3. クズをたずねて馬車100分
一晩考えて、私は今後の方針をまとめた。
まずは魔術師と話をつけて、それから悪魔とヒロインに接触。二人のキューピッド役をする。
最後に、厄介な詩人を始末。
王子様との薔薇色の学園生活に備える。
うーん、我ながら、なんて完璧なプランなの。
これで新学期の準備はバッチリね。
よーし。そうと決まったら、さっそく家に押しかけよう。
私はウキウキしながら呟く。
「えーっと、まずはシェイドを呼んで……」
「はい、何ですか」
「……うわっ!! あんた、いつ私の後ろに立ったのよ!?」
……何なんだ、このガキは。
足音も気配も、まるでなかったぞ。
シェイドは冷たく切り捨てた。
「ノックなら、12回もしましたが。
またお得意の妄想ですか? 楽しそうで、何よりですね」
こっ、このガキ……。
ほんと、ムカつく野郎だな。
現役時代の私なら、木刀のサビにしてるとこだぞ。
ガキは面倒くさそうに言う。
「ご用件は何ですか? どうせくだらないご用でしょうが、誠心誠意、お応えしますよ。それが仕事ですからね」
頭をカチ割りたい衝動を、私はなんとか押し殺す。
「ええ、それなんだけどね、シェイド。
私はこれから、下町に行くの。だから、馬車を出してもらえる?」
従者はなぜか驚いた。
「えっ。……あなたが馬車に?
どこへ行くにも歩きか馬で、ハイヒールで山に登る人が……。
たかが下町まで行くのに、わざわざ馬車を使うんですか!?」
「そっ……。
そそそそっ、そんなの知ってるわよ!? ただ、今日はなんとなく、馬車に乗りたい気分なの!!」
……と、誤魔化してみたが。
ぶっちゃけ記憶喪失なので、魔術師の家がどこにあるのか、さっぱり分からないのである。
シェイドは不審そうに言う。
「馬車は用意させますが……。今度は何を企んでるんですか?」
「何も企んでないわよ。失礼ね」
「昨日から、どうも様子が変ですし。……おれもついて行きますか?」
「あんたはついて来なくていいわ。自分の仕事をやりなさい」
だって、これからやることを、あんたに見せたら、マズいかもだし。
シェイドはジト目で主人をにらんだ。
「おれの仕事は、あなたの従者なんですが」
「それじゃ、今日の午後は、オフにしてあげる。
確かあんた、趣味は睡眠だったわよね? だったら爆睡でも何でも、好きなだけやってなさい。
あと、私、欲しいものがあるんだけど……」
私の説明に、シェイドはいまいち納得していない様子だったが、案外あっさりうなずいた。
「……はあ、分かりました。それでは、午後は休ませてもらいます」
こうして、クレバーな私は、必要なものを見事ゲットし、魔術師の家まで馬車を走らせた。
―――――――――――――――――
魔術師の家は、下町のボロ屋。
そんな設定だったけど、こうして実際見てみると、わりと立派な一軒家だ。
庭には、リンゴの木が植わってるし。
窓ガラスも割れてなければ、壁に張り紙もないし、落書きもされてない。
私はモブの御者を帰らせて、玄関のベルを鳴らしてやった。
なかなか返事が聞こえないので、ちょっと強めにカラカラやったら、ベルが壊れて、落っこちた。
「何なんだ。今の、もの凄い音は……」
そう言いながら出てきたのは、背の高い、若いイケメンだった。
男は派手な服を着て、古ぼけた懐中時計を首に下げている。
明るい茶色の髪の毛は、ゆるく波打って肩まで伸び、左目の下に泣きボクロがある。
瞳は髪と同じ茶色で、少しタレ目になっており、いかにも人懐こそうに見える。
見た目は軟派なイケメンで、とても人間のクズには見えない。
ウィズ・ウィザードは、死か恋の攻略対象。
生存率は10%。
プレイヤー人気はそこそこで、3~4番手ぐらいかな。
平民出身の魔術師で、年齢は25歳
(王立学園の生徒には、子供もいれば、オッサンもいる。年が20超えてても、別にダブってるわけではない)。
こいつって、超天才だけど。
かなり自由な性格で、怠け者で、飽きっぽい。
要するに、変人枠のイケメンなのだ。
死か恋の世界の魔法は、大きく2つに分けられる。
1つ目は、特別な才能を持った者だけが使える、「精霊魔法」。
そして2つ目が、誰でも使える「一般魔法」。
一般魔法っていうのは。
魔法燃料を使う魔法で、ヘボいのだと宴会芸の手品、すごいやつだと現代の電化製品みたいなことができる。
まあ、要は「石油燃やして、発電して、機械動かす」みたいなもんね。
ウィズは一般魔法が得意で、すごいアイテムをいくつも作る、発明家的なポジションなのだ。
性格は大分アレだけど、魔術師としては、世界一。
色んな国が血眼になって、「うちに来い」とか言ってるらしい。
ウィズはこちらに目を向けると、飄々とした笑みを浮かべた。
「おやおや。これは公爵家のゴリ……、ご令嬢。私に何かご用かな?
だけど生憎、今日はちょっと忙しくてね。悪いけど、また今度来てくれないか」
「そういうわけにはいかないわ。
こっちは大事な用があるから、わざわざ会いに来てやったのよ。だからとっとと、入れなさい」
「そうしてあげたいところなんだが、どうしても都合がつかなくてね。
『例のもの』は、必ず完成させるから、今日のところは帰ってくれるかな」
そう言うと、ウィズは扉を閉めようとした。
私は可憐な右足を、ドアの隙間に突っ込んだ。
「……『例のもの』? 『例のもの』って、何なのよ。私があんたに頼んだの?」
ウィズは「しまった」という顔をした。
「君ではなくて、お父上にちょっと……。
いや。知らないのなら、それでいい。それじゃあ君は、何の用事で来たのかな?」
「私、ノドが渇いてるの。それに、お腹も減ってるし、ほんとに大事な用なのよ。だから、中に入れなさい」
ウィズはいかにも人好きのする、愛想のいい笑みを浮かべた。
……うん。
実に爽やかな営業スマイル、100点満点。
ゲスい中身を知らなければ、花丸をつけてやりたいくらいだわ。
ウィズは女受けのよさそうな、甘い声でこう言った。
「でも今、ちょっと中が散らかっていてね。
それに、ついさっき天才的なアイディアを思いついて、その検証をしていたんだよ。
大事な仕事さえなければ、美人を家に招待して、おいしい紅茶でもてなしたいところなんだが。
いやー、ほんとに残念だ。実に実に、残念だ」
私はすぐにピンときた。
……こいつ、何か後ろ暗いことがあるな。
お父様が頼んだっていう、「例のもの」も気になるし。
こうなったら、何がなんでも、上がり込んでやる。
私はハッタリをかました。
「さっき『例のもの』なんて知らないって言ったけど、あれは嘘よ。実は私、全部知ってるの。
今日はお父様から、伝言を預かってきたのよ。『条件次第では、期限を延ばしてあげてもいい』ってね」
「何っ、それは本当か? ありがたい。
……しかし、少々うさん臭いな。『例のもの』を欲しがっているなんて、人には知られたくないはずだが。
君を疑うわけではないが、手紙でも預かってきたのかい?」
私は堂々と言いはった。
「そんなもの、あるわけないでしょ。だって、そんな手紙を書いて、落としちゃったら、最悪じゃない」
「まあ、それはもっともだ。
……仕方ない。うちに入りなさい。
ただし、中にあるものには、指一本触れないでくれよ」
魔術師はそう言うと、イタズラっぽくウインクをした。
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家の中はいかにも魔術師らしく、フラスコや魔方陣やホウキなど、怪しいもので溢れかえっていた。
私は壁一面に並んだ本のタイトルを見つめた。
『小石を金に変える法』
『永久にカッコよく』
『ホルターサケルター』
『クロノスなんか怖くない』
……なんだかよく分からないけど、大分イッちゃってる感じだな。
ウィズは小さな木のテーブルに、私を座らせた。
そして、キッチンの方に行き、すぐにお茶を持って戻ってきた。
……おい、何がうまい紅茶だよ。
おまえ、絶対ティーバッグ使っただろ。
私は香りの薄い紅茶をすすりながら、目の前のウィズをじっと見つめた。
もし、こいつが原作通りなら……。
父親のこともあるし、貴族や王族には、かなり反感を持っているはず。
お父様は有力なパトロンの一人ではあるけれど。
こいつにとっては、ただの金づる。
その娘である私が、下手に出てお願いしたところで、素直に言うことを聞くとは思えない。
とはいえ、この世界には、原作と違うところもかなりある。
これまでの関係次第では、あっさり協力してもらえることだってあり得るのだ。
そこで私は、ウィズと自分の関係を探ってみることにした。
相手の反応を見るために、原作知識を総動員して、ちょっと際どいセリフもぶつけた。
けれど、こっちが何を言っても、ウィズはヘラヘラしているだけで、何の手応えも得られない。
……ちくしょう。やりにくい相手だな。
現実的で賢い私は、探りを入れるのを諦めた。
「まだるっこしいのは大嫌いだから、さっさと本題に入るわ。
あんた、卒業研究のテーマ、もう決めた?」
「いや。そんな先のことは、まだ分からないな。まあ、それは入学してから、ゆっくり考えるつもりだよ」
「つまり、まだ決まってないのね? じゃあ、私が決めてあげるわ。
あんたの研究テーマは災害対策、特に津波の対処と予防。はい、これで決定ね。
この条件を飲むんなら、期限を延ばしてあげてもいいわよ」
ウィズは渋い顔をした。
「うーん、災害か……。あまり楽しそうなテーマではないな。大変な割に儲からないし、もしも何か起こったら、私のせいにされそうだし。
それに、研究テーマというのは、突然天から降ってくるもので、あらかじめ決めておくものではないんだよ」
私はテーブルを拳で叩いた。
木材がミシミシ言って、表面にヒビが入った。
「あんたねっ!! そんな呑気にしてるから、3年もかかって、2人乗りのちっちゃな脱出ポッドしか作れないのよ!」
「……3年もかかって? ……脱出ポッド?
すまないが、もう少し私にも分かるように話してくれないかな」
「あっ。
いや、今のはちょっと、物の例えで……。
とにかくっ!! あんた、つべこべ言える立場じゃないでしょ。
条件を飲まないなら、期限内に『例のもの』を引き渡す? それとも、援助してあげた研究資金、そっくり返してくれるのかしら?」
「残念だが、答えは全てノーだ。
興味のない研究はやりたくないし、『例のもの』は当分完成しそうにない。
資金は全て使ってしまったから、1ゴールドも返せない」
死か恋の世界での1ゴールドは、日本円で1円ぐらい。
つまり、「1円も返すつもりがない」ってことか。
……こいつ、ほんと、すげえクズだな。
研究資金使い込んだのに、ちっとも悪びれた様子がないぞ。
私はだんだん、ムキになってきた。
何が何でも、こいつに一泡吹かせてやる。
そうしないと、腹の虫が治まらない。
「それじゃ、せめて利子だけでもいただこうかしら。有名な天才魔術師の家なんだもの。売れば金になりそうなものは、いくらでもあるはずよ」
ウィズは困ってなさそうに言った。
「そう言われても、ここにあるものは、別のお客さんからの注文品か、人には売りたくない、お気に入りの発明品だし……。
うーん、困ったな。どうしよう」
「なら、研究テーマを津波にしなさい。
それさえ約束するんなら、研究用の資金なんか、好きに使ってかまわないわよ」
ウィズはしばらく黙り込んでいた。
……が、ふっ切れたような顔をして、とんでもないことを言い出した。
「うん。正直、ギリギリまでのらりくらりとやり過ごそうと思っていたんだが、こうなってしまったら仕方ない。
――利息は、私のこの体で、支払わせてもらおうか」