30. ノノ
バック、バック、バック、バックと。
鼓膜を叩く、音がする。
ガタガタガタガタガタガタガタと、体が小刻みに揺れてる。
……へえ、知らなかったわ。
王室の馬車って、乗り心地が悪いのね。
もし、これが、馬車のせいじゃないって、言うなら。
王子様とのドライブデートに、私が緊張しまくって……心臓がめっちゃドキドキ言って、貧乏ゆすりしてるみたいね。
…………。
フフフ……。ハハハハ!!
マジで緊張MAXだけど、それでも私は負けねえぜ。
なんたって、これは、推しとの初デート。
一生分の給料を、まるごとガチャに注ぎ込んだって。
こんな体験、リアルでは……絶対に不可能なんだぜ?
私はバッと、顔を上げ。
向かいの席に、目をやった。
そこには、「白馬の王子」みたいな……美しい方が座っておられた。
サラサラとした金色の髪は、触れたら柔らかそうだけど……。そんな、おそれが多すぎること、私にできるわけがない。
アーチを描いた美しい眉、すっと通った鼻筋に、おだやかな笑みをたたえた口元。
そして、見る者を魅了する、魔力を持った緑の瞳は……まるで、危険な甘い罠。
二次元って、ほんとすごいわ。
こんなスーパーイケメンが、リアルに存在するなんて……。
美しすぎるフィアンセは、とてもサラッと、私をほめた。
「……そのドレス、すごく似合うよ。
まるで、白バラのようだね」
「あっ……。
ありがとう、ございます……ですわ」
タキシード姿の王子は、イタズラっぽく微笑むと、とんでもない発言をなさる。
「……ねぇ、ロザリンド。
入学式に行くのは、やめて……。
このまま、式を挙げに行こうか?」
「……式って、なんの式ですの?」
「ぼくたちの結婚式だよ」
「けっ、けけけけ……。結婚ですって!?」
私は、めっちゃ動揺したが。
王子様は軽く笑って、「冗談だよ」とおっしゃった。
…………。
つい、この間。
自分に告白してきた女と……密室で、二人きりなのに。
そんなジョークをとばすって、なに考えてらっしゃるの?
……まあ、二人きりとは言っても。
馬車の外には、クソガキと、ジジイの御者がいるんだけどね。
だけど、恋する乙女としては。
もう少し、動揺してて欲しいというか……。女として、意識して欲しいというか……。
私は推しに視線を送った。
すると、目と目がバッチリ合って。
恥ずかしそうに、二人で笑う……なんて素敵な展開は、もちろん起きるはずもなく。
王子は書類を取り出すと、そっけない声でおっしゃった。
「ごめんね、ロザリンド。
この書類には、どうしても今、目を通しておかないといけないんだ。
すぐに済むから、それまで窓の外でも見てて」
ですわよねー。
どうせ、私たち、政略結婚ですものねー。
はーい、分かりました。
大人しく、一人で景色、見てまーす。
つらい現実から逃げて、私は窓の外を見た。
車外には、ディンドンの美しい街並みが広がっていた。
石畳の道路には、石やレンガで作られた、歴史のありそうな建物が立ち並び、シルクハットをかぶった紳士が、ゆったりとした足取りで歩いている。
空は青く澄んでいて、街路樹の葉っぱが、日に透けてキラキラと輝いている。
ウフフフフ……。
なんて、きれいな景色なのかしら。みんな死ねばいいのにね。
そのとき、馬車の前方に、仲よくお手々をつないでる、バカップルの姿が見えた。
「世界は私たちのもの!
人生って、なんて素晴らしいのかしら!」
……とでも言いたげな、楽しそうな様子がムカつく。
嫉妬にかられていない私は、全力で呪いをかけた。
この脳みそピンク野郎ども、公衆の面前でいちゃついてんじゃねえぞ。
ちくしょう、お前らみたいなバカップル、石につまずいて、ウンコ踏め。
バカップルの女の方が、わざとらしく男に寄りかかると、男の足がグキッとなった。
いまいましいバカップルどもは、仲よく派手にずっこけた。
……やったあ、ざまあみろ! 天に祈りが通じたぜ。
私って、いいことばっか、してきたし。
きっと日頃の行いが、報われたんだな。
うん、きっと、そうに違いない。
一人で、納得していると。
トントンと、肩が叩かれた。
首を曲げて、後ろを見ると。
王子様の美しい顔が、私の耳のすぐそばにあった。
王子様が形のいい唇を開くと、私の耳元で、甘い囁き声がした。
「ロザリンド……」
「……うへっ!!」
「お待たせ、終わったよ。
……って、大丈夫? 今の衝撃で、また記憶が飛んだんじゃないのかな」
私は驚いた拍子に、思いっきりジャンプして……。
天井に、頭をぶつけた。
……うう、痛い。
別にまったく何ともないけど、ぶつけたところが、ちょっぴり痛い。
頭を馬車にぶつけた私は、健気にも強がってみせた。
「平気ですわ。だって私、頭が固い女ですもの」
「そう、なら良かった。
ところで、ちょっとそこをどいて……天井を見せてくれないかな?
馬車が壊れてないか、心配だから」
私は体を横にどけ、天井を王子に見せた。
王子は天井にさわると、真面目くさってこう言った。
「うん。穴も開いてないし、傷もついてない。
……どうやら、衝撃に耐えられたみたいだね」
それから私の方を見て、不思議そうな顔をしてみせた。
「どうかした、ロザリンド? 不満そうな顔をしてるけど」
「……別に。 なんでも、ないですわ。
大事な馬車の、天井が無事で……ほんとに良かったですわよね……」
私はジト目で、王子様を見た。
王子は、おかしそうに笑った。
「ごめんごめん、冗談だよ。
君をからかうと面白いから、つい、ふざけ過ぎてしまってね」
……ん?
今、なんつった?
違和感に、首をかしげていると。
王子様の手が伸びてきて、私の頭を撫で出した。
「ぶつけたのは、ここかな。
……うん、血は出てないし、コブも出来てないみたいだね。
痛みはどう? 気分は悪くなってない?」
そう言って、真摯な瞳を向けてきた。
「いっ……。
いいいい、痛みなんて、今ので全部、ふっ飛びましたわ!! 気分は最高! 最っ高です!!」
「そう、良かった。だけど、もし気分が悪くなったら、すぐに知らせること。もし式の最中でも、絶対に無理や我慢はしないように。……分かったね?」
「ひゃいっ! 分ーりましたっ! わらし、絶っ対、無理しまてんっ!!」
私は多幸感に包まれて、べらぼうにハイな気分になった。
ああ、今日はなんていい日なのかしら。
まさか、大好きな推しに、頭を心配してもらえるなんて。
たとえ演技だとしても、超うれしい。川があったら、飛び込んじゃいそうなぐらいだわ。
……あら。
窓の外で、小っちゃなカップルが手ぇ繋いでる。
ウフフ、仲が良くって、微笑ましいわね。
あなたたちにも、何か良いことありますように。
心の美しい私が、他人の幸せ、祈っていると。
おふざけをしていた王子が、急に核心にせまった。
「……ところで、『あの夜』のことなんだけど」
えっ?
その話、いま切り出すの?
……つか、スルーしたんじゃなかったの?
すっかり気まずくなった私は、あえて軽い調子で言った。
「あ~~、あれは……。忘れてください。
言ってみたかっただけですし、真に受けなくてオッケーですわ」
妙な沈黙の後、ミハエル様は意味深な目をして、こう言った。
「……ねえ、ロザリンド。君は『あの夜』のこと、覚えてる?」
「ええ。そらもう、バッチリ覚えてますわよ。
あなたがお見舞いに来たのは、ついこないだの話ですもの」
「うん、そっちの方じゃなくてね。
ぼくが言った『あの夜』は、1年前の、満月の夜……ぼくたち二人の関係が、大きく変化した夜だよ」
……1年前の、満月の夜????
いや、そんなこと言われても……。
私、頭をぶつけた拍子に、記憶喪失になってて……。現世で何があったのか、サッパリ覚えてないんですけど。
……なんだろう。
ひょっとして、ベッドインでもしたのかな。
いやいや、まさか。
ミハエル様に限って、んなことするわけないわよね。あのクズ野郎じゃあるまいし。
とりあえず、ここは話を合わせておこう。
相手はミハエル様だから、変なこと言ったらすぐバレる。ボロが出るとマズいから、具体的なことは言わんどこ。
「あっ……、ああ~~!
なんだ、あの日のことでしたの。
ええ、それでしたら、よーく覚えてますわよ?
あの夜は本当に、素晴らしい夜でしたわね。
私、あの素敵な夜のこと、1秒たりとも、忘れたことないですわ」
しかし、推しの目は、ごまかせなかった。
テレパシー使えないはずなのに、ズバリと真実を言い当てた。
「……君、何のことか分かってないよね?
ひょっとして、何があったか、忘れてる?」
私は口をキュッと閉じ、しばらく固まった後……。ついに容疑を認めた。
私が自白し終えると、ミハエル様は、小さくため息をついた。
「そんなに、謝らなくてもいいよ。
君は薬の影響で、記憶喪失になったって聞いてたから、薄々察しはついてたし。
『あの夜』にあった出来事は、ぼくにとっては重要だけど。君にとっては……それほど大したことでもないし」
私は好奇心に負け、おずおずと尋ねてみた。
「あのぅ、ミハエル様……。
その日、私たちの間に……一体、何があったんですの?」
金髪碧眼の王子は、にっこり、優雅に微笑んだ。
それから、長い人差し指を……くちびるの前に、そっと立て。
楽しそうに、こう言った。
「……秘密。
もう少し、君が打ち解けてくれたら。
何があったか、教えてあげる」
ーーだから、いったい何があったのよ!?
……てか、ミハエル様!!
あなたって私のことを、どう思ってらっしゃるの?
……あああ、気になる。
猛っ烈に、気になるよ。
私の脳みそは、グルグルグルグル、回り始めた。
馬車はのんきな足取りで、学園に向かっていった。




