11. ノノ
姑みたいなクソババア様は、入ってくるなり、こう言った。
「どうして彼女がいるのです?
ここは宮殿の食堂で、オリの中ではありませんよ」
言うに事欠いて、このババア……。
そんな憎まれ口たたくのも、今日が最後になるからな。
私はウザい姑もどきを、真正面から見つめてやった。
そいつは白黒写真から抜け出たような、気難しそうなばあさんだった。
ドレスもネックレスも黒で、髪は雪のように白い。
ハッキリ色がついてるのは、アイスブルーの鋭い瞳と、左手の薬指にはめられた、ロイヤルブルーのサファイアだけ。
顔には深いシワが刻まれ、タカのような鋭い目には、威厳と風格がみなぎっている。
わりと小柄な方なのに、やたら大きく見えるババアで、その辺のモブのオッサンだったら、逃げ出しそうな迫力がある。
「氷の女帝」というあだ名が、死ぬほど似合うばあさんだった。
私は殺意を押し殺し、バラのように微笑んだ。
そして、握手会のアイドルよろしく、笑顔で右手を差し出した。
「お会い出来て、うれしいですわ。
仲良くしてくださいね、おばあ様」
感じの悪いばあさんは、無視して自分の席に座った。
ちっこいヒゲのじいさんは、何事もなかったみたいな顔で、グラスにシャンパンを注ぎ始めた。
オードブルの皿が運ばれ、ギスギスしたランチが始まった。
王太后は私を「いない者」扱いして、孫に文句を言い始めた。
「珍しく『食事を一緒にしたい』などと言うから、何かと思えば……。
彼女には会わないと、言っておいたはずですが」
ミハエル様は、すごく上品にヨイショした。
「ええ。確かに、そうおっしゃいましたね。
ですが、他でもないおばあ様には、ぼくの妻になる女性を紹介しておきたいんです。
……ここだけの話ですが、ぼくはあなたを、母親のようにお慕いしているんですよ」
姑みたいな意地悪ババアは、不愉快そうに眉をひそめた。
「わざわざ紹介しなくても、彼女については、よく知っています」
「失礼ですが、王太后陛下。あなたがご存知なのは、他人の目を通した彼女でしょう?
ロザリンドはとても個性的で、意思の強い女性ですから。
彼女のよさは、会ってみないと分かりませんよ」
……あれ? これって、ほめられてるのかしら。
それとも何か裏がある? だってこの人、ちょっぴり黒いし。
私はちょっぴり考えたが、すぐに思考を放棄した。
……ダメだ、さっぱり分からんわ。しょうがない、食べるのに集中しよう。
キングストンのプリンスは、政治家みたいな言い方をした。
「戦う女性は世間から、何かと悪く言われるものです。
けれど、彼女には何を言われても、自分を貫く強さがある。……まるで昔のあなたのように」
氷の女帝はピシャリと言った。
「お黙りなさい。それ以上の侮辱は許しませんよ」
「ぼくにとって、これ以上の賛辞は存在しません。
彼女はぼくの最愛の人ですから」
うわ~、すごいこと言われちゃったわ。
「ぼくの最愛の人」ですって。
こりゃあ絶対、裏があるわね。
しっかし、大人な会話だねー。善良でピュアな私には、とてもじゃないけど、ついてけないわ。
私は名前の長い料理を、フォークに刺して、パクッといった。
……うぉっ。この肉、マジ柔らかい。もう10人前ぐらい食べたいわ。
私が部屋の空気になって、モリモリ肉を食べてると、突然、王子に話題を振られた。
「ーー強盗が人質にナイフをつきつけて、銃を捨てろと迫ってきた。
こういう場合、君ならどうする? ロザリンド」
「……えっ?
えっと、そうですわね……」
ヤバい。
正解が分からんぞ。なんて言ったら、合格なんだ。
あと、このクイズ……間違えちゃったら、どうなるんだ?
王子様が、やさしく答えをせっついた。
「難しく考えなくてもいいよ。
正解は一つじゃないし、君が正しいと思うことを、そのまま口に出せばいいから」
「えっと、じゃあ……。
女らしくキャーッって言ってから、強盗の頭をブチ抜きます」
シカトこいてた姑ババアが、初めて私をまっすぐ見た。
「人質はどうするのです? あなたは罪のない国民を、見殺しにするのですか?」
「強盗なんかする奴相手に、大人しくしたら、バカ見ますもの。
だったら、さっさとそいつを殺って、人質が助かる方に賭けますわ」
食堂にいる全員が、微妙な顔で、シーンとなった。
ババアがナイフとフォークを置いた。
ヒゲの執事が、サッと動いた。
執事がスッと椅子を引き、王太后が立ち上がった。
キングストンの「氷の女帝」は、威圧感たっぷりに言い放った。
「もう結構です、レディ・ロザリンド。こんな茶番には、飽き飽きしました」
黒いドレスの意地悪ババアは、不機嫌顔で出て行った。
後に残された全員は、やっぱりシーンと黙っていた。
不穏な空気を感じ取り、私はちょっぴり不安になった。
「……あの、ミハエル様。
私、ひょっとして、何かまずいこと言っちゃいましたの?」
ポーカーフェイスのプリンスは、柔らかな笑みをたたえている。
「すごく君らしい答えだったね。
心配しなくても大丈夫だよ。このぐらいは予想の範囲内だから」
私は心から納得した。
「ですわよね! やっぱり、あれが正解ですわよ。
人間、ナメられたら終わりですもの。
人からもらった暴力には、きちんとお返ししなくちゃですわね」
「時と場合によるけれど、それも答えの一つだね」
あー、よかった。
安心したら、なんだかお腹すいてきちゃった。
……あれ? じゃあ、あのばあさん、なんで途中で出て行ったんだ?
たまたま機嫌が悪かったのか、トイレ行きたくなったのか……。それとも、ラジオの番組が、そろそろ始まりそうなのか?
私が首をかしげていると。
執事のジジイが、パンのカゴを差し出した。
「パンのおかわりは、いかがでございますか」
おっ、うまそうなパン。ババアもいないし、おかわり頼んじゃおうかしら。
……いや。
いやいや。いやいやいや。
好きな人の前で、あんまりガッつくのもアレだし。ここは女の子らしく、断っておくことにしよう。
「いいえ、もう結構よ。あんまりたくさん食べると、デザートが入らなくなっちゃうもの」
「左様でございますか。では、デザートをお持ちします」
ああ、パンが行っちゃうぅ~~……。
グッバイ、パン。また会おう、パン。
愛しい愛しい私の推しが、すごくいい笑顔を向けてきた。
「今日はよく頑張ってくれたね、お疲れさま。
それじゃあ、今からどこに行こうか?」
私は深窓の令嬢らしく、恥じらいながら、こう返した。
「いいえ、私は、そのぅ……。あなたと一緒なら、どこにでも……」
「それなら、今日はぼくの行きたいところに、付き合ってもらってもいいかな」
「もちろんですわ! あなたの行きたいところなら、アマゾンの奥地でも、スラム街でも、地球の裏でも……どこでもついて行きますわ!」
「それじゃあ、決まりだ。……久しぶりのデート、楽しみだね」
神々しいほどのスマイルに、私の意識は、なんとか耐えた。




