表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/131

17. ノノ


ドアのところに、立っているのは。


端正な顔立ちの、白馬の王子様だった。







明るい色の金髪に、宝石みたいな緑の瞳。


白い軍服みたいな、衣装が。

キリリと凛々しく、決まってて。


まるで、世界中の王子の、きれいなとこだけ集めたような……王子の中の、王子様だった。








私は、声を出すこともできず。

あんぐり、口を開けていた。



けれど、王子様と従者は。

何事もなかったみたいに、私のもとに、やって来る。






従者がサッと、イスを引き。

王子はそこに、腰かける。



いつもギャーギャー、うるさい奴は。

なんだか妙にすました顔で、ティーカップにお茶を注ぎ。


王子は、従者をねぎらった。






「ありがとう、シェイド。

こんな遅くに押しかけて、迷惑ですまないね」



「いえ、お気になさらず。

あなたは当家のお嬢様にとって、大切な男性で……。

いずれは、この家の当主に、なられるはずのお方ですから」







シェイドは忘れてた用事を、急に思い出したみたいに。わざとらしく、「あっ」と言い。


「……おれは食器を磨かなければならないので、申し訳ありませんが、少しここを離れます。


ごゆっくりどうぞ、ミハエル殿下」




そう言って。

そそくさ、部屋を出ていった。







ミハエル様はドアの方を見て言った。


「彼は、なかなか気が利くね。

ぼくたちが、二人でゆっくり話せるように、席を外してくれたみたいだ」



それから、私の手を取って。

やさしく、笑いかけてくる。


「遅くなってごめん、ロザリンド。

熱を出したって聞いたけど、具合はどう?」








どうすればいいか、分からず。

私はただただ、オロオロとした。




こんな夜中に、密室で推しと二人きり。


しかも、髪の毛ボサボサで、顔は完全ノーメイク。

暴れたせいで、汗かいてるし。


さっきまで泣いてたの……。

絶対、王子様にバレてる。







けれど、ミハエル様は。


私のあんまりな様子に、気づいていないフリをして。

やさしく話しかけてくる。








私は両手で、顔を隠した。


「あの……。すみません。

あまり見ないで、くれますか。


私、今、ひどい顔だし……。

それに、髪の毛ボサボサで……」




「大丈夫だよ。

君はそのままでも、可愛いから」







……ふぇっ。


くぁwせdrftgyふじこlp。






「せっかくだから、顔を見て話したいんだけど。


……この手、どけてもらっても、いいかな?」



そう言って。

王子は私の手を、ツンツンと指で突っついた。







私はおそるおそると、両手を顔の上から、どけた。


あああ。

私、いま……。


すっぴん、推しに見られてる……。







私は猛烈な恥ずさに、全身を襲われて。


今すぐ、ここを逃げ出して……。


床でゴロゴロ、したくなる。








ひんやりとした、王子様の手が。

私のほおに、そっと触った。


ミハエル様は緑色の目で、私をじっと、見つめて言った。



「セバスチャンに聞いたよ。

君も魔力に目覚めたんだね。


……ギフトはもう、発動したの?」







私は脳みそ、ギリギリしぼって、なんとか冷静さを出して……ふるえる声を、しぼりす。


「い、いいえ。

……そっちの方は、まだなんですの。


まあ、まだ目覚めたばかりですから……。

その辺は、えっと、その……。多分、そのうちハッキリするんじゃ、ないですかしら?」








ーー「ギフト」っていうのは。


精霊魔法の使い手だけが、使える特殊な能力で。

神様と精霊の祝福を受けて、プレゼントされた……。


えっと、うーんと……。

なんだっけ。



いま、ちょっと混乱してて、うまく思い出せないんだけど、要するに、超能力みたいなもんよ。








ミハエル様が、わずかに顔を曇らせた。


「……そうか……。


人と違った力を持てば、思いもよらない災難に、見舞われることもあるだろうけど。


ぼくも君のフィアンセとして、出来る限りのことはするから」







あっ。

この顔は、ひょっとして……。


ーートラウマ思い出したのかしら。



だとしたら。

なんとか、空気を明るくしないと。








私は、あわてて笑顔を作った。


「……大丈夫ですわよ!

私って、マジでツイてる女ですから!


エスパーになったぐらいで……。

不幸になんて、なりゃしませんわ!!







……でも。

どうせエスパーになるなら、便利な力が欲しいですわね。


『頭がよくなる力』とか、『食べても太らない力』とか」








私の小粋なジョークを聞いて、王子様はクスッと笑った。


……よかった。


ミハエル様、笑ってくれた。

お母様のトラウマを、思い出さずに済んだみたい。








「……そうだね。

君は強い人だから、ギフトなんかに負けないね。


でも……。

君が仲間になったと思うと、なんだか不思議な感じがするね」







そう言うと。


王子はアゴに手を当てて、探偵みたいなポーズをとった。





「……そう。

今回のケースは、確かに、何かが変なんだ。



魔力の素質のあるなしは、遺伝的なものが大きい。


ぼくの記憶にある限り、公爵家の家系図の中に、魔力をもった人物は、存在しないはずだけど……。







……ねえ、ロザリンド。


最近、君の身近なところで……何か、おかしなことはなかった?







痛いところに、さわられて。

私はオロオロ、ごまかした。



「あっ……。

ああ~、それは……。


こないだ、派手にコケちゃった時に、頭をぶったせいかしら?


それとも、ダイエットのために……ランニングしまくって、痩せすぎちゃったせいかしら?





いやぁ~~……。

ちょっと、その辺は……。


自分でも、よく分かんないですわー。


アハハハ、ハハハ……。

ハッハッハ……」







……しまった。


他のキャラが、相手だったら。

「いままで眠ってた素質が、ある日突然開花して、魔法使いになっちゃいました」


……で、普通にごまかし切れるんだけど。







テレパシー持ちのミハエル様には、素質自体のあるなしが、会った瞬間、丸分かり。


だから、変だと思われるのが、当然のなりゆきだった。







でも、だからって。


「悪魔とヤバい取引をして、寿命のかわりにゲットしました」


……なんて。

とてもじゃないけど、言えないし。





前世がどうとか、津波がどうとか。


言うのはもっと、ヤバいしね。







とにかく。


この話はヤバそうだから、ここでサッサと、終わりにしよう。



テレパシーは、封印したけど。

ミハエル様って……結構、カンが鋭いし。








うっかり、余計なこと言うと。

あっという間に、真相みぬいて……


「バイバイ、ロザリンド。

ぼくは、世界のために死ぬ」



……とか言って。

さっくり、お死にになっちゃいそうだし。







テーブルの上の、花瓶に触り。

私はお嬢様らしく、話題を横道にそらした。



「……あのぅ、ミハエル様。

このお花、ありがとうございました。


私、チューリップって、大好きなんですのよ」







王子様は、にっこり笑った。


「喜んでくれて、よかった」



「あなたのくれたお手紙に、『お見舞いに来る』って書いてあったから。私、バッチリお洒落して、あなたを待ってましたのに……。


あんまり来るのが遅いから、すっぽかされたと思いましたわよ。


あなたって、ほんと、ひどい方!

私、もう……あなたを嫌いになっちゃったかも」





そう言って。


すねた演技をしてみせた。







王子は、おかしそうに笑った。


「君は嘘をつくのが、下手だね。


もう少し、演技がうまくならないと……王子の妃は、つとまらないよ?」








くっ……。


この王子、テレパシーなしで、心を読むとは。


さすが、死か恋一の頭脳派。

そう簡単には、だまされないか。







私はピンチを乗り切るために、ガラでもない自虐ネタをくり出した。


「どうせ私は、単細胞のゴリラですわよ。

社交辞令を真に受けて、待ちぼうけ食わされて、大泣きして……。


でも、あなたが会いに来てくれたら、あっさり許しちゃうような、チョロい女なんですわよ」







……さあ、どうだ。


レディに、ここまで言われたら。


英国っぽい国の紳士たるもの……ごきげん取るしかないだろう。







ミハエル様は、子供をあやすように言う。


「分かった、分かった。降参するよ。

ぼくが悪かった、待たせてごめん。今日は朝から、スケジュールが詰まっていて……」



「……あら。

まだ言い訳をなさるおつもり?


あなたの大事なフィアンセが、熱を出したっていうのに、仕事仕事って……。あなたにとって、私って、その程度の女なんですの?」








王子は、余裕の笑顔で言った。


「君より大事な仕事なんて、もちろんないよ」








うへあ。


……いやいや、騙されないぞ。


こんな時間に、来るってことは。

しっかりお仕事終わらせてから、見舞いに来たってことでしょう。







「ぼくが、王族でなければ。


仕事なんて放り出して、君の元に真っ先に、駆けつけていたはずなんだけどね。


残念ながら、王族の公務に、代わりはいないから。

自分の役目を果たしてきたよ」








フィアンセに「私と仕事、どっちが大事なの?」って聞いたら、遠回しに「仕事」って返されたよ。


うう、悲しい……。



でも、いいの。

とりあえず、ヤバい話は終わらせたから。









ーーと、そのとき。


ミハエル様が、ほんのちょっぴり、表情を変えた。




(ひゃく)(せん)(れん)()の政治家みたいな、余裕の顔は、ひっこんで。

19歳の青年っぽい感じが、ほんの少しだけ覗いた。








ミハエル様は、低い声で、ぽつぽつ、言葉をつむぎだす。



「……正直に言うと。


君の顔を見に来るのは、後日でいいと思ってたんだ。

『命に別状はない』と聞いたし、今は仕事が忙しいしね。







でも、今日は……。


なんだか一日、落ち着かなくて。


セバスチャンには、『本日は集中力が、どうもお留守のようですが。どちらへお忍びに行かれたので?』なんて、嫌味を言われてしまったよ」





そう言って。


照れたみたいに、ほほえんだ。








……へっ?


何これ、もしかして、脈アリ?


やっぱり、私たち二人は……。

ただの政略結婚じゃなくて、お互い愛し合ってるの?







そうよね。

そうに、決まってるわよ。


だって私は、原作の悪女と違って、性格のいい乙女だし。








「本当は、こんな時間に押しかけるなんて、非常識なんだけどね。


明日からは、ゆうぜいだから……どうしても今日中に、君の顔を見ておきたくて」






脈アリっぽい、セリフを聞いて。

私の期待はムクムクと、風船みたいにふくらんだ。



ざまあみやがれ、クソ従者。

何が政略結婚だよ。


やっぱ、この人……私にめっちゃ、気があるじゃんか。








王子はとってもクールに言った。



「だって、ないはずの素質が、突然開花するなんて……明らかにおかしいからね。


こういうことは、きちんと原因を突き止めておかないと」








予想外の一撃が。

私の全身を、なぐった。


ものすごい衝撃に、私は思わず、せき込んだ。




すると、ミハエル様が……。

私の背中を、さすり始めた。








うわわわ!!


推しの手が、自分の背中に触れてるぞ。


……待って、ちょっと待って。

それ以上やられると、頭がわいて、意識が飛んじゃう!!







私は腕を、必死に伸ばし。

ミハエル様の、体を押した。


「……大丈夫、大丈夫ですからっ!

私いま、汗かいてますから。だから、あんまり近づかないで……」



「どうして?

ぼくが君を心配するのは、当然のことだろう?


ぼくたちは婚約してるんだから、そういう風に振る舞わないとね」








ーーその言葉を、聞いて。


私の頭は、スーッと冷えた。








ああ、やっぱり……。



薄々予想してたけど、こうして現実つきつけられると、胸にズシンときちゃうわね。


あー、なんかもう1回、トラックに()かれたくなってきたわ。この世界、トラックあるのか知らないけど。








ーー原作ゲームの、ライバルキャラは。


高飛車なワガママ女で、美貌と地位を鼻にかけ、ヒロインにショボい嫌がらせをする、救いようのない奴だった。



けれど、ミハエル様への思いだけは本物で、婚約をバカみたいに喜んでいた。


じゃあ、ミハエル様の方は、どうだったかというと。






……母親そっくりな女に、冷ややかな目を向けていた。







ミハエル様の特技って、ポーカーフェイスと、スマイルだし。


外交とかもやってるから、女に気のあるフリなんて、楽勝でこなしちゃうのよね。





ゲーム序盤のミハエル様って、心がすさんでらっしゃるし。


顔はニコニコしてるけど、腹の底では、私のことを……ゴミみたいに思ってんだろうな。







まあ、攻略が進んで、好感度が上がっていくと。


ミハエル様も明るくなって、素直になっていくんだけどね。



んでもって、本当のミハエル様って……。

意外とお茶目なところがあって、自分の好きな女の子、からかっちゃったりすんだけど。









……ああ~~、もうっ!!


なんで聖女のヒロインじゃなくて、悪女なんかになったのかしら?




ヒロインに転生してれば。


なんか、ぶちのめして、王子を寝取ってやったのに!!








そこで私は、王子の声に気がついた。


「……大丈夫かい、ロザリンド?

ぼんやりしているようだけど、気分が良くないのかな?」


「えっ? ……あれ?

嫌ですわ、私ったら。


えっと……すみません、何のお話でしたっけ?」









王子は時計を指差した。


……あれっ、変だな。

いつの間に、こんな時間になってんだろう?


ひょっとして、この時計、壊れてるんじゃないかしら。






「今夜はもう遅いし。

あまり体に負担をかけてもいけないから、そろそろ失礼させてもらうよ。


シェイドにも、よろしく伝えておいて」







ああ、王子様が行っちゃう……。


ここで別れたら、きっと入学式まで、会えないんだろうな……。だってこの人、私のこと好きじゃないんだもん。



……でも、だけど。

このまま黙って見送るなんて、チキンなマネは、したくない。







「……待ってください、ミハエル様っ!!」







私は恐怖を、なぐりつけ。

なけなしの小っちゃい勇気を、肩の上に担ぎ上げた。


「おやすみなさい。

私、あなたのことが……。


大、大、大……大好きでっす!!!!」








今はお芝居でも、いいわ。


いつか、きっと、絶対に。

あなたをふり向かせてみせる。







その日が来るまで。


私は死亡フラグにも、聖女様にも負けないし。


欲しいものを手に入れるために、手段は一切、選ばない。







だから……。

覚悟してろよ、王子様。


あなたはきっと、すぐに私に夢中になる。


これは私の妄想じゃなくて、宣戦布告なんだから!








王子は、じっと私を見てる。


深い緑の瞳には、不思議な光があるけれど……。

それがどういう意味なのか、今はまだ、よく分からない。








ミハエル様は、ミステリアスな顔で言った。


「おやすみ、ロザリンド。

……いい夢を」



そして、私のおでこに、キスした。








あ、もうダメ……。


これ、あれだわ。

本格的に、ダメなやつだわ。







私の意識は、まっくらになった。


半分の月がのぼった空が、クスクス、笑ったような気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ