10. ノノ
つっ……。ついに来てしまったわ。
ここが推しの暮らす部屋なのね。
王子様がおっしゃった。
「何もない部屋だけど、気楽にくつろいでね」
またまたそんな、嘘ばっかり。
高そうな家具とか置物とかが、そこら中にあるじゃないですか。
ミハエル様の部屋は、宮殿の2階にあった。
インテリアはシックで落ち着いていて、大人の男の部屋っぽい。
カーテンやカーペットは、濃い緑で統一されている。
広々とした部屋の中央には、大きな暖炉がしつらえてあり……壁や天井のあちこちに、見事な装飾が施されている。
このありがたい光景を、心の中に焼きつけようと、私は部屋をながめ回した。
わ~~、これがミハエル様の部屋……。
あの机でお仕事されて、あのソファーで一休みされて……。んでもって、夜はあのベッドでお休みになるのかしら。
うわわわ、ヤバい。なんか緊張してきたぞ。
「ーーレディ・ロザリンド。
そのようなところで、何をなさっておられるので?」
「すんません! 変なこと考えちゃって、すんません! 生まれてきちゃって、マジすんません!!」
王子様がクスッと笑った。
ヒゲの執事の顔面は、ピクリとも動かなかった。
セバスチャンは無表情のまま、緑のソファーを手で示す。
「どうぞ、こちらにおかけください。
アッサムのオレンジペコー、ミルクプロテイン入りをご用意しました」
どっから湧きやがった、このジジイ。使用人のくせに、レディをビビらせるんじゃねえ。
ジジイはお盆を手に持つと、完璧な角度でお辞儀した。
「それでは、失礼いたします。後は若いお二人で、存分にご親交をお深めください」
そう言うと、音もなく扉を閉め、静かに部屋を出ていった。
……使用人って、どれも似てるな。
つか、その忍び足、暗殺とかに使えんじゃねえ?
思わず脱線していると、とびきり甘い王子の声が、私を現実に引き戻した。
「いつまでそこに立ってるの? 遠慮しないで、こっちにおいでよ」
大好きな推しキャラが、自分の隣をポンと叩く。
私はグルグル迷った末、ななめ前に腰かけた。
うおっ、フカフカ。
さすが王室、いいソファーを使ってやがる……じゃなかった。いいソファーをお使いですこと。
私は気持ちを落ちつけようと、紅茶のカップに手を伸ばした。手がガタガタとふるえてて、カップがガチャガチャ鳴っている。
……このままいくと、ドレスに紅茶こぼしそう。
私は紅茶をあきらめて、お菓子のカゴに手を伸ばした。
王子は流れるような手つきで、紅茶のカップに口をつける。そのエレガントな仕草には、思わずうっとりしてしまう。
ぼんやりお顔を見つめていると、王子様と目が合った。
胸が死ぬほど苦しくなり、私はあわてて、目をそらす。
視線をウロウロさせてると、部屋のすみに目が止まった。
あっ。あれって、もしかして……。
「あそこは趣味のコーナーなんだ。よかったら、近くで見てみるかい?」
「いっ……、いいんですの!?」
王子様は、優雅なスマイルでおっしゃった。
「もちろん。君は大事な人だからね。ぼくのことを、もっとよく知って欲しいんだ」
……もう。この王子様は……。またそうやって、心にもないこと言うんだから。
私は喜びをひた隠し、なるべくツンとすまして言った。
「じゃあ、ちょっとだけ。
ちょっとだけ、見せていただこうかしら。そんなに興味ないですけど、あなたは私のフィアンセですもの。
……ついでに、『あの夜』あったことも、教えてくれて、かまいませんのよ?」
「うん、君の言う通りだ。
ぼくたちはフィアンセなんだから、互いのことを知らないとね。
君が魔力をもった理由や、ぼくの死をどうやって予知したのかを……教えてくれてもかまわないんだよ?」
私はグッと、言葉につまった。
王子は余裕しゃくしゃくで、爽やかな笑みを浮かべてらっしゃる。
私はあわてて、せっついた。
「早く行きましょ、ミハエル様!
私、あなたのコレクション……見たくて見たくて、たまりませんのよ!!」
私たちはソファーを離れ、部屋の奥に歩いていった。
ーーーーーーーーーーー
その秘密の一角は、博物館みたいになっていた。
棚には土器やコインが飾られ、背の高い本棚には、歴史の本が並んでいる。
うわ、難しそうな本ばっかり。読んだらソッコー、寝そうだわ。
壁にかけられた額縁には、遺跡の写真や古い地図、図面や古文書が入ってる。
……ん?
こっ、これは……。もしかして……。
私の目は、1枚の写真に釘付けになった。
モサいオッサンたちの中に、天使みたいな美少年が混じってる。
「ああ、これは発掘現場の写真だね。ファラプトのテルだから……もう10年も前になるのか」
ということは、これが9才のミハエル様……。
反則的な可愛らしさだわ。この写真、コピーくれないかな。
ミハエル様と結婚して、もし男の子が生まれたら、こんな感じに育つのかしら。
んでもって、この可愛い子が、19になったら、あんな感じにカッコよく……。
ヤバい。想像しただけで鼻血出そう。
「そんなに気に入ったなら、その写真、あげようか?」
「ひょえっ!?」
耳元で甘い声がして、私は思わずビクッとなった。
続いて私を襲ったのは、後ろから推しに抱きしめられるというーーくぁwせdrftgyふじこlp。
ちょっ、ま……。qmなたgkP.jやるguj@%&じゅいap-wa.ptあべべべべ。
「暴れると危ないよ。貴重な遺物が壊れるから、少し、頭を冷やそうか」
私はmwおちtpgAれt#+jam<@&ugますわよ。
「ふじこふじこ……。あばばばば……」
ほら、すっかり落ち着いた。舌もちゃんと回ってるし。
「いいから、落ち着いて。……いや、もう言っても無駄か。とにかく、ここを離れよう」
突然、体がフワッと浮いて、私はお姫様抱っこされーー……。
ーーーーーーーーーーー
……あれっ。
気のせいかな。なんか今、お花畑が見えた気がする。
いや~、最近、色々あったし。疲れがたまってたのかしら。
私はソファーに腰かけて、推しと仲良く、お茶をしていた。
王子様は真面目な顔で、奇妙なことをお尋ねになる。
「……そろそろ正気に戻ったかな。ぼくが誰だか、分かるかい?」
「まあ、ミハエル様ったら。変なことをおっしゃるのね。
私、ちょっとウトウトしてたみたい……。おかげで、頭がスッキリしましたわ」
「そう、よかった。それじゃあ、話の続きをしようか」
「……話の続き? ああ、そうでしたわね。今からあっちのコーナーを見に……」
王子様は、私の動きをさえぎった。
「悪いけど、あそこには近づかないでくれるかな。貴重な資料が置いてあるから」
私はちょっぴり落ち込んだ。
そうよね……。別に好きでもない女に、自分の大事なコレクション、見せたくなんか、ないもんね……。
私のどんよりを華麗にスルーし、王子様がおっしゃった。
「じゃあ、もう1回くり返すよ。
今日はこの後、王太后陛下と昼食をご一緒する。
その前に、陛下について、軽く説明しておくよ。前にも何度か話したけれど、君は忘れてそうだから」
いや~ん、さすがミハエル様。よく分かってらっしゃるわ~。
学者志望のプリンスは、教授みたいに説明なさる。
「王太后というのは、先代国王の妻のことだよ。
父上の母親で、ぼくにとっては祖母にあたる」
……ほうほう、なるほど。
要するに、義理のおばあ様ってことか。
「王太后陛下は、国の発展に多大な貢献をなさった方で、『氷の女帝』『鋼鉄のクイーン』『大王帝国の立役者』とも呼ばれていた。
その影響力は今でも強く、政策決定をするときには、陛下のご意向をうかがう議員もいる。
さらに、国王である父上も、陛下のご意見を尊重される」
ふーん……。
よく分かんないけど、ヤクザの姐さんみたいなもんか。
とにかく、かなりの大物で、えらい人ってことなのね。
「……と、まあ、ここまでの説明は、いいとして。
重要なのは、おばあ様がぼくたちの結婚に、反対なさっておられることだね」
「はっ?」
「だから、ぼくたちの結婚は反対されてるんだよ。
この国で今も大きな力を持っている、王太后陛下に」
私は思わず固まった。
えっ……。ちょっ……。何ですと?
つか、その話、マジなんすか?
ーーそのとき、頭のすみっこで、何かが引っかかった。
クソガキがさっき言ってたことを、思い出そうと、がんばってみる。
えーと、なんだったっけ。確か……。
私たちの結婚は、えらい人に反対されていて……。
そのせいで、婚約指輪が新品になった。
そいつは私が気に入らなくて、親戚になりたくないと思ってる。
……何それ、めっちゃ腹立つわ。
えらかろうが何だろうが、殺りたいぐらい、ムカつくわ。
王子様は、相変わらず冷静におっしゃった。
「婚約は無事成立したけど、今後の展開次第では、婚約破棄も十分ありうる。
そうならないように、今日はいつもより少しだけ、言動に気を配って欲しい」
はああああ!?
普通に意味が分かんない。
そのババアの陛下とやらは、なんで反対しやがるのよ?
私はストレートに聞いてみた。
「そのクソバ……。ごほん。
おばあ様は、どうして反対なさるんでしょう?
孫の結婚に口出すなんて、姑根性の激しい方なのかしら」
「君は公爵家の令嬢だけど、あまり評判がよくないから。
『王室の品位を落とす』とか、『外交に支障をきたす』とか、そういう懸念があるんだよ」
何それ、ひどい。あんまりだわ。
マスコミのデマを真に受けて、若い二人を引き裂くなんて。
そのババア、昔はすごかったらしいけど……。
今じゃただの耄碌ババアね。きっとボケが始まってるのよ。
「とにかく、そういうことだから。
嫌味を言われるだろうけど、なんとかこらえて……暴力だけは避けてほしい。
ぼくもなるべくフォローするけど、それにも限度があるからね」
私はソファーから立ち上がり、コブシをグッと、突き上げた。
「分かりましたわ、ミハエル様!
私、完璧なレディぶりを、ババアに見せつけてやりますわ!!」
今に見てろよ、クソババア。
私の愛は、地球より重い。しかも、太陽より熱く、海より深く、宇宙よりデカい。
親戚の反対? ……それがどうした。
そんなの全部、ねじ伏せてやる。
私の王子への愛は、メラメラメラメラメラメラと、炎のように燃え広がった。




