17. ノノ
ドアのところに、立っているのは。
端正な顔立ちの、白馬の王子様だった。
明るい色の金髪に、宝石みたいな緑の瞳。
白い軍服みたいな、衣装が。
キリリと凛々しく、決まってて。
まるで、世界中の王子の、きれいなとこだけ集めたような……王子の中の、王子様だった。
私は、声を出すこともできず。
あんぐり、口を開けていた。
けれど、王子様と従者は。
何事もなかったみたいに、私のもとに、やって来る。
従者がサッと、イスを引き。
王子はそこに、腰かける。
いつもギャーギャー、うるさい奴は。
なんだか妙にすました顔で、ティーカップにお茶を注ぎ。
王子は、従者をねぎらった。
「ありがとう、シェイド。
こんな遅くに押しかけて、迷惑ですまないね」
「いえ、お気になさらず。
あなたは当家のお嬢様にとって、大切な男性で……。
いずれは、この家の当主に、なられるはずのお方ですから」
シェイドは忘れてた用事を、急に思い出したみたいに。わざとらしく、「あっ」と言い。
「……おれは食器を磨かなければならないので、申し訳ありませんが、少しここを離れます。
ごゆっくりどうぞ、ミハエル殿下」
そう言って。
そそくさ、部屋を出ていった。
ミハエル様はドアの方を見て言った。
「彼は、なかなか気が利くね。
ぼくたちが、二人でゆっくり話せるように、席を外してくれたみたいだ」
それから、私の手を取って。
やさしく、笑いかけてくる。
「遅くなってごめん、ロザリンド。
熱を出したって聞いたけど、具合はどう?」
どうすればいいか、分からず。
私はただただ、オロオロとした。
こんな夜中に、密室で推しと二人きり。
しかも、髪の毛ボサボサで、顔は完全ノーメイク。
暴れたせいで、汗かいてるし。
さっきまで泣いてたの……。
絶対、王子様にバレてる。
けれど、ミハエル様は。
私のあんまりな様子に、気づいていないフリをして。
やさしく話しかけてくる。
私は両手で、顔を隠した。
「あの……。すみません。
あまり見ないで、くれますか。
私、今、ひどい顔だし……。
それに、髪の毛ボサボサで……」
「大丈夫だよ。
君はそのままでも、可愛いから」
……ふぇっ。
くぁwせdrftgyふじこlp。
「せっかくだから、顔を見て話したいんだけど。
……この手、どけてもらっても、いいかな?」
そう言って。
王子は私の手を、ツンツンと指で突っついた。
私はおそるおそると、両手を顔の上から、どけた。
あああ。
私、いま……。
すっぴん、推しに見られてる……。
私は猛烈な恥ずさに、全身を襲われて。
今すぐ、ここを逃げ出して……。
床でゴロゴロ、したくなる。
ひんやりとした、王子様の手が。
私のほおに、そっと触った。
ミハエル様は緑色の目で、私をじっと、見つめて言った。
「セバスチャンに聞いたよ。
君も魔力に目覚めたんだね。
……ギフトはもう、発動したの?」
私は脳みそ、ギリギリしぼって、なんとか冷静さを出して……ふるえる声を、しぼりす。
「い、いいえ。
……そっちの方は、まだなんですの。
まあ、まだ目覚めたばかりですから……。
その辺は、えっと、その……。多分、そのうちハッキリするんじゃ、ないですかしら?」
ーー「ギフト」っていうのは。
精霊魔法の使い手だけが、使える特殊な能力で。
神様と精霊の祝福を受けて、プレゼントされた……。
えっと、うーんと……。
なんだっけ。
いま、ちょっと混乱してて、うまく思い出せないんだけど、要するに、超能力みたいなもんよ。
ミハエル様が、わずかに顔を曇らせた。
「……そうか……。
人と違った力を持てば、思いもよらない災難に、見舞われることもあるだろうけど。
ぼくも君のフィアンセとして、出来る限りのことはするから」
あっ。
この顔は、ひょっとして……。
ーートラウマ思い出したのかしら。
だとしたら。
なんとか、空気を明るくしないと。
私は、あわてて笑顔を作った。
「……大丈夫ですわよ!
私って、マジでツイてる女ですから!
エスパーになったぐらいで……。
不幸になんて、なりゃしませんわ!!
……でも。
どうせエスパーになるなら、便利な力が欲しいですわね。
『頭がよくなる力』とか、『食べても太らない力』とか」
私の小粋なジョークを聞いて、王子様はクスッと笑った。
……よかった。
ミハエル様、笑ってくれた。
お母様のトラウマを、思い出さずに済んだみたい。
「……そうだね。
君は強い人だから、ギフトなんかに負けないね。
でも……。
君が仲間になったと思うと、なんだか不思議な感じがするね」
そう言うと。
王子はアゴに手を当てて、探偵みたいなポーズをとった。
「……そう。
今回のケースは、確かに、何かが変なんだ。
魔力の素質のあるなしは、遺伝的なものが大きい。
ぼくの記憶にある限り、公爵家の家系図の中に、魔力をもった人物は、存在しないはずだけど……。
……ねえ、ロザリンド。
最近、君の身近なところで……何か、おかしなことはなかった?
痛いところに、さわられて。
私はオロオロ、ごまかした。
「あっ……。
ああ~、それは……。
こないだ、派手にコケちゃった時に、頭をぶったせいかしら?
それとも、ダイエットのために……ランニングしまくって、痩せすぎちゃったせいかしら?
いやぁ~~……。
ちょっと、その辺は……。
自分でも、よく分かんないですわー。
アハハハ、ハハハ……。
ハッハッハ……」
……しまった。
他のキャラが、相手だったら。
「いままで眠ってた素質が、ある日突然開花して、魔法使いになっちゃいました」
……で、普通にごまかし切れるんだけど。
テレパシー持ちのミハエル様には、素質自体のあるなしが、会った瞬間、丸分かり。
だから、変だと思われるのが、当然のなりゆきだった。
でも、だからって。
「悪魔とヤバい取引をして、寿命のかわりにゲットしました」
……なんて。
とてもじゃないけど、言えないし。
前世がどうとか、津波がどうとか。
言うのはもっと、ヤバいしね。
とにかく。
この話はヤバそうだから、ここでサッサと、終わりにしよう。
テレパシーは、封印したけど。
ミハエル様って……結構、カンが鋭いし。
うっかり、余計なこと言うと。
あっという間に、真相みぬいて……
「バイバイ、ロザリンド。
ぼくは、世界のために死ぬ」
……とか言って。
さっくり、お死にになっちゃいそうだし。
テーブルの上の、花瓶に触り。
私はお嬢様らしく、話題を横道にそらした。
「……あのぅ、ミハエル様。
このお花、ありがとうございました。
私、チューリップって、大好きなんですのよ」
王子様は、にっこり笑った。
「喜んでくれて、よかった」
「あなたのくれたお手紙に、『お見舞いに来る』って書いてあったから。私、バッチリお洒落して、あなたを待ってましたのに……。
あんまり来るのが遅いから、すっぽかされたと思いましたわよ。
あなたって、ほんと、ひどい方!
私、もう……あなたを嫌いになっちゃったかも」
そう言って。
すねた演技をしてみせた。
王子は、おかしそうに笑った。
「君は嘘をつくのが、下手だね。
もう少し、演技がうまくならないと……王子の妃は、つとまらないよ?」
くっ……。
この王子、テレパシーなしで、心を読むとは。
さすが、死か恋一の頭脳派。
そう簡単には、だまされないか。
私はピンチを乗り切るために、ガラでもない自虐ネタをくり出した。
「どうせ私は、単細胞のゴリラですわよ。
社交辞令を真に受けて、待ちぼうけ食わされて、大泣きして……。
でも、あなたが会いに来てくれたら、あっさり許しちゃうような、チョロい女なんですわよ」
……さあ、どうだ。
レディに、ここまで言われたら。
英国っぽい国の紳士たるもの……ごきげん取るしかないだろう。
ミハエル様は、子供をあやすように言う。
「分かった、分かった。降参するよ。
ぼくが悪かった、待たせてごめん。今日は朝から、スケジュールが詰まっていて……」
「……あら。
まだ言い訳をなさるおつもり?
あなたの大事なフィアンセが、熱を出したっていうのに、仕事仕事って……。あなたにとって、私って、その程度の女なんですの?」
王子は、余裕の笑顔で言った。
「君より大事な仕事なんて、もちろんないよ」
うへあ。
……いやいや、騙されないぞ。
こんな時間に、来るってことは。
しっかりお仕事終わらせてから、見舞いに来たってことでしょう。
「ぼくが、王族でなければ。
仕事なんて放り出して、君の元に真っ先に、駆けつけていたはずなんだけどね。
残念ながら、王族の公務に、代わりはいないから。
自分の役目を果たしてきたよ」
フィアンセに「私と仕事、どっちが大事なの?」って聞いたら、遠回しに「仕事」って返されたよ。
うう、悲しい……。
でも、いいの。
とりあえず、ヤバい話は終わらせたから。
ーーと、そのとき。
ミハエル様が、ほんのちょっぴり、表情を変えた。
百戦錬磨の政治家みたいな、余裕の顔は、ひっこんで。
19歳の青年っぽい感じが、ほんの少しだけ覗いた。
ミハエル様は、低い声で、ぽつぽつ、言葉をつむぎだす。
「……正直に言うと。
君の顔を見に来るのは、後日でいいと思ってたんだ。
『命に別状はない』と聞いたし、今は仕事が忙しいしね。
でも、今日は……。
なんだか一日、落ち着かなくて。
セバスチャンには、『本日は集中力が、どうもお留守のようですが。どちらへお忍びに行かれたので?』なんて、嫌味を言われてしまったよ」
そう言って。
照れたみたいに、ほほえんだ。
……へっ?
何これ、もしかして、脈アリ?
やっぱり、私たち二人は……。
ただの政略結婚じゃなくて、お互い愛し合ってるの?
そうよね。
そうに、決まってるわよ。
だって私は、原作の悪女と違って、性格のいい乙女だし。
「本当は、こんな時間に押しかけるなんて、非常識なんだけどね。
明日からは、遊説だから……どうしても今日中に、君の顔を見ておきたくて」
脈アリっぽい、セリフを聞いて。
私の期待はムクムクと、風船みたいにふくらんだ。
ざまあみやがれ、クソ従者。
何が政略結婚だよ。
やっぱ、この人……私にめっちゃ、気があるじゃんか。
王子はとってもクールに言った。
「だって、ないはずの素質が、突然開花するなんて……明らかにおかしいからね。
こういうことは、きちんと原因を突き止めておかないと」
予想外の一撃が。
私の全身を、なぐった。
ものすごい衝撃に、私は思わず、せき込んだ。
すると、ミハエル様が……。
私の背中を、さすり始めた。
うわわわ!!
推しの手が、自分の背中に触れてるぞ。
……待って、ちょっと待って。
それ以上やられると、頭がわいて、意識が飛んじゃう!!
私は腕を、必死に伸ばし。
ミハエル様の、体を押した。
「……大丈夫、大丈夫ですからっ!
私いま、汗かいてますから。だから、あんまり近づかないで……」
「どうして?
ぼくが君を心配するのは、当然のことだろう?
ぼくたちは婚約してるんだから、そういう風に振る舞わないとね」
ーーその言葉を、聞いて。
私の頭は、スーッと冷えた。
ああ、やっぱり……。
薄々予想してたけど、こうして現実つきつけられると、胸にズシンときちゃうわね。
あー、なんかもう1回、トラックに轢かれたくなってきたわ。この世界、トラックあるのか知らないけど。
ーー原作ゲームの、ライバルキャラは。
高飛車なワガママ女で、美貌と地位を鼻にかけ、ヒロインにショボい嫌がらせをする、救いようのない奴だった。
けれど、ミハエル様への思いだけは本物で、婚約をバカみたいに喜んでいた。
じゃあ、ミハエル様の方は、どうだったかというと。
……母親そっくりな女に、冷ややかな目を向けていた。
ミハエル様の特技って、ポーカーフェイスと、スマイルだし。
外交とかもやってるから、女に気のあるフリなんて、楽勝でこなしちゃうのよね。
ゲーム序盤のミハエル様って、心がすさんでらっしゃるし。
顔はニコニコしてるけど、腹の底では、私のことを……ゴミみたいに思ってんだろうな。
まあ、攻略が進んで、好感度が上がっていくと。
ミハエル様も明るくなって、素直になっていくんだけどね。
んでもって、本当のミハエル様って……。
意外とお茶目なところがあって、自分の好きな女の子、からかっちゃったりすんだけど。
……ああ~~、もうっ!!
なんで聖女のヒロインじゃなくて、悪女なんかになったのかしら?
ヒロインに転生してれば。
婚約者なんか、ぶちのめして、王子を寝取ってやったのに!!
そこで私は、王子の声に気がついた。
「……大丈夫かい、ロザリンド?
ぼんやりしているようだけど、気分が良くないのかな?」
「えっ? ……あれ?
嫌ですわ、私ったら。
えっと……すみません、何のお話でしたっけ?」
王子は時計を指差した。
……あれっ、変だな。
いつの間に、こんな時間になってんだろう?
ひょっとして、この時計、壊れてるんじゃないかしら。
「今夜はもう遅いし。
あまり体に負担をかけてもいけないから、そろそろ失礼させてもらうよ。
シェイドにも、よろしく伝えておいて」
ああ、王子様が行っちゃう……。
ここで別れたら、きっと入学式まで、会えないんだろうな……。だってこの人、私のこと好きじゃないんだもん。
……でも、だけど。
このまま黙って見送るなんて、チキンなマネは、したくない。
「……待ってください、ミハエル様っ!!」
私は恐怖を、なぐりつけ。
なけなしの小っちゃい勇気を、肩の上に担ぎ上げた。
「おやすみなさい。
私、あなたのことが……。
大、大、大……大好きでっす!!!!」
今はお芝居でも、いいわ。
いつか、きっと、絶対に。
あなたをふり向かせてみせる。
その日が来るまで。
私は死亡フラグにも、聖女様にも負けないし。
欲しいものを手に入れるために、手段は一切、選ばない。
だから……。
覚悟してろよ、王子様。
あなたはきっと、すぐに私に夢中になる。
これは私の妄想じゃなくて、宣戦布告なんだから!
王子は、じっと私を見てる。
深い緑の瞳には、不思議な光があるけれど……。
それがどういう意味なのか、今はまだ、よく分からない。
ミハエル様は、ミステリアスな顔で言った。
「おやすみ、ロザリンド。
……いい夢を」
そして、私のおでこに、キスした。
あ、もうダメ……。
これ、あれだわ。
本格的に、ダメなやつだわ。
私の意識は、まっくらになった。
半分の月がのぼった空が、クスクス、笑ったような気がした。




