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6. ノノ


私はトムを追いかけて、家の外に飛び出した。


くっそう。クズなんかとしゃべってないで、さっさと後を追えばよかった。右か左か、どっち行ったか分からんぞ。

私は一瞬考えて、とりあえず右の道に進んだ。


少し走ると、何かの屋台が見えてきた。

いかにもモブっぽいオッサンが、いかにも 以下略)なオッサンと、デカい声で話をしている。

「最近、この辺りに人さらいが出るんだってねぇ」

「ああ。その話なら、おれも聞いたことあるぜ。なんでも、子ども専門なんだってな。

うちの坊主に聞かせたら、ビビって布団にもぐり込んで……っと、すまん。そろそろ坊主の迎えの時間だ。

そんじゃあまたな、親父さん。そっちも用心するこった」

客のオッサンは、店主に手を振り、屋台を離れた。


私は屋台にかけ寄ると、店主のオッサンにこう聞いた。

「ちょっと、オッサン! こっちの方に、トムが走って来なかった?」

人の好さそうなオッサンは、キョトンとした顔でこう言った。

「……トムって、どのトムだい?」

そうだった。このゲーム、モブキャラの名前、みんなトムだから、いちいち説明しないといかんのだった。


私はトムの見た目を説明した。すると、通行人のモブが、私たちに声をかけてきた。

「どうした、トム? 何かあったのか?」

「やあ、トム。このお嬢さん、トムを探してるんだってさ。なんでも、ケンカして家を飛び出してったそうなんだ」

「へえ、そりゃ大変だ。……で、一体どのトムだい?」

「えーと、なんだったっけ。君が探してるのは、どのトムだったかな、お嬢さん?」

「よう、トムとトム。どうかしたのか?」

「ああ、トム。このお嬢さんが、トムを探してるんだとさ」

「へえ、そうなのか。それで、一体どのトムなんだ?」


ああああ、もう! イライラする!!

何回ループさせたら気が済むんだ。……つか、トムトムトムトム言い過ぎだろ。

私はイライラを死ぬ気で抑え、三人のトムに説明した。

最後まで説明し終わると、最新のトムが口を開いた。

「……ひょっとして、お前さんが探してるのは、ウィズの弟子のトムか? だったら、さっきそこで見かけたぜ」


「ほんと!? どこで見つけたの?」

「この先の行き止まりだよ。

見慣れない男と一緒だったから、声をかけたんだが……。そいつ、トムを置いて、あわててどっかに逃げてったぜ」

「ありがと、トム! 恩に着るわ!」


私はトムたちと別れて、トムの方に急いで向かった。





ーーーーーーーーー

トムは木箱の上に座って、ぼんやり地面を見つめていた。ついさっきまで泣いてたらしく、両目が真っ赤にはれている。

……ふぅ。なんとか無事だったか。

ったく、手間かけさせんじゃねえよ。


私はトムにかけ寄った。それからやさしく声をかけた。

「ボーッとしてないで、立ちなさい。

この辺、人さらいが出るらしいから。とっとと家に帰るわよ」

トムは顔を上げてこっちを見ると、かすれた声でこう言った。

「ロザリンド様。……師匠は一緒じゃ、ないんですか?」


「あんた、何バカ言ってんの。

あいつが来るわけないじゃない。あんなクズ、とっとと忘れて、次の職場を探しなさい」

トムは再びうつむいた。

涙が両目に盛り上がり、ダラダラ頬を伝い始めた。

……うわっ、このガキ、泣き出したぞ。

おいおい、勘弁してくれよ。これじゃあまるで、私が泣かせたみたいじゃないか。


私はとりあえず怒鳴った。

「グズグズ泣くなっ! いいから、とっとと帰るわよ!!」

それから、トムの腕を引っぱって、どうにかこうにか、立ち上がらせた。

「ほら、泣いてないで、案内しなさい。あんたん家、どっちの方なの?」


トムはわんわん泣いていて、何を言っても声にならない。

私は思わず頭をかかえた。

ったく、もう……。

これだから、ガキンチョって嫌なのよ。

つか、なんでこの私が、こんなことしなくちゃいけないのよ。


泣きわめく子どもの手を握ったまま、私はどうすることも出来ずに、ただただ、途方にくれていた。






ーーーーーーーーーー

なんとかトムを泣きやませ、私はトムを家まで送った。


トムの住んでるアパートは、いかにも貧乏人用の、ボロくて汚いアパートだった。

所々レンガが崩れ、電灯のない暗い道には、ゴミがたくさん散乱している。

うーん、このオンボロ具合……。前世で私が住んでた部屋と、どっこいどっこいのヒドさだ。


私はトムに確認した。

「あんたん家、ここで合ってるのよね? ……そう。そんじゃ私、もう行くわよ」

トムは申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げてきた。

「今日はご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。……家まで送ってくださって、本当にありがとうございました」

涙は止まっているけれど、声には全く元気がない。


私がため息をついてると、中から子どもが飛び出してきた。

「あーっ、兄ちゃん! 兄ちゃんだー!!」

子どもはトムにかけ寄ると、足のところにしがみついた。

「兄ちゃん、おそい! おそいおそい!!」

保育園ぐらいのガキンチョは、「おそい、おそい」と、怒ったようにくり返す。

トムはヨロヨロしながら、弟を抱き上げた。

「遅くなってごめんよ、トム。いま、ご飯の用意、するからね」


弟も名前、トムなのかよ。

つか、兄弟で同じ名前って、不便だと思わないのか?

あと、なんか、さっきの会話……。親がいないみたいなんだけど。

……この展開、死ぬほど嫌な予感がするし。

貧乏人のガキは放っといて、さっさと帰ることにしよう。


兄貴に抱っこしてもらって、ご機嫌になったお子様は、興奮した顔で、こっちに両手を伸ばしてきた。

「……おひめさまだぁ! おひめさまがいる!!

うわぁ~。おひめさま、きれいだな~」

おいクソガキ、その汚い手で触るなよ。……って、ああ~~。鼻水ついた……。


なんかもう、どうにでもなれ。

私は投げやりな気分になって、目の前の展開に身をゆだねた。





ーーーーーーーーーー

私は疲れきっていた。

ガキの相手って、マジ疲れる。あのクソガキ、さんざん好き勝手して、寝やがって……。

今度会ったら、こうはいかねえ。ロックオンされる前に、全力で逃げてやるからな。


私がぐったりしていると、兄の方のトムが、酒とつまみを出してきた。

「弟の相手をさせてしまって、すみません。これ、つまらないお酒ですけど、よかったらどうぞ」

私はビンをひったくり、そのままラッパ飲みをした。

うーん、いかにもな安酒ね。

味はあんまり良くないけど、手っ取り早くよっぱらうには、こういうのがコスパいいのよね。


ぐいぐい一気に飲み干すと、私はおかわりを要求した。

トムはすまなそうに言った。

「それが家にある、最後のお酒なんです。

お父さんが生きてた頃、ちょっとずつ大事に飲んでたんです」


えっ。

……ちょっ、ちょっと待ってよ。

なんでそんな大事なもん、気軽に出してくんのよ。てかあんた、「つまらない酒」って言ったじゃないの。


私は、ほんのちょっとあわてた。

「まっ……。まままっ、まあ!

安酒なんて放っといたら、そのうち飲めたもんじゃなくなるしね! マズくなる前に飲んでもらって、よかったなぁと思いなさいよね!!」

……これって、弁償したらセーフなの? それとももう、何をやってもアウトなの?

こういう場合って、どうするのが正解なの? ……分かんない。誰か教えて、グーグルない!!


意外にも、トムはあっさりうなずいた。

「はい。おいしく飲んでもらえて、お父さんも喜んでると思います」

「そっ……、そう? そうなの? ……マジで?」

「はい、お父さんは、お酒が好きな人でしたから……」

トムはこのスキを見逃さず、身の上話をおっ始めた。

酒を飲んでしまった手前、私は大人しく聞いていた。

……くっそう、なんたるトラップ。次からは油断せず、出されたものには注意をしよう。


ーートムの身の上話は、実によくあるものだった。

母親は弟を産んだときに死んでしまい、父子3人、貧しく仲良く暮らしていた。

ところが、流行り病で、親父が死亡。

それからは、まだ幼いトム(兄)が、さらに幼いトム(弟)を育てるため、仕事と家事と育児を一人でやってるという、ありきたり過ぎる設定だった。


私は思わず吐きすてた。

「……あいつ、それを知ってて、あんたをクビにしたっていうの? マジで人間のクズよね。

やっぱり、あいつは死ぬべきだわ。女に刺されて死ぬべきだわ」

トムはゴミをかばい始めた。

「師匠は悪くありません!

ぼくに才能がなかったのが悪いんです。

師匠には、色々なことを教えてもらいましたし……。これまで暮らしてこれたのも、師匠が『家事代』をくれてたからですし……」



「でもあんた、どっかで働かないと、路頭に迷っちゃうんじゃない? 当てがないなら、うちの屋敷に来てもいいわよ」

トムは弱々しく笑った。

「ありがとうございます。……でも実は、転職の話が来てるんです」


「なんだ。だったら、安心ね」

「そうですね……。立派な会社の事務職ですし、お給料も今よりいいし、託児所と寮もありますし……」

「だったら、何も迷うことないじゃない。

とっとと転職しなさいよ。あんなクズの弟子なんかより、そっちの方が絶対いいわよ」


「でも……。ぼくなんかが、あんな立派な会社で働けるのか、不安だし……。ここを離れて、遠くに行かなきゃいけないし……」

あんまりグダグダグダグダ言うので、私はだんだんイライラしてきた。

「あんたねっ! ゴチャゴチャ言ってるヒマがあったら、さっさと腹をくくりなさいよ。

それとも何? 転職したくない理由があるの?」


図星を突いてしまったらしく、トムは(だんま)りし始めた。

延々と続く沈黙に、ブチ切れそうになったとき、トムがついに口を開いた。

「……ぼく、師匠が心配なんです」



「あいつが心配? どういうことよ?」

「師匠はお金遣いが荒いし、女の人とトラブル起こすし……。やりかけの仕事を放置して、賭場に借金作りに行くし……。

ぼくがいなくなって、師匠がホームレスになったら、どうしよう……?」

あいつ、マジ恥ずかしい大人だな。いい年こいた師匠が、弟子に心配されてどうすんだよ。


私は背中を押してやった。

「そんなの、気にすることないわよ。

あの手のクズは、ゴキブリ並みにしぶといし。一人になったらなったで、好き勝手にやってくから」

「そうでしょうか……?」

「そうよ、絶対そう。だからあんなクズ、捨てなさい。あんたは安心して、自分の人生を生きるのよ」


トムは浮かない顔をした。

「でも、あんなに助けてもらったのに、ぼくだけ幸せになるなんて……。

それに、師匠は最近、お金に困ってるみたいなんです」

「あいつが金に困るなんて、いつものことじゃない。もういいから、ほっときなさい」

「だって、あんなに気に入ってた発明を、売ったんですよ。……ひょっとして、大きな借金があるんじゃあ……」




トムのネガティブ思考は止まらない。

「学園への入学が決まったとき、すごく安心したんです。貴族の人たちと一緒に、学校で勉強したら、師匠の上流階級嫌いも、少しは良くなるんじゃないかって……。

だけど師匠は『あんな学校なんか、死んでも行ってやるか』って、始業式から登校拒否だし。

このまま国に逆らって、師匠が逮捕されたら、どうしよう……?」

長々とグチを聞かせたあげく、また泣き出そうとしてやがる。


トムは目に涙をためながら、すがりつくようにこう言った。

「ロザリンド様、助けてください。ぼくは師匠が、心配なんです」


私はついに腹をくくった。

……分かったわよ、ド畜生。登校させればいいんでしょ。


しぶしぶ頼みを引き受けてやると、トムは思い切り抱きついてきた。

頭をなでてやりながら、私は再び、途方にくれた。




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