表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
119/131

9. ノノ


 美しき悪の女王の衣装をまとい、私は華麗に舞台にのぞんだ。


 劇は特にトラブルもなく、サクサクサクッと、無事に進んで。


 白雪姫の、葬式のシーンに入った。




 ナレーター役の詩人は、すきとおった美しい声で、台本を読み上げた。


「白雪姫のなきがらは、湖のそばに置かれた……透明なガラスの棺に、おさめられました。


 小人たちは、みんなで泣いて悲しむと、湖のほとりで、ささやかなお葬式をあげ……。


 湖の底に、棺を沈めようとしました」




 勇者の小人が、こう言った。


「……さあ。

 そろそろ、お別れの時間だ。


 白雪姫を、湖の底で……。

 静かに、眠らせてあげよう」




 すると。

 ポエマーの小人が、棺にひしっとしがみつき、葬式の邪魔をしだした。


「……いやだ!

 お別れなんて、したくない!」




 勇者の小人は、悲しげに言った。


「……。

 ポエマーのトム……。


 君の気持ちは、分かるけど。

 白雪姫は、死んだんだ。


 ぼくたちは、みんな……そのことを受け入れて、生きていかなくちゃいけない」




 ポエマーの小人は、棺にしがみついたまま、悲痛な声をはり上げた。


「白雪姫は、死んでない!

 棺の中で、生きているんだ!!」




 その他大勢の小人は、ポエマーの小人をいさめた。


「白雪姫が、生きてるだって!?

 君は、気でもふれたのか!?」


「そうだぞ、トム! しっかりするんだ!

 ほら、棺から離れて……」




「いやだ! ぜったい離れない!

 姫と、お別れするぐらいなら……。

 ぼくも一緒に、この湖の底に沈むよ!!」


 ポエマーの小人は、そう言って、しくしくと泣きだした。




 ーーと、そこに。


 王子様役のヘタレが、木馬に乗ってやって来た。


「……どうした、そこな小さき者よ。

 一体おまえは、なぜそんなにも……悲しそうに泣いておるのだ?」




 勇者の小人が、こう言った。


「王子様……。


 ポエマーのトムは、白雪姫が死んじゃったことを、まだ受け入れられないんです。


 トムは白雪姫のことが、大好きだったから……」




「なんと、痛ましい……。


 ならば、おれも花を一輪、そなえてやろう」


 王子様役のヘタレは、そう言って、ちょっとかがむと。花を一輪、手にとった。




「助かります!


 王子様が、お花をそなえてくだされば……。


 トムも気持ちがなぐさめられて、きっと元気になるでしょう!」


「…………」




 ーーさぁーて。

 そんな感じで、話がしんみりしてきたとこで。


 私が、華麗に舞台に登場!!


 シリアスモードを、ぶっ壊す。




「……そうはさせないわ!!」




 私はビシッとポーズを決めて、悪役らしいセリフをはいた。


「白雪姫の葬式に、王子が参加するなんて……。

 そんなの絶対、許せない!


 この世の、すべてのイケメンは!

 この、私こと……。


 悪いお妃様のもの!!




 つーわけで。


 まずは、そこの王子様から……。

 私の、下僕にしてやるわ!!」




 商人役のメガネ野郎が、せこすぎるケチをつけてきた。


「おまっ……。

 人の葬式ぶちこわすとか、どんだけ非常識やねん!!

 迷惑なのも、大概にせえや!!」




「うっせーんだよ、クソメガネ!!


 ゴチャゴチャゴチャゴチャ、ぬかすなら。

 まずは、おまえから……。


 コブシのサビにしてやんぞ!!」




 私は、大きくステップをふみ。

 メガネ野郎に、なぐりかかった。


 ーーと、そこに。


 従者のチビが、割り込んできた。




「シェイド、あんた……!

 魔法使いのくせに、なんで剣とか持っちゃってんのよ!!」


「……脚本の指示です!」




「毎度毎度、邪魔ばっか、してくれちゃって……。

いい機会だから、力の違いを思い知らせてあげるわ」


「……さて。

 それは、どうでしょうか?」




 チビ助は、剣をぶん投げて。


 私のドレスについたマントを、後ろに生えてる木に固定した。


「……しまった!」




 チビは、くるりとふり向いた。


「今です、勇者のトムさん!!」


「分かった、ぼくにまかせて!!」




 勇者の小人は、マントの中から……。


 さいほうセットを、取り出すと。


 ティアラについた風船を、針でつついてパーン! と割った。




「うっ……!

 や〜ら〜れ〜たぁ〜〜!!」


 私は、派手にバタッと倒れた。


 勇者の小人は、針を高くかかげて言った。

「お妃様を、倒したよ!!」




 私のみごとな、やられっぷりに……観客席がドッとわき。


 寄付金を集めてるカゴに、次から次へと、札束が入る。




 王子のキスで、ヒロインが目をさますと。

 ナレーター役の詩人は、おしばいのシメに入った。


「こうして、7人の小人は……。

 悪いお妃様を倒して、お姫さまの命をすくい。


 みんな一緒に……。




 …………」


 そこまで言うと。

 急に、詩人の声がつまった。




 「何かあったのか?」と思い、ナレーター席を見上げると。


 銀髪の詩人の目から……。

 涙がひとすじ、流れてた。




 吟遊詩人は涙をぬぐって、セリフの続きを読み上げた。


「7人の小人は、悪いお妃様を倒して、お姫さまの命をすくい。


 みんな一緒に……。

 家に、帰っていきました。


 ……めでたし、めでたし」





 ワーーッ!


 パチパチパチパチ!!




――――――――


 ーー舞台の幕が、閉まっても。


 吟遊詩人は、今もまだ……。

 静かに、涙を流してた。




『もしかして。

 死んじゃった元カノのことを、思い出しちゃったのかしら……』


 そう思った私は、詩人にやさしく話しかけてやる。


「どうしたの?

 目に、ゴミでも入った?」




「いえ、なんでもないんです。

 ただ……。


「ただ?」


「こんな幸せな日々が、ずっと続いてくれたらいいのに……。そう思っていたんです」


 私は、冷静に返した。

「たぶん、ずっとは続かないわね。

 せいぜいもって、2週間ってとこじゃないかしら」




 詩人は、さびしげに笑った。


「……そうでしょうね。


 輝かしい瞬間は、いつも気がついた時には……指の間をすり抜けて、波のむこうへ消え去ってしまう……。


 どうか時間を戻してほしいと、どんなに人が願っても。


 その願いが、かなったことは……。

 残念ながら、ありません。




 ……。

 きっと、いま……。

 こうして、みなさんと一緒に、笑い合っている時間も……。


 まばたきをするような、ほんの短い季節のうちに、色あせて……。


 そうと気がついた時には、永久に失った……過去になっているのでしょうね」




 そう言って。

 エルフみたいな吟遊詩人は、とても、はかなげに笑った。




 悪役令嬢の私は、めっちゃ真面目にツッコんだ。


「オルフェウス、あんた……。

 暗いわよ。


 そのネガティブ思考、いい加減に直しなさいよ。聞いてるだけで、うざいんだけど。




 ……ほら。

 これで、涙ふきなさい。


 せっかくのきれいな顔が、ブサイクになったら嫌でしょ?」




「……ありがとうございます。

 あなたは、とても美しい人ですね」


「そうよ、今さら気づいたの?

 私って、『見た目は、世界一の美女』って……リアルじゃ評判なんだけど?」



 吟遊詩人は、真顔で言った。

「外見ではなく、心がです」




 私は、頭をポリポリかくと。

 小悪魔っぽく、笑って言った。


「それって……。

 私が、ブサイクって意味?」





 吟遊詩人は、あわてて言った。


「……ええっ!?


 いえ、今のは言葉のあやで……。

 けっして、そんなつもりでは……」




 ーーと、ここで。


 観客席から、「アンコール!!」の大歓声が、まき起こる。




 あわてふためく詩人の背中を、私はバシッと軽くたたいて。


 失言を、スルーしてやる。


「まあいいわ。

 今のは、言葉のアラだったって……。

 そういうことに、しといてあげる。




 だから、ほら。

 オルフェウス……あんたも笑って!


 アンコールには、やっぱり笑顔でこたえなきゃ!!」



「……はい!」




 ーーこうして、S組の舞台は、大成功で幕を閉じ。


 集まった寄付金で、孤児院の建物は……。

 ピッカピッカに、建て直された。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ