31. ノノ
私と王子様の間に、「あの夜」何があったのか……気になって仕方ない私は。
あの手、この手をくり出して、私たち二人の間に、いったい何があったのか、事実を確かめようとした。
冷静沈着な王子は、優雅な微笑みバリアーで、私のさぐりを、難なくかわし。
思わせぶりに私を口説いて、こっちのメンタルを削ると……突然わいた魔力について、推理を披露しはじめた。
私が必死に話をそらすと、推しは思い出話を始め、私がどこまで覚えているか、しっかり探りを入れてくる。
入学式の会場に、馬車がようやく、ついた頃には。
私の頭脳とメンタルは、すっかりボロボロになってた。
王子様の尋問に、なんとか耐えきった私は、命からがら、馬車から降りた。
すっかり燃え尽きた私に、黒髪のちっこい従者が、しつこく纏わりついてくる。
「うわっ、何ですかその顔。
まるで発掘されたばかりの、ミイラみたいじゃないですか」
あー……。
ガキンチョが、また何か言ってる……。
でも、私って、大人だし。
こんなお子様の言うこと、いちいち相手にしないわよ?
……ていうか、ちょっと休ませて。
いま、あんたとケンカする元気、全然残ってないからね。
きれいなお姉さんの私は、聞き分けのないお子様に、やさしい笑顔を向けてやる。
いつもうるさいお子様は、恐ろしいものでも見たように、ビクッと体を震わせた。それから意味不明なアドバイスをし始めた。
「いっそ、お化け屋敷でも行って、面接受けて来たらどうですか? その顔があれば、何万人でも呪い殺せそうですよ」
王子様がクスッと笑って、話の輪に加わった。
「君とシェイドは、本当に仲がいいんだね。
君は、ぼくの前では……遠慮してばかりいるのに。
なんだか少し、妬けちゃうな」
……ひょえっ、また来た!
やめてください、王子様。
これ以上やられたら、私の記憶、もっかい全部、ふっとんじゃうから。
そのとき、知らない声が、王子様の名前を呼んだ。
「……ミハエル殿下」
声の出所は、小さな白髪の爺さんだった。
片っぽだけのメガネをかけて、鼻の下で、ピョンと口ヒゲがはねてる。
ちっこいくせに、妙に威厳がただよっていて、いかにも執事っぽい感じ。
そこで、私は気がついた。
あっ。
この爺さん、私、前世で見たことあるわ。
こいつの名前は……セバスチャン!!
私は少しシナを作って、ワンオクターブ高い声を出す。
「ごきげんよう、セバスチャン。
お久しぶりね。あなた、元気にしてらした?」
……こいつには、コビ売っとこう。
だって、こいつって、ミハエル様の執事やってて、育て親みたいなもんだし。
王子様につかえる執事は、うやうやしい態度で言った。
「私のような者に、そのようなお言葉をおかけくださるとは……。あなた様は、近頃では珍しい、本物のレディでございます」
私は口の端っこを上げて、とっても愛想よく笑った。
「使用人の人たちに、いつも親切にするのは、当然のことでしょう?
だって、あなたたちがいなければ……私たち貴族の暮らしは、絶対なりたたないものね」
ちっちゃな黒髪の従者が、にらんでるっぽい気もするけれど。
……うん、きっと気のせいね。
もし、気のせいじゃなかったら、後で1発、シバいとこ。
執事は、重々しくうなずいて、落ち着いた声でこう言った。
「わが国の王子殿下が、このような高貴なレディと、ご婚約をされたのは……。
誠に素晴らしいことでございます」
私はガッツポーズした。
……このじいさん、分かってるじゃない!
さすが、ミハエル様の執事ね。
その辺のザコ従者とは、家来としての格が違うわ。
執事は王子の方を向き、威厳たっぷりに、こう言う。
「……ところで、ミハエル殿下」
その一言を聞いただけで、王子はピンと来たようだ。
「……うん。
分かってるよ、セバスチャン。
じゃあ、ロザリンド、また後でね。
スピーチの準備があるから、ぼくたちは先に行かせてもらうよ」
そう言って手を振ると、二人で先に行こうとする。
えっ。
ちょっ……、待ちやがれ、ジジイ!!
ヤバい。
このまま行かせると……。
死亡フラグが、折れなくなっちゃう。
私は勇気をふりしぼり、去り行く王子を呼び止めた。
「……待ってください、ミハエル様!!!!!」
うげっ。
腹に力を入れすぎて、予想以上にデカい声出しちゃった。
モブの視線が集中し、当の王子様本人も、まじまじと私の顔を見つめてる。
……うぅ、ヤバい。今から言うセリフ、考えただけで緊張する。
ふるえるヒザを叱りつけ、私はなんとか、声を出す。
「私、あの……。
さっきのドライブデート、すごく疲れたんですけど、すごく楽しかったです。
だから、その……。えっと……」
行け、行くんだ、ロザリンド。
自分から行くのが怖いとか、人に見られて恥ずかしいとか、断られたらどうしようとか……。
そういう余分な雑念は、気合いで全部ねじ伏せろ。
ここで行かなきゃ、女がすたる。
大好きな推しが死んだら、お前の生きる目的が、全部消えてなくなるぞ。
すぅっと息を吸い込んで、私は腹の底から、でっかい声を吐き出した。
「……ミハエル様っ!
よかったら、帰りも、私と……。
私と一緒に、帰りませんかっ!!」
王子様は少し驚いたような顔をした。
それから、笑ってうなずいた。
推しの笑顔にはげまされ、私はついに、核心にズバリと切り込んだ。
「それじゃ、私たち、東門で待ち合わせましょ。
何があっても、西門には絶対に近づかないでくださいね。西門だけは、絶対に……。絶っ対に、ダメですよ!」
私はかわいく小首をかしげ、握りコブシを二つ作って、アゴのところに当ててみた。
さらに、お目々をカッと見開いて、上目遣いでダメ押した。
「……ねえ、ミハエル様。
西門の方には、絶対行っちゃイヤよ。
ロザリンドと約束……してくださる?」
冷静沈着な王子は、感情の揺れが、まるで見えない……おだやかな笑みを浮かべてる。
横からは、ガキの目線が突き刺さり、白髪の執事は、無表情のまま動かない。
長い長い、沈黙があった。
時間と空間がゆがんで、1秒が1時間、あるいは10年みたいに感じる。
凍りついていた時間が、解凍されて、もとに戻って。
王子様が口を開いた。
「……分かった、君がそこまでするなら。ただし……」
……っしゃあ、コンボ発動!!
スーパーウルトラぶりっこ真拳、華麗に無敵に、決まったぜ!!!!
―――――――――――――
王子様が退場すると、私は今日の重要ミッションに備えるため、物思いに深く沈んだ。
ーー死か恋の攻略対象の中で、ぶっちぎりの最難関キャラと言われていたのは……。
何を隠そう、私の愛する王子様だった。
ミハエル様の攻略が、とっても難しい理由は、いくつかあるんだけれども。
一番に挙げられるのが、【死亡率の異常な高さ】。
「死亡フラグのデパート」と言われる死か恋だけど、実はフラグの半分ぐらいが、なぜかミハエル様一人に集中してる。
ーー初回限定版の資料によれば、ミハエル様の生存率は……驚異の0.2%。
ということは、つまり。
98.8%、お亡くなりになっている。
もっと言うなら、多分だけど……。
サクラがヘタレとくっつくエンドと、ミハエル様とくっつくエンド。
この2つのエンディング以外、全部、死んじゃってるっぽい。
死体になってない王子と、お城で仲よく暮らしたいなら。
目指すは断固、ヘタレエンドだ。
ーー私の一番の使命は、死亡フラグを片っぱしからへし折って、愛する王子様を、安全なエンディングまで運ぶこと。
そのためには、一つの選択肢も間違えない頭脳と、鬼畜なミニゲームをクリアするフィジカルと、何度失敗しそうになってもメゲない、鋼のメンタルが必要なのだ。
ーー間もなく、ゲームの幕が開く。
王子の最初の死亡フラグは、入学式が終わった直後。
西門までやって来て、馬車に乗ろうとした王子様に……【鉄骨が降ってくる】。
鉄骨はミハエル様に直撃し、ミハエル様がお目当てで、ゲームを買ったファンたちに、一生消えない傷を残した。
……あの惨劇は、二度とくり返されてはならない。
ひどい事件だった。
本当にひどい、グロすぎるイベントスチルだった。
このミッションの失敗は、絶対に許されない。
だって、今度はゲームと違って、リセットボタンないんだし。
ーーだが、しかし。
過酷な運命に抗い、愛を貫こうとする私に……。
冷たい視線が向けられていた。
私は、すばやく振り返り。
視線の主に、ガンを返した。
「……ちょっと、何よその顔。
言いたいことあんなら、はっきり言えば」
空気の読めないクソガキは、おぞましい光景を見たみたいな顔をしてやがる。
「いやあ……。あなたのそれは、何度見ても、くるものがありますね。
獲物を捕食するために、擬態してる昆虫に似てますよ」
私は自分の感情を、ストレートに口にした。
「……ああん?
使用人ふぜいが、なに一丁前の口利いてんだ。身の程をわきまえろよ、この下級国民が」
いやしい身分のガキンチョは、反抗的な態度で言った。
「その分厚い面の皮……。
せいぜい大事にすることですね。
それさえあれば、世間に何を言われても、平気でお妃やれますから」
……ふん、生意気な若造め。
貴様のような奴隷には、調教が必要みたいだな。
いいだろう。私の華麗なキック、貴様の顔面にくれてやる。
私は右足を1歩、後ろに引いた。
しかし、今はタイトなスカートなので、ケリを入れるのはやめにした。
代わりに、従者の顔面に向けて、右ストレートをくり出した。
……もらった! と思った瞬間。
シェイドは体を斜めにし、私のヒジに手を当てた。
ぐいん! と体が引っぱられ、私のコブシは空を切り、生意気なガキの顔面が、視界から消えてなくなった。
気がつけば、奇妙なことになっていた。
私は右手をつかまれて、ブリッジみたいに反っていた。
従者の片手が、私の腰に当てられて、倒れないよう、支えてる。
……あれっ。
なんかこれって、あのときのダンスの格好みたいじゃない?
右手と腰に、骨ばった手の、感触がある。
吐息がかかりそうなほど、従者の顔が近くにあって。
従者の黒い左目が、するどく私を見つめててーー身動き一つ、許さない。
…………。
えっと……。
あんたって多分、日本人?
……だって、ほら。
サルトビなんて名字だし、髪の毛と目が、黒いしね。
あとは、ほら……。
身長だって、だいぶ低いし。
他のキャラより、地味な顔だし。
さっきの技だって……、合気道とか何かじゃないの?
つーか、その前髪……。
鬱陶しいから、なんとかすれば?
普通に短くすればいいのに、なんで右目だけ隠すの? もしかして、15にもなって、まだ中二病ひきずってんの?
私が黙りこくっていると、従者のふるえる唇から、どでかい声が飛び出した。
「まったくもー!
なにもないところで、おころびに、なるなんてー!
おじょーさまは、ほんとーに、うっかりしてる、ひとですねー!」
従者はデカい声で、棒読みを続けた。
「だいじょーぶですかー? おケガはー、なかったですかー?」
私は当然の疑問を口にした。
「……あんた、何やってんの? その演技、園児のお遊戯会よりお粗末なんだけど」
従者は、ヒソヒソ声で言う。
「あなたこそ、何をなさってるんですか。
公衆の面前で、暴力事件を起こすだなんて……。
入学式に出る前に、退学になるおつもりですか?」
下手くそな愛想笑いを浮かべつつ、従者は脅し文句を吐き続けた。
「もうすぐ王室の一員になろうという人間が、そんなチンピラみたいでどうします。
今日は記者だって来てるんですよ。……そこのところ、分かってますか、お嬢様?」
意味深な沈黙が、周囲の空間を支配した。
視線が宙を飛び交って、幾千万の罵詈雑言が、テレパシーみたいに交わされる。
やがて、私たち二人は、平和的な合意に達した。
私たちは手に手を取り合い、協力して体勢を元に立て直すと、互いに温かい言葉をかけ合った。
「ほんとにもー! きをつけてくださいよー!」
「ありがとー! あんたのおかげでー、ケガしなくてすんだわー!」
「いいえーどういたしましてー!」
「わたしー、こんなにいいー、じゅーしゃをもててー、ほんっとーに、しあわせだわー!」
「そーいっていただけてー、こーえいですー!」
かわいた笑いが響き合い、体感温度がガクッと下がった。
ピンポンパンポン、と音が鳴り、校庭にアナウンスが響き渡った。
『……間もなく、入学式を開始します。
新入生の皆さん、保護者の方々は、すみやかに会場内に移動してください。くり返します。まもなく、入学式を……』
私は、従者をにらんでやった。
「……ったく。
あんたのバカにつき合ってたら、こんな時間になっちゃったじゃないの」
「そのセリフ、そっくりそのままお返しします。
元はと言えば、あなたがミハエル様の去って行った方を見て、ボーッと立ってたせいですよ」
従者の嫌みをスルーして、私は周囲をキョロキョロと見た。
「そういや、親父は?
あの親馬鹿オヤジ、なんで今日は来てないの?」
「旦那様なら、もう会場の中ですよ。
『一番、写真のとりやすい席を、確保するんだ!』とおっしゃって、朝4時に屋敷を出て行かれました」
…………。
まあ、会場の前で、徹夜しなかっただけマシか。
私と従者のクソガキは、互いに相手をディスり合いながら、会場に向かって走った。




