22. ノノ
ーー寮に入ると、決めてから3日。
私は親父の肩をもんだり、趣味のゴルフにつき合わされたり。入寮させろと脅したり、高いバッグを買わせてみたり……。
とにかく、色々してみたが。
意外とガンコだった親父は、かわいい娘の要求を、ひたすら拒み続けやがった。
ヒロインの死亡フラグは、すぐそこに迫っている。
今日こそは、なんとしても……。
入寮を決めないと。
いつも邪魔をしてくる従者は。
病院に行くとかで……昼から、屋敷を抜けている。
これは絶好のチャンスと、私は素早く行動にうつる。
まずは、一人でお部屋にこもり。
あらかじめゲットしておいた、「入寮届」を取り出すと。カリカリカリカリ、書類を書いて……。
「保護者のサイン」のところまで来ると。
テキトーに筆跡をかえて、勝手にサインを書きこんだ。
私は書類を、カバンにしまうと。
お部屋のドアを、急に開け。
チビの代わりに寄こされた、ボディーガードのムキムキを……パンチ一発で倒すと。
みごと、屋敷を抜け出して、王立学園に向かった。
――――――――――――――
学園にたどり着いたのは、窓口が閉まる寸前だった。
はーっ、なんとか間に合った。
ちくしょう、あの運転手のオッサンめ……。
タクシー料金つり上げるために、わざと遠回りしただろ。
こっちが道を知らないと思って、人の弱みにつけこみやがって……。
文句言っても、聞こえないフリしやがったから。
ちょっと、強めにどなったら……なぜか警官を呼ばれて、こっちが説教くらわされるし。
……はぁ。
なんか、もう……。
今日はとことん、ついてないわね。
とっとと、手続き終わらせて……。
家に帰って、メシ食おう。
ーー窓口を、見てみると。
空いているのは一つしかなくて、ほとんどの職員は、客の対応をしている。
空いてる窓口に立つと、隣の窓口の女が、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ごめんなさい。
今日は、あと1分で閉まるから……。
今、手の空いている職員もいないし……。
悪いけれど、また明日、来てもらえるかしら?」
私はサッと、事務室を見て。
奥のソファーに座ってる、ヒマそうな奴を指差した。
「ヒマそうな奴いるじゃない。丁度いいわ、あいつ寄こしてよ」
隣の窓口の女は、困ったような顔をした。
「いえ、あの人は……」
私はヒマそうな男を、大声で呼んでやる。
「……そこのあんた! あんたよ、あんた!!
黒髪で、すその長い服着てて、ソファーでコーヒー飲んでる奴!
ヒマなら、ちょっとこっち来て、客の相手をしなさいよ!!」
ソファーに座ってた男は。
静かに、カップをテーブルに置き。
すっと優雅に立ち上がり……くるりと、こちらを振り向いた。
男はすらりと背が高く、年は40歳ぐらいで……。
黒髪を七三に分けている。
金色の瞳は切れ長で、大人の色気がほんのり香る。
……あら、いい男。
ちょっと年いってるけど、結構タイプかもしんないわ。
ダンディな職員は、窓口にやってきて、私の書類を受け取ると、にっこりと微笑んだ。
「この書類の字は、公爵様のものではありませんね」
私は、札束を取り出し。
声をひそめて、こう言った。
「……まあまあ、細かいことはいいじゃないの。
これ、あげるから、取っときなさいよ」
男はワイロを突き返し、おだやかな声で、こう言った。
「私たち教職員は、未来を担う若者たちを育てる、神聖な仕事をしています。
いくらお金をいただいても、そのようなサービスは提供できません」
「……あんたじゃ、らちがあかないわ。
一番上の奴にかわって!!」
ダンディなイケメンは、落ち着きはらった声で言う。
「私が、校長です」
私は思わず、固まった。
若すぎる校長は、子供を叱るように言う。
「……フェンサーさん。
保護者のサインの捏造は、軽犯罪になりますよ」
私は、あわてて言い訳をした。
「ちょっ……。
ちょっと事情があって、親のサインが間に合わなかったのよ。
問題があるなら、今度、ちゃんと親が書いたやつを持ってくるから……。
とりあえず、手続きしてよ!」
ダンディ野郎は、ほほえんだまま、レディの頼みを断った。
「残念ですが、規則ですので。
本当に、親御さんの許可を得られたら。
当校の寮は、いつでもあなたを歓迎しますよ。
……では、新学期にお会いしましょう」
そして、非情なダンディ野郎は。
窓口のシャッターを、ピシャリとそっけなく、閉めた。
――――――――――――
……ったく。
教師ってのは、どいつもこいつも……。
頭の固い奴ばっかだぜ。
毒づきながら、家に帰ると。
機嫌の悪そうな従者が、門の前に立っていた。
「……お帰りなさいませ、お嬢様」
全く心のこもっていない、「おかえりなさいませ」のセリフを、かしこい私はスルーして、とっとと家に入ろうとした。
シェイドは私の前に立ちふさがると、トゲのある声でこう言った。
「学校から、連絡がありました。
文書偽造の罪として、警察に通報はしないそうです。
……それから。
もうひとつ、お話があります。
おれの代わりに来てくれた、ボディーガードのトムさんが……なんて言ってたか、聞きたいですか?」
「いや、別に」
「聞きたいですよね。
『騙された、二度と来ない。このことは、同業者にも知らせておく』だそうです」
私とチビっこい従者は、無言でバチバチ、にらみ合う。
気の弱そうな門番が、「あのう……」だとか、「まあまあ……」だとか。
なんかセリフを言ってたが、どっちも返事をしなかった。
先に口火を切ったのは、ちっちゃい従者の方だった。
「なんで、あなたは毎回毎回……問題ばかり起こすんですか!!
こんなことを、続けていたら……。
旦那様が亡くなったあと、あなたのために働いてくれる人間が、一人もいなくなりますよ!!」
「……ふんっ!
私は強くて、たくましいから。
一人でも、生きていけるわよ」
「そんなセリフを吐けるのが、人様のお世話になってる、いい証拠ですよ。
いいですか。
親というものは、いつまでもいてくれるとは……。
待ちなさい!
どこ行くんですか、話はまだ終わってませんよ!!」
「……うっせえ! ついて来んじゃねえっての!」
私は帰るのを、あきらめ。
やって来た道を引き返したが……余計なものが、ついてくる。
従者はこっちの事情も知らず、ギャーギャーギャーギャー言ってきて、ウザくてウザくて、たまらない。
うるさい従者を黙らせようと、私は反撃に転じた。
「うるさいうるさい!
大体ね、あんたはいつもいつも……うぶっ!」
うるさいガキに、気をとられ。
前を見ていなかった私は…………。
壁にぶつかり、ド派手にコケた。
「ったあ~~。
……もうっ!
あんたがゴチャゴチャ言ってくるから、コケちゃったじゃないの!!
あんた、いちおう男でしょ。
ボケッと突っ立ってないで、レディに手ぐらい貸しなさいよね」
シェイドは仏頂面でそっぽを向いて、知らんぷりを決め込んでいる。
ったく、気の短いお子様め……。
男の助けをあきらめて、一人で立ち上がろうとすると。
ひかえめな声が、かけられた。
「あのう……。大丈夫ですか?」
私に声を、かけてきたのは。
命の危機に立たされているーー原作ゲームのヒロインだった。




