15. ノノ
待ちに待っていた、クズは。
手ぶらで部屋にやって来て、ウィスキーのスピリタス割りと、「この家で一番高い酒」を要求した。
うやうやしく頷いて、従者は紅茶とスコーンを出した。
ふてぶてしすぎる態度のクズは、出されたものに文句をつけた。
お口のニオイに悩む私は、無礼なクズを大歓迎した。
「……ウィズ、待ってたのよ!!
『例のもの』、忘れずに持ってきてくれたんでしょうね?」
「ああ、持ってきたとも。
『どんな臭いも一瞬で消える、魔法のミントカプセル』だ」
そう言うと。
天才発明家のクズは、いかにもチャラく、ウィンクした。
それから、マジシャンのような手つきで……。
空中をグッとつかむと、小さな緑のカプセルを出した。
私はマジで、ホッとした。
あんまりホッとしたので、涙で視界がクシャッとなった。
……よかった、なんとか間に合った。
これでミハエル様の前で、くさい息を吐かなくて済むわ。
「ああ……。
ほんとに、よく来てくれたわね。
……で、そのカプセル、いくらなの?」
ウィズは、嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべた。
……何だろう。
イケメンなのに、死ぬほどムカつく。
顔のいいクズは、わざとらしく、もったいぶった。
「う~ん、そうだなあ……。
このカプセルを開発するには、ほんとに苦労したからなあ~~。あんまり安く売っちゃうと、開発費の回収ができないんだけど……。
君は、大事なお客さまだから。
今回だけは特別に、『お求めやすい価格』で、提供してあげてもいいよ?」
私はなんだか猛烈に、嫌な予感を覚えた。
「……いくら?」
「一粒、30万ゴールド」
「さっ、さんじゅうまん……?」
30万ゴールドということは、日本円に換算すると、30万円ちょっきりなわけで……。
……あれ? これって、もしかしなくても……。
思いっきり、ぼったくられてる?
しかも、メガネの時よりも、さらに値段が高くなってるし。
人の弱みにつけこむクズは、強気の交渉を続けた。
「あれ? ひょっとして、払えない?
しょうがない、このカプセルは別のお客さんに……。
いや、いっそ私が使っちゃおうかな。
ちょうどこれから、女の子とデートだし」
そう言って。
ちらりと、視線をこっちによこす。
私はガックリ、うなだれた。
従者は私の財布を出すと、30万円、包んで渡した。
――――――――――――――
30万円を犠牲に。
私はついに、ニンニクに勝った。
息さわやかに、なった私は。
念のためにもう一度、シャワーを浴びて、ネグリジェを着替え。
美容師に髪を直させて、メイクとネイルをし直した。
さらに、従者に言いつけて、部屋を3度も掃除させ。
花瓶の花をいれかえて、お部屋の中もピカピカにした。
準備バッチリの私は、はりきって次の客を迎えた。
ドアの向こうから、現れたのは。
黒服スーツの護衛を連れた……
方向音痴の、皇太子だった。
私はヘタレに、殺気を向けた。
黒スーツのSPたちは、私に向かって、殺気を放った。
ヘタレ野郎が持ってきたのは、花のケーキだった。
まるで砂糖菓子みたいな、パステルカラーの花々が、ホールケーキのようにまとめられ。
ピンク色のリボンとパールで、華やかにデコレーションされている。
いかにも女子が喜びそうな、メルヘンチックな代物だった。
「……まあ!
なんて、かわいいお花。
さすが、ルシフェル様ですわ。
センスがとっても、よろしいですわね」
ほんとは、食い物の方がよかったけどな。
好きでもない男から、花なんかもらっても、うれしくもなんともないし。
……けど、いちおう上司相手に、まさか、んなこと言えんわな。
ルシフェルは、盛大に照れながら言った。
「うむ、そうか。
それはよかった。
……実はそれは、おれが作ったのだ」
これ、お前が作ったのかよ。
悪魔のくせに、ヒマな奴だな。
悪魔はさらに頬を染め、赤い髪をいじりながら、言う。
「おれにとって、お前は大切な知人で……。
つまり、友人のようなものだからな。
熱を出して倒れたと聞けば、見舞いに来るのが筋だろう」
こっちにとっては、利用するためのコマだけどな。
……まあ、先々のことを考えると、なつかれたのは都合がいいか。
この殿下、世話すんの、超めんどいけどな。
悪魔はデレデレしまくると、名残おしそうに帰った。
黒スーツの、SPたちは。
最初から最後まで……私の顔を、ものすごい目で、見つめてた。




