23. ノノ
ウザい従者と、おさらばするため。
ヒロインの死を、防ぐため。
寮に入ろうとした私は……。
またもや壁にぶつかって、コケた。
超アンラッキーな私に、やさしく声をかけたのは、かわいげのない従者……ではなく。
原作ゲームのヒロインだった。
「あのう……。大丈夫ですか?
これ、よかったら、使ってください」
そう言って。
ヒロインはハンカチと、ばんそうこうを差し出した。
突然、あらわれた聖女を、私はまじまじと見つめた。
セミロングの髪の毛は、サラサラとした黒髪で。
くりくりとした丸い目は……。
宝石みたいに、きれいな水色。
くちびるは、ほんのり淡い、キュートなピンクで。
マシュマロみたいな肌してる。
うーん……。
これの一体、どのへんが……。
「どこにでもいる、ごく普通の少女」なの?
まあ、胸のデカさは普通か、普通以下って気もするけれど。
「普通」って、なんだっけ……?
従者は、驚愕して言った。
「……信じられません。
世の中には、こんな女性もいるんですね。
お嬢様の口ぐせは、『傷なんか、なめときゃ勝手に治るわよ』ですし。ハンカチはいつもクシャクシャか……そもそも、持っていませんし。
転んだ人を見かけたら、『ちょっと! 見なさいよ、あれ。あいつ、めっちゃ派手にコケてる!』って、大笑いし始めますし。
ここまで来ると、別の生物に見えます」
……ああ、よかった。
やっぱり、この子……。
ゲームの中でも、普通じゃなかった。
これが「普通の女」だったら、ほぼパーフェクトな私でも、平均ぐらいになっちゃうものね。
従者は聖女の方を見て、ハッとしたような顔をした。
「あれ、この人は弁当屋の……。
いつぞやは美味しいお弁当、ごちそうさまでした」
ヒロインは、パッと笑顔になった。
「……本当ですか?
わたし、いつもお客さんに、おいしいものを食べてもらいたいな、うちのお弁当で、みんなが笑顔になってくれたらなって……。
そう思ってお仕事してるから、『おいしい』って言ってもらえるのが、一番うれしいんです」
従者はわざとらしくため息をつくと、横目でこちらを見て言った。
「聞きましたか、今のセリフ。
『みんなを笑顔にしたい』だなんて……。
どこかの誰かさんと違って、本当にいい人ですね」
……ふん、まあね。
確かに、この子は、マジでいい子よ?
でも、女目線で見ると。
ちょっと、いい子すぎるっていうか……。
いかにも男が好きそーな、都合のよすぎる性格で、リアリティーがないっていうか……。
ぶりっ子みたいで、ちょっと……っていうか。
……かっ、勘違いしないでよね!
わっ、私は別に……。
嫉妬してるわけじゃないんだからねっ!!!!
イヤミを言うしか能のないチビは、まだダラダラとイヤミを続けた。
「『世間の連中は、女を見る目が、なさすぎる!
なんで美人で金持ちで、こんなに女らしい私が……結婚したくない女ランキング・10年連続1位なの!?』
なんて言ってるヒマがあったら、少しはこの店員さんを見習ったらどうですか。
あなたの場合、どう考えても原因は、その性格にありますよ」
うるせえな。
みんながみんな、男にとって都合のいい女ばっかじゃねえんだよ。
……大体な。
どんな女だって最初は、こういうピュアな聖女なんだよ。
それを、やさぐれた女にするのは……。
お前ら男どものひいきと、つらい人生経験なんだぞ?
性格のいいヒロインは、なんかオロオロしていたが、おずおずと切り出した。
「あのぅ……。
たぶん大丈夫、ですよね?
えっと……。どこか痛いところはありますか?」
私は借りたハンカチで、ぶつけたところを、ゴシゴシぬぐい。
シミひとつない美しい肌を、ヒロイン様に見せつけてやる。
「心配しなくても平気よ。
私、こう見えて……けっこう体が丈夫なの。
ちょっと、ずっこけたぐらいじゃ、すり傷一つ、できないわ」
ヒロインは、ホッとしたような顔をした。
「ケガがなくて、よかったです。それじゃあ、わたし……行きますね」
逃げようとするヒロインを、私はすかさず、つかまえた。
「……待って!
あんた、今ヒマ?
だったら、ハンカチのお礼に、高いお茶でも、1杯どうよ?
こわがらなくても、大丈夫。
全然、あやしい店じゃないから」
遠慮がちなヒロインは、
「いえ、その……。そんな……」
「悪いです……」
とか、なんとか言ってたが。
私がゴリに、ゴリ押すと。
「じゃあ、ちょっとだけ……」
と、うなずいた。




