29. 死なないでマイダーリン
ヘタレの心のこもったブーケを、ダチに届けてやってから、数日がたった。
王子のフィアンセの私は、ベッドの上に腰かけて、 明日の重大イベントに、ひっそり思いをはせていた。
ーー明日は、いよいよ入学式。
ミハエル様の死亡フラグが、初めて、立ってしまう日だ。
ミハエル様が、生存するか。
無惨なご遺体になるかは……。すべて私の行動しだい。
……大丈夫。
きっと、うまく行くわよ。
ミハエル様の攻略ルートは、何万回もやったから。
死亡フラグの折り方は、もれなく全部覚えてるもの。
私はただ、冷静になって。
やるべきことを、やればいいのよ。
さて、話がそうくれば。
いま、私がやるべきことは……。
明日のコーデを決めること!!
私とミハエル様は明日、入学式の会場に、一緒に行くことになってる。
つまり、明日の登校は……。
私にとっての、初デート。
推しとの、ドライブデート (馬車) には。
とびっきりお洒落をして、最高の自分を、ミハエル様に見てもらうのよ……!!
そうと決まったら、着ていくドレスを選ばなきゃ。えーと、パーティー用のドレスは、確かこの辺に……。
めちゃくちゃ広いクローゼットを、上機嫌であさっていると。
ノックの音がしやがって、いつもの奴がやって来た。
「お帰りなさい、遅かったですね。
あなたの分の昼食は、厨房に取っておいてありますよ」
「お昼は外で食べたけど、それも食うから、持ってきて」
従者は、あきれた口調で言った。
「あなた、どれだけ食べるんですか。
それで夕食も残さないんですよね? その胃袋、異次元に繋がってるんじゃないですか」
手近にあったハンガーを、私は従者にぶん投げた。
従者はあっさりハンガーをかわすと、口うるさい主婦みたいなセリフを口にした。
「ところであなた、何をなさってるんですか。
この部屋、掃除したばかりなんですけど」
物分かりの悪い家来に、私はご主人様の意向を教えてやった。
「見て分からないの?
明日のドレスを選んでるのよ。
白で清楚さアピールか、黒でセクシーに決めるか。それとも、ピンクでキュートにいくか……?
うーん、悩んじゃうわね」
「入学式なんだから、白に決まってるじゃないですか。パンフレットも読んでないんですか、それとも読んで忘れたんですか?
大体、入学式のドレスは、2ヶ月前に届いたじゃないですか。
……まさか、また記憶喪失になったんじゃないでしょうね」
……うわっと!
選択肢ミスった!!
だけど、こんなところで負けてたまるか。
王子様とのデートを前に、病院送りになってたまるかってんだ。
私はやるわよ。このピンチ……絶対、華麗に乗りきってみせる!
私はかしこい脳みそを、猛烈にフル回転させて。
お嬢様らしく、言い訳をした。
「あ~ら? そうだったかしら~~?
たくさん仕立てたもんだから、忘れちゃったわ。
オホホホホ!
オーッ、ホッホッ、ホッホッホ……」
従者はすっかり騙されて、長ったらしい嫌味をたれた。
「本当に、高いドレスを何着も仕立てて……。
無駄遣いにもほどがありますよ。どうせ、すぐにケンカして、全部ダメにするくせに。
あなたみたいな人は、作業着か金属鎧でも着てればいいんです。
旦那様も、旦那様ですよ。
一人娘だからって、ベタベタに甘やかすから……。
こんなワガママで常識もない、令嬢もどきのゴリラが出来上がるんです」
お上品なレディの私は、無礼な従者をしかりつけてやる。
「……おい、てめぇ。
あんま、ふざけた口利いてっと……東京湾に沈めんぞ!!」
ガチャンと、高い音がして。
開いたドアの向こうから、おかっぱメイドが現れた。
床にはお盆とスコーンと、陶器の破片が散らばって、高そうなじゅうたんに、大きなシミが出来ている。
従者はメイドに駆けよると、気遣わしげに声をかけた。
「大丈夫ですか、アンさん。ケガはないですか」
メイドは顔をおおって泣き出した。
「私、もう無理……。もう辞めます、お願いだから、辞めさせてください」
従者は、必死な様子で言った。
「……大丈夫ですよ、アンさん!
命の危険はないですし、怒鳴り声にも、そのうち慣れます。
だから、一緒に、がんばりましょう。がんばってください、お願いします。
あまりに人手が足りなくて……みんな過労死しそうなんです!」
メイドはブンブン、首をふる。
「……無理です、無理!
絶対に無理っ!!
こんな恐いお屋敷、もう嫌です~!!」
公爵家の屋敷の廊下に、メイドの悲鳴が響きわたった。
そして、その日から、泣き虫メイドは姿を消した。
―――――――――
一夜明け、入学式の朝がきた。
白いドレスを身にまとい、私は王子が来る瞬間を、今か今かと待っていた。
大きな大きな鏡には、世界一美しいレディの姿が映し出されてる。
豊かに波打つ金糸の髪に、情熱的な深紅の瞳。
陶器のようになめらかで、雪よりもっと、白い肌。
朝露にぬれた紅薔薇のように……艶やかで、赤いくちびる。
キュッとくびれたウエストに、流れるような脚線美。
モデルみたいな身長に、豊かなバストを持つ、私には……。
マーメイドラインのドレスが、びっくりするほど、お似合いだ。
上質のシルクの生地を、たっぷり使ったドレスには。
本物のパールとダイヤが、ビーズみたいに縫いつけられてる。
大胆に露出した、セクシーな肩と胸元。
体にぴったりフィットする、完璧なスカートのライン。
ゴージャスだけど上品な、大人の女性のためのドレスは……。
この国一の仕立て屋に、大金はたいて作らせた、オーダーメイドの逸品だ。
そんな美しい私の、左手の薬指には。
愛する人から贈られた……。
ルビーの指輪が、輝いている。
私はうっとりして、言った。
「……今日の私って、なんて綺麗なのかしら。
まるで絵本のお姫様みたい」
空気の読めない、従者の声が。
一生懸命、盛り上げたムードを派手に、叩き割る。
「邪悪な魔女の、間違いでしょう」
レディを侮辱した従者は、姑みたいにケチをつけだした。
「……何なんですか、その格好は。
いくらなんでも、派手すぎますよ。
まったく、あなたという人は……TPOも知らないんですか?
とりあえず、ショールを上に、はおりなさい」
「……うっさいわね!
あんたみたいな芋くさいチビに、ファッションの何が分かるのよ。
鬼太郎みたいな髪型のくせに……。
人様の格好に、ケチつけてんじゃないわよ!!」
従者は殺意に満ちた目で、お嬢様をにらみやがった。それから、底意地の悪そうな、ムカつく笑みを浮かべやがった。
「……おれ、ボディーガード辞めようかな。
そうしたら、入寮は取り消しですね。旦那様が喜びますよ」
私はモミモミ揉み手して、クソガキにへつらってやった。
「うわあ~~!
シェイドくん、タキシード姿、超カッコいい!!
……いやあ、馬子にも衣装って本当ね。まるで七五三の男の子みたい」
身長の低いチビ助は、余裕の笑みを浮かべているが。
「七五三」と言われたとたん、口がピクリと引きつったのに、私はめざとく気がついた。
ーーボーン、ボーンと音が鳴り。
時計の鐘が、8時を告げた。
私はガキに背を向けて、あわてて鏡をのぞきこむ。
「……やばっ!
アホやってる場合じゃないわ。
……ねえ、シェイド。
私、どっか変なとこ、ない?」
「そうですね……。
おそらく、一番変なのは、脳みその中身でしょうが」
シェイドは淡々と言葉を続けた。
「それは今更どうにもならないですからね。
まあ、多分大丈夫じゃないですか? あなたはミハエル様の前だと、人間の女性みたいになりますし」
「……ちょっと。それ、どういう意味よ」
「言葉通りの意味ですよ。今でもよく覚えてます。初めて、あれを見たときは……。
あまりにも気味が悪すぎて、鳥肌が立ちました」
私はコブシを振りかぶり、生意気なクソガキを、教育してやることにした。
「よーし小僧、そこに直れ。
お前に口の利き方というものを教えてやろう」
コンコンコン、とドアがノックされ。
王子様の来訪が告げられた。
私はサッとコブシを下ろし、サッサッと髪をなでてから、オッケーのサインを出した。
ーーそうして、ついに。
運命の、扉が開いた。
私の家の玄関に……タキシードを着た王子様が来て。
私にやさしく、微笑みかけた。




