18. あいつのいない日常
「……最善は、つくしましたが。
意識が、無事に戻るかどうかは……。
患者さん本人の、生命力しだいです。
万一の時にそなえて、覚悟はしておいてください」
手術室から、出てきた医者は。
そう言って、むずかしい顔をしたけど。
私はシェイドのことなんて、ちっとも心配していなかった。
……だって、ほら。
なんたって今は、「誰も死なない一月」なんだし。
あんなウザくて、しつこい奴が……。
このまま、死ぬわけないじゃない。
どうせ、あいつはすぐに、起きてくるに決まっているので。
私はつかの間の自由を、せいいっぱい満喫しようと、授業を好きなだけサボって、朝っぱらから、酒を飲み。
そのへんのチンピラに、手当たり次第になぐりかかって、毎日をきままに過ごした。
あいつがいない毎日は、びっくりするほど快適で……。
私がどんなに好き勝手しても、うるさい説教も嫌みも、まったく飛んでこなかった。
……ただ。
家に遊びに来たダチが、心配してるような目で、私の顔をじっと見るのが……。
なんだか、おかしくて笑えた。
シェイドの意識が、戻らないまま。
「誰も死なない一月」は、一日、そしてまた一日と、ジリジリとすり減っていって……。
とうとう、最後の一日になった。
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その日は、めっちゃ寒くって。
雪まで降ってるもんだから……外に行くのもダルくって。
私は布団にくるまったまま、ただ、じっと目を閉じて……。
ラジオに、耳をすませてた。
ラジオの、ニュースキャスターは。
なんだか妙に陽気な声で、いいニュースと悪いニュースを、かわりばんこに読み上げていく。
『……では、次のニュースです。
ディンドンの、本日の死者数はゼロ。
これで、27日連続、死者数がゼロとなります。
この不思議な現象は、一体いつまで続くのでしょうか?
いま、全世界の注目が……。
ディンドンに集まっています!』
ーーグシャッ!
私はうるさいラジオをなぐって、お部屋の中を静かにすると。明るい声で、こう言った。
「……そうだわ!
今日は、お部屋の掃除をしましょう!
そうすれば、きっと気分がすっきりするわ!」
床じゅうに転がった酒びんや、つまみの袋を……ゴミ箱に次々、ほうり込んでくと。
脱ぎちらかした服の下から、ぶ厚いノートが見つかった。
「なんなのよ、このクソ厚いノート……。
まあいいや。
きっと、これもゴミ箱行きね」
そう言って、何気なくノートを開くと。
それは……。
チビが無理やり押しつけてきた、進級テストの対策用ノートだった。
ノートをパラパラ、めくっていくと。
どのページにも、いかにも几帳面そうな、
角ばった小さい文字で……。
うんざりするような嫌みと、お節介なコメントが、びっしりと書かれてる。
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サボリは禁止!
テストまで、
アルコールとケンカは禁止!
このページ、
寝る前に毎日見ること!
最後まで、
あきらめずに
やりましょう
絶対、無事に進級しますよ!!
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「まったく、あいつは……。
ほんと、口うるさくて、まいるわ」
私は、ノートをパタっと閉じると。
ゴミ箱に、ポイッと投げ捨てようとして……やめた。
「あ〜〜あ!
にしても今月は……マジ、最高だったわね!
うるさい奴がいないから、学校だって、好きなだけ、サボれるし。チンピラとケンカしたって、説教もとんでこないし。
ほんっっと、マジで最高の……。
…………」
私の口から、ぽろりと本音がはみ出した。
「……なんでだろ。
うるさい奴がいなくなったら、せいせいすると思ってたのに。
なんでか、めっちゃ、つまんない……」
自分の本当の気持ちを、うっかり口にしちゃったとたん。
『もしかして。
あいつは、本当に死ぬんじゃ……』
そんな弱気な考えが、ふっと頭のすみをよぎった。
ノートをぎゅっと抱きしめて、私は自分をはげました。
「……大丈夫。
あいつは絶対に、死なない。
だって、まだ今日は……。
『誰も死なない一月』だもの。
だから、絶対、大丈夫……」
ーー寝室のドアが、バタンと開いて。
新人メイドのアンが、血相を変えてとびこんで来た。
「……お嬢様!
どうなさったんですか、この部屋は!?
まさか……。
ドロボーに入られたんじゃ……」
ノートをサッと背中にかくして、私はなんでもないように言った。
「なんでもないわ。
ただ、ちょっと……。
部屋の片づけしてただけ」
メイドのアンは、ほっとして言った。
「そうですか、お片づけを……。
なら、わたしもお手伝いします。
二人でやれば、すぐにきれいになりますからね」
アンが、手伝ってくれると。
ちらかっていた部屋は、みるみるうちに、きれいになった。
さっきまでの荒れようが、まるでウソだったみたいに……すっきりとした部屋を見て。
アンは、明るい笑顔で言った。
「お部屋の中がきれいになって、気分がさっぱりしましたね。
おつかれさまでした、お嬢さま。
いま、おやすみ前の紅茶を……。
……あら?
このカレンダー、日付が10日前のままだわ。
ちゃんと、今日の日付にしないと……」
メイドのアンはそう言って、カレンダーをビリビリやぶった。
私は、反射的にどなった。
「……なにすんの!!
人の気持ちも、知らないで……。
勝手に時間、進めないでよ!!!!」
メイドのアンは、涙目で謝った。
「ごめんなさい……。
お嬢さま、わたし……」
私は、アンに謝った。
「……ごめん。
今のは、やつ当たりだったわ。
最近、ちょっとイライラしてて……」
「いいんですよ、お嬢さま。
シェイド先輩……。
早く意識が戻ると、いいですね」
「…………」
私が、何も言えないでいると。
メイドのアンは、私の両手をギュッとにぎって、はげますように明るく言った。
「……大丈夫です。
先輩は、死にません。
きっとすぐに目が覚めて、元気な姿を見せてくれますよ。だって、今は……。
誰も死なない時期なんですから!」
私は壁にかかってる、カレンダーをじっと見つめた。
……2月28日。
今日で、誰も死なない一月が終わる。
今日が終わって、明日になったら……。
シェイドは、ほんとに死ぬかも知れない。
おかっぱ頭の小さなメイドは、ひどくやさしい顔で笑った。
「……さあ、お嬢さま。
そろそろベッドに入って、おやすみになってください。
今夜は、とても寒いですから。
わたし、紅茶を入れてきますね……」
窓の外では、まっしろな雪が……。
しんしんと、ただ静かに降ってた。