表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/131

14. ノノ

次に、見舞いにやって来たのは。

(せい)(かん)な顔立ちの、スポーツ系のイケメンだった。



そいつの印象を、一言でざっくり言うと……。


イケメンだけど、なんか地味。








髪型はベリーショートで、髪の色も目の色も、なんとなく地味な、こげ茶色。


耳にピアスをつけているけど、チャラい感じは全然しない。


むしろ、空気で仕方ない。








「気はやさしくて力持ち」っていう感じで、ボーッとしてて無表情だけど、性格はわりと良さそう。


動物に、たとえて言うなら。


大人しくて全然ほえない、デカイ犬って感じ。







身長はかなりデカくて、190はありそうで。

確か、正確な数字は……。



……うん。

興味ないから、忘れたわ。







ちびっこい従者は、男に向かって、頭を下げた。


「いらっしゃいませ、ソード様。


うちの野生動物が、いつもお世話になってます。

どうぞ、おかけになってください」








ソードは一言、「……ああ」と言い。

近くの椅子に、腰かけた。


お茶の用意をしますと言って、従者は部屋を出て行った。







ーーソード・ワンド・ナイトは、死か恋の攻略対象で、生存率は、確か……30%ぐらいだったかな?


んでもって年齢は、えっと……。





…………。



こいつって、年いくつだったっけ?

確か、20ぐらいのはずだけど。







言い伝えによると。


こいつのご先祖様は、かなり凄腕の剣士で。

大昔に魔王を封印した、伝説の勇者なんだって。






そういう過去の栄光があって、こいつん家の当主は騎士団長をしてるんだけど……。


ここ最近は戦争がなくて、すっかりヒマなもんだから、訓練ばかりやってるらしい。







立派なご先祖様と違って、子孫のこいつは、地味だけど。


剣術の世界では、かなり有名な選手で。


オリンピックのパチモンみたいな、試合に出ようとがんばっている。





……という設定、だったはず。








ちなみにユーザー人気の方は、「いい人」らしくイマイチで、あのクソメガネといい勝負。



嫌いな人もいないけど、好きな人もあんまりいない。

つまり、一言でいうと、印象が薄い。







ミハエル様のスチルのために、こいつも一応攻略したけど。

プレイ中の記憶は、ちょっと、ぼんやりとしている。



こいつを攻略するルートは、なんか普通の学園もので……。イラつくポイントはないけど、とにかく、ただただ退屈で……。


気づいたら、寝ていたことが何度もあった。








ソードは無言で、見舞いの品をテーブルに置いた。



うっ。

「それ」は……!







おじいちゃんおばあちゃんの家に置いてあるという、伝説のあのお菓子……!!



そういや、前の職場で……。

年寄りの客が、「それ」持ってきたことあるわ。






でも、ぶっちゃけて素直に言うと。


私、「それ」……。

あんま好きじゃないのよね。








ソードは忠犬みたいな顔で、じっと、こっちを見つめてる。



とっても心やさしい私が、反応に困っていると。


さっき出て行った従者が、せんべいと緑茶を持って、戻ってきた。







従者はソードの持ってきた、「それ」を見ると。


明らかにガラじゃない、おだやかな笑みを浮かべた。



「……ああ。

『それ』を持ってきてくださったんですね。


すみません、ソード様。

実はちょっと疲れていて、甘いものが欲しかったので……。一ついただいてもよろしいですか?


使用人なのに、厚かましくて申し訳ありませんが」







ソードは嬉しそうに言った。


「……ああ、ぜひ食べてくれ」


「ありがとうございます」







シェイドは図々しく袋に手を伸ばすと、うまそうに「それ」を食べた。


ソードはますます嬉しそうな顔をした。





まずいお菓子をスルーして、せんべいに手を伸ばすと。従者がなぜか、私をにらんだ。


私は家来の視線を無視して、うまそうなせんべいをかじる。


物好きな従者は、二つ目の「それ」に手を伸ばした。







ソードは重い口を開くと、ぽつりと言った。


「……体は平気か、ロザリンド」

「まあね。熱も大分下がってきたし、あさってには退院できそうよ。つってもここ、私ん家なんだけどね」


「……そうか、よかった」


そしてまた、黙り込む。








……いや、お前。

黙ってないで、なんか(しゃべ)れよ。



従者は次々と、無難な話題をくり出した。

天気にニュース、暮らしに知人。

しかし、何を言っても、ソードは「……ああ」しか返さない。


あまりのダルさに、私は眠くなってきた。








全長2メーターぐらいの「うなずき地蔵」を相手に、従者はめげずに会話を続けた。



「そういえば、この間の夜会のときに、まかないでお弁当をとったんですが……。


それがとても美味しくて、使用人に大好評だったんです」







シェイド、お前……。

よく頑張るな。


「それ」、もう4つ目じゃないか?







「処刑台の近くにあるお店で、『ミヤモト弁当』っていうんですけど……ソード様はご存じですか?」



ーーその名前を、聞いた途端。

無反応だった空気が、突然、ピクリと反応をした。




なんとなく、嫌な予感がした。








ソードはボソボソと、しゃべった。


「……知っている。

この間、試合帰りに、弁当を食べた。……うまかった」


「本当に、あそこのお弁当は美味しいですよね。

店員さんも、テキパキして感じがいいし……。


……あっ。お茶が切れましたね。

おれ、新しいの淹れてきます」






そう言うと。


まったく空気の読めない従者は、お盆を持って、出て行った。







……えっ。


こいつと二人っきりになれってこと?


勘弁してよ。

絶対、間が持たないんだけど。







しかし、無口な空気野郎は。

私と二人っきりになるのを、待っていたような感じで、突然、ペラペラしゃべり始めた。



「……ロザリンド。

実はお前に、聞きたいことがある。


あの日、弁当屋に行ったときから、おれはどうも、おかしくて……」







おまっ……。


誰の許可を得て、フラグ立ててるんだ。

しまいには、ぶち殺すぞ。







ソードは空気の「く」の字も読まず、真剣な表情で話し続けた。


「最近は、剣を振るう度に、あの店員の笑顔がちらついて……剣の修行に集中できない。


それに、ふとした瞬間に、胸に痛みのようなものが走るようになって……。


おれは一体、どうしたのだろう」








知らねえよ。


自分の体のことぐらい、自分で考えろ。


大体、なんでそんなこと私に聞くんだよ。

おまえは私の友達なのか?







ソードは一点の曇りもないしんな瞳で、じっと私を見つめている。


どう返したらいいか分からず、私はタラタラ、冷や汗をかいた。








万事休すと思われたそのとき、救いのノックが鳴り響いた。


「お待たせしました。

さっきは緑茶でしたから、次はほうじ茶にしました」







私はうざい従者の帰還を、ハレルヤな気持ちで迎えた。


この従者、いつもは死ぬほどうざいけど……。

今は救世主みたいに見える。







従者は湯飲みに茶を注ぐと、愛想よくソードに話しかけた。



「最近の快進撃は、新聞で拝見してますよ。

この間の試合でも、お見事な剣さばきを、披露されたそうですね。


次は、いよいよキングランド・カップですが、調子はいかがですか。


もし優勝すれば、大陸杯への出場は確実に……」






そこまで言うと。

従者は急に、口をつぐんだ。


ソードは冷や汗をかきながら、無言で固まっている。






……まあ。


大事な試合直前になって、うっかり女に惚れちゃったせいで、足下がお留守になってるとか……。


そんなの、人には言えんわな。








地雷をふんでしまった従者は、あわてた様子で、フォローした。



「いえ、あの……。

ソード様は、大変な実力をお持ちですからね。


もし、たまたま調子が悪くて、今回は優勝を逃したとしても、代表選手になれますよ。



大陸杯は、4年に1度ですからね。

まだ、時間はたっぷりあります。

1回ぐらい、何かあっても……(ばん)(かん)は可能です!」








「そうだな……。

おれはプレッシャーに弱いから、早めに代表権を得ておかないと……。


でないと、また、土壇場で出場を……」




そう言うと。

存在感のうすい剣士は、遠い目をして、たそれだした。


うかつな従者は、めっちゃオロオロし始めた。








お前、今のフォローのつもりだったんだろうけど、完全に逆効果になってんぞ。



あーあー、可哀想に。

すっかり意気消沈しちゃってまあ……。


しゃあねえ、助けてやるとすっか。








私は女神の笑顔を浮かべ、気の利いた話題をふった。

「そういや、もうすぐ入学だけど。

ソード、あんた、部活なんにする? 私はやっぱ、女子力を磨きたいから、料理とかお花とか……」


ソードは浮かない顔のまま、喋りだした。

「おれは……。おれは、剣術部に入る。そして……」



そこまで言うと、突然ハッとした顔になった。







「……そうだ、そうだった。

ロザリンド……お前はすごい」


そう言って、私の手をギュッと握ると。


すんだ目をして、見つめてきやがる。








私は面食らった。


「……は? 急に何?

あんた、頭でも()いてんの?」




ソードは人の話も聞かず、自分の世界に入り込んでる様子で言った。


「おれは今でも、あの日……おまえと夕陽の川原で誓った約束を忘れていない。

そのために、今も剣の腕を磨き続けている」








私はマジでしらけた。


いきなり何言ってんだ、こいつ。



つか、お前……さっきまで、女に惚れて、思いっきり剣の道をおろそかにしてただろうが。








と、そのとき。

私は自分に向けられた、視線に気がついた。


疑り深い従者が、こっちを不審な目で見てる。



……やばい。

適当に誤魔化さないと、また病院ルートが復活する。








私は、あわてて調子を合わせた。


「……え、ええ! もちろん、私も忘れてないわよ。あの約束! あの約束よねっ!!」



ソードは満足げに頷いた。


「……ああ、あの約束だ。

学園に入学したら、剣術部に入部して、二人で大陸杯に出よう」








……これって、乙女ゲームよね?

スポーツ漫画じゃないわよね?



なんか、知らないうちに……。


「強敵」と書いて「とも」と読むみたいな、関係になってるんだけど。







ソードは悟りを開いたみたいな顔をして、一人でつらつらセリフを吐いた。


「……おれは、余計な雑念に振り回されて、初心を忘れていたようだ。お前との友情に応えるためにも、必ず迷いを振り切ってみせる。


帰ったら……筋トレと素振り、100万回だ」





そう言うと、ごきげんで帰って行った。









迷惑な剣士が帰ると、私はぐったり、寝そべった。



なんなんだ、あいつ……。

なんか一人で勝手に悩んで、勝手に解決してったぞ。


なんなんだよ、もう。

思春期かよ、情緒不安定かよ。

つか……。




あんな、めんどいダチいらねーよ。







大体、まだ入学式前なのに、フライングしてんじゃねえよ!



この調子だと、もしかして、他の奴らも、とっくにヒロインに惚れてて……。



いや、今は考えるのは、よそう。

病気なのに、気がめいる。









とりあえず。

ソード野郎が、ヒロインに惚れたのは確定だけど……。







まあいいや、放置しよ。



あいつ、なんか剣の道に目覚めたらしいし。

死ぬほど、奥手で受け身だし。


そもそも、恋に落ちたことすら、気づいてないみたいだし。







あの手の受身な連中は、女の方からグイグイ来ないと、絶対に進展しない。


サクラみたいなモテる子が、あんな空気みたいなの、わざわざ選ぶわけないし……。


いくらヘタレの悪魔でも、さすがに、あれには勝てるでしょ。








主人の心労も知らずに、従者はしたり顔で説教を垂れだした。


「……まったく!

何なんですか、あの態度は?


あの人は、大事にしないとダメですよ。

あなたにとって、数少ないまともなご友人なんですから」







私はハンッと、鼻を鳴らした。


「そんなに、あいつがお気に入りなら。

『それ』、全部あんたにあげるわよ。


ちゃんと一人で食べ切りなさいよ。

なんたって、あんた……あいつが大好きなんだものね?」







従者は、うつろな目で言った。


「甘いものは、もういいです……」










私はクソまずいお菓子を、無理やり、従者に押しつけてやると。


肝心なことを、問い詰めた。







「……で?

クズの野郎は、発見できたの?」


「はい。競馬場で女性を口説いているところを、トムさんが確保しました。


ただ、護送中に突然トイレに行きたいと言い出して……そのまま逃走したそうです。現在、総勢3名で、全力で行方を追ってます」








「なにが総勢よ!

たった3人って……あんた、私をなめてるの!?」


「だから、『手の空いている者で』と言ったでしょう。使用人は忙しいんですよ。

ヒマなお嬢様とは違って」







私がコブシを、かまえると。

ドアが小さく、コンコンと言った。



従者は、私のパンチをかわすと。

ドアのところまで行って、銀のお盆を持ってきた。







お盆の上の手紙を開くと、従者はどうでもよさそうに言った。


「……朗報です。

お探しの魔術師が見つかりました。


カジノでルーレットの前にかじりついていたところを、アンさんが捕獲したそうですよ。


これから一旦家に帰って、『例のもの』を持って来るそうです」








すっかり元気になった、私は。


ベッドの上に立ち上がり、ガッツポーズを、ビシッと決めた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ