12. ノノ
人生経験豊富な私は、箱入り息子のヘタレ野郎を、広い世界に連れ出してやった。
人生初の冒険に、ヘタレはワクワクしているようだ。
私は、期待にお応えしようと。
魔術師のクズ直伝の、下町ツアーをガイドしてやった。
ストリップ劇場に、裏カジノに、あやしい酒場。
地下格闘場に、芝居小屋。
どのスポットも、何回行っても面白かった。
ディープな下町ツアーのシメに、私はクズに教えてもらった、いい感じのバーに入った。
テーブルにつくと、ルシフェルはホッとした顔をした。
「よかった、この店はまともだ」
私はうんうん、うなずいた。
やっぱ、歩き回って椅子に座ると、なんだかホッとするわよね。
私はヘタレ野郎の殿下に、ツアーの感想を尋ねた。
ヘタレは店の内装に、目をやりながら、こう言った。
「ああ、最後の芝居は面白かったな。
あとは……うむ……、なんというか……。
お前なりに、おれを楽しませようとしてくれたことは、伝わったぞ」
悪魔は浮かない顔をしている。
やっぱり、ホストのオッサンの件が、まだ気になっているのだろう。
パリパリのカラメルが載った、めちゃうまプリンを食べてると。
カラカラと、店のベルが鳴り。
いかにも体育会系っぽい、黒スーツを着た男たちが、ゾロゾロ店にやってきた。
ルシフェルは男たちの顔を見ると、あわてて植木鉢の陰に隠れた。
「……まずい。警護の者たちだ」
私たちは素早く、テーブルの下にしゃがみ込んだ。
黒服のSPたちは、私たちのすぐ近くに腰かけると、ヒソヒソ声で話し始めた。
「やれやれ。殿下の迷子にも、困ったものだ」
「あれだけの警備の目を、どうやってくぐり抜けたんでしょう。やはり、町にいるというのはデマで、まだ城内にいるのでは?」
「……おい、新入り。
ルシフェル殿下の方向音痴を、あまり見くびらない方がいい。痛い目に遭っても、知らんぞ」
「何でもいいよ。
ただ無事でいてくれれば……。
殿下はああいう方だから、今ごろ悪い人間に騙されてないか、心配で心配で……」
ーーそのとき、ガチャンと音を立て。
ウェイトレスが、グラスを落とした。
ミニスカートの店員が、あわてて床にしゃがみこむと。店内の男たちの目が、一点に集まった。
私はニュッと、手を伸ばし。
テーブルの上に、お札を置いた。
それから、殿下に目配せすると。
そろり、そろりと床をはい、裏口から店を出た。
――――――――――――――
私たちは、ダッシュした。
ダッシュしてダッシュして、人気のない倉庫まで、なんとか無事に辿り着くと。
二人一緒に大笑いした。
「あいつら、超マヌケですわね。
あんなに近くに殿下がいたのに、まったく気づかないなんて……。
あいつら、もう全員まとめて、クビにした方がいいんじゃないですの」
「そう言うな。
あの者たちはいつも、おれのために働いてくれているのだ。
だが、今日のおれは、そんな者たちを振り回して……。うむ。おれは今、最高に悪いことをしている」
とか、なんとか言ってる割に、楽しそうな顔してんな、お前。
ーーだが、そのとき。
さっきのバーにいた男の声がした。
私たちは、大あわてして、倉庫の陰に隠れた。
ルシフェルのSPたちは、変てこな機械を取り出し、デカい声で通話を始めた。
「……こちら、サーバル。
殿下が凶悪な女に拉致されたという情報が入った。犯人から身代金の要求は、未だなし」
「……隊長!
殿下がいかがわしい店に入ったという、デマが拡散されました。
現場は混乱しています! 何がデマで、何が本当なのか、見当もつきません!!」
「狼狽えるな!!
……たった今、犯人の射殺許可が下りた。
発見次第、撃ってもかまわん。犯人への警告も、威嚇射撃も必要ない。
ただし、殿下には絶対に当てるなよ。
もし当てたら、お前一人の首では済まんぞ」
…………。
なんか知らないうちに、すごい大事になってる。
こりゃ、ちょっと長く連れ回しすぎちゃったかな。
そのとき。
後ろから、別の男の声がした。
「見つけたぞ!
そこの女、今すぐ殿下を解放しろ!
警告に従わないなら……」
ーーパン、と軽い音がして。
横から、弾が飛んできた。
私が避けた銃弾は、殿下の後ろ髪をかすめて、夜の闇に消えてった。
銃をぶっ放したSPは、仲間に檄を飛ばした。
「貴様、何をモタモタしている!!
早く犯人を射殺しろ!!
殿下の身に何かあったら、わが国の未来は終わりだぞ。……その危険な女を、今すぐに排除しろ!」
誰が、危険な女だよ。
おめーの方が、危ねーよ。
さっき殿下の毛髪が、何本かあの世に行ったぞ。
SPたちは、「なかまをよぶ」を使ったらしく。
ワラワラと群がってきた。
私は銃で撃たれないよう、皇太子を盾にして。
殿下の首に、腕を回した。
「……全員、銃を捨てて、止まりなさい!!
ちょっとでも動いたら、こいつの首がポキるわよ!!」
SPたちは、銃を捨て。
降参したように手を上げた。
けど、あきらめてはないらしく、意味深な目配せを交わし合っている。
……まずい。
このまんまだと……。
多分、つかまるか、殺られる。
殺られたら、当然、人生終わりだし。
もし、つかまれば。
誘拐犯あつかいされて、入学前に、処刑で死亡。
それだけは、死んでも、なんとか避けないと!
何か使えるものはないか、私は周囲を見回した。
……と、突然。
スプレー缶が飛んできて、モクモク、煙が広がった。
SPたちの、あわてた声が、煙の向こうから聞こえる。
「突然どうした? 敵襲か!?」
「煙幕だ! ……まずいぞ、殿下を見失うな!」
ポカンとしてる、私の肩を。
誰かが、後ろから叩いた。
あわててバッと、振り向くと。
白い煙の中に、薄情な従者が立ってた。
シェイドは、小声でヒソヒソ言った。
「……お二人とも、早くこちらに!」
私たち三人は、手を繋いで、ダッシュした。
白い煙の向こうから、赤毛の男と金髪の女が現れると、私たちをスルーして、煙の向こうに消えてった。
――――――――――――――
煙を抜けて、少し走ると。
シェイドは川岸のボートを指差した。
「……あれです。早く乗ってください」
私たち3人は、さっとボートに乗り込んだ。
シェイドは座席の下から、茶色のモフモフを取り出すと、片方を、そっと殿下に手渡し。
もう1個のモフモフを、私の顔面に叩きつけた。
「カツラです。
これで髪の色を隠してください。
それから、こちらのマントもどうぞ。
……少しは逃げやすくなるはずです」
私たち二人が、カツラとマントで変装すると、シェイドは運転席から言った。
「飛ばしますよ。前の手すりに、しっかり掴まってください」
船はうなりを上げて発進した。
「あんた……。
ボートの免許、持ってたの!?」
「今、ちょっと有効期限切れてますけど……。
操縦には問題ありません」
従者は落ち着いた仕草で、ハンドルを握り、複雑なペダル操作をこなしている。
……こいつ、走り屋やらせたら、うまそうだな。
私は片手でカツラを押さえながら言った。
「さっきの二人組は何よ? 服も私たちに似せてたみたいだけど」
「あなたと殿下の替え玉です。ついさっき、芝居小屋でスカウトしました」
「あんた、んなこと、やってたの!?」
「あなた役の俳優は、屈強な男性で、元ベテランの傭兵ですから……殺されることはないはずです」
「……ちょっと、あんた!!
私のこと、何だと思ってやがるのよ!」
従者は、主人の言葉を無視した。
「……橋です!
お二人とも、頭を下げてください!」
ボートは急加速して、猛スピードで橋の下をくぐり抜けた。
てめえ……。
今の、絶対わざとだろ。
あと、なんか後ろの座席で、悪魔が歓声を上げてて、すごくうるさいんだけど。
私はよっこらしょっと、立ち。
運転席の隣に座った。
「……私たち、これから一体、どうするの?」
「アベイ地区で船を乗り捨てて、宮殿に向かいます。
門に着いたら、あなたは門番に殴りかかってください。注意が逸れているスキに、おれが門の鍵を開けて、殿下を中までお連れします。
そうすれば、『やはり、本物の殿下は、城内で迷子になっていたんだ』ということに出来るはずです。
……多分」
「でも、それじゃ……」
「おれのことなら、大丈夫です。つかまるようなヘマはしません」
「誰もあんたの心配なんかしてないわよ。
……そうじゃなくて、私の方はどうなるの?」
「とりあえず、今日は留置場に1泊してください。
ほとぼりが冷めたら、保釈金を持って迎えに行きます。……公爵家が潰れてなければ」
「……でもっ!!
私は王子のフィアンセなのよ? 逮捕なんてされたら、婚約が白紙に……」
「何を今さら、呑気なことを言ってるんですか。
もう、死刑にならなきゃ、御の字ですよ。
大丈夫です。
どうせいつかは、こうなってましたから。旦那様もあきらめて、何も言いませんよ」
「……なんであんた、ちょっと嬉しそうなのよ!?
私は嫌よ、あんたが殴る役しなさいよ!!」
「おれはいいですけど。
鍵開け……出来るんですか?
目立たずに城に侵入して、人目に付かずに帰って来れますか?
言っておきますが、王宮への不法侵入は重罪ですよ。
もしバレたら、門番への暴行なんかとは比べものにならないくらい、重い刑くらいますからね」
私は、うぐぐと言葉に詰まった。
シェイドは容赦なく畳みかけた。
「分かったら、大人しく牢屋に入って、婚約破棄されてください。嫌なら、おれはここで降りますよ」
私は「あー!」と叫んで、頭を掻きむしった。
「分かったわよ!
やればいいんでしょ、やれば! !
ああ……。
これで私の夢も野望も、全部おしまいよ。婚約は破棄されて、犯罪者になって、入学も取り消し。
きっと一生独身で、修道院にぶち込まれたまま、一人さびしく死ぬんだわ……。
もし、そんなことになったら。
あんたのこと、墓の下から呪ってやるから!!」
「どうぞ。
まあ、そうなったら、花ぐらいお供えしますよ」
私たち二人が、真面目な相談をしてると。
後ろではしゃいでいた、皇太子が寄ってきた。
「さっきから、話を聞いておれば……。
貴様、なかなか使える奴ではないか。職がないなら、おれの下で召し抱えてやってもよいぞ」
「本当ですか、助かります。
今度、労働条件、書面でください」
アベイ地区に着くと。
私たちはボートを乗り捨て、歩いて王宮へ向かった。
門の前まで来ると。
私はうなり声を上げ、門番に殴りかかった。
門番は、恐怖の叫び声を上げながら、果敢に私に立ち向かった。
門の前が、ガラ空きになると。
皇太子様と従者は、スタコラサッサと、そちらに向かった。
従者は妙に慣れた手つきで、カチャカチャやると、扉の鍵をうまく外した。
カツラ頭のルシフェルが、振り向いて、手を振った。
二人が、扉の向こうに消えたのを見届けると。
私は勝利の雄叫びを上げた。
門番たちは地面に伏して、ピクピクと蠢いていた。
――――――――――――
カビ臭い、石造りの、陰気な牢屋で。
公爵令嬢の私は、くさい朝メシを食べてた。
ちくしょう。
この私を、こんな目に遭わせるなんて……。
あの極悪従者、迎えに来たら、ギッタンギッタンにしてやるぞ。
5杯目の、くさいメシを食べてると。
鉄格子がギイッと鳴って、極悪非道なチビ助が、のこのこ部屋にやってきた。
私は獲物に目をやると。
フンッと、鼻を鳴らしてやった。
「……あんた、転職するんじゃなかったの?」
従者は、いけしゃあしゃあと言う。
「条件面で折り合わなかったので、もう少しあなたのところで厄介になります。
……というわけで、これからも、よろしくお願いいたします」
そう言って、ペコリと頭を下げやがる。
私は右手のスプーンを、勢いよく投げつけた。
けれどやっぱり、避けられた。
キン、キン、キンと、音が牢屋にこだました。




