16. ノノ
のんきな鳥が、「アホウ」と鳴いた。
私は鳥を打ち落とす、元気すらも、なくしてしまって。
ガックリと、うなだれていた。
時刻は、夜の10時半。
みんな、とっくに晩メシを食って、おうちの中でゴロゴロする頃。
お外は完璧、まっくらで。
カーテンの隙間から、チカチカまたたく、星が見えてる。
従者は、ライトのスイッチをいじり。
灯りを一層、強くした。
「……ミハエル様は、お見舞いに来ませんでしたね」
私はすっかり、しょげながら言った。
「……あの人は、私の体のことなんて、どうでもいいと思ってるんだわ……。
きっと、私の家柄と……。
財産だけが、お目当てなのよ……」
従者は、無情にうなずいた。
「政略結婚なんだから、当然、そうに決まってますよ。
でなければ、あんなに立派な男性が……。
あなたみたいな動物を、妻にするわけないでしょう」
私はなけなしの元気を、必死にふりしぼって言う。
「今日はお仕事の都合で、来れなかっただけよ!
お見舞いのカードにも、『忙しい』って書いてあったし!!
……それに。
政略結婚だとしても……。
私の他にも、お妃候補はたくさんいたでしょ?
たっくさんいる女の中で、私が妃に、選ばれたのは……。
きっと、私が一番、ミハエル様の好みに近かったからよ。そうよ、そうに違いないわよ。
だから、この結婚には……愛があるのよ。
私には、ちゃんと分かるのよ」
冷血な従者は、私の胸に、言葉のナイフをズブリと刺した。
「しっかり起きていらっしゃるのに、突然、寝言をおっしゃるなんて……頭の方は、大丈夫ですか?
あなたとミハエル様の結婚は、純度100%の政略結婚です。
……断言しても、かまいませんが。
もしも、あなたが、この家の娘でなければ……。
今回の婚約は、絶対にありえませんでしたよ。
必要とされているのは。
家の血筋や権力であって、あなた自身には、なんの魅力もないんです」
激しい痛みに耐えながら、私は反撃をくり出す。
「……ふんっ!
そんなデマカセ、誰が信じるもんですか。
ミハエル様は、王室の一員なのよ。
王室っつったら、この国で一番えらい家なのよ。
その王室が……なんで血筋と権力欲しさに、大事な王子に身売りさせんのよ。
血筋だって権力だって、向こうの方が、上じゃない」
従者は、私の一撃を、難なくかわすと。
再び言葉のナイフを取り出して、今度は腹に突き刺した。
「国の政治というものは。
サル山の争いみたいに……簡単じゃないんです。
最近は、貴族が力をうしなって、商人階級が力を付けてきてますからね。
貴族たちが、いくら家柄の古さを誇ったところで、お金の力には勝てないんです。
このまま行くと……。
この国の歴史と伝統は、お金に負けて、消滅します。
王室は、それを憂えているからこそ、あなたとの婚約を……泣く泣く受け入れたんですよ」
……うっ。
なんか、話が急に難しくなってきた……。
私が「分かんね」って顔をしていると。
シェイドはため息をついて言った。
「……要するに。
王室のメンツを保てるだけの家柄と、リッチマン商会に対抗できる財産を、両方もっている家で……年頃の娘がいたのが、フェンサー家だけだったんです。
ほかに候補がいないから、仕方なく選ばれたんですよ、あなたは」
私はベッドに、つっぷした。
もう、涙すら、出なかった。
性格の悪い従者は、悪趣味な死体げりを続けた。
「……つまり、そういう話ですので。
王室の一員として、無難に公務をこなしてくださいね。
ミハエル様は、お忙しい方なんですから。
このぐらいのこと、さっさと慣れて……。
…………。
そうやって、いちいち落ち込まないでくださいよ!
鬱陶しい!!」
私は、うちひしがれて言う。
「私って、世界一かわいそうな美少女……」
「なにを言ってるんですか。
本当に気の毒なのは、ミハエル様の方ですよ。
いくら、国のためだからって……。
あんなに立派な男性が、こんなゴリラみたいな人と結婚だなんて……。
あまりにもお気の毒で、おくやみの言葉すら、浮かびません」
私はシェイドに、クッションを投げた。
シェイドは、こしゃくにも、かわした。
私はもいっこ、クッションを投げた。
シェイドは、やっぱり、かわしやがった。
私はかぶってた布団を、ひっぺがして投げつけた。
さらに、その辺にある物を、手当たり次第、従者に投げた。
「図星を突かれたからって、使用人に八つ当たりですか?
……本当に、あなたは勿体ない人ですよ。
貴族の令嬢なんかじゃなくて……。
海賊か、山賊か、ゴロツキの息子に、生まれていればよかったのに」
うるさい従者を、黙らせようと。
私は王子様からもらった、花の入った花瓶に手をかけ――……。
テーブルの上に、そっと戻した。
それから、上司の花をひっ掴むと。
大きく振りかぶって、豪速球をお見舞いした。
従者は私のボールを、キャッチし。
うめきながら、床に倒れた。
それから、壁に手をついて、ヨロヨロと立ち上がった。
「なんて、威力だ……。
とても人間の投げる玉とは思えない……。
まったく、あなたは何を考えてるんですか!
今の、おれがつかみ損ねたら、窓ガラスが絶対に割れて……」
ーーそこまで言うと。
シェイドは突然、しゃべるのを止めた。
窓の外を、じっと見て。
動きを止めていた、従者は。
無言で私のそばに寄り、レディの足をすくい、ベッドの上にひっくり返した。
私は怒鳴った。
「ちょっとあんた、何すんのよ!
使用人の分際で、こんな生意気なマネして……、うぶっ!」
私の顔に、叩きつけられたのは。
ゴージャスな手鏡だった。
シェイドは私の腕を乱暴に引き、体を起こさせると。
ベッドのサイドテーブルに、次々、物を置いてった。
ブラシに、水差しに、タライ。
タオルに、メイクポーチに、コットン。
ローションと、クレンジングオイル……。
……これで一体、どうしろと?
シェイドはいつもの仏頂面で言った。
「それで少しはマシな身嗜みにしてください。ゴリラよりひどい顔ですよ」
私は当然の疑問を口にした。
「……はあ? あんた、急に何言い出すのよ。
今日は寝るだけなんだから、別にどんな顔してたっていいじゃない」
シェイドは有無を言わせぬ口調で言った。
「口答えはいいですから。
その顔、少しは人間に近づけてください。
なるべく時間を稼ぎますから……細工が一通りすんだら、道具はこのカゴにしまって、ベッドの下に隠しなさい」
従者はつかつかと、部屋中を歩き回り。
散乱してる物を拾うと、収納スペースに放り込む。
それから、主人の許可も得ず、勝手に部屋を出て行った。
使用人の、あまりの暴挙に。
私はマジで、呆然となった。
あいつ、クビになる心配……。
これっぽっちも、してねえな。
鏡を見ると。
マスカラがすっかり溶けて、私の顔はデロデロになっていた。
しっかりセットしたはずの髪は、ボッサボッサになっていて、お目々は真っ赤になっている。
……うわっ。
これじゃ美人が台無しだわ。
あんなに金をかけたのに、その結果がこれか……。
私はとっても、むなしい思いで、乱暴にメイクを落とすと。
片付けもせず、ベッドに横になった。
……もう何もかも、どうでもいいわ。
大陸ごと水に沈んで、王子様以外、みんな死ね。
――――――――
うつら、うつらしていた私は。
ノックの音で、目が覚めた。
こんな時間に来るなんて……、一体どこのクソ野郎なのよ。
私は、ふて寝を決めこんだ。
しかし、ノックは何度も何度も、しつこく繰り返されていて、寝ようとしても寝られない。
私はイライラして飛び起きた。
それから、思わず悲鳴を上げた。
すぐそばに、あきれ顔したクソガキが、いつの間にか立っていた。
「……シェイド!!
あんた、なんで……。
いつの間に入って来やがったのよ!」
従者は大きく、ため息をつくと。
テーブルの上にちらばった物を、ベッドの下に突っ込んで、ドアの方へと戻って行った。
そして従者は、うやうやしい手つきで、ドアを開けた。
扉の向こうから、現れたのは――。
私がずっと待っていた、大好きなフィアンセだった。




