21. ノノ
執事のジジイが、いなくなり。
私は大好きな王子と、二人っきりになってしまった。
恋愛経験・豊富な私は、いさぎよく腹をくくって、シャンパングラスを、ひっつかむ。
……とにかく、酒よ。
酒を飲むのよ。
酒で緊張、まぎらわすのよ。
グラスに入ったシャンパンを、グビビと一気に飲み干して、ボトルに手を伸ばすと。
スカッと、空ぶりさせられた。
「君に、ワインは注がせないよ。
これは男の仕事だからね」
ミハエル様はそう言うと、私のグラスにシャンパンを注いだ。
金色の液体を、私は食い入るように見た。
プライスレス……!
王子に注いでもらったシャンパン……!!
王子様の美しい手が、イチゴの乗ったカゴを差し出す。
「これを、一緒に食べるといいよ。
互いのよさを、引き立てるからね」
私はお言葉にしたがい、イチゴを一つ、手に取ると。
ポイッと、口に投げ込んだ。
……なに、このイチゴ!?
めちゃくちゃ甘い! しかも、ジューシー。
こんなの、食べたことないわ。
どれ、もう1つ……。
私はイチゴを、ムシャムシャと食った。
王子は、楽しそうに見てた。
「気に入った?」
「めちゃくちゃ気に入っちゃいました」
「そう、それはよかった。
リチャードくんが聞けば、喜ぶね」
私は、イチゴを皿に落とした。
「まさか……。
このイチゴって……」
王子様は、優雅に言った。
「お察しの通り、リッチマン商会のイチゴです」
……なんて、けがらわしいイチゴ!!
メガネの会社の、果物なんて……。
食べたら舌がくさって、とけるわ。
でも、もう半分、食べちゃったし。
社長が悪人だからって、食べ物に罪はないんだし。
……いやいや、でも。
でもでも、だって!!
リッチマン商会なんて、今すぐ消えてなくなるべきだし。
あいつがデキる奴なんて、死んでも認めたくないし。
正義と食欲のはざまで、私が、もだえ苦しんでると。
王子がイチゴを、ヒョイッとつまんだ。
そして、そのまま「あーん」してきた。
「……ひょえっ!!」
私は抵抗しようとしたが、ドSな王子は容赦なく、イチゴで唇をつっつく。
……あああん! やめてっ!! 誘惑しないでっ!!
この戦いは絶対に、負けちゃいけない戦なの。
イチゴがうまいと認めたら、メガネに負けるのと同じなの。
私は、公爵令嬢よ!
たとえ、王子が相手でも……私は、ほこりを捨てないわ!!
ーーそして、1分後。
私は、イチゴを完食していた。
「おいしい?」
「おいしすぎて、屈辱です……」
……ぐすん。
王子様には、勝てなかったよ…。
王子様が、クスッと笑った。
「少しは、緊張がほぐれた?」
私は、からくりに気づいた。
王子は私の緊張に、とっくに気づいてらしたのだ。
だからメガネの話題をふって、怒りで気分を紛らわしたのだ。
「……そういうことだったんですの。
私の頭の中なんて、全部、お見通しですのね……?」
王子は、空々しく言った。
「まさか。君といると、驚かされることばかりだよ」
……ウソばっか。
この人、ほんと、ウソばっか……。
ウソの大変お上手な方に、私は、かわいく嫌味を言った。
「あら。調子のいいこと、おっしゃいますのね。
フィアンセの私の他に……好きな女がいらっしゃるくせに」
王子は、軽くあしらった。
「誤解だよ。サクラちゃんは、ただのクラスメイトだ。
君が心配しているような、おかしなことは何もない」
「……さあ、それはどうかしら?
あなたは、ウソがお上手ですもの。
裏では、何をなさってるのか……。
分かったもんじゃないですわ」
王子は、子供をあやすみたいに、大人の余裕をにじませて言った。
「はいはい、姫のおっしゃる通り。
ぼくは、とんでもない男ですよ。
……ところで、レディ。
カクテルはいかがですか?」
「…………。いただきますわ」
やたら香りのいい酒を、私はヤケになって、ガブ飲んだ。
続けて、さらに4杯目。
5杯目、6杯目と飲んだ。
ーーそして、気がついた頃には。
ベロベロに、酔っぱらってた。
私は、グラスをテーブルに置いた。
「……プリンス! もう1杯っ!
この店で、一番強い酒をくださいなっ!」
王子様は、水をよこした。
「それぐらいで止めておいたら?」
「だぁ~って、……ヒック!
こんな状況、飲まなきゃ、やってられませんわよぅ……」
「何がそんなに、悲しいの?」
私の胸が、チクリと痛む。
ヒリヒリ後を引く痛みを、私は感じてないフリをした。
「なんのことだか、分かりませんわ。
私、べつに悲しくなんか……」
ウソつきな王子様は、甘く、やさしく、ささやいた。
「ぼくでよければ、話を聞くよ?」
私は、フィアンセを見つめた。
明るい色の金髪は、ロウソクの火に照らされて……。
ほんのり、オレンジがかって見える。
奥に鋭さを秘めた、エメラルド色の瞳は。
いつもよりも柔らかくって、不思議な色彩を帯びてる。
あんまり、きれいな微笑みに。
何もかも全部、投げ出して……。
心をゆだねて、しまいたくなる。
私は誘惑をはねのけ、勇気を出して、酒に逃げた。
「いいから、酒をくださいな!
私のちっぽけな悩みなんて、なかったことに、しちゃいますから」
「やれやれ、仕方ない人だなぁ……」
王子はグラスを手に取ると、青いカクテルを作った。
うれいを帯びた青色に、私は思わず、目を奪われた。
……なんて、きれいなのかしら。
ロウソクの丸い光が、グラスの底に沈んでて……水に映ったお月様みたい。
なんとなく泣きたくなって、ごまかすように手を伸ばすと。
王子に、グラスを奪われた。
「あっ! 私の酒……!!」
キングストンのプリンスは、お客の苦情を、完全にシカト。
静かなバーでくつろぐように、お酒を味わってらっしゃる。
私は大切なものが、目の前で奪われてくのを……指をくわえて見てるしかない。
ミハエル様の、右手は。
しなやかで優美な感じで、指がすらりと長くって。
だけど、灯りに照らされて。
手の甲の血管や、骨が影になって、浮き出てて。
こう言っちゃうと、アレだけど。
……なんだかちょっぴり、色っぽい。
王子様が、クスッと笑った。
「……君は一体、どこを見てるの?」
私は必死になって、ごまかす。
「別に、どこも見てませんわよ!?
もし、見てるんだとしたら……。
……そうっ!
星空を、見てるんですわ!!!!」
「今日は、くもり空だけど?」
「夜景! 夜景の間違いですわっ!!
……っていうか、ミハエル様。
レディのあげ足とるなんて、紳士的じゃありませんわよ!?」
王子はレディのクレームを、紳士的にスルーして。
タンスの奥につめこんだ、私の密かな憂鬱を、明かりの下に引き出そうとする。
「……そろそろ、自分に正直になれば?」
私は、王子様から、目をそらし。
ヒザに置いてるナプキンを、テーブルの下で、ギュッと握った。
「だって、こんなこと……。
あなたに言っても、しょうがないですわ」
「ぼくは君のことが、好きだよ。
悩み事があるのなら、話を聞いてあげたいし。
ぼくに出来ることがあるなら、君の力になりたいよ」
ヒザの上のナプキンが、ますますグチャグチャになった。
「ほんとにそうなら、うれしいですけど。
……信じたくても、信じられません」
ミハエル様の瞳が、スッと鋭さを帯びた。
真っ暗な海の底を……一条の強い光で照らして。
貝の中に隠された、真珠を見つけだすように。
エメラルド色のまなざしが、私の瞳を、まっすぐ射抜く。
王子は暴力的な知性で、私の心を暴こうとした。
私は何も悟られまいと、必死に彼の視線を避けた。
しかし、探偵の頭脳は、全てを容赦なく暴いた。
「……なるほど。それが君の気持ちか。
だったら、証拠を見せようか?」
「えっ?」
冷たい頭脳の持ち主は、とても端正に笑った。
「君の仕事に、手を貸すよ。
ルシフェル殿下と、サクラちゃん。
この二人を、ぼくが結婚させてみせよう」
ーー突然の、急展開に。
甘くとろけてた、ムードは。
サスペンス的に、ピリリとなった。




