12. 湖氷地方案内
王子様の魔の目を逃れて、邪悪なドラゴンの封印をぶち壊すため。
私は汽車にとびのって、湖氷地方の入口にある、ちっちゃな駅に降り立った。
しかし、駅前の店は……。
どこもかしこも、シャッターがしまってて、人っこ一人、姿が見えない。
「……なんなんだ、この町は。
観光地なのに、さびれすきだろ。
つか、湖はどこにあるんだ……?」
そこで、私はとりあえず、立っている看板を、片っぱしからチェックした。
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アンおばさんの
とってもおいしいジンジャーブレッド
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ゴミは持ち帰りましょう
みずうみは、みんなの財産
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【禁猟のおしらせ】
ウサグルミは、天然記念物です!
食べると、犯罪になります!!
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どうでもよさげな看板を、次から次へと、スルーしてくと。
今にもくずれ落ちそうな、ボロっちい民家の壁に、いかにもあやしいポスターが、ベタベタはりつけられていた。
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めざめよ
XXのXXよ
ほろびの時は近づいている
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神のさばきは、わりとすぐ来る
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あきらめよ
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くいあらためても、もうおそい
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ーー終末の時は、来たれり
あやまちに満ちた世界は
大いなる水で洗われ、
もとの正しき姿へと帰る
地上から
人類の火が消えた、その時
封印された『あの方』が……
ふたたび、玉座にあらわれる
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「おーおー、だいぶイッちゃってんな……。
……って。
あった、地図!!
えーっと、みずうみ、湖は……」
地図を見て、私は思わず絶句した。
「…………。
トムワン湖。
トムツー湖。
トムスリー湖に、トムフォー湖。
トムファイブ湖に、トムシックス湖……。
…………」
ーーここで。
ロザリンド様、心の一句。
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なんてこと
ボスがいそうな湖が
トムなみに大発生
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「おいおい、嘘だろ……。
これ全部、行けってことかよ……」
私が、ガックリとしゃがむと。
誰かに、声をかけられた。
「……どうしたんだい、君?
ひょっとして、気分でも悪いのかい?」
ふり返って、見上げると。
いかにも人のよさそうな、コート姿のじいさんが、買いもの袋を持って立ってた。
「……あんた、誰?」
「私は、観光ガイドのトムだよ。
この春に、教師の仕事を定年でやめて、今は近くの町で、ガイドのボランティアをしてるよ。
そういう君は……?
失礼だけど、お嬢さん……。
このへんの人じゃないよね?」
突然、出てきたじいさんが、観光ガイドをやってると聞いて。
私は、態度を切りかえた。
「……私、観光客ですわ!!
素敵なリゾート地だって聞いて、この町に来たんですけど……。ガイドブックを家に忘れて、めっちゃ困ってるんですぅ……」
そう言って。
お目々を、ウルウルとさせると。
ガイドのトムは、はりきって観光案内を始めた。
「……それなら、私にまかせなさい!!
この湖氷地方の魅力は……。
なんといっても、豊かな自然!
緑の山と、青い湖!
そして、そこに咲きほこる……。
パステルカラーの、可憐な草花!
どこまでも、はてしなく続くスレートの石垣と。そのまわりで草をはむ、まっしろくて、モフモフの羊……。
春夏の湖氷地方の風景は、絵本の中の景色みたいに、メルヘンチックできれいなんだよ!!」
私は、テキトーに返した。
「へー。
そうなんだーー。
すごーい」
ガイドのトムはノリノリで、観光案内を続けた。
「残念ながら、冬には草も木も枯れて、さびしい景色になってしまうけど。
……でもっ!
文学系のスポットだったら、冬でもじっくり堪能できるよ!
ここ・湖氷地方は、文学の聖地だからね!
湖畔詩人のヲーズヲースに、ウサグルミのかわいい絵本!
あの伝説の詩人、ブラン・ダルジャンも、かつてこの地をおとずれて……」
私は、バッサリ断った。
「あっ、そういうのいいっす。
文学とか、マジ興味ないんで」
ガイドのトムは、しゅんとした。
「そっかぁ……」
「私が行ってみたいのは、でっかい湖なんですの。
近くにストーンサークルがあって、ドラゴンの伝説がある……」
ガイドのトムは、うなずいた。
「……ああ、なるほど!
お嬢さん、君は……。
トムフォー湖に行きたいんだね!
でも、あそこはちょっと遠いから、行くのは明日にした方がいいよ。
……お嬢さん、ホテルはどこだい?
もう、おそいから、よければ送っていってあげよう」
「とってない」
「……えっ?」
「ホテルの予約、忘れてましたわ。
すんませんけど、トムのおじさま。
このへんに、どっかいい宿ありません?」
トムは、こまった顔をした。
「うーん……。
今は、シーズンオフだから、ほとんどの宿がしまってると思うけど。
……あっ、でも!
超高級ホテルだったら、空きがあるかもしれないよ!!」
私はハーッと、ため息をついた。
「しゃあない、駅のホームで寝るか……」
「……ええっ!
そんなところで寝たら、風邪ひいちゃうよ!
それに、君みたいなきれいな女性が、駅のホームで寝るなんて……。
いくらなんでも、物騒すぎる!
泊まるところがないのなら、今日は私の家に
来なさい!
ベッドを貸してあげるから!!」
変態のオッサンみたいな、あやしすぎる誘い方だけど。
ガイドのトムの、キラキラとした目を見ると……。
どうやら、ただの親切のようだ。
私は年寄りの好意に、素直に甘えることにした。
「そんじゃ、すんませんけど。
今日1晩だけ、泊めてくれます?」
「もちろん、いいよ!
じゃあ、ちょっとここで待ってて。
妻に、電報うってくるから!」
ーー10分後。
私はトムと合流し、小さな馬車に乗りこんだ。
そして、パカパカ馬車に揺られて、湖をいくつもこえて……。
すっかり夜になるころに、トムの住んでるおうちに着いた。
次回の更新は、4/24(月)です。