19. 夜の果てへの旅
くらい、くらい……。
地面の底にある、まっくろな深い湖。
そのそばに。
小さな、赤い水たまりがある。
そして。
水たまりの、まんなかにーー
胸を真っ赤に血で染めて、ぐったりと横になってる……。
従者の、小さな姿があった。
血だまりの中にふみこんで、私は従者にかけよった。
「……なんで、私をかばったの!!」
従者は、何か言いたそうな目で……。
私の顔を、じっと見た。
それから、困ったように笑った。
「…………。
仕事ですから……」
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ーーそこで、私は目がさめた。
世界中が死んだみたいに、ひっそり静かな夜だった。
部屋の中はまっくらで。
カチコチと鳴る時計の音が、耳に痛くて、たまらなくって……。
私は、ベッドを飛び出すと。
冷たい夜の……暗闇の中に飛びこんだ。
病院までの、道のりが……。
なんだか、やけに遠く感じる。
寒さが痛い。
痛くて、痛くて……。
手足の先が、ちぎれそう。
でも、もしここで、足を止めたら。
薄気味の悪い何かに……。
つかまっちゃいそうな気がして。
私は、足を止められなかった。
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ーー走って、走って、ひたすら走って。
病院についたのは、面会時間がとっくに終わった……0時、ギリギリ前だった。
受付にいる看護師は。
私を見ると、ぎょっとした顔をした。
「その格好は……。
あなた、一体どうしたの?」
「?」
不思議に思って、鏡を見ると。
私は、ネグリジェ一枚で……。
はだしで、全身ずぶぬれだった。
どうやら、外を走ってた時に、まとわりついて来た雪が……。暖炉の熱に当たってとけて、水に変わったようだった。
看護師は、心配そうな顔で言う。
「あなた、顔が真っ青よ。
一体、何があったの?」
「……入院患者の、面会に来たの」
「でも、面会の時間は……。
もう、とっくに終わってて……」
私はカッとなって、どなった。
「いいから、面会させなさい!!
私を、誰だと思ってるのよ!!」
「……何を騒いでいるんだね?」
しぶい男の声がして。
銀ぶちの眼鏡をかけた白衣の男が……。
廊下の角から、現れた。
「院長……!
この子が……」
院長は私を見ると、ハッとした顔をした。
「この方は……」
「……面会に、いらしたのですね?」
私は、コクリとうなずいた。
「分かりました。病室に案内します」
「でも、院長……!」
「いいんだ。この方は、お通ししてもいいんだ」
そう言うと。
院長のトムは、私の方を見て言った。
「大変失礼しました、レディ。
すぐ病室にご案内します。
ですが、その前に……」
「その前に、何よ!
こっちは今、急いでるのよ!!」
院長は白衣を脱いで、私の肩にふわっとかけた。それから、やさしい声で言った。
「……今日は少々、冷えますね。
お見舞いの前に、あたたかい紅茶はいかがでしょうか、レディ?」
「……いらないわ。
さっさと、案内してちょうだい」
「かしこまりました。
では、レディのおっしゃる通りに」
院長のトムに案内されて、私は病室に向かった。
ひっそりと、静かな廊下に……。
院長の革靴の音が、なんだか、やけに大きく響いた。