19. ノノ
うるさいチビに、薬を盛って。
やっと自由になった私は、エルフみたいなイケメンを、橋の上に呼び出して……。
こいつを殺ろうと、決意した。
そう言うと。
なんだか、ちょっぴり鬼のようだが。
これには、ちゃんとわけがある。
すべては、愛するフィアンセの……。
命を守るためなのだ。
私の愛するフィアンセは、幸運値がマジ、低いので。
こいつを、このまま生かしておくと……。
ストーカーが量産されて、思いつめたストーカーが、スーパー強いボスを召喚。
その結果。
ターゲットの、こいつではなく。
私の大事なフィアンセが……流れ弾に当たって、死ぬのだ。
……正直、こいつに、恨みはないし。
むしろ、結構、お気に入りだから。
早めに殺っておかないと……どんどん、殺るのがつらくなる。
……でも、大丈夫。
きっと、やれるわ。
だって、私の推しへの愛は……。
底なし沼より、深いんだもの。
推しの命を、守るためなら。
まったく何の罪もない、攻略キャラの一人や二人、鼻歌まじりでブチ殺せ……。
……いや。
やっぱ、ダメだわ。
やっぱ、さすがに精神にくるわ……。
強い奴とか、悪い奴とかに。
ケンカ売るのは、なれっこだけど。
こんな弱くて大人しい奴を、一方的に殺るなんて……。
もう、こうなったら、仕方ない。
「こいつは悪人なんだ」って、自分で自分に暗示をかけて……。
ズバッと一気に、殺るしかないわ。
こいつって、職業・吟遊詩人だし。
21世紀で言うと。
バンドマンみたいなもんよね。
私はフッ、とクールに笑い。
覚悟を決めて、腹をくくった。
……ついに、「その時」が来たようね。
封印していた前世の記憶を……思い出す、その時が!!
私は、記憶のゲートを開き。
色んな思い出の底に、厳重にかくしておいた……。
バンドマンの元カレの、つらい記憶を取り出した。
ーーーーーーーーーー
『おれ、いつか……お前と結婚するかも』
なんて、あいまいな言葉で……。
人をズルズル、キープして。
女の貴重な若さと、時間と。
金まで、搾取したあげく……。
派遣のゆるふわ事務員と、さっくり出来婚かましやがった……。
あのゴミカスの、〔ピー〕野郎……!!
私とつきあってた頃は、バイトもロクにしなかったくせに。
なんで、そいつと会ったとたんに……音楽捨てて、就職するんだ。
『彼も、ようやく、バンドをやめて。
かたいお仕事についたし。
もしかして、私たち……そろそろ結婚なのかしら?』
……って。
期待した結果が、これかよ!!!!
『お前は強くて、たくましいから。
一人でも、生きていけるだろ?
でも、あの子には……。
おれがいないと、ダメなんだ』
だと?
ふざけんじゃねえよ。
カスが。
殺すぞ。
私のとっても、きれいな心は。
バンドマンだった元カレへの、うらみと憎しみと殺意で、いい感じにドロドロになった。
……よしっ!
下ごしらえ、終わり!
そして、次っ!!
「ミュージシャン」という共通事項で、無理やり二人を結びつけ!
あいつと全然、似てないこいつを……。
あのゴミカスだと、思い込む!!
スーハー、スーハー……。
……よしっ。
洗脳完了。
今から、目の前のこいつは……。
女たらしのゴミカスよ。
そういう設定で行くから。
いっちょ夜露死苦、頼むわね。
ーーーーーー
私はゴミカス野郎への、殺意を必死にこらえて言った。
「……まあ、本物のオルフェウスさん!
お会いできて、うれしいですわ。
お忙しいのに、呼び出しちゃって、すみませんわね」
銀髪ロングのイケメンは、紳士ぶって微笑んだ。
「いえ。こんな素敵なレディにお目にかかれるなんて、光栄ですよ」
私は驚きのあまりに、思わず言葉を失った。
ゴリラと有名な私を、レディ扱いするなんて……。
こいつ、根っからのタラシだ。
タラシ野郎は抜け目なく、私をデートに誘いやがった。
「もし、お時間があるようでしたら……。
楽譜のお礼に、お茶でもいかがですか?
この近くに、いいお店があるんです」
私はお目々をシパシパと、まばたきさせて、こう言った。
「あら、素敵。
じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら」
――――――――――――
詩人が、私を連れ込んだのは。
ヨーロッパっぽい内装の、なんかお洒落なカフェだった。
白い壁、大理石の黒い床。
磨き抜かれたチョコレート色のテーブル。
少し明かりを落とした店内には、ピアノの柔らかな音色が響き、シックな花が飾られている。
タラシ男は嫌らしく、私の表情をうかがう。
「ここは、ケーキのおいしいお店で……。
あなたのお気に召すといいんですが」
私はオーバーリアクション気味に喜んだ。
「まあ、なんて素敵なお店!
こんなお店を知ってるなんて、さすが音楽家の方ですわ」
……そう。
こういう店に、さらっと連れて来れるのが、遊び人の動かぬ証拠よね。
ただ単にアーティストだから、素でセンスがいいだけなんて……くだらないオチじゃないわよね?
店内はまだ空いていて、私たちはすぐにテーブルに案内された。
テーブルに着くと、すぐ。
私はこいつを呼びつける、口実に用意した……レア物の楽譜を出した。
オルフェウスは驚いたように目を見開くと、感激した様子で言った。
「……すごい!
まさか彼の幻の楽譜が、この目で見られるなんて……。
この人は、素晴らしい音楽家で、若い頃に大変な挫折を経験した後、田園生活を……」
そのままマシンガントークを、おっ始めようとした詩人は。ハッとしたような顔をして、少し恥ずかしそうに言った。
「……すみません。つい、感動してしまって……」
それから私に向かって、深々と頭を下げた。
「こんなに貴重なものを、無料で譲っていただけるなんて……本当に、ありがとうございます」
……ふん。
なんか真面目な音楽青年みたいなフリしてるけど、騙されてなんかやらないぞ。
吟遊詩人っていうのは、つまり、バンドマンの仲間で……。
バンドマンっていうのは、女を弄ぶクズ野郎のことなのね。
……つまり、こいつはクズ!
クズに決定、大決定!!
詩人はガラスを扱うように、そっと、楽譜に手を触れた。
「……でも、本当に……。
素晴らしい楽譜です。
このフレーズには、彼の苦悩と、後悔と……。
どうしても捨てられなかった、苦しい恋の思い出が……見事に表現されている」
詩人は真剣な瞳で、楽譜に見入り始めた。
形のいい唇は、無防備に少し開き。
女のように美しい顔は、ほんのちょっぴり、うつむいて……。長いまつ毛が、ほっぺたに影を落としてる。
店内は、しんと静まりかえり。
ここだけ時間が止まったような、厳粛な空気に包まれた。
何秒か、何分か、あるいは何時間経ったのか……。
詩人が楽譜のページをめくった。
すると、銀色の髪が一筋、はらりと垂れた。
詩人が白く細い指で、その前髪をかき上げると……。
形のいい耳と、白い首筋がちらりと見えた。
店内の、あちらこちらから。
熱っぽい、ため息がもれる。
全然、肌見せてないのに……。
なんでこいつ、こんなエロいの?
「……あのう、お客様」
声のした方に、目をやると。
お盆を持った店員が、3人も立っていた。
お盆の上には、コーヒーやケーキや紅茶が、所狭しと並べられている。
私は店員に言った。
「私、こんなの、頼んでないけど」
店員は、詩人の方を見て言った。
「これはみんな、そちらのお客様にです。
このコーヒーは、あちらのお客様から。このケーキは厨房のパティシエからで、この紅茶は……」
そう言って。
店内の客とスタッフを、次から次へと、紹介してくる。
新しい店員が、花束を持ってやって来た。
「あちらのテーブルの方からは、このお花を……」
詩人は花を受け取ると、うれいを帯びた瞳で言った。
「……ラベンダーの花ですね。
この花には、大切な思い出があって……」
……出たよ!
なんか、かわいそうな過去を思わせる演出!!
そんな顔したって、騙されてなんか、やらないからな!!!!
「……あのぉ、すみませぇ~ん。
相席しても、いいですかぁ~~?」
新しい声の主は、ピンクのフリフリドレスを着た、化粧の濃い女だった。
私は窓際の席を指差して言った。
「あそこのテーブル、空いてますけど?」
女は食い下がった。
「あそこは予約席だからってぇ、断られちゃったんですぅ~~。
今日はこの後、予定があって、あんまり待てないからぁ~~。相席でもいいから、コーヒーが飲めたらなぁ、って」
……何言ってんだ、この女。
予定があんなら、カフェなんか入っとらんで、さっさと目的地に行けよ。
私は当然、断ろうとした。
しかし、そのとき。
前から、横から、後ろから。
次々と、声がこだました。
「……あのっ! 私も、相席いいですか?」
「私も」
「「「私たちも!」」」
私はみんなに聞こえるように、大きな声で、ハッキリ言った。
「あー、じゃあ、どうぞどうぞ!
私たちは、もう行きますから。
男に飢えた女同士で、ゆっくり相席してくださいな」
オルフェウスは戸惑った様子で言った。
「え? でも、あの……。まだ何も口にされてないようですけど……」
「いいのよ。
この店、なんか騒がしくて落ち着かないし。
もっと、人気がなくって……。
二人になれる場所に行きましょ」
ピンクのフリフリが、ドスの利いた声で言った。
「……ちょっと、待ちなさいよ!!」
私は温室育ちの女に、本物のドスを、教えてやった。
「……あ゛あん!?」
フリフリ女はひるんだが、今度はタイトスカートが、乱暴に手を伸ばしてきた。
私は華麗な高速・足払いをくり出した。
タイトスカートはド派手にスッ転び、花瓶の水をぶちまけた。
店がうるさくなってきたので。
私は詩人の手をつかみ、サッと静かに、店を出た。




