に殺させるつもりだろうが・・・)
ドグレッタはゴニョゴニョと何か小さく呪文を唱え、
小さい魔法陣が展開されたフクロウのお腹に左手突っ込んだ。
「こいつだな」
フクロウの中から左手を引き抜くと左手にはウネウネと動く
キメラワームが握られていた。
「ファイヤ!」
と唱え、ドグレッタは左手の中でキメラワームを燃やし灰にした。
「調度、退屈していたところだ。
ドグマ、お前はこのまま私の子として育ててやろう」