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13. 王子様が来ない


医者の忠告に、逆らい。


ちょっとお転婆しちゃった私は、牢屋の中で、夜を明かした。





ようやくシャバに戻った私を、迎えたのは、お父様の涙のハグと、ちっこい従者の白い目と……。


39度の、発熱だった。







コンコンコンと、ドアが叩かれ。

病弱な乙女の部屋に、無作法な従者が入ってきた。


「お待たせしました。

アッサムのオレンジペコー・ミルクプロテイン入りと……。


ニンニクマシマシ豚骨ラーメン特盛と、からあげ4人前です」








シェイドは、げんなりした顔で言った。


「朝から、よくこんなもの食べますね。

しかも、体調不良のときに……」


「なに言ってんのよ。

具合の悪いときこそ、しっかり食べて治さなきゃダメでしょ」


「そんな必要ないくらい、元気そうに見えますが」







私はベッドから、起きて。

割り箸を、パキッと割った。


うんうん。

やっぱこうでないと、店屋の雰囲気、出ないわね。






ズルズルズルッと、音を立て。

ラーメンをすする私に、シェイドは呆れた目を向けた。


それから、うるさい()(じゅうと)みたく、人の食べ方にケチをつけた。




「そんなにがっつくんじゃありませんよ、みっともない。


……ほら、箸を置きなさい。

ミハエル様から、お見舞いの品が届いてますよ」







王子様からのお見舞いの品は、ピンク色のチューリップの花束だった。


すっきりと品のいいアレンジで、チューリップの根元には、白いリボンがキリリと結ばれ。


小さなカードが、添えてある。






私は大喜びで花を受け取ると、カードを読み、シェイドに見せつけてやった。


「ほらこれ、見なさいよ。

『時間が出来たら、お見舞いに行きます』だって!


ミハエル様ったら、私のこと、とっても心配してるのね。……もしかして私、かなり愛されちゃってる?」






シェイドは呆れた様子で言った。


「こんな文面で、馬鹿みたいに大喜びして……。

その年で、社交辞令も分からないんですか、あなたは」



「社交辞令なんかじゃないわよ。

だってほら、ここ見なさいよ。


……ね?

これのどこが、社交辞令なの?」








シェイドは冷たく言い捨てた。


「……これが社交辞令じゃないなら、何が社交辞令なんですか? 」







私が固まったのも、気にせず。

従者はズケズケと続けた。


「……重要なことなので、はっきり言っておきますが。


『ミハエル様が、あなたを好き』なんじゃなくて、『あなたが、ミハエル様を好き』なんですよ。






だから単なる社交辞令が、意味ありげに見えるんです。


要するに、物事を自分に都合よく解釈してるだけでしょう。


……そういうの、やめた方がいいですよ。

後で傷つくことになっても、知りませんからね」








……うわっ、やな奴。


前から知ってたけど、こいつ……。


本当に空気の読めない、やな奴だ。







KYな嫌味野郎は、さらにKY発言をした。


「ところで、もし万が一、あなたの言う通りだとして……。


まさか、そんな臭いをさせて、ミハエル様に会うつもりなんですか?」








私はニンニクラーメンを食べたことを激しく後悔した。


なんでスープまで、全部飲み干しちゃったんだろう。

せめて、麺だけにしときゃよかった。







失意のどん底に立たされた私は、気の利かない従者を叱りつけた。


「あんた、なにモタモタしてんのよ!


今すぐ、クズに連絡とって、便利アイテム調達しなさい。

それから、美容師とエステティシャンとネイリストとスタイリストを、全部呼んできなさい。


もちろん、全員一流のでなきゃダメよ。

もし変なの呼んだら、あんたの給料下げるから」








シェイドはわざとらしくため息をつくと。


「今更あがいても、どうせ、もう手遅れなのに……」


と、捨てゼリフを吐いて、部屋を出て行った。







――――――――――――


私は鏡を見つめると、ご満足して、うなずいた。


髪の毛は、ツヤツヤゆるふわカールにしたし。

スライムの臓物パックで、荒れたお肌はピッカピカ。


すっぴん風の厚塗りメイクに、ちょっぴりセクシーなネグリジェで……。


どうにかこうにか、格好がついたわ。







だけど、この……お口の臭い。


こいつをスッキリさせないことには、大好きなあの人に、会うなんて、夢のまた夢。




もうこうなったら、神でも仏でもクズでもいいから、この臭いをなんとかしてください。


かけまくもかしこきナンマイダブ、ハレルヤ、アーメン。







悩める乙女のもとに、来客が告げられた。


私は最悪の事態を想定し、慌てふためいた。

シェイドは私の焦りをスルーし、あっさり客を中に通した。







―――――――――――――


お見舞いに、やって来たのは。

ミハエル様とは似ても似つかない、若い男だった。








その男は、黒髪に灰色の目をしていた。


海外ブランドみたいなスーツに、派手な柄のネクタイをしめて、顔にはメガネをかけている。






見た目は、知的なイケメンだけど。

鼻持ちならないその性格は、隠そうとしても隠せない。


こいつ、なんつーか、あれだわ。


有名大学を出たあと、外資や金融に入って、カタカナの専門用語、ペラペラまくし立ててる、意識高い系のエリート(笑)って感じ。







エリート(笑)こと、リチャード・リッチマンは、死か恋の攻略対象。


キングストン一の商会の跡取りで、性格はとにかく裏表が激しく、金に汚い。


年齢は18歳で、生存率は80%。







わりと生き残りやすいのは、途中で別の大陸に、引っ越すルートがあるからだろう。




この腹黒メガネ……。


世間では「若き天才実業家」とか、「その手腕で、いつか世界を取るかもしれない」なんて、言われてるらしいけど……。


こんなのに取られちゃうような世界なら、滅んだ方がいいと思う。








リッチマン家は、典型的な成金家系。


もとは田舎の貧乏人が、いっしょうけんめい働いた金で、自分の会社を作ったらしい。


運よく商売が当たって、今では「この国一番の、大企業」とか言われてるけど。……ぷっ。







貴族界の頂点に立つ、スーパーセレブでリッチな私と、成金の3代目なんて……。


階級の差がデカすぎて、まったく試合にならないわ。




大体、自営の3代目なんて、ボンクラに決まってるじゃない。こんな奴の会社なんか、すぐ潰れるに決まってるわ。






ちなみに、こいつのユーザー人気は。

……空気な騎士と、いい勝負。


つまり不人気、底辺ってことね。







ミハエル様が映ってる、イベントスチルが欲しすぎて、こいつのルートも、1回だけクリアしたけど……。


あまりのイライラ・ムカムカに、端末ごと粉砕したくなる衝動にかられた回数は、100回や200回ではない。






けれども、広い世間には、性癖のおかしな奴もいるもので……。


こいつには少数だけど、妙に濃いファンがついてるらしい。








エリート気取りのメガネ野郎は、気色悪いニコニコ笑いを浮かべ、カゴ入りメロンを差し出した。


「久しぶりやな、シェイドはん。これ、うちの農園で採れたメロンや、ごっつ旨いでえ」


「これは……。ご丁寧に、すみません」






「厨房の方にも、100個届けてきたさかい。

もし、気に入ったら、今度注文したってや。


あと、こっちは関連商品のパンフレットと、おすすめの食べ方。それに、今度売り出すジャムのサンプルや」


そう言うと、メガネは従者のちびっこい手に、箱をいくつも押しつけた。









日本人っぽい従者は、ちょっと困った顔をした。


「いや、あの……。

1セットで十分です。こんなにたくさん、いただかなくても……」


「そんな遠慮せんでも、ええて!!

なんなら他の従業員や、お客さんに配ってくれても、かまへんで?」




そう言うと。

メガネはキラキラすんだ目で、従者の顔を、じっと見つめた。







……出たよ、お得意のゴリ押し。


ぼく、セールスなんかしに来たんじゃありません、ただあなたに会いたくて来たんです、みたいな顔してるけど。


顔と行動が、全然一致しとらんぞ。



……ていうかお前、何しに来たんだ。

私は忙しいんだよ、しゃべってないで、さっさと帰れ。








セールス被害にあった従者は、気まずげに目を逸らした。


「あー、えっと……、あっ。

気が利かなくて申し訳ありません。お飲み物は、何がよろしいですか?」


「あー、ええ、ええ。座っとき。

今日は商談のついでやさかい、茶なんかいらへんわ」


「いえ、リチャードさんは、大事なお客様ですから。それでは、最高の紅茶をお持ちしますね」








従者はサッと退室すると、お菓子と紅茶を持ってきた。


メガネはカップに、口をつけ。

ほうっと、息を吐いて目を細めた。



「ああ、ホンマ……。

質のええ茶葉、使(つこ)ぅてんなあ。それに、いれ方も丁寧や。


……こら、かえって気ぃ遣わせてしもて、すんまへんでしたなあ。






そんで、シェイドはん。

あんたは最近、どないな感じや? ちゃんと睡眠、とれとるか?


毎日毎日、こないなゴリラの相手して、シェイドはんは大変やなぁ」


「ほんとですよ。

残業はしょっちゅうですし、無茶な命令ばかりされるし。お金さえあったら、さっさと辞めたいですよ、こんな職場」








その言葉を聞くと。

メガネはグイと、身を乗り出した。


「……それやったら、うちで雇ったげましょか?


シェイドはんやったら、今のお給料の倍!

いや、3倍、出してもええで!!」







「お気持ちは、ありがたいですが……。

今の5倍は働くことになりそうなので、結構です」


「3倍の給料で、5倍も働かせるなんて……そないなアコギなこと、せんて。


5倍の仕事してくれるんなら、4.5倍、給料はらうで!!」








私はドスを利かせて、言った。


「……あんたたち。

私がいること、忘れてんじゃないでしょうね?」


「なんや。

まだ、くたばってなかったんかいな」


「そりゃそうですよ。

その人、殺したって死なないですから」








「まあ、『にくまれっ子、世にはばかる』言うんは、ホンマのことやからなあ」


「それは、あんたのことでしょ!!


……ふん。まったく、こんなのが跡取りだなんて、リッチマン商会は、お先真っ暗もいいところね。


ヘマこいて、大事な会社潰しちゃう前に……。

お兄さんに跡取りの座、返した方がいいんじゃない?」








「……おい、ゴリラ。


言うとくけどな。

おれは『あんとき』のこと、まだ忘れとらんからな」







うん。


私は「あのとき」のこと、綺麗さっぱり、忘れたわ。だって、記憶喪失なんだもん。




……でも、大丈夫。

これまでに、さんざん学習したもの。


こんなとき、どうすればいいか、そろそろ分かってきた頃よ。







「あーら。

あの程度のちっちゃいことを、いつまでも根にもつなんて……ケツの穴の小さい男ね。


さすがは、へんぴな田舎出の、成金家系の子孫ですこと!」




――相手の言うことに、適当に合わせとく。

知らないことがあっても、いちいち聞かない。


記憶喪失対策は、これでバッチリ、完璧よ。








「……ほー。

言うてくれるな。


その言葉、よーく覚えとくで。


おれを敵に回したら、どないな目に遭うか……。

その貧相な脳みそに、思い知らせたるわ」








悪人らしいセリフを吐くと。

メガネは鼻をつまんで、顔をしかめた。



「しっかし、なんや、この臭いは。

ゴリラの腐ったみたいな臭いやな」


「すみません、換気はしておいたんですが……。

そこのゴリラが朝食に、『ニンニクマシマシ豚骨ラーメン特盛』を食べたものですから」








「うーわ……。

こんなんが、未来の妃とか……この国ももう終わりやな。


よぅマネリカに逃げんと、国ごとゴリラに侵食されて、滅んでまうわ」



「……ああん?

なんか言ったか、成金メガネ。


文句があんなら、今すぐ帰れや。

あんましなめたクチ利いてっと、その体、どっかの海に沈めんぞ」






しつけのなってない従者は、いたいけな病人に、チョップをくれた。


メガネは「ざまあみろ」という顔で、ゲラゲラ笑いやがった。








ひとしきり、笑うと。

メガネはスーツのポッケから、小さな缶を取り出した。



「そういや、ちょうどええもん持っとったわ。


『1粒飲めば、1週間、息すっきり!

強力・エチケットカプセル』


……こないだ展示会で手に入れた、最新のエチケット商品やで」








それから、見せびらかすように缶を振ると、悪党ヅラでニヤついた。


「お前のことは、死ぬほど嫌いやけど。

おれはビジネスには、私情を(はさ)まん主義やからなあ。


1缶10万の適正価格に、不快料金50パーセント足して……15万ゴールドで売ったるわ」







15万ゴールドって言ったら……。

日本円に直すと、15万円ぽっきりじゃないか。


1缶でその値段とか、ぼったくりにも程があるだろ。








私は鼻で笑ってやった。


「……ふんっ!

誰があんたなんかから、買うもんですか。

あんたを儲けさせるくらいなら……その辺のドブに、全財産突っ込んだ方がマシよ!!」



メガネ野郎も鼻で笑った。


「……ふん。

物の価値も分からんバカが。後で後悔しても知らへんぞ」








メガネは、従者の方に向き。

コロッと、態度を(ひょう)(へん)させた。



「そんじゃあ、またな、シェイドはん。

……そや。ちょうど今うちに、あんたに合いそうな枕があるから、近いうちに届けさせるわ」


「そんな、受け取れません。きっと、お高いものなんでしょうし」








「そんなん、ええて!

おれたち、未来のクラスメイトやろ。

これはお近づきのしるしに、……な?


そんでもって、あんたが転職する気になったら、一番にウチに声かけてや。……な?」




メガネは、従者の手を取ると。

ふたたび目玉をキラキラさせた。


従者はげんなりした顔で、あいまいに(うなず)いている。








メガネは私の方に目線を戻すと、憎たらしげに吐き捨てた。


()よ、くたばれや。このゴリラ」








殴りかかろうとする私を、従者が()()()めにした。


性格のくさったメガネは、笑いながら帰って行った。







テーブルの上にあった「お塩」を、私はドアに向かって、まいた。


従者はホウキを手にとると、ため息をついて、こう言った。



「あの人も、悪い人じゃないんですけどね。

……まあ、あんなことをされたら、根に持つのも無理ないですよ」








……私、あいつに何したの?


みんなの前で逆さ吊りにして、パンツでも下ろしたのかしら?








でも、ま。


来たのがあいつで、よかったわ。


こんな臭いプンプンさせてちゃ、死んでもミハエル様には会えないし。







「お塩」の瓶のフタをあけ、私は中身を、ぶしゃっ! とまいた。


それから、従者にこう言った。





「それで?

……クズの奴には、連絡ついたの?」


「今、手の空いている使用人が、足取りを追ってます。

現在地はまだ不明ですが……。

下町の人の証言で、昼までナイトクラブで飲んだくれていたことが判明しています」








……ったく、使えない連中ね。


何をモタモタしてんのよ。

早くしないと、ミハエル様が来ちゃうじゃないの。







従者が掃除をし終わると。

ふたたび、見舞い客が来た。


私は、あわてて歯をみがき、ベッドの中に飛び込んだ。





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