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ギャル嫁日記

作者: 紫龍院 飛鳥

序章



今から十年前、僕と彼女は同じクラスの同級生でした。


けど、僕達は決して交わることのない…謂わば違う世界の住人同士だったのだ。

彼女、『白沢 陽奈ひな』さんはクラスの中心的人物でスクールカーストでも上位のイケイケの陽キャギャル

一方で僕、『黒崎 嘉月』は見た目も性格も暗くパッとしないいつも教室の隅に一人でいるようなカースト最下層の陰キャ男子だ…


彼女とは三年間同じクラスだったけど、言葉を交わしたことなんてほとんどなく、存在を認知されているかどうかも微妙だった…けど、まさかそんな彼女とこんなことになるなんて。



…全ては六年前、入社式から運命は始まった。


…4月3日 入社式


「あれ?黒崎君?黒崎君、だよね!?」

「??、あ、あなたは…えっ!?し、白沢さん!?」

「えぇすごい偶然!久しぶりだね!」

「え、えっと…どうも」

「高校卒業して以来だから…四年ぶりぐらい?てか黒崎君もここのビルの会社に就職したの?」

「は、はい…」


僕はここのオフィスビルの二階にある『室田ネットワーク』というパソコン関連の会社に就職した。

一方で彼女はその上の三階にある『バニラハニー』というアパレル会社に就職したそうだ、なんでもその会社は白沢さんの大学時代お世話になった先輩が立ち上げた新しい会社なんだそうだ。


「いやそれにしてもホント久しぶりだねぇ、元気だった?」

「は、はい…そうですね」

「てか堅いよ、同級生なんだし!フランクにいこうよ!」

「でも、僕達…学生時代だってほとんど話したことなんてないですし、そもそも名前を覚えられたこと事態驚いてます」

「そう?アタシクラス全員の名前覚えてるよ?アタシ昔から記憶力だけはいいんだよね〜」

「すごいですね…」

「当たり前でしょ、同級生だもん」

「は、はぁ…」

「じゃ、アタシ行くね!またね!」

「はい…じゃあまた」



この時はまだ、この先の運命を互いに知らないままだった…。




第一章



それから六年、僕は今でも同じ会社でエンジニアとして働いている。


「黒崎ー、ちょっといいか?」

「はい」

「上の『バニラハニー』でパソコンが動かなくなったから来てくれって頼まれたんだ、行ってもらえるか?」

「はい、行ってきます」


上司に頼まれて三階へ向かう


「あ、黒崎君来てくれた!こっちこっち!」

「あー、これですか…まぁこれならすぐに直ります、ちょっと待っててください」

「いつもごめんねぇ…」


白沢さんはパソコンなどの機械が大の苦手らしく、ちょくちょくパソコンをフリーズさせてしまい、その度に僕が直しに来ている。


「はい、直りましたよ…」

「サンキュー!助かったよ〜!」

「もぉ陽奈先輩機械音痴にもほどがありますよぉ〜」

「ごめんて!」

「じゃあ、僕はこれで…」

「うん、ありがとう!」


…昼休み、僕は一階のカフェで昼休憩をとる


「…うぃーす、相席いい?」

「…どうぞ」


僕の前の席に座る白沢さん、入社以来度々白沢さんとはこうして一緒にランチをしながら他愛もない話をしている。


「相変わらずカレーなんだ、ずっとそれ食べてるけど飽きたりしない?」

「特には…ここのカレー美味しいんで」

「どれどれ?」


と、僕のカレーの端っこをひょいと一口盗み食いする


「ん!辛っい!!」

「だ、大丈夫ですか!?」

「はひー、すっごい辛いねコレ!よくそんな涼しい顔で食べられるね?」

「まぁ、慣れ…ですかね?」

「ひょっとして、ドM?」

「なっ!?ち、違いますよ!」

「へぇ〜…」


ニヤニヤしながら僕の顔を見る白沢さん


…そんなこんなで僕らはいつも他愛のない話をしながらほぼ毎日一緒にランチを食べていた。


そんなある日、終業時間となり帰ろうとした時


「おっ?黒崎くーん!」

「白沢さん…」

「今帰り?もし良かったら飲みに行かない?」

「すみません、お酒はちょっと…」

「ん?飲めないんだ?」

「はい、すみません…」

「いいよ、ならご飯行こっ!」

「まぁ、それなら…」

「よし!じゃあ行こう!」


と、一緒に夕飯を食べに行くことになった。


「何食べようかなぁ?あ、ビール頼んでもいい?」

「えぇ、どうぞ…」

「むぅ…」

「どうかしました?」

「…ねぇ、前々からずっと思ってたけどさぁ…敬語、いい加減やめない?」

「えっ?」

「ほら、黒崎君アタシと話す時ずっと敬語じゃん?同い年なんだから普通に話してよぉ」

「す、すみません…なんて言うか、昔からの癖って言うかその…」

「ふぅん…ならしょうがないか」


それから、しばらく談笑しながら食事していると…



“ヴーヴー、ヴーヴー”



彼女のスマホに着信が来たみたいだ…


「…ん?、っハァ…」


スマホの画面を確認するなり、ため息をついてスマホをテーブルに置く白沢さん


「…いいんですか?電話…」

「いいの、お父さんからだから…」

「なら、尚の事出た方がいいんじゃ…」

「いいのいいの、どうせ二言目には『早く結婚しろ』だのなんだうるさいんだもん…」

「そう、ですか…」

「まぁ、前までは早く結婚したいとか思ってはいたんだけどね…仕事も忙しいし、こんな歳だし…正直婚活もお金かかるしもう諦めかけてんだけどね…」

「はぁ…」

「ねぇ?ところで黒崎君って彼女いるの?」

「えぇっ!?ゴホゴホ!」


突然突っ込まれた質問をされて飲みかけていた烏龍茶を思わず吹き出してしまった。


「ちょ、大丈夫?」

「はい、すみません…」

「それで、彼女いるの?」

「いえ、いません…いたこともないです」

「ふぅん…じゃあ、童貞クンなんだ?」

「う、は、はい…」

「そっか、あのさ…頼みがあるんだけどさ」

「はい?」

「アタシと結婚してくんない?」

「えぇ!?」

「あ、ごめん間違えた…正確には、アタシの婚約者のフリをしてほしいの」

「えっ、それって…まさか」

「うん、アタシの婚約者としてウチの両親に会ってほしいの!」

「え、でも…ぼ、僕なんかでホントにいいんですか?」

「うん、いいよ!別に知らない仲じゃないんだし、あくまでフリだし、折り合いを見て両親には別れたって適当に誤魔化すからさ」

「で、でも…やっぱり」

「お願いお願いお願い!もう黒崎君しか頼れないんだよ!ホントマジで一生のお願い!」

「わ、分かりました…」

「やった!じゃあ明日土曜だし、早速明日挨拶に行こう!」

「えっ!?明日!?き、急過ぎませんか?」

「何言ってんの、善は急げって言うし早い方がいいっしょ?」

「だ、だからって心の準備がまだ…」

「まぁまぁいいからいいから、アタシに任せといて!」

「え、えぇ〜!?」


こうして、あれよあれよと言う間に明日彼女の実家へ挨拶に行くことになった…。



・・・・・



9月17日…朝、駅で待ち合わせて電車で彼女の実家へ向かう

僕らの地元は東京の郊外にある比較的のどかな田舎、電車を降りた後はバスで彼女の実家の近くまで行く


「ふーん、てか黒崎君も地元同じだったんだ…知らなかった」

「そうですね…」

「それより、実家つく前におさらいね!私達は一年前から付き合っていてもう同棲もしていて、今日は結婚の挨拶をしに来た…OK?」

「は、はい…き、緊張してきた」

「大丈夫だって、ほら深呼吸!」

「すぅー、はぁー…」

「あ、後!アタシのことは『陽奈』って呼んでよ」

「えっ、そ、それはちょっと…」

「何?もしかして女子の下の名前恥ずかしくて呼べない系?」

「…すみません」

「もう、これだから童貞は…」

「返す言葉もございません…」

「じゃあ今から練習!ほら、呼んでみ?」

「はい、えと…ひ、陽奈…さん」

「ん〜?なぁに?」

「いやそっちから呼ばせたんじゃないですか…」

「へへへ…ま、その調子で頼むよ」

「はい…」


そんなこんなで彼女の実家に到着した。


「ただいまー」

「おかえり陽奈!」

「おかえり…」


出迎える白沢さんのご両親、優しそうな笑顔で出迎えるお母さんと寡黙そうな顔をしたお父さん


「は、初めまして!黒崎 嘉月と申します!む、娘さんとは結婚を前提に真剣にお付き合いをさせていただいております!よろしくお願い致します!」

「うむ、まぁ立ち話もあれだ…座りなさい」

「失礼します…」

「黒崎さんと言ったね?まずは自己紹介を、陽奈の父である『陽一』です、よろしく」

「母の『奈津子』です」

「よろしくお願い致します…あ、これ詰まらないものですが…」


と、手土産の菓子折りを手渡す


「気が効くじゃないか…」


おっと?まずまずの好感触?


「ではまず、娘とはどう知り合ったんだ?」

「はい、陽奈さんとは高校時代同級生で…それまではあまり縁がなかったんですが、社会人になってから偶然同じビルで働くこととなりまして…それからちょくちょく話すようになり、交際に発展した次第です」

「ふむ、黒崎さん仕事は何を?」

「『室田ネットワーク』という会社でシステムエンジニアをしております、こちら名刺です」


会社の名刺を差し出す


「うーむ、たしかにちゃんとした会社のようだな…」

「それで、今回ご挨拶に伺ったのは…娘さんとの結婚をお許しいただきたくやって参りました!」

「ほぅ…」

「…お義父さん、どうか僕に娘さんをください!」

「そうだな、黒崎さん…いや、嘉月君!こんな娘でよければ、幸せにしてやってほしい!」

「!?」


まさかの一発OK!?一悶着あるもんだと思って覚悟してたけどこんなあっさり?


「お、お父さん!?いいのホントに?」

「いいに決まってるだろう!お前もいい歳だろう?選り好みしてる場合じゃないだろう、それに真面目そうでいい青年じゃないか…」

「お父さん…」

「さて、そうと決まれば善は急げだな!早速式の準備をせねば!忙しくなりそうだ!」

「いや、ちょっと…お父さん!?」


話が纏まるや否や即効で式の準備をしようとするお父さん…この行動力、すごく血の繋がりを感じる…白沢家ってみんなこうなのか?



…と、まぁそんなこんなでお父さんを必死に説得して結婚式は行わない方向で話はついた

けど、とてもじゃないけど別れられる雰囲気ではなくなってしまった…。


帰りの電車にて…


「どうしましょう…?」

「どうしよっか?」


ご両親のあまりの歓迎モードに引くに引けなくなってしまった…これで嘘なんて知れたら、相当なショックを受けてしまうだろうか?心が痛い…。


「ねぇ黒崎君?」

「はい?」

「もうさ、このまま結婚しちゃおっか?」

「えっ!!?」


いきなりのプロポーズ(?)に僕は思わずたじろいでしまう


「だってもう逃れようもないしさ、もうこのまましちゃおうよ…結婚」

「い、いや待ってください!落ち着いて…」

「アタシはずっと落ち着いてるよ、アンタこそ落ち着きなよ…」

「いや、だって…結婚ですよ?そんな簡単に、第一そんな…好きでもない男と…」

「えっ?アタシ黒崎君のこと好きだよ?」

「ふえっ!?」


更に度肝を抜かれる発言を聞いて動揺してしまう


「す、すすす好きって…そんな…あの」

「別に好きって言っても、深い意味はないよ?ただ黒崎君と話すの楽しいし退屈しないし、なんかちょっと落ち着くんだよね…恋とかとは微妙に違うんだけどさ、あんま上手く言い表せないんだけど…なんていうか、『友達以上恋人未満』みたいな?」


つまり、白沢さんは僕のことは異性として見てはいなくても限りなく好意に近い感情を抱いているってことかな?

言い変えれば…“LOVE”ではなくて、“LIKE”か?


「そう言うわけだからさ、いいよね?」

「え、えっと…」

「それとも、黒崎君はアタシじゃ嫌?」

「いや、その…嫌では、ないです」

「じゃあ決まり!これからよろしく!」


…こうして、僕達は結婚することが決まった。



・・・・・




10月4日…本格的に結婚へと動き出した僕達、今日は二人で過ごすマンションへ引っ越してきた。


「そういやさ、つい勢いで結婚する話になっちゃったけどさ…そっちの家は大丈夫なの?」

「えっ?」

「ほら、黒崎君の家族とか?」

「あぁ、それなら心配ないです…僕、家族いないんで」

「えっ?」

「父親は元々いなくて、多分今もどこかで生きているんでしょうけど一度も会ったことはありません…それからずっと母と二人で暮らしてたんですけど…僕が小学生の頃に事故で母が他界して、それからは母方の祖父母に引き取られて親代わりとして育ててもらいましたけど…祖父は大学生の頃に亡くなって、唯一残った祖母も一年前にポックリ…」

「そうだったんだ…ごめんねなんか」

「いえ、気にしないでください…白沢さんが謝る必要ありませんから」

「うん…あ、そうだ!こんなタイミングで言うのもあれだけどさ、昨日役所でもらってきたよ」


そう言って彼女が取り出したのは『婚姻届』だった。


「…そう、ですね」


思わず僕はゴクリっと生唾を飲み込んだ


「終わったらさ、これ書いて明日出しに行こう!」

「は、はい!」



・・・・・



翌日、僕達は昨日書いた婚姻届を持って役所へとやってきた。


「…とうとう来ましたね」

「緊張してんの?」

「そりゃしますよ…だって僕なんか一生結婚できないとばかり思ってましたから」

「緊張しすぎ!ほらしっかり!」

「はい…」


意を決して役所の中へ入る


「…はい、では受理させていただきました、ご結婚おめでとうございます」


手続きは極めてすんなり済んでしまった、これでホントに僕達…夫婦になったのか?って言うぐらいスムーズに済んだ。


「…なんか、随分あっさりだったね」

「はい、正直実感が湧きません…」

「でも、これでアタシ達…一応夫婦になったわけだね?」

「はい、そうですね…」

「ということで、これから一つよろしく!“嘉月”!」

「ふえっ!?あ、はい…!」

「何びっくりしてんの?下の名前で呼んだだけなのに…」

「いや、家族以外で下の名前で呼ばれるなんて久しぶりだったんで…」

「そっか、でもこれからはお互いに『黒崎(同じ苗字)』になるんだから慣れてよね?」

「はい、精進します…」

「それと、アタシのこともちゃんと『陽奈』って呼ぶこと!」

「わ、分かりました…えと、ひ、陽奈…さん」

「んー、ホントは呼び捨てでもよかったけど、やっぱ童貞クンには下の名前呼び捨てはハードル高いか…」

「返す言葉もございません…」

「まぁいいや、とりあえずは『陽奈さん』で譲歩しとくよ」

「そうだと助かります…」

「じゃ、改めてこれからよろしく!旦那サマ♡」

「は、はい…」



・・・・・



…今日から晴れて夫婦となった僕達、届を出し終えて家へと戻る


「あー、疲れた!」

「僕も、安心したらなんか一気に疲労感が…」



“グゥ〜”



「「!?」」


と、二人同時にお腹の音が鳴った


「そういや、お昼まだだったね?」

「えぇ、ちょっと材料買って何か作りますよ」

「えっ?料理できんの?」

「はい、一応…」

「マジで!?やった!楽しみにしてるわ!」


…そして、外へ出て材料を買い出しに行き、手料理を振る舞った。


「どうぞ、お口に合えばいいんですが…」

「いっただきまーす!」


一口頬張る、すると彼女の目がカッと見開いた。


「何コレ!?すっごい美味しい!」

「そ、そんなに…ですか?」

「うん!めちゃくちゃ美味しい!プロみたい!」

「あ、ありがとうございます…」


それから彼女は僕の作った料理を黙々と食べ進めた


「ご馳走様!美味しかった!」

「お粗末様です」

「しかし意外だったな〜!嘉月がこんな料理上手だなんて!」

「正直、僕一生結婚なんてできないって思ってたんで一人でも生きていけるように家事はある程度極めました」

「マジか…覚悟がエグいねぇ」

「まぁ、それぐらい恋愛とは縁遠い人生でしたから…」

「そうなの?好きな娘とかいなかったの?」

「いましたよ、中学の頃…同じクラスで同じ委員会だった娘で」

「ふぅん、告白はしなかったの?」

「いいえ、できませんでした…」

「なんで告白しなかったの?」

「勇気が出なかったんでしょうね…それに、相手は学校一のマドンナと名高い娘だったんです、僕なんかが告白したところで所詮無理だって思ったんです…僕なんか性格も暗いし、見た目もパッとしないし人より秀でたものなんて何もなかったし、最初から無理だって諦めて自分のホントの気持ち押し殺して過ごしてました…」

「嘉月…」

「でもいいんです、どうせ僕なんか相手になんかされないって分かってましたし、きっと僕なんかよりも相応しい人が…」


そう言い終わらない内にいきなり彼女が後ろから僕を強く抱きしめてきた。


「え、ちょ…いきなり何を」

「『僕なんか』なんて言わないでよ…」

「えっ?」

「自分を卑下することなんてないよ、嘉月にはちゃんと嘉月の良さがある!アタシは知ってるよ?この六年の間、ずっと嘉月と接してきて嘉月の良いところいっぱい分かってるから…」

「ひ、陽奈さん?」

「だから、『僕なんか』なんて言わないでよ…」

「…陽奈さん」

「…あーあ、なんかデザートが食べたいなぁ」

「へっ?」

「食後のデザート食べたい!ねっ?お願い!」

「…分かりました、ちょっと待っててくださいね?」

「はぁい」



・・・・・



【翌日、バニラハニーにて】



「…というわけで、私…今日から“黒崎”陽奈になります!」

「おめでとう!」

「おめでとう陽奈ちゃん!」

「陽奈先輩おめでとう!」

「へへ、ありがとうみんな!」



一方で僕も、職場の上司や同僚から祝福されていた。


「いやぁ黒崎!結婚おめでとう!」

「あ、ありがとうございます…」

「いやまさかお前が結婚するなんてな〜、なんで隠してたんだよぉこの野郎め!」

「いや、ハハハ…」

「にしてもホントまさかだよな〜!あんだけ仕事一筋で垢抜けない純真無垢だったお前が結婚なんてなぁ!大したもんだよコンチクショーめ!」

「ハハハ、ありがとうございます…」

「よぉし!そしたら今夜はお祝いだ!俺の奢りでみんなで飲み行くか!」

「よっ!流石部長!太っ腹!」

「あの、僕…お酒は」

「知ってるよ、飲めないんだろ?ならノンアルでも飲めばいいんじゃね?」

「そ、それならなんとか…飲んだことはないですけど」

「よし、決定!それじゃみんな今夜の為にバリバリ働くぞぉ!」

「おぉー!!」


そんな感じで、夜仕事が終わった後僕の結婚を祝う飲み会に誘われた。



“今日は同僚達が結婚祝いをしてくれるそうなので帰りは遅くなります、すみませんが夕食は適当に済ませておいてください…”



と、陽奈さんには遅くなる旨をメッセージで予め伝えておいた。


「…そっか、遅くなるのか…嘉月のご飯、楽しみにしてたのになぁ」



…そしてその夜、アタシは嘉月の帰りを待ちながら缶ビール片手に一人でカップラーメンを啜っていた。


多分嘉月は今頃、同僚の人達とわいわいやってんのかなぁ?あ、でも嘉月お酒飲めないって言ってたから一人だけシラフのまま酔っ払った同僚の人達にダル絡みとかされてそう…

そんな様な光景を思い浮かべたらプッと笑いが込み上げてきた。


そんな時、ふと玄関から誰かが来た気配がした。



“ピンポーン”



チャイム?嘉月だったら鍵持ってるから開けて入ってくるはずだけど…誰だろ?


「はーい…」

「すみません奥さん、こんな遅くに…」


と、玄関の向こうにいたのは同僚っぽい人に抱えられた嘉月だった


「嘉月!?ちょっと、大丈夫!?」

「う、う〜ん…」

「わざわざすみませんでした…えっと」

「西島といいます、コイツの同僚で…なんかコイツ、ノンアルビールしか飲んでなかったんですけど二杯ぐらいしか飲んでないのに酔い潰れちゃって…いやぁノンアルで酔う人なんて初めてみた」

「そ、そうだったんですか…すみませんご迷惑を」

「いや、いいですって!じゃあ俺はこれで、黒崎君にもよろしく伝えてください」


嘉月をアタシに託すと西島さんは去っていく


「ふぅ、とりあえず…嘉月!おーいしっかりして!」

「う〜ん、あれ?陽奈さん?僕いつの間に帰ってきたんだろ?」

「さっき嘉月の同僚の西島さんって人がウチまで送ってくれたんだよ…」

「西島さんが?あぁ…明日お礼言わないとな…」

「それより大丈夫?すっごいフラフラだけど?」

「すみません、まさかノンアルで酔うなんて思いもよらず…」

「ホントだよ、どんだけ弱いんだって話だよ…」

「すみません、ご迷惑を…」

「いいの、とりあえず水いっぱい飲みな…そうすりゃ少しは酔い覚めるから」

「はい…」



・・・・・



翌朝、目覚めると僕は猛烈な吐き気と頭痛に襲われていた。


「イッタぁ…頭が割れそうだ」

「大丈夫?顔青いよ?」

「えぇ、おぉイタタタ…」

「あ、そうだ…アタシ痛み止め持ってるけど、飲む?」

「ください…」


陽奈さんから薬を飲んでしばらくすると、段々と痛みが和らいできた感じがする。


「ありがとうございます、助かりました…」

「気にしなくていいよ、その薬良く効くっしょ?アタシ生理痛酷い時あってさ、それ飲むと嘘のように早く効くから最強じゃね?」

「はぁ、なるほど…」

「とりあえず後は、水いっぱい飲んでおきな…後、しじみの味噌汁とか良いんだってさ、コンビニ行けばインスタントのが売ってるんじゃない?」

「ありがとうございます、会社行く前に寄って買ってきます…」

「そうしな、じゃ!アタシ先出るから!後は戸締まりよろっ!」

「はい、いってらっしゃい…」


会社に出社する


「おはようございます…」

「おはよう黒崎、大丈夫か?顔死んでるぞ?」

「はい…それと、すみませんでした…夕べはウチまで送ってくれたそうで…」

「気にすんなよ、それよりホントに大丈夫か?」

「えぇ、一応今朝妻に薬をもらって飲んだのでなんとか…」

「そっか、いい奥さんじゃないか…大事にしてやれよ?じゃないと俺みたいに三行半突きつけられて終わりだからな…」

「はい、精進します…」



仕事を終えて帰宅すると


「ただいま帰りました」

「あ、おかえりー!」

「ん?この匂い、夕食の支度してくれたんですか?」

「あー、うん…でも、ちょっと失敗しちゃったっていうか…」


見ると、食卓には黒焦げの失敗した料理が並んでいた


「アハハハ、ゴメン…少しでも嘉月の負担減らそうと思ったんだけど、やっぱり無理でした」

「………」


僕は無言で陽奈さんの料理を一口摘んで食べた


「ちょ、嘉月!?無理して食べなくていいって!」

「問題ないですよ、外側はちょっと焦げてるみたいですけど中身はちゃんと食べられそうです」

「へっ?」

「こっちの味噌汁は…味噌の味しかしませんね、出汁を入れるの忘れてないですか?」

「だ、出汁?」

「味噌汁の味は出汁が決め手なんです、これでもまぁ飲めないこともないので、問題ありません…」


ふと、陽奈さんの顔を見るとプルプル震えて目には涙を溜めてもう泣く寸前だった。


「ひ、陽奈さん?」

「なんで、なんでそんな優しいのぉ!?不味いなら不味いってはっきり言ってくれればいいのに!うぇぇぇん!!」

「えっ!?ちょ、陽奈さん!落ち着いて!泣かないでください!僕は何とも思ってませんから!ねっ?」

「…だって、なんか悔しいんだもん…アタシだって一応嘉月の奥さんなんだから、美味しい手料理の一つくらい食べさせてあげたかったんだもん」

「陽奈さん…」


よく見ると、陽奈さんの左手は絆創膏まみれでキッチンの方も何度も失敗してやり直した形跡があった。


「陽奈さん、僕はその気持ちだけで十分嬉しいです…あまり無理はしないでくださいね?無理して苦手なことをする必要ないです」

「嘉月〜…」


その後、二人でキッチンを片付けて陽奈さんの作った夕食を食べた、お世辞にもあまり美味しいとは言えなかったけど、陽奈さんが必死になって一生懸命作ってくれたんだと思うとそれだけで嬉しくなって残さず全部食べた。


「アタシ、嘉月が羨ましいな…何でもできちゃうし」

「いやぁ、流石の僕にだってできないことだっていっぱいありますよ…」

「例えば?」

「例えば…僕、運動全般苦手で運動会や体育の授業なんて苦痛以外の何ものでもありませんでした…」

「ふーん…そういえば、高校時代マラソン大会でもいつもビリケツだったね」

「よく覚えてますね」

「言ったでしょ?アタシ記憶力がいいの、他にもこれ覚えてる?一年の頃の文化祭でやった演劇」

「あー、たしかシンデレラでしたっけ?陽奈さんは主役のシンデレラで、僕は舞踏会の招待客Bっていうただセリフもなく王子とシンデレラの後ろで踊るだけの端役でしたね」

「そうそう、それで嘉月当日のリハのギリギリまで上手く踊れなくて招待客A役だった娘の足踏んづけちゃったりしてたよね?」

「はい、そもそも女子と向き合って密着しながら踊るなんて恥ずかしくて…とても踊りどころじゃなかったです」

「出た!童貞クオリティ!おかげでめっちゃ浮いてたからねアンタのダンス」

「…恥ずかしいです」

「アッハッハッハ!黒歴史確定だね!」

「はい…ハハハ」

「あのさ、嘉月…」

「はい?」

「話変わるけどさ…週末さ、デートしない?」

「えっ?デ、デート?」

「したことないんでしょ?デート」

「は、はい…もちろん」

「だよね、折角だしどっか遊びに行こうよ!」

「は、はい!喜んで!」

「へへ〜、週末が楽しみだな〜♪」

「デート、か…」



・・・・・



10月20日…デート当日、僕は陽奈さんに先に外で待ってるように言われた

一緒に暮らしてるんだから一緒に出ればいいのでは?って言ったら陽奈さんが…


『女の子には色々準備がかかるもんなの!つべこべ言わず先に駅で待ってなさい!』


と、少し怒られてしまった…ホンっトつくづく乙女心が分かってないな僕という奴は…

駅前で待つこと三十分ほど経った頃…。


「ゴメン!遅くなった!」


秋らしいオレンジのニットのワンピースに白いファーのついたコートと茶色いロングブーツ、茶色いキャスケットを被りバッチリメイクした陽奈さんが走ってくる。


「いえ、問題ありません…それより、今日はどこへ行けばいいんでしょうか?僕こういうのは不慣れなもので…」

「んー、そうねぇ…なら今日は一日アタシの行きたいところに付き合ってよ!それでいい?」

「えぇ、もちろん…」

「OK!じゃあ行こう!」



…そう言って早速陽奈さんに連れられてきたのは大きなショッピングモール、まずはここで服を見たいそうだ。


「あっ!これ可愛い〜!こっちも可愛いなぁ〜」


商品を手に取り可愛い可愛いと連呼する陽奈さん、その嬉しそうにはしゃいでいる様子を見ていると、あぁこれがデートというものなのかと、実感が湧いてきた。


「丁度冬物のコートが欲しかったからイイものが買えてラッキー!」

「気に入ったのが見つかって良かったですね」

「うん!…えっと次は靴を見たいんだけどいい?」

「はい、もちろん」

「よし!行こう!」


靴屋さんに着くと、さっき買ったコートに合いそうな靴を納得の行くまでじっくりと選んでいた。


「んー、コートがグレー色だから…ここは同じグレーの靴にしようか、それともこっちの黒がいいかな〜?うーん悩むぅ!」


すっごく真剣に選んでる、正直僕はどっちでも良さそうだけど…


「…あ、今どっちでもいいんじゃない?って思ってるでしょ?」

「えっ!?なんで分かったんですか!?」

「これだから男は…あのね!女の子はオシャレに対して貪欲なの!頭から爪先まで徹底的に拘りたいの!そんなことも分からないなんて…嘉月もまだまだ修行が足りないねぇ〜!」

「…返す言葉もございません」

「分かればよろしい!これから一層精進したまえ!」

「は、ははぁ〜…」



・・・・・



一通り買い物し終えて満足気な顔をしてご機嫌な様子の陽奈さん、丁度お昼時になったのでカフェで少し休憩することにした。


「失礼します、『スペシャルジャンボパンケーキ』と『レッドホットスパイシーチキンカレー』でございます」

「うっほー!美味しそー!」


陽奈さんの頼んだのは生クリームやフルーツが山盛りのパンケーキ、一方で僕は激辛フライドチキンのトッピングされた激辛のカレー


「…すっごく甘そうですねそれ」

「でしょ〜?嘉月のもそれヤバくない?チキンもカレーも真っ赤なんだけど!超ウケるwww」

「アハハ、陽奈さんってそんなに甘いもの好きなんですね…」

「うん好き!三食スイーツでも全然ヨユー!」

「そ、それは流石に体に悪いのでは?」

「分かってるよそれくらい…てか、嘉月ってあんま甘いもの食べないよね?いつも辛いもの食べてるイメージ…甘いもの苦手?」

「いや、嫌いってほどでもないんですけど…あんまり好きではないと言いますか、体があまり量を受け付けなくて…」

「そうなんだ…てかさ、話変わるけどさ…知ってる?辛いって感じるのって実は味覚っていうよりも痛みに近いんだってさ」

「あぁ…なんとなく分かる気がします」

「でしょう?そんなん毎日食っててさぁ、やっぱり嘉月ってドM?」

「なっ!?ち、違いますよ!」

「アッハッハッハ!顔真っ赤だし!ウケるんだけど!」

「もうっ、からかわないでくださいよ…」

「ごめんて!それより早く食べよ」


…と、こうして冗談を交えながらも楽しく食事していた。


するとその時、僕らの向かいの席に座っていた若い女性二人組が


「ねぇねぇ、あそこの二人見て!ヤバくない?」

「ホントだ、あれガチでカップルかな?」

「いやないでしょお!彼女の方可愛いのに男の方あれは断然ないわー!月とスッポンじゃん!」

「だよねー、不釣り合いの極みっしょ!キャハハハ!」


…と、ヒソヒソと話している

無論全部丸聞こえだ…やっぱり、側から見て僕らは不釣り合いにしか見えないんだ、やっぱり僕なんかじゃ陽奈さんみたいな美人の隣にいるのは相応しくないということか…

改めて周りの視線が気になり出し、僕は虚しい思いでいっぱいになった。


「…嘉月?どったの?」

「えっ?」

「…なんか、急に表情暗くなった気がしたから」

「そ、そうですか?何でもないですよ…ハハハ」

「…?」


…食事を済ませ、二人でモールの中を歩いていると、やはり他の人の視線が気になってしょうがなかった…まるで行き交う人全員から笑われているような気がして気が気じゃなかった。

別に僕一人ならいくら笑われようが構わない…けど、僕なんかと一緒にいたら陽奈さんまで笑われてしまう、それだけはどうしても耐えられなかった、僕のせいで陽奈さんまでもが嘲笑の的にされてしまうなんて…僕は申し訳ない気持ちと不甲斐なさで感情がゴチャゴチャになりそうだった。


「…嘉月、ねぇ嘉月ってば!」

「!?、ご、ごめんなさい…何ですか?」

「どったの?さっきから怖い顔して…」

「えっ?」

「ひょっとしてさ、さっきカフェで言われてたこと気にしてる?」

「えっ!?あ、まぁ…すみません」

「やっぱり、にしてもひっどいこと言うよねぇ!アタシも内心頭にきてたんだから!自分のものさしで勝手に測ってんじゃないよっての!」

「でも、あの人達の言うことも一理あると思います…」

「…えっ?」

「やっぱり僕みたいなパッとしない陰キャ男なんか…陽奈さんみたいな可愛くて美人な女性の隣にいるのに相応しくないんですよ…どうせ、僕なんか」


するとその時、いきなり陽奈さんが僕の頬を両手でムギュッと思いきりつねってきた。


「ひ、陽奈ひゃん!?い、いふぁいれふ(痛いです)いふぁいれふ(痛いです)!」

「…また『僕なんか』って言った、だからこれはお仕置き!」

「ふぇっ?あっ…」

「他の人が何?他人がどうこう言おうがそんなの関係ない!アタシは、嘉月と一緒にいて恥ずかしいなんてこれっぽっちも全く思わない!この先だってずっとそう!たとえ世界中の誰もがアタシ達を嘲笑ったとしても、アタシはアンタのことを最高の旦那だって言い続けて世界中に自慢してやる!」

「陽奈さん…」

「アタシさ、実は今まで結構な数の男の人と付き合ったことあるんだけどさ…みんなイケメンだったり運動神経抜群だったりエッチも上手だったりでみんな文句なしの超イイ男だったんだけどさ、だけど誰と付き合おうともどんなにエッチしようとも誰も本気で好きだって思えなかったの…だからアタシ、今までどの元カレ達とも長く続かなかったの」

「そ、それって…つまり」

「アタシ、嘉月だったら本気で好きになれそうって思ったの!顔もパッとしないし、運動音痴で童貞丸出しだけど…それでも構わない、嘉月の側に居たい…嘉月の隣でずっと一緒に笑っていたい!でも、嘉月にそんなこと言われたらアタシ…悲しくなっちゃうよ…」

「陽奈、さん…」

「もう、自分のこと悪く言うな!お願いだから…アタシの、アタシの大事の奴(・・・・)の悪口言わないでよぉ…」


すると、僕を強く抱きしめて涙を流す陽奈さん


「何なに?何があったの?」

「すげぇ、ドラマみたい…」


段々と周りに野次馬が増えていく、中にはスマホで撮影する人も出てくる始末


「あ、あの…陽奈さん!?周りの人にすごい見られてるんですが…」

「えっ!?はっ…!」


我に返った陽奈さん、現状を把握して段々と顔が真っ赤になる


「はわわわ…アタシ、公衆の面前で何やっちゃってんだろ!?は、恥ずかしいぃ〜!」

「あ、ちょ!陽奈さん!?」


僕らはその場から一目散に逃げ出した。



・・・・・



…帰りの電車のホームにて


「…ホンっトごめん!アタシってば我を忘れてつい熱くなっちゃって…」

「いや、もういいんですって…気にしないで」

「あーもう、イイ歳してあんな公衆の面前で大泣きして恥ずかしかったぁ…穴があったら入りたいぐらい、もうお嫁に行けないよ!」

「陽奈さん落ち着いて、それにもうお嫁にならとっくに来てるじゃないですか…」

「あ、そうでした…ついうっかり、てへっ」


悪戯っぽい笑みを浮かべて舌を出す陽奈さん


「可愛い…」

「えっ?」

「あっ!す、すみません!つい本音が…」

「いいよ、別に…さっきだってさりげなく言ってたけどさ、アタシのこと可愛いって思ってくれてたんだ?」

「当たり前じゃないですか…陽奈さんは、すごく可愛いです」

「…言ってる本人が何照れてんだよ!」

「ちょ、やめへくらはい!頬をつねららいで!」

「ハハハ!参ったか!」

「ま、参りまひた!ちょ、離ひてくらはい!」

「プッ、アッハッハッハ!」

「フッ…ハハハ」


彼女が笑うのに釣られて僕も自然と笑みが溢れた。


人生初のデート…ちょっとハプニングもあったけど、これはこれでとても楽しかったな…。




第二章



11月5日…気づけば陽奈さんと結婚してもう一ヶ月が過ぎようとしていた。


「ねぇねぇ、そういえば嘉月ってさぁ誕生日いつ?」

「誕生日?11月18日です」

「えっ?もうすぐじゃん!てか、アタシと近いね!アタシ22日」

「えっ?そうだったんですか?」

「へぇ、こんな偶然もあるもんだねぇ…」

「そうですね、びっくりしました…」

「ならさ、二人の誕生日いっぺんにお祝いしようよ!丁度真ん中辺り…20日なんてどう?」

「いいですね、しましょう!」

「OK決まり!フフ、今から超楽しみ!」



そして迎えた11月20日、誕生日デート当日…前回のデートは陽奈さんのやりたいことを優先したので今回は僕のやりたいことを優先させる方向で決まった。


まずは二人で複合型大型アミューズメント施設へやってきた。


「あっ!ここたしか高二の文化祭の打ち上げで来たとこだよね!?」

「はい、懐かしいですね…」

「ここカラオケとかゲームセンターとかだけじゃなくてボウリングとかスポーツ系のとかもあったよね?」

「はい、今日は一日フリーパス券あるので思い切り楽しみましょう!」

「うん!」


一先ず最初はボウリング場へとやってきた


「ボウリングとか久方ぶりなんだけど、でも嘉月には負ける気がしないねぇ〜」

「ぼ、僕だって…」

「フフ〜ン、言ったね?それじゃあお手並拝見させてもらおうか?」


…思った通り、陽奈さんはスペアやストライクを連発するのに対して僕は投げても投げてもあらぬ方向へ転がってしまいガターを連発、倒せても一本や二本そこらだった。


「勝った勝った!フゥゥゥ!」

「くぅ、負けた…まぁ想定の範囲内でしたけどね」

「出た!負け惜しみぃ〜!」

「…っ!」


次はゲームセンターに移動して、ゾンビシューティングゲームで勝負することになった。


「ヤバいヤバいヤバい!めっちゃ来た!?えっこれ全然当たんないんだけど!」

「陽奈さん落ち着いて!あ、弾切れてる!リロードリロード!」

「えっ!?リロードってどうやんの!?あぁ噛まれた!」

「貰った!」

「あーん、負けたぁ!」

「ドンマイです、初めての割にはよく立ち回れていたと思います」

「ぶー、なんかムカつく…」


拗ねて頬を膨らせる陽奈さん、正直言うとちょっと可愛い…


「ねぇねぇ、プリクラ撮ろうよ!」

「プリクラ、ですか…」

「撮ったことない?」

「はい、初めてです…」

「最近のプリクラすごいんだよ〜、目デッカくしたり小顔にできたり」

「それは、すごいですね…」


…とまぁ、こんな感じで二人でプリクラを撮った

出来上がった写真を見るとまるで別人のような顔をしていた。


「うわ、すごいな…目がキラキラしてる」

「だよね、ウケるよねこれ!アッハッハッハ!」


その後はカラオケやダーツなどで楽しんだ、気づけば外はすっかり夕方になっていた。


「ふぅ〜!遊んだ遊んだ!大満足!」

「それはよかったです」

「はぁ、思い切り遊んだらお腹空いた…夕飯何食べようか?」

「それなら任せてください、ちょっと以前から気になっていたお店があるのでそこにいきましょう」

「おっ?なんか期待大…」

「ちょっと遠いんですが電車で移動しましょう」

「うん!」


電車で横浜へ移動、そこにある韓国式の焼肉屋へやって来た。


「イラシャイマセー」

「へぇ、ここがオススメのお店かぁ」

「以前、テレビで紹介されていて行ってみたいと思ったんです」

「いいねぇ、何頼もうかな?あんまり辛くないのがいいけど、おっ?チーズダッカルビあるじゃん!これ好き!」

「いいですね、頼みましょう!」


それから二人で食事を楽しんだ


「いやぁ、美味しかった!ありがとうねいいお店連れてきてくれて!」

「いえ、とんでもないです…あっ、そうだ!忘れない内に…」

「??」

「少し早いですけど、お誕生日…おめでとうございます」

「これって、指輪?」


僕はポケットから指輪を取り出して陽奈さんに手渡した。


「えぇ、そういえば『結婚指輪』を用意してなかったなぁと思いまして…」

「可愛い…ありがとう!一生大切にする!」

「良かった、喜んでくれて…」

「実はアタシもさ、用意してきたんだ…プレゼント」

「えっ?僕にも?」

「はい!誕生日おめでとう!」


そう言ってカバンから取り出したのはオシャレなニット帽だった。


「わぁ、ありがとうございます!」

「これから寒くなるからさ、それ被ってまた一緒にお出かけしようよ!」

「はい!嬉しいなぁ…家族以外から誕生日プレゼント貰ったのなんて小学生ぶりぐらいだ…しかも好きな人からのプレゼント貰うなんて生まれて初めてです」

「えっ、す、好きって…!?」

「あっ!あの、えっと…」


すると、陽奈さんはいきなり僕に抱きついてきた


「アタシも好きだよ嘉月…今度はちゃんと男として、旦那として!」

「陽奈さん…僕も、好きだ!」

「嘉月…大好きっ!」


その場で二人強く抱きしめ合った、冷たい夜の空気にずっといたせいか陽奈さんの体温が温かくて余計に身に染みた。


「うぅ…寒くなっちゃった、やっぱこの時期は夜にもなるとさっむいねぇ」

「ですね、早く帰りましょう!」


…駅へ向かうと、無数の人だかりができていた。


「ん?何かあったんでしょうか?」

「えっ?…あっ!ヤバっ!人身事故だってさ!」

「えぇっ!?そんな!」

「…うわっ、もしかしたら朝まで電車動かないっぽいかもよ?」

「そうですか…困りましたね」


電車が動かなくて立ち往生してしまう僕達、タクシー使うほどの持ち合わせもなく途方にくれていた。


「…どうしたらいいんだ?困った…」

「寒い…ねぇ、もうどこでもいいからどっか入ろうよ」

「そうですね、ん?」


すると、目の前に見えてきたのは…


「こ、これは…」


あちこちに煌びやかなピンク色の電飾がついた看板が立ち並ぶ場所へ辿り着いた、謂わゆる『ラブホ街』という奴だ…


「あ、あの陽奈さん…別の場所にしませんか?」

「え〜!もう寒いし歩きたくないよぉ、もうラブホでもいいから中入ろ!」

「は、はい…」


仕方なくラブホへ一時避難することになった…。



・・・・・



「うわぁ!広ぉい!ベッドでかっ!とうっ!」


部屋に入るなりベッドに思い切りダイブする


「………」


初めて入るラブホに戸惑いを隠せない僕、部屋全体に蔓延る大人な雰囲気に飲まれそうになっていた。


「ねぇ嘉月もおいでよぉ!ベッドフカフカで気持ちイイよー!」

「そう、ですか…」

「ん?もしかして…緊張してんの?」

「はい…だって、ラブホなんて入ったの初めてですし…」

「へへ、そっかぁ…童貞クンにラブホはやっぱ刺激が強すぎるよねぇ〜」

「……っ」

「アッハッハッハ!顔真っ赤!可愛い〜!」

「か、からかわないでくださいよ!」

「…なんならさ、その童貞…ここで卒業しない?」

「ふえっ!?」

「いいよ、夫婦なんだから…こういうことも、ね?」

「いや、ちょ…まだ心の準備が」

「むぅ…えいっ!」


すると、陽奈さんは僕に飛びついてベッドへ押し倒した。


「へへへ、観念しなよ?」

「ちょ、陽奈さん…!?や、やっぱりまだ…」

「大丈夫、怖くないよ?アタシが手とり足とり教えてあげる♡」

「っ!!?」


…それからのことははっきりと覚えていない、僕は陽奈さんにめちゃくちゃにされ、激しくまぐわった。


「…ハァ、ハァ」

「…ハハハ、中々やんじゃん童貞クンのくせに」

「…結構必死でしたけどね」

「何はともあれ、童貞卒業おめでとう!チュッ♡」


と、僕にキスをする陽奈さん



・・・・・



12月18日…今日は母の命日で、僕は陽奈さんを連れてお墓参りに来た。


墓石を綺麗に磨いて花とお供えものを供えて、線香に火を灯して静かに手を合わせる、手を合わせている間僕は心の中で墓に眠る母さんと祖父母に近況を報告していた。


『母さん…それとじいちゃんばあちゃん、遅くなったけど僕はこの方と結婚しました…もし母さん達が生きていたら喜んでくれてたかな?何にせよ、これからも僕達がしっかりやっていけるように天国から見守っていてください…』


「…喜んでくれてるといいね、嘉月のお母さん」

「えぇ、じゃあ帰りましょうか?」

「うん…」


…家に帰る、すると郵便受けに二通のハガキが届いていた。


「ん?何コレ?『同窓会のお知らせ』?」


それは高校時代の同窓会開催のお知らせだった。


「おぉ!同窓会!いやぁ久し振りだねぇ〜!来週だってさ?ねぇ、嘉月はどうする?」

「え?あぁ…どうしようかな?別に仲良かった友達もいないですし…」

「えぇ〜!?いいじゃん行こうよぉ!」

「いや、でも…」

「大丈夫大丈夫!アタシが一緒なら何とかなるっしょ!」

「ま、まぁ…」



・・・・・



12月25日…今日は同窓会の日、そしてクリスマスの日でもあった。


会場は都内のホテルのパーティーホールを貸し切って行われるそうだ。


「おー!久し振りー!」

「元気だった?」


十年ぶりの再会に盛り上がる同級生達


「おー!みんな早速集まってんじゃん!」

「………」

「ほら嘉月!そんなとこでいつまでも縮こまってないで早くおいで!」

「は、はい!」


二人揃って会場内へ入る


「みんなー!久し振りー!」

「あっ!陽奈ー!久し振りー!」

「白沢ちゃんじゃん!ヤッホー!」

「おう白沢!相変わらずテンション高いな!」


流石は当時からクラスの中心的存在でスクールカースト上位の人気者だった陽奈さんだ、陽奈さんが会場に現れるや否やみんながみんな陽奈さんの方へ集まっていく…。


「みんな久し振り!」

「あ、そうだ!聞いたぜ、白沢結婚したんだって?」

「うん、そうだよ!ほれ!」


と、左手を掲げて薬指の指輪を見せる


「うへぇマジか!?白沢ほどの上玉落とすなんて一体どんな男だ?」

「どこぞの大企業のお偉いさんとか石油王とかじゃね?」

「んなわけないでしょ!フツーの一般人ですぅ!」

「えー見たい見たい!」

「見たいも何も、今日一緒に来てんだけど?」

「えっ!?誰々!?てか同級生!?」

「ほら嘉月!」

「わたっ!?」


なるべく気配を消して大人しくしていた僕を捕まえてみんなの前に出させる陽奈さん


「ご紹介しまーす!アタシの愛しの旦那サマの黒崎 嘉月君でーす!」

「えっ!?黒崎!?」

「黒崎って、たしかいつも一人でいたあの陰キャだろ?」

「あー、いたなー…喋ったことないけど」

「てか、冗談だろ?あの白沢と?」

「えー?何かのドッキリじゃない?」


と、あっという間にザワザワし始める同級生達


「え、えっと…どうも」


「く〜っ!羨しすぎるぞ!」

「なんでよりによってあんなのと!俺らと差して変わらないじゃないか!」

「くそー!裏切り者ー!お前なら分かり合えると思ったのに!」


中には下位グループだった同級生達からの僻み丸出しの殺意を向けられた。


「てか、詳しく教えなさいよぉ!二人どうやって馴れ初め合ったの?」

「そうそう!学生時代だって縁もゆかりもなかったのに!」

「え、えっと〜…」


…それからと言うものの、同級生達に陽奈さんとの馴れ初めやら何やら根掘り葉掘り質問攻めにあった。



「…はぁ、疲れた」


一度お手洗いに行ってくると断って一先ずロビーのソファーに座って一休みする。


「嘉月!」

「陽奈さん…」

「大丈夫?アイツらマジで遠慮ってモン知らないからさぁ…」

「えぇ、正直あんなに沢山の人に注目されるなんて初めてだったんで…陽奈さんはすごいな、高校時代毎日のようにああやってみんなの中心に居続けて…」

「そんなことないよ!…ぶっちゃけて言っちゃうとさ、実はアタシの方こそ高校時代から嘉月のこと羨ましいなって思ってずっと見てたんだよ?」

「えっ?そうだったんですか?」

「うん、アタシさ…昔から周りに誰かがいないと淋しくてダメな人間でさ…今はそんなでもないんだけどさ、昔のアタシはとにかく一人でいる時間が淋しくて嫌で常に友達と連んだりしてさ、一人じゃ何にもできない弱い人間だったんだよ…」

「そう、だったんですか…?」

「だからさ、いつだって一人でいる嘉月が羨しかったんだよ、休み時間も一人、お昼食べる時も移動教室だってずっと一人だったよね…」

「いや、それはただの人見知りで根暗なぼっちだっただけで…」

「そうかもしれないね…でも、アタシからすれば嘉月は自分の芯をしっかり持ってて誰にも媚びることもなく何色にも染まることもない、真っ直ぐで孤高の存在なんだなってそう思ってた…」

「そんな、買い被りすぎですって…」

「だからさ、入社式ん時に偶然嘉月を見かけた時ホントに嬉しかったんだよ?だから、今度こそは友達になれたらいいなぁなんて思ってた」

「陽奈さん…」

「ま、友達どころか結婚までできちゃって…結果としては上々、みたいな?」

「フフ、そうですね…」


「あ、二人ともこんなとこにいた!」

「もう遅いよ〜!まだまだ聞きたいことも沢山あるのに〜!」

「ごめんごめん!すぐ戻る〜!行こっか?」

「はい…」



・・・・・



それからみんなお酒も入って盛り上がり、僕一人だけシラフで陽奈さんやみんなはベロンベロンになるまで飲み続けた。


「うへへ〜、あー楽しいねぇ〜」

「ちょ、陽奈さん飲みすぎですよ…あぁもう足元フラフラだし」

「大丈夫らよ〜、全くもう嘉月ったら心配性なんらから〜」

「もう呂律もロクに回ってないじゃないですか…今日はもう帰りましょう」

「何だよ、もう帰んの?この後二次会もあんのに…」

「すみません、ちょっと…陽奈さんが心配なのでこれで失礼します」

「そっか…まぁしょうがないな、またな白沢!」

「うんーっ!みんにゃばいば〜い!」

「ほら、行きますよ…」

「はぁい」

「黒崎!」

「はい?」

「…白沢のこと、幸せにしてやれよ!」

「頼んだぜ黒崎!」

「…はい!」


酔い潰れた陽奈さんを背負ってパーティー会場を後にする、ホテルを出ると外はすっかり冷え切っており、今にも雪が降りそうだった…

そういや、今朝の天気予報で今夜は久し振りに関東地方でも『ホワイトクリスマス』になるかもしれないって言ってたっけな…?


「陽奈さん、寒くないですか?」

「じぇーんじぇん!嘉月の背中があったかいから心地いいや…」

「そ、そうですか…雪が降りそうなんで早く帰りましょう」

「はぁい!ねぇねぇ、帰ったらいっぱいエッチしようよ!」

「なっ!?ちょ、公衆の面前で何叫んでんですか!?まぁ、したいのは変わりないですけど…」

「ほらやっぱりシたいんじゃにゃいか〜、素直じゃにゃいにゃ〜、嘉月のムッツリ!」

「か、からかわないでください!」

「にへへ〜ジョーダンだよぉ」


すると、そんな時…空からちらほらと雪が降ってきた。


「わ、雪…ホントに降ってきた」

「へへ〜、キレーらねぇ…」

「えぇ、ささっ…降り積もる前に早く帰りましょう!」

「そうら!帰ってエッチら!走れ走れぇ!ハイヨー!」

「…やれやれ」





第三章




3月20日…季節はそろそろ春になろうとする頃、ここ最近陽奈さんの様子が少し変だ。



「…うーん、気持ち悪い」

「大丈夫ですか?やっぱり一度病院に行った方がいいんじゃ?」

「えー、やだよぉ…それでもし重大な病気とか言われたら怖いじゃん…」

「大丈夫、僕も一緒について行きますから…それこそ、もしホントに病気だったら大変ですよ?」

「うん、分かった…」


ということで、急遽陽奈さんを連れて病院へやってきた。


「………」

「先生、どうですか?」

「そうですね、黒崎さん…恐らく奥さんは妊娠している可能性が高いです」

「えっ?妊、娠…?」

「はい、今産婦人科の先生へ連絡しますのでそちらで詳しい検査をしてもらってください」

「は、はい…」


…それから、産婦人科の先生に検査をしてもらった結果…陽奈さんはたしかに妊娠していた。


「黒崎さん、おめでたです…丁度4〜5週の辺りでしょうね」

「あ…」


お腹の中を見る機械を使って陽奈さんのお腹の中を見ると、たしかにそこには豆粒のように小さな命が宿っていることが分かった…。


「ホントに、アタシ…うぅ」


お腹の子供の姿を見て感動の涙を流す陽奈さん、思わず僕ももらい泣きしてしまった。


「黒崎さんは今回が初産ですよね?こちらの方に妊娠中に注意すべきことや準備しておくことが載っていますので参照してください」


と、冊子を渡される


「陽奈さん…」

「嘉月…」


これから僕は父親になるんだ、今はお腹の子が無事に生まれてくるまで僕が二人(・・)のことを守っていくんだ…僕はそう胸に固く誓った、どんなことがあっても夫として父親として支え守ってみせる!



・・・・・



5月5日…もうすっかりつわりも収まって大分動けるようになった陽奈さん、でもまだまだ油断ができないので僕は一日たりとも気が抜けない毎日を送っている。


「ひ、陽奈さん!荷物くらい僕が持ちますから!」

「これぐらい大丈夫だって!ホンっト嘉月は心配性なんだから〜」

「だ、だって…お腹の子にもしものことがあったら」

「もう、しっかりしなよ!嘉月がそんな狼狽えてどうすんのよ…大丈夫、もう安定期に入ったし…それに適度な運動も必要だって先生言ってたし」

「そ、そうですか…」

「まだまだ修行が足りんねぇ〜」

「…精進します」


…それからも僕は一心不乱に子育てや出産のことについて勉強した、空いている時間のほとんどを勉強に費やしいざと言う時の為に備えた。


「………」

「よぉ黒崎!難しい顔して何読んでんだ?」

「あぁ西島さん、今子育てや出産について色々調べてるんですよ」

「へぇ、勉強熱心だねぇ…でも男なんだからそんなの必要ないだろ?」

「西島さん…今のこのご時世、その発言は如何なものかと思いますよ?子育ては女に任せればいいなんて古いです、そんなんだから奥さんに愛想尽かされるんですよ…」

「なっ!?お前言っちゃいけないことを…って、お前の言うことも一理あるよな…やれジェンダーレス社会だ男女平等だって、時代は変わるもんだねぇ」

「そうですよ、西島さんも時代に取り残されないように気をつけてくださいね」

「はいはい…」



…仕事が終わり、ビルの入り口で陽奈さんが出てくるのを待つ


「あ、嘉月〜!」

「陽奈さん、お疲れ様!体は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、もうホント心配しすぎ!さ、帰ろ!」

「はい!」


ビルを出て駅へ向かって二人で歩いていると…


「…ん?あっれぇ?誰かと思ったらやっぱ陽奈じゃん!?久し振り〜!」


見知らぬ男が馴れ馴れしく陽奈さんに話しかけてきた

男は金髪オールバックで色の薄いサングラスをかけて変な柄の入ったスカジャンとダボダボのズボンを腰穿きにした如何にもガラの悪いチンピラのような感じの男だった。


「リ、リュージ…!?」


面食らったかのような顔で男の顔を見るなり僕の一歩後ろへと下がる陽奈さん


「お?覚えててくれたの?えぇ光栄じゃんかよ、ん?」

「ちょっと!何なんですかあなた!?」


僕は陽奈さんを守らんとしてバッと男の前に立ちはだかる


「何?俺が誰かって?俺は『永塚 リュージ』ってんだ!まぁ所謂そいつの『元カレ』って奴よ!」

「も、元カレ?」


コイツが、過去に陽奈さんが付き合ってた何人かの男の内の一人…?


「で?お前誰?コイツの新しい男?」

「初めまして、黒崎と申します…僕は陽奈さんの『夫』です!」

「なっ!?お、夫!?何お前、結婚したの!?しかもお前その腹もしかして…」

「そうよ!この人、アタシの旦那!アタシは今この人と一緒で幸せなの!もう金輪際、アタシの前に現れないで!行こう嘉月!」

「え、あぁ…」


ツカツカと早足で通り過ぎていく


「…へぇ、陽奈の旦那…かぁ」



・・・・・



「…ごめんね、変なことに巻き込んで」

「謝らないでください、陽奈さんは悪くありません…それより、あの男が元カレって…」

「それはホントだよ、高校卒業してすぐくらいだったかな?…って言っても付き合ってた期間なんて一カ月もないぐらいで最短で別れてやったけどね」

「…あの男、明らかにカタギじゃないですよね?何か良からぬ連中と連んでるんじゃ?」

「そう、昔アイツ…そこそこ大きな半グレチームのヘッドやってたの…それこそ当時から反社会的組織の連中とも黒い繋がりを持ってるようなとびきりのヤバい奴なの…」

「そんなヤバい奴が…」

「聞いた話じゃ、何年か前に警察に捕まってムショに行ったって話だったけど…まさかもう出てきてたなんて…」


陽奈さんの顔色が段々と青ざめていく


「安心してください…何があろうとも陽奈さんとお腹の子供は僕が必ず守りますから!」

「嘉月…」



…それからというものの、僕は外に出る時は一時ひとときも警戒心を怠ることなく出勤時や退勤時など陽奈さんのボディガードに努めた。

同僚達にも訳を説明し、僕がどうしても外せない時は代わりにボディガードを引き受けてもらったり、家の近所を怪しい奴がいないかパトロールしてもらった。


そんなこんなであれから一週間が過ぎた…


「…あれからあの男、現れてきませんね」

「うん、でもどうだろ?執念深いところあるからさアイツ…」

「このまま何も起こらずに過ぎていけばいいんですけどね…」


すると、その時だった…突如一台の黒いワンボックスカーが僕らの側に止まった。


「!?」


すると車の中から数人のいかつい男達がズラリと出てきて僕らをいきなり取り押さえて車の中へと引き摺り込む。


「ちょ、何ですかアンタ達!?」

「か、嘉月ー!」

「陽奈さん!やめろ!陽奈さんには手を出すな!」


と、抵抗も虚しく両手を縛られて頭から袋のようなものを被せられてどこかへ連れ去られてしまった。



・・・・・



着いた先で車から下ろされて被せられた袋を外される

そこは見知らぬ古い倉庫の様で、周りにはガラの悪い男達が大勢いてこちらを睨んでいる。


「な、何なんだお前達!?僕らをどうするつもりだ!?」


「やぁやぁご機嫌よう、黒崎君…」


男達の間を掻き分けて現れたのは、やはりリュージだった。


「お、お前は…」

「リュージ!?」

「へへへ、淋しかったぜぇ陽奈ぁ…こないだは折角運命の再会を果たしたってのにツレない態度とりやがって、俺ぁ悲しくてあの夜は枕を濡らして寝たもんだぜぇ?」

「ふざけないで!アタシとアンタとの関係はとっくの昔にもう終わってるの!もうお願いだからアタシ達に関わらないで!」

「…淋しいこと言うなよ陽奈ぁ、俺ぁ今でもお前のこと愛してるんだぜぇ?なのにお前と来たら、一方的に別れを切り出しやがって…俺は深く傷ついたんだよぉ、どうしてくれんだ?あぁ?」

「んなもん知らないわよ!このクズ!」

「そ、そうだ!それに今は陽奈さんは僕の奥さんなんだ!お腹に子供だっている!もう諦めろ!」

「るせぇこのモヤシ野郎!お前が旦那だろうがなんだろうが知ったことかバァカ!テメェみてぇな陰気臭いモヤシ野郎なんかよりも俺の方が陽奈の男に相応しいに決まってんだろ!」

「ちょっと!アタシの大事な旦那をバカにすんなよ!」

「あーあーもうぐだぐだうっせぇな!おい!」

「へい!」


すると、男二人が出てきて陽奈さんを羽交締めにした。


「おい!何をするつもりだ!やめろ!陽奈さんに触るな!」

「おっと!大人しくしてな!」


と、後ろから別の男に踏みつけにされて身動きとれなくされてしまう。


「あぐっ!?」

「嘉月!」

「さぁてと、おいモヤシ野郎…お前に選ばせてやる、もし大人しく陽奈を俺に寄越すんなら、見逃してやんよ…ただ、もしもノーと言うのなら…分かってるよな?」

「!?」

「この、卑怯者!」

「テメェは黙ってな!今コイツと話してんだ、後でたっぷり可愛がってやるから大人しく待ってな!さぁ、どうする?」

「そんなの決まってるだろ…断固お断りだ!」

「嘉月…」

「ほぅ…いい度胸じゃねぇか兄ちゃん、よほど死にてぇみてぇだなぁ?」

「ただし、条件がある…お前らで僕を煮るなり焼くなり好きにすればいい、その代わり!陽奈さんとお腹の子にだけは手を出すな!そして二度と関わるな!」

「嘉月!そんなのダメだよ!殺されちゃうよ!」

「いいんだ、言ったでしょ?何があったって陽奈さんとお腹の子は僕が絶対に守るって、君を守る為だったら…死ぬことなんて怖くない!!」

「嘉月…」

「へんっ!泣かせるじゃねぇか…美しい夫婦愛ってか、けっ!くだらねぇ!おい!コイツぶっ殺せ!」

「へい!」


号令とともに男達が僕に殴る蹴るの応酬を加える


「ハッハッハッ!おらもっとだ!もっとやれ!」

「やめて!ねぇやめて!嘉月が死んじゃう!」


「おら!死ねやぁ!」

「ぶべらっ!」


もう殴られすぎてどこが痛いのかもはっきりと分からなくなり始め、段々と意識も遠のいてきた。


「ハァ、ハァ、ハァ…やったか?」

「う、うぅ…」


全身痣と血だらけになりながらも、僕は倒れまいと必死に歯を食いしばって立ちあがり、男達を睨んで見せた…。


「コイツ、あれだけボコられてもまだ立てんのか?」

「嘘だろ?もう骨も何本もやったぜ?」

「えぇいどけお前ら!こんなモヤシ一人殺せねぇのかよ情けねぇ!」


痺れを切らしたリュージは、側にあったバールのようなものを手にとる


「流石にこれで頭カチ割れば即死だろうなぁ?」

「………」

「さぁ、死にさらせぇ!」


リュージがバールを高く振り上げた


「!?」


僕はその隙を見逃さず、ガラ空きになったリュージの懐に思い切り体当たりした。


「うわっ!?」


不意を突かれたリュージはバールを手から落とし仰け反って尻もちをついた。


「うぁぁぁぁ!!」


僕は火事場の馬鹿力を発揮してリュージの上に馬乗りになってリュージに殴りかかった。


「コ、コイツ!何しやがる!」


僕の胸を突き飛ばし、反対に今度はリュージが僕の上に馬乗りになる


「ナメやがって、ぶっ殺してやる!」


リュージはその手で僕の首をグイグイと締め上げる


「ぐ、あぁ…」


僕は喉が締められ、呼吸ができず悶絶する


「ハッハッハッ!さぁ死ね死ね死ね!死にさらせぇ!!」

「か、嘉月!」


もう意識もなくなりかけていよいよダメかと思ったその時だった…。


「警察だ!全員動くな!!」


突如銃を持った警官隊が倉庫内に乗り込んできた。


「なっ!?サツだ!」

「逃げるぞ!」


蜘蛛の子を散らすようにして逃げ惑う男達、呆気なく警官達に全員捕らえられ御用となった。


「18時12分、拉致監禁及び暴行傷害の現行犯で逮捕する!」

「ち、ちくしょーーーー!!」


「おい!二人とも!大丈夫か!?」

「に、西島さん!?どうして?」

「いや何、二人が怪しい男達に車で連れ去られるところを偶然見かけてさ、慌てて警察に通報して漸く探し当てたわけよ…」

「そうだったんですね…ありがとうございました」

「いいってことよ、それよりも…おい、黒崎!黒崎!しっかりしろ!」

「か、嘉月!しっかりして!」

「…に、西島さん?陽奈、さんは?」

「あぁ無事だよ!今、救急車呼ぶからな!しっかりしろ!」

「良かっ…たぁ、陽奈さんが無事で…ホンっトに、良かったぁ」

「嘉月…アンタ人の心配してる場合?今一番死にそうなの嘉月の方だからね?」

「そうだ、体中が…壊れそうなほど痛いよ…」

「嘉月…死んじゃやだ!嘉月ー!!」


…それを最後に僕は意識を失ってしまった。



・・・・・



気がつくと、僕は病院のベッドの上にいた

全身包帯グルグル巻きで体には何本もの機械に繋がれた管が繋がっていた。


「ここは…?」

「嘉月!?気がついた?」

「陽奈、さん?」

「もうバカっ!嘉月のバカ!大バカ!!」

「ごめんね…心配、かけた」

「そうじゃないよバカ!いやそれもあるんだけどアタシが怒ってんのはそこじゃないの!」

「??」

「嘉月さ、もう『死んでもいい』なんてバカなこと二度と言わないでよ!嘉月死んじゃったら、アタシだって生きていけないんだからぁ!」

「ごめん、なさい…」

「…分かればよろしい!今後一層精進したまえ!」

「…返す言葉も、ございません」



・・・・・



…僕は計六ヶ所もの部分を骨折し、その他全身の至るとこもヒビが入っており、完治するまでに半年…更にリハビリに一ヶ月もの期間を要した。


その間に、陽奈さんは無事に赤ちゃんを出産…元気な女の子が生まれた。


名前は僕と陽奈さんから一文字ずつとって『月奈るな』と名付けた。



…そして、今日はみんな揃って退院の日を迎えた。


「ほら嘉月、抱っこしてあげな…」

「うん、あぁやっと抱っこできる…この日が来るのをどれほど待ったことか」


月奈を抱き上げる、とても小さくて温かくてほのかにミルクのような香りがした。


「月奈、君のことはパパが一生守っていくからねー」

「アタシのこともちゃんと守ってよね、パーパっ!」

「もちろん、家族はみんな守っていくよ!」



・・・・・



【一年後】



「よし、じゃあ行ってきます!」

「うん、いってらっしゃい!パパ頑張ってね〜!」

「月奈〜、ママと一緒にいい子で待ってるんだよ〜?」

「あぶー」

「フフ、ねぇ嘉月?」

「ん?」

「そろそろ、二人目がほしいなぁ…なんて!」

「フフ、分かった!愛してるよ、陽奈」

「私も、愛してるよ…嘉月!」



“チュッ♡”





~Fin~


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― 新着の感想 ―
[良い点] 同級生相手に敬語で喋り、自己否定的な言動が目立つ嘉月と何事もストレートで元彼の話題もさらっとしてしまう陽奈の、意外と相性抜群な関係が可愛らしかったです。 また、下心ではなく結婚や妊娠をきっ…
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