20. ノノ
愛する推しを、守るため。
私はただの善人を、悪人ということにして……。
なんとか殺そうと、がんばる。
だが、しかし。
そんな、けなげな私は、今!!
かつてない、危機に立たされていた。
石畳の道を行く、私たちの背後から。
ヒタ、ヒタ、ヒタ、ヒタ……ヒタ、ヒタと。
足音が、追ってくる。
詩人は、背後の足音に……まったく気づいてないらしく。
店選びの失敗を、クドクド、しつこく謝っていた。
私はネガティブな詩人に、やさしい言葉をかけてやる。
「もう、そんなしつこく謝んなくてもいいわよ。
ところであんた、年はいくつなの?」
「……ぼくの年ですか? 今は、17歳ですが……」
私はショックを受けて、黙った。
それから、自慢のクールさで、冷静に会話を続けた。
「へ、へえ~~……。
あんたって、17だったの……。
それじゃ、私の一つ下ね。
……ついでに聞くけど、星座と血液型と、好きな食べ物は何? あと、どこの出身なの?」
詩人は一瞬、キョトンとしたが。
ペラペラと口を割った。
「うお座のA型で、好きな食べ物はリンゴです。
生まれは、ロワンスの南の方ですが……」
……こいつ、なんて口が軽いんだ。
初回限定特典の、設定資料集の中では……。
全部「秘密」になっていたのに。
まさか、当の本人が、こうも簡単にゲロるとは。
私は、手帳を取り出すと。
ターゲットの情報を、さりげなく書き留めた。
必要な情報も手に入れたし。
あとはこいつをサックリ殺れば、話はおしまい……なんだけど。
やっぱりというか、当然というか。
そんなに、楽には行かないのだった。
こいつと、一緒にいるために。
私は今日1日で……どれだけの女を排除してきたか知れない 。
ある者は、道を聞こうとし。
ある者は、カメラのシャッターを押させようとし。
またある者は、手っ取り早く、ラブホに引きずりこもうとし……。
血に飢えた、ストーカーどもは。
ありとあらゆる、手を使い……詩人に声をかける機会を、虎視眈々と狙ってる。
奴らが、動きを見せるたび。
私は奴らの靴を踏み、ヒジ鉄砲をくらわせて、足を引っかけて転ばせた。
なんか、3人に1人は……。
気持ち悪いオッサンが、含まれてたような気もするけれど。
それは、きっと気のせいだ。
今も、視界のすみっこで。
血走った目のストーカーたちが、乱闘を繰り広げてるような気もするけど……。
それも、きっと気のせいだ。
……って、んなわけあるか!!!!
ちくしょう。
私はこいつを、始末したいのに……。
こんな人目にさらされてたら、殺すのなんて、ぜったい無理だろ。
うなりながら、歩いていると。
ふと、あるものが目に留まった。
私は店の親父に金を押しつけると、それを乱暴に引ったくり、詩人の顔に装着した。
「えっ? あの……これは一体、何ですか?」
私はプフフと、笑い声を漏らした。
そんなお面つけてたら、イケメンもすっかり台無しね。
「別に、気にしなくていいわ。
ちょっと揺れるけど……暴れないで大人しくしててよね」
そう言うと。
私は細っこい詩人を、お姫様抱っこして。
爆裂ダッシュで、その場を去った。
――――――――――――――
「こんなに古い建物が、まだ残されていたんですね……」
お面を外した、イケメンは。
旅行中に偶然遺跡を見つけたみたいなノリで言った。
「時の流れは、人も、物も、置き去りにして……。
残されるのは、本当かどうかも分からない……歴史という名の物語だけですね」
そう言って。
詩人は虫食いだらけの本を、パラパラめくった。
古い塔の中には。
瓦礫と本が散乱し、あちこちに草が芽吹いてる。
崩れかけた天井からは、まるで舞台のスポットライトのように、陽の光が射し込んでくる。
私は奥の階段を、指差した。
「ねえ、あそこに階段があるわよ。
ちょっと登って、この町を、上から見てみない?」
「でも、危ないですよ。
古い建物ですから、いつ崩れても、おかしくありませんし……」
「平気平気。
ガッシリとした作りだし、そんな簡単に崩れたりしないわよ」
「ですが、あなたに万一のことがあったら……」
グダグダ言い続ける詩人に、とっておきの一発を、私はお見舞いしてやった。
「あ~あ、楽譜のお礼、期待してたのになあ……。ケーキもコーヒーも味わえなかったし、きれいな景色も、見れないのかあ……」
詩人は真っ青になって言った。
「喜んでお供させていただきます……!」
―――――――――
屋上からの風景は、なかなかのものだった。
あれがトムズ川で、向こうに見えるのが処刑台。
んでもって、あの壮麗な宮殿が、ミハエル様の住むお城なのね……。
うん。
これまで記憶喪失とか、病院送りの危機とか、留置場の臭いメシとか、色々色々あったけど……。
今じゃ、私もすっかり、この町に詳しくなったわね。
オルフェウスは景色を眺めながら、どこか遠い目をして言った。
「……この町の景色は、イ短調ですね。
ロワンスの小さな村とは、空気の色が違います」
……こいつ、なんか電波なこと言い出したぞ。
顔がいいから絵になってるけど、悪かったら完全に危ない人だな。
「景色をそんな風に言うなんて……あんた、やっぱりミュージシャンなのね。
こないだ、雑誌で読んだわよ。なんでも、ある有名な令嬢が、あんたの音楽で生きる希望を取り戻したんですってね。
ミュージシャンなんて、飲んで、暴れて、女あさって……そういうクズな奴ばっかだけど……。
あんたはちゃんと人の役に立ってて、えらいわね」
オルフェウスは、なぜか暗い顔をして言った。
「……いえ。
ぼくなんて、何の取り柄もなくて……。
いつも誰かに、助けられてばかりです。
こんな自分が……時折、無性に嫌になります」
……謙遜も。
ここまでいくと、嫌味だな。
ウジウジ鬱陶しい奴を、私は黙らせようとした。
「そんなことないわよ。
あんた、がんばって……結果もちゃんと、出してんだから。しょうもない愚痴言ってないで、自分に自信を持ちなさい」
プラチナブロンドの詩人は、はかなげに微笑んだ。
「ありがとうございます。
……あなたは姿形だけでなく、心も美しい方なんですね」
私は、ニヤリと笑ってやった。
「いつも、そうやって女の子を口説くの?
確かあんた、この国に来て、半年だっけ。
……で、もう彼女できた?」
オルフェウスは顔を真っ赤にして、あわてたように手を振った。
「いえ! ぼくなんて、まだまだ吟遊詩人としては未熟者ですから……。女性とおつき合いだなんて、そんな大それたことは……」
ウブなフリなんかしても通じないぞ。
おまえみたいな色っぽい奴は、羊みたいな顔していても、頭の中はエロエロなことで一杯に決まってんだよ。
詩人は話をそらすみたいに、わざとらしく言った。
「……あっ。
あちらの方に、教会が見えますね。
もう少し近くに行って、見てみませんか?」
そう言って、反対側の端っこに行くと。
詩人は私に、背を向けた。
……ふっふっふ。
まんまと罠にかかったわね。
私はファンのフリをしながら……ずっと、この機会を待っていたのよ。
芸術家なんてのは、繊細なもんだから。
ちょっと何かあっただけで、死ぬだのなんだの、大騒ぎする。
神経の細い芸術家が、町外れの塔に登って、上から落っこちたとしたら……。
どこからどう見たって、ただの自殺。
万一、事故で片づけられることはあったとしても……警察も殺人だとは思うまい。
よーし、さっさと背中を押すぞ。
これは悪いことなんかじゃない。この手のタイプは、内心死にたがってたりするもんだしね。
ーーしかし、その瞬間。
ターゲットがくるりと振り向いた。
「……ロザリンド様? 何か思いつめたような顔をされてますけど……どうかなさいましたか?」
「な、何でもないわよ! 別に、何もしようなんて思ってないけど……。なんていうか、ほら。ちょっとした恋の悩み、みたいな?」
詩人は、クスッと笑って言った。
「あなたのような美しい人に、そんな悲しい思いをさせるなんて……罪な男ですね」
……うるさい!
私は騙されないぞ。もう二度と、騙されないぞ。
どんなに人畜無害そうでも、バンドマンなんて人種は……一皮むけば、みんな同じだ。
バンドマンは、女の敵。
顔のいいバンドマンは……全人類の敵なんだ。
私は自分を叱咤した。
……しっかりしなさい、ロザリンド!
ここで、こいつを殺さなければ……。
あなたの大事な、推しが死ぬのよ!?
愛する人の、ためならば。
鬼になるのが、女でしょうが!!
私は殺しのターゲットから、可憐な感じで顔をそむけて、かよわい令嬢みたいに言った。
「……ごめんなさい。少し、気分が悪いの。
落ち着いたら、声をかけるから。
少しあちらの方で、景色を見ててくださらない?」
「お体の調子が悪いのですか?
でしたら、早く降りて……。
いえ、ぼくが馬車を呼んできますから、あなたは座って休んでいてください」
「……いいから! 早く、あっちに行って!
背中を見せて、景色を見てて!」
「……分かりました。でも、無理はなさらないでくださいね」
そして、詩人の足音が……遠ざかって行った。
ちらりと、後ろを見てみると。
詩人はこちらに背中を見せて、のんきに街を見下ろしている。
私はスーッと深呼吸して、心を落ちつけようとした。
私は、世界一の殺し屋……。
こいつは、バンドマンのカスで……女をたぶらかす鬼畜の権化……。
こんなゴミカス殺しても、私は痛みなんて感じない、人の命はゴミのようだ……。
……よしっ。
殺れそうな気が、してきたぞ。
私はキリッと前を向き、心の中で、つぶやいた。
何も悪いことしてないかもしれないけど……。
おまえには、ここで死んでもらう。
おまえの存在、そのものが罪。
生まれて来たのが、間違いなのだ。
うらむなら……。
おまえをそんな顔に生んだ……親を恨むんだな。
あばよ、オルフェウス。
いい顔だったぜ。
ーー「わあっ」と、間抜けな声がした。
考えるヒマもなく、私は走り出していた。
――――――――――
……で。
なんで今……。
こんなことに、なってんだっけ????
私は、地面に膝をつき。
左手で屋上の柵をつかんで……。
右手には、エルフっぽいイケメンをぶら下げている。
ああ……。
これ、多分あれだわ。
詩人は私の言いつけ通り、すみっこで景色を見ていた。
そしたら、ボロい塔が崩れて、勝手に落ちた。
……あーあ。
ほかっときゃ、事故死だったのに……。
もったいないこと、しちゃったな。
私は詩人に、目をやった。
あ~、上目遣いで、見上げる顔がかわいいな……。
おびえて青ざめた顔がまたそそる……。
って、そうじゃないだろ、私!
……いかん。
早くこいつを殺らないと、妙な性癖に目覚める。
オルフェウスは覚悟を決めたような顔をした。
「……手を、離してください。
このままでは、あなたまで落ちてしまいます……!」
……いや。
あんた一人ぐらいなら、片手で引き上げられるけど。
本人がそう言うんなら、重いフリして、このまま手を離しちゃおっかな……。
私がお言葉に甘えようとしたとき。
全ての決意を打ち砕く、悪魔の声が飛んできた。
「ーー何をやってるんですか、あなたは!!」
……反対側の、すみっこに。
睡眠薬で眠らせて、ロープで縛ったはずの従者が、立っていた。
「……シェ、シェイド!?
あんた、どうして、ここに……。
だって、絶対に抜けられない方法で、縛っておいたのに」
「あんなもの……。
関節を外しさえすれば、簡単に抜けられるんですよ。そんなことも、知りませんでしたか?」
……なんなんだ、こいつ。
お前、ほんとサーカス行けよ。
あと、おでこに書いといた「肉」の字……。
自分勝手に消すんじゃねえよ。
従者はムードの「ム」の字も読まず、口にしてはならないことを口にした。
「人一人ぐらい、指一本でも引き上げられるくせに……何をモタモタしてるんですか!!
かっこいい男性の前だからって、かわい子ぶってる場合じゃないでしょう。
それとも、あなた……。
その人を殺したいんですか!?」
だから、殺したいんだよ。
分かってんなら、邪魔すんなよ。
……くそっ。
あと少しだったのに、こんなタイミングで邪魔が入るなんて……。
どうする?
いっそ、この従者を殺って……。
目撃者さえ消してしまえば、全ては消えてなかったことに……。
「キャアアー!
…… ひっ、人が! 人がっ、落ちちゃうわっ!!」
「誰か、警察呼んで来い! 用件は……事故か、事件か、どっちだ?」
「おい、カメラ持ってないか、カメラ!
いま写真とっとけば、後で記者に高く売れるぜ!」
集まってきた、野次馬によって。
すっかり、うるさくなったので……私は殺しを、あきらめた。
―――――――――――
私たち3人は、崩れた塔から、無事におり。
野次馬の喝采と、カメラのフラッシュを浴びた。
「いやー、すぐに助けようと思ったんだけどさ。
なんか急に指がつっちゃって……。
痛くて、なかなか引き上げられなくって……」
なんにも分かっていない詩人は、感謝の目をして、こっちを見てる。
「それなのに、あなたは……手を離さないでいてくれたのですね」
空気がまったく読めない従者は、白い目をして、こっちを見てる。
「……本当に指がつったんですか?
ただ単に、その人と……手を繋いでいたかっただけじゃないですか?」
口の減らないクソガキに、私はジャブをお見舞いしたが。
いつものように、避けられた。
詩人は私の手を取ると、すんだ瞳でこう言った。
「命を助けていただいたお礼に、あなたに捧げる曲を作ります。
でも、今は竪琴がないので……。
今日はこれで、お許しください」
そして、私の手の甲に。
……そっと、口づけを落とした。
………………。
だから、お前……。
そういうとこだぞ。




