20. このささやかな祈り
病室のドアを開くと。
黒髪の、小さな従者は……。
まっしろいベッドの上で、死んだみたいに静かに寝てた。
私はベッドにかけよって、そっと従者のほおに触った。
従者のほおは、氷みたいに冷たくて。
急に、背すじが寒くなる。
いてもたっても、いられなくって。
私は、布団をはぎとると、入院着の前をはだけて、うすっぺらい従者の胸に……直接、耳を押しあてた。
従者の胸は、ほんのりと、あたたかくって。
心臓が……。
トクン、トクンと、いっている。
「……何よ、生きてるんじゃない。
まったく、こんなときまで……。
人をおちょくりやがって、こいつは……。
…………。
べつに私は、心配なんてしてないし。
こんなウザくて、小うるさい奴……死んだ方がせいせいするけど。
でも……。
メイドのアンがいれた紅茶が、死ぬほどマズくて、ぬるすぎるから。
……だから。
とっとと起きなさいよ、バカ……」
ーーすると、従者が小さくうめき。
まぶたが、ゆっくりと開いて……。
従者の黒い左目が、私の顔を見かえした。
「……シェイド!!」
「……あなた、誰ですか?」
「えっ?」
従者はかたい表情で、病室の中を見回すと。
「ここは……病院か? なんでおれ……」
と、ぎこちない口調で言った。
「そんな……
ウソでしょ? まさか……」
と、突然。
従者がベッドにつっぷして、ぶるぶる肩をふるわせ始めた。
「どうしたの!?
もしかして……傷口が開いたの!?」
あわてて、従者の肩をつかむと。
従者はパッと、顔を上げ。
「……いつぞやの、お返しですよ」
そう言って、小にくたらしい顔で笑った。
まったくその場の空気も読まず、しょうもないギャグを、かましやがったKYは。
なぜか機嫌がよさそうに、ペラペラとしゃべりやがった。
「まったく、あなたという人は……。
せっかく人が気持ちよく寝てたのに、乱暴に起こすんですから……。
少しは、空気を読んでくださいよ」
「………………。
バカバカバカバカしねしねしねしね
クソクソクソクソカスカスカスカス
あほあほあほあほしねしねしねしね
バカバカバカバカしねしねしねしね
クソクソクソクソカスカスカスカス
あほあほあほあほしねしねしねしね
バカバカバカバカしねしねしねしね
クソクソクソクソカスカスカスカス
あほあほあほあほしねしねしねしね
しねしねしねしねしんじまえ!!」
「えっ」
「バカッ……。
バカバカ、バカッ……。
……。
…………」
ーーちかって言うけど。
私は、泣きはしなかった。
ただ、ちょっと目にゴミが入って……。
めちゃくちゃ、かゆくなったので。
白衣のそでで、ゴシゴシと目をこすっていると。
従者は、なぜかオロオロとして。
それから、ぎこちなく笑って。
また、しょうもないギャグをかました。
「えっと……。
あの……。
すみません……。
その……。
……。…………。
そう言えば、その格好は、どうしたんですか?
酔っぱらいとケンカでもして……池に落ちでもなさったんですか?」
あんまり腹が立ったので。
思いきり、ギッとにらんでやると。
従者はギュッと口を閉じ、余計なことを言わなくなった。
「……。…………。………………」
「…………。
…………。…………」
そのまま、しばらく沈黙が続き。
病室の外の廊下で、バタバタ足音がしたとき。
気まずそうな顔をして、下を向いていた従者が、蚊の鳴くような小さな声で……。
ボソボソボソッと、何かを言った。
「……なんだよ、オラァ!!」と、目線で言うと。
従者はキレてるみたいな声で、やけくそ気味にこう言った。
「~~だからっ! !
……おれが、悪かったです……!
次からは、あんな無茶はしません……」
私は、ふんっと鼻をならした。
従者はご主人さまに向かって、ためらいがちに腕を伸ばすと……いったん、それを引っこめて。
枕元にあったティッシュを、おずおずと差し出した。
「だから、その……。
これ、よければ使ってください……」
私はティッシュをぶんどって、思いっきり、鼻をチーンとかむと。
かんだティッシュを、KY野郎に押しつけた。