表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/131

4. 魔法使いの弟子


魔術師のクズに会うために、下町にやって来た私は。

クズん家の玄関の前で、影の薄い奴と出会った。




「あれっ、ソード。

あんた、こんなところで何してんの?」

「……ランニングのついでに、プリントを届けに来た」



ジャージ姿のデカい剣士は、無表情でボソボソ言った。


「直接、渡そうと思ったのだが……。留守だった」


「そんなの、ポストに放り込んどきゃいいじゃない。つか、あいつ……どうせずっと来ないだろうし。届ける必要ないんじゃない?」

「仕方ないか……」

ソードはプリントをポストに入れ、ジョギングしながら去っていった。




登校拒否のクズなんか、ほっときゃいいのに、律儀だねえ。

まあ、あいつがプリント係になるように仕向けたの、私なんだけどな。

だって、サクラに届けさせたら、クズが学校来るようになるし。んなことになったら、あっさりクズに手込めにされて、大陸、水に沈むしな。

女癖の悪いタラシは、攻略の邪魔だから、不登校のままでいろ。



……しっかし、あいつ。

こんな遅くに、どこほっつき歩いてんだ?

酒場か、酒場か……。それとも()()か。


次の行き先を考えていると、奥の方で物音がした。

私は庭を突っ切って、音のした方に走った。




ーーーーーーーーーーー―

裏口から出てきたのは、絶賛登校拒否中の、魔術師のクズだった。


魔術師はバンドマンみたいな服に、アクセサリーをジャラジャラとつけ、肩までの茶髪を後ろで一つに結んでいる。

うーん、このクズ……。中身はただのクズなのに、見た目だけは、死ぬほどいいな。

芸能人みたいなチャラい格好が、ムカつくぐらい、よく似合う。


クズはホッとした顔をした。

「……なんだ、君か」

「何よ、その反応。まさか、浮気相手が家に押しかけて来たとでも思ったの?」

「それはよくあることだから、特に気にすることじゃない」

こいつ、相変わらず、すがすがしい程のタラシっぷりだな。


私はさらに突っ込んだ。

「そんじゃあ何?あんた、借金取りにでも追われてるわけ?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれるかな。今は金には困ってないよ」

「だったら、なんでわざわざ、裏口から出ようとしてんのよ」


クズは深刻そうにこう言った。

「実は最近、ソードくんが毎日プリントを届けに来るんだ。

なんか彼、私のこと、対人恐怖症のかわいそうな人だと思い込んでるみたいで……。

『……お前も本当は、学校に来たいのだろう。何も恐れることはない。……クラスの皆も、お前が来るのを、待っている』とか言って、キラキラした目で見つめてくるんだよ」

……うわ、きっつ。

この年で、学園ドラマの再現とか……寒すぎて鳥肌が立つわ。


クズは疲れきった様子でため息をついた。

「プリントも、いらないって言ってるのに、わざわざ手渡ししようとするし……。

彼、ちょっとコミュニケーション能力に問題があるんじゃないかな」

まあ、不真面目な悪人のお前には、あいつの相手はキツいわな。普通の善人の私でも、あいつの相手、なんかキツいし。


遊び人は「やれやれ」と言わんばかりに苦笑した。それから、気を取り直したようにこう言った。

「これからクラブに踊りに行くけど、よかったら君も来る?

……それとも、今日は私のベッドで一緒に寝るかい?」


「とりあえず、座って酒を飲ませなさい。あんたと話すのは、それからよ」

「ということは、外出は取り止めかな?

家に上げるのはいいけど……今夜はなるべく優しく頼むよ。この前みたいな乱暴なやり方は、あまり好きではないからね」

「気色悪い言い方すんな!誰があんたに、優しくなんかしてやるか!」


クズは楽しそうに笑った。

気さくな感じの明るい笑顔は、いかにも女ウケがよさそうで……。要するに、バンドマンとかホストとか、遊び人特有のものである。


「それじゃあ、今夜は君のために、家にいることにしようかな」


そう言うと、魔術師はホクロのある方の目を閉じて、茶目っ気たっぷりにウィンクした。




ーーーーーーーーーーー

クズは寝室に通そうとしたが、私はくだらない誘いをはねつけて、リビングのイスに腰かけた。

招待された客らしく、行儀よくテーブルを叩いてやると、クズは酒とグラスを持って、向かいのイスに腰かけた。


「やれやれ。君の女王様っぷりには、流石の私も完敗だな。

……それで?今日は何をしに、家まで押しかけて来たのかな。まさか、学校に来いって言うわけじゃないだろう?」

私は鼻で笑ってやった。

「ハッ。あんたみたいなクズ野郎、一生、登校拒否してれば?

私が今日来てやったのは、仕事の話をするためよ」


魔術師は、残念そうに肩をすくめた。

「なんだ。てっきり、この間の続きをしに来たかと思ったのに」

「して欲しいんだったら、してあげるわよ。今日は骨が折れるまででいいかしら?」

「君って、SM趣味なのかい?まあ、ソフトなプレイだったら、つき合ってあげてもいいけど……。そこまでハードなプレイには、今は対応してないよ」

「仕事の話っつってんだろうが!!」


クズはすねたような顔をした。

「えー、つまんないなあ。こんな時間に、男と女が二人っきりなんだよ?もう少し色っぽい話をしてくれてもいいのに」

……だから、お前な。

こっちはてめえとヤるだのヤらないだの、くだらない話する時間、ねえんだよ。

大体お前、ヤるだけの女だったら、はいて捨てる程いるだろ。


私はビシッと宣言した。

「茶番につき合ってるヒマはないから、とっとと本題に入るわよ。

私がここに来た理由は二つ。

『魔法の粉』を買うためと、研究の進み具合をチェックするためよ」

クズはわざとらしく、とぼけた。

「『魔法の粉』なら、在庫は今、一応あるけど。

……研究って、何の話だい?」


「何すっとぼけてんのよ。津波対策の研究に決まってるじゃない。

大体あんた、契約書にサインしたでしょうが。

あれがある限り、あんたは研究から逃れられないわよ」


クズは軽い調子で「あ~」と言った。

「なるほど。研究って、そのことか。

……でも、あの契約書は偽物だよ?」

「えっ」

「そりゃ、本物にサインしたなら、死にもの狂いで研究せざるを得ないけど。あんなオモチャにサインしたって、何の呪いも発生しないよ」


あまりの衝撃に、私の体は硬直した。

こっちの(ろう)(ばい)をスルーして、クズは冷酷に畳みかける。

「あれが偽物なのは、見た瞬間に分かってたんだけどね。……あのときは、ちょっとお金に余裕がなかったし。

『なんか本物と信じ込んでるみたいだし、適当に話を合わせておけば、この場を切り抜けられるかなー』と思ってね」


……おいっ!!

何だよ、この展開。

ってことはあれか、私はまんまと騙されて、体よくあしらわれたってことなのか。

ふざけんじゃねえ。そんなバカな話が、あってたまるか。


私は自分を取り戻し、冷静に現実を直視した。

「ふん、強がったってムダよ。あれがある限り、あんたは私の奴隷なんだから」

魔術師は往生際悪く、現実逃避を続けている。

「そう思いたければ、そう思っていればいい。

だけど私は、君の手助けなんか、してやるつもりは、さらさらないね。あんな学園には行かないし、王宮魔術師になる気もない。

私は私だ、誰かの思い通りには動かない。特に、その『誰か』が……王族・貴族の場合はね」


私は指をポキポキ鳴らした。

「だったら、体に思い知らせてあげるわ。

そうすれば、あんたのネジ曲がった根性も、少しはマシになるんじゃない?」

クズは余裕の態度で言った。

「どうぞ、遠慮なく」


私はコブシを振り上げて、右ストレートをくり出した。

私のコブシは、クズの顔面スレスレで、見えない壁にぶち当たった。

「いっ……たぁあああっ!!」


私が痛みにうめいていると、クズはあきれたような目を向けてきた。

「君もこりない人だねえ。

ここは魔術師の家なんだから、暴力を無効化する方法ぐらい、あって当然だと思わないか?

……いくらゴリラだからって、そのぐらい予想がつくだろうに」


「あんたね!人をおちょくるのも、いい加減にしなさいよ!」

私はテーブルをはっ叩いた。

クズはヒビを気にもせず、するりと手を重ねてきやがる。

「まあまあ、そうカッカしないで。

私は貴族は嫌いだが、一緒に寝てくれる女の子なら、話は別だ。

……君のお願いも、少しは聞く気になるかもよ?」

そう言って、色気たっぷりに微笑みながら、妙な触り方をしてきやがる。


私は薄汚い手を振り払い、思い切りすごんでやった。

「気安く触んじゃないわよ、この[ピー]野郎!私はミハエル様一筋よ。

あんたみたいな[ピー]野郎、絶対相手にしないんだから!」


クズはあからさまに不機嫌になった。

「……それじゃあ、交渉は決裂だね。

君みたいなゴリラは放っておいて、ナイトクラブに行くとしよう」

「はあ!?ふざけんじゃないわよ。こっちの話は済んでないわよ。

……つか、『魔法の粉』は? 金なら払ってあげるから、とっとと、よこしなさいよね」


クズはポンと手を叩いた。

それから棚をゴソゴソやると、汚い液体の入った酒瓶をよこした。

「……ちょっと、何よこれ。元は何の生ゴミなのよ」


「ほら、君のお父上に頼まれてた、『例のアレ』だよ。

こないだ完成したんだけど、わざわざ届けに行くのもめんどくさいし。君、ついでに持って帰ってよ」

……そういや、そんなのあったわね。

確か、こいつと初めて会ったとき、家に上がり込む口実に使ったやつか。なんか、あれからドタバタしてて、完全に頭から消えてたわ。


「適当にやったら、出来たから。まだ試作品だけど、それなりの育毛効果は見込めると思うよ」

「例のアレ」って、育毛剤だったのか。そういや、親父の頭……、大分てっぺんが薄くなってたわね……。

魔術師は自信満々に言った。

「動物実験もまだだけど、多分安心・安全だから。

というわけで、そろそろ帰ってもらおうか。君にその気がないのなら、これ以上の長居は迷惑だからね」


「ちょっ……。こら、待ちなさい!

だから、津波の研究はどうなるのよ?せめて、『魔法の粉』を売りなさい!!」

「うん、その話はまた今度にしよう。今日はもう、仕事する気分じゃなくなったし」


そう言うと、魔術師は懐中時計のフタを開いた。

私の体は、凍ったみたいに動かなくなった。


ふざけんな、このクズ野郎。てめえみたいな平民が、この私にこんなことして、許されるとでも思ってんのかーーと言ってやりたいが、(のど)まで凍りついていて、ちっとも声が出てこない。


無礼者の平民はニヤニヤ笑いながら、愉快そうにこう言った。

「いい酒飲ませてあげたんだから、このぐらいのお返しはしてもらわないとね」


卑劣なクズは、あろうことか、この私の……。

この私の、うるわしい唇に……無理やりキスを、しやがった!!


身動き出来ない可憐な乙女に、こんな(ろう)(ぜき)するなんて……。こいつ、人間のクズ道を、どこまで極めれば気が済むんだ。

激しい怒りと屈辱に、私はもだえ苦しんだ。

この許しがたい[ピー]の体を、頭から真っ二つに引き裂いて、[ピー]を[ピー]してやらないと、私のプライドが浮かばれない。

……だけど、悲しいことに、体が全く動かない。


[ピー]野郎は楽しそうにニヤニヤ笑い、私の顔の前で、ヒラヒラと手を振りやがった。

「今日はなかなか楽しかったよ。……それじゃ、おやすみ。また来てね~」


誰が来るか!

てめえの方が、おととい来やがれ!!

ーーそんな魂の叫びは、音にならずにむなしく消えて。私の手足は、持ち主の心を裏切って、勝手に帰り支度を始めた。


シャカシャカ夜道を歩かされながら、私はクズへの復讐を、固く誓った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ