14. ノノ
次に、見舞いにやって来たのは。
精悍な顔立ちの、スポーツ系のイケメンだった。
そいつの印象を、一言でざっくり言うと……。
イケメンだけど、なんか地味。
髪型はベリーショートで、髪の色も目の色も、なんとなく地味な、こげ茶色。
耳にピアスをつけているけど、チャラい感じは全然しない。
むしろ、空気で仕方ない。
「気はやさしくて力持ち」っていう感じで、ボーッとしてて無表情だけど、性格はわりと良さそう。
動物に、たとえて言うなら。
大人しくて全然ほえない、デカイ犬って感じ。
身長はかなりデカくて、190はありそうで。
確か、正確な数字は……。
……うん。
興味ないから、忘れたわ。
ちびっこい従者は、男に向かって、頭を下げた。
「いらっしゃいませ、ソード様。
うちの野生動物が、いつもお世話になってます。
どうぞ、おかけになってください」
ソードは一言、「……ああ」と言い。
近くの椅子に、腰かけた。
お茶の用意をしますと言って、従者は部屋を出て行った。
ーーソード・ワンド・ナイトは、死か恋の攻略対象で、生存率は、確か……30%ぐらいだったかな?
んでもって年齢は、えっと……。
…………。
こいつって、年いくつだったっけ?
確か、20ぐらいのはずだけど。
言い伝えによると。
こいつのご先祖様は、かなり凄腕の剣士で。
大昔に魔王を封印した、伝説の勇者なんだって。
そういう過去の栄光があって、こいつん家の当主は騎士団長をしてるんだけど……。
ここ最近は戦争がなくて、すっかりヒマなもんだから、訓練ばかりやってるらしい。
立派なご先祖様と違って、子孫のこいつは、地味だけど。
剣術の世界では、かなり有名な選手で。
オリンピックのパチモンみたいな、試合に出ようとがんばっている。
……という設定、だったはず。
ちなみにユーザー人気の方は、「いい人」らしくイマイチで、あのクソメガネといい勝負。
嫌いな人もいないけど、好きな人もあんまりいない。
つまり、一言でいうと、印象が薄い。
ミハエル様のスチルのために、こいつも一応攻略したけど。
プレイ中の記憶は、ちょっと、ぼんやりとしている。
こいつを攻略するルートは、なんか普通の学園もので……。イラつくポイントはないけど、とにかく、ただただ退屈で……。
気づいたら、寝ていたことが何度もあった。
ソードは無言で、見舞いの品をテーブルに置いた。
うっ。
「それ」は……!
おじいちゃんおばあちゃんの家に置いてあるという、伝説のあのお菓子……!!
そういや、前の職場で……。
年寄りの客が、「それ」持ってきたことあるわ。
でも、ぶっちゃけて素直に言うと。
私、「それ」……。
あんま好きじゃないのよね。
ソードは忠犬みたいな顔で、じっと、こっちを見つめてる。
とっても心やさしい私が、反応に困っていると。
さっき出て行った従者が、せんべいと緑茶を持って、戻ってきた。
従者はソードの持ってきた、「それ」を見ると。
明らかにガラじゃない、おだやかな笑みを浮かべた。
「……ああ。
『それ』を持ってきてくださったんですね。
すみません、ソード様。
実はちょっと疲れていて、甘いものが欲しかったので……。一ついただいてもよろしいですか?
使用人なのに、厚かましくて申し訳ありませんが」
ソードは嬉しそうに言った。
「……ああ、ぜひ食べてくれ」
「ありがとうございます」
シェイドは図々しく袋に手を伸ばすと、うまそうに「それ」を食べた。
ソードはますます嬉しそうな顔をした。
まずいお菓子をスルーして、せんべいに手を伸ばすと。従者がなぜか、私をにらんだ。
私は家来の視線を無視して、うまそうなせんべいをかじる。
物好きな従者は、二つ目の「それ」に手を伸ばした。
ソードは重い口を開くと、ぽつりと言った。
「……体は平気か、ロザリンド」
「まあね。熱も大分下がってきたし、あさってには退院できそうよ。つってもここ、私ん家なんだけどね」
「……そうか、よかった」
そしてまた、黙り込む。
……いや、お前。
黙ってないで、なんか喋れよ。
従者は次々と、無難な話題をくり出した。
天気にニュース、暮らしに知人。
しかし、何を言っても、ソードは「……ああ」しか返さない。
あまりのダルさに、私は眠くなってきた。
全長2メーターぐらいの「うなずき地蔵」を相手に、従者はめげずに会話を続けた。
「そういえば、この間の夜会のときに、まかないでお弁当をとったんですが……。
それがとても美味しくて、使用人に大好評だったんです」
シェイド、お前……。
よく頑張るな。
「それ」、もう4つ目じゃないか?
「処刑台の近くにあるお店で、『ミヤモト弁当』っていうんですけど……ソード様はご存じですか?」
ーーその名前を、聞いた途端。
無反応だった空気が、突然、ピクリと反応をした。
なんとなく、嫌な予感がした。
ソードはボソボソと、しゃべった。
「……知っている。
この間、試合帰りに、弁当を食べた。……うまかった」
「本当に、あそこのお弁当は美味しいですよね。
店員さんも、テキパキして感じがいいし……。
……あっ。お茶が切れましたね。
おれ、新しいの淹れてきます」
そう言うと。
まったく空気の読めない従者は、お盆を持って、出て行った。
……えっ。
こいつと二人っきりになれってこと?
勘弁してよ。
絶対、間が持たないんだけど。
しかし、無口な空気野郎は。
私と二人っきりになるのを、待っていたような感じで、突然、ペラペラしゃべり始めた。
「……ロザリンド。
実はお前に、聞きたいことがある。
あの日、弁当屋に行ったときから、おれはどうも、おかしくて……」
おまっ……。
誰の許可を得て、フラグ立ててるんだ。
しまいには、ぶち殺すぞ。
ソードは空気の「く」の字も読まず、真剣な表情で話し続けた。
「最近は、剣を振るう度に、あの店員の笑顔がちらついて……剣の修行に集中できない。
それに、ふとした瞬間に、胸に痛みのようなものが走るようになって……。
おれは一体、どうしたのだろう」
知らねえよ。
自分の体のことぐらい、自分で考えろ。
大体、なんでそんなこと私に聞くんだよ。
おまえは私の友達なのか?
ソードは一点の曇りもない真摯な瞳で、じっと私を見つめている。
どう返したらいいか分からず、私はタラタラ、冷や汗をかいた。
万事休すと思われたそのとき、救いのノックが鳴り響いた。
「お待たせしました。
さっきは緑茶でしたから、次はほうじ茶にしました」
私はうざい従者の帰還を、ハレルヤな気持ちで迎えた。
この従者、いつもは死ぬほどうざいけど……。
今は救世主みたいに見える。
従者は湯飲みに茶を注ぐと、愛想よくソードに話しかけた。
「最近の快進撃は、新聞で拝見してますよ。
この間の試合でも、お見事な剣さばきを、披露されたそうですね。
次は、いよいよキングランド・カップですが、調子はいかがですか。
もし優勝すれば、大陸杯への出場は確実に……」
そこまで言うと。
従者は急に、口をつぐんだ。
ソードは冷や汗をかきながら、無言で固まっている。
……まあ。
大事な試合直前になって、うっかり女に惚れちゃったせいで、足下がお留守になってるとか……。
そんなの、人には言えんわな。
地雷をふんでしまった従者は、あわてた様子で、フォローした。
「いえ、あの……。
ソード様は、大変な実力をお持ちですからね。
もし、たまたま調子が悪くて、今回は優勝を逃したとしても、代表選手になれますよ。
大陸杯は、4年に1度ですからね。
まだ、時間はたっぷりあります。
1回ぐらい、何かあっても……挽回は可能です!」
「そうだな……。
おれはプレッシャーに弱いから、早めに代表権を得ておかないと……。
でないと、また、土壇場で出場を……」
そう言うと。
存在感のうすい剣士は、遠い目をして、黄昏れだした。
うかつな従者は、めっちゃオロオロし始めた。
お前、今のフォローのつもりだったんだろうけど、完全に逆効果になってんぞ。
あーあー、可哀想に。
すっかり意気消沈しちゃってまあ……。
しゃあねえ、助けてやるとすっか。
私は女神の笑顔を浮かべ、気の利いた話題をふった。
「そういや、もうすぐ入学だけど。
ソード、あんた、部活なんにする? 私はやっぱ、女子力を磨きたいから、料理とかお花とか……」
ソードは浮かない顔のまま、喋りだした。
「おれは……。おれは、剣術部に入る。そして……」
そこまで言うと、突然ハッとした顔になった。
「……そうだ、そうだった。
ロザリンド……お前はすごい」
そう言って、私の手をギュッと握ると。
すんだ目をして、見つめてきやがる。
私は面食らった。
「……は? 急に何?
あんた、頭でも沸いてんの?」
ソードは人の話も聞かず、自分の世界に入り込んでる様子で言った。
「おれは今でも、あの日……おまえと夕陽の川原で誓った約束を忘れていない。
そのために、今も剣の腕を磨き続けている」
私はマジでしらけた。
いきなり何言ってんだ、こいつ。
つか、お前……さっきまで、女に惚れて、思いっきり剣の道を疎かにしてただろうが。
と、そのとき。
私は自分に向けられた、視線に気がついた。
疑り深い従者が、こっちを不審な目で見てる。
……やばい。
適当に誤魔化さないと、また病院ルートが復活する。
私は、あわてて調子を合わせた。
「……え、ええ! もちろん、私も忘れてないわよ。あの約束! あの約束よねっ!!」
ソードは満足げに頷いた。
「……ああ、あの約束だ。
学園に入学したら、剣術部に入部して、二人で大陸杯に出よう」
……これって、乙女ゲームよね?
スポーツ漫画じゃないわよね?
なんか、知らないうちに……。
「強敵」と書いて「とも」と読むみたいな、関係になってるんだけど。
ソードは悟りを開いたみたいな顔をして、一人でつらつらセリフを吐いた。
「……おれは、余計な雑念に振り回されて、初心を忘れていたようだ。お前との友情に応えるためにも、必ず迷いを振り切ってみせる。
帰ったら……筋トレと素振り、100万回だ」
そう言うと、ごきげんで帰って行った。
迷惑な剣士が帰ると、私はぐったり、寝そべった。
なんなんだ、あいつ……。
なんか一人で勝手に悩んで、勝手に解決してったぞ。
なんなんだよ、もう。
思春期かよ、情緒不安定かよ。
つか……。
あんな、めんどいダチいらねーよ。
大体、まだ入学式前なのに、フライングしてんじゃねえよ!
この調子だと、もしかして、他の奴らも、とっくにヒロインに惚れてて……。
いや、今は考えるのは、よそう。
病気なのに、気がめいる。
とりあえず。
ソード野郎が、ヒロインに惚れたのは確定だけど……。
まあいいや、放置しよ。
あいつ、なんか剣の道に目覚めたらしいし。
死ぬほど、奥手で受け身だし。
そもそも、恋に落ちたことすら、気づいてないみたいだし。
あの手の受身な連中は、女の方からグイグイ来ないと、絶対に進展しない。
サクラみたいなモテる子が、あんな空気みたいなの、わざわざ選ぶわけないし……。
いくらヘタレの悪魔でも、さすがに、あれには勝てるでしょ。
主人の心労も知らずに、従者はしたり顔で説教を垂れだした。
「……まったく!
何なんですか、あの態度は?
あの人は、大事にしないとダメですよ。
あなたにとって、数少ないまともなご友人なんですから」
私はハンッと、鼻を鳴らした。
「そんなに、あいつがお気に入りなら。
『それ』、全部あんたにあげるわよ。
ちゃんと一人で食べ切りなさいよ。
なんたって、あんた……あいつが大好きなんだものね?」
従者は、うつろな目で言った。
「甘いものは、もういいです……」
私はクソまずいお菓子を、無理やり、従者に押しつけてやると。
肝心なことを、問い詰めた。
「……で?
クズの野郎は、発見できたの?」
「はい。競馬場で女性を口説いているところを、トムさんが確保しました。
ただ、護送中に突然トイレに行きたいと言い出して……そのまま逃走したそうです。現在、総勢3名で、全力で行方を追ってます」
「なにが総勢よ!
たった3人って……あんた、私をなめてるの!?」
「だから、『手の空いている者で』と言ったでしょう。使用人は忙しいんですよ。
ヒマなお嬢様とは違って」
私がコブシを、かまえると。
ドアが小さく、コンコンと言った。
従者は、私のパンチをかわすと。
ドアのところまで行って、銀のお盆を持ってきた。
お盆の上の手紙を開くと、従者はどうでもよさそうに言った。
「……朗報です。
お探しの魔術師が見つかりました。
カジノでルーレットの前にかじりついていたところを、アンさんが捕獲したそうですよ。
これから一旦家に帰って、『例のもの』を持って来るそうです」
すっかり元気になった、私は。
ベッドの上に立ち上がり、ガッツポーズを、ビシッと決めた。




