9. ノノ
美しき悪の女王の衣装をまとい、私は華麗に舞台にのぞんだ。
劇は特にトラブルもなく、サクサクサクッと、無事に進んで。
白雪姫の、葬式のシーンに入った。
ナレーター役の詩人は、すきとおった美しい声で、台本を読み上げた。
「白雪姫のなきがらは、湖のそばに置かれた……透明なガラスの棺に、おさめられました。
小人たちは、みんなで泣いて悲しむと、湖のほとりで、ささやかなお葬式をあげ……。
湖の底に、棺を沈めようとしました」
勇者の小人が、こう言った。
「……さあ。
そろそろ、お別れの時間だ。
白雪姫を、湖の底で……。
静かに、眠らせてあげよう」
すると。
ポエマーの小人が、棺にひしっとしがみつき、葬式の邪魔をしだした。
「……いやだ!
お別れなんて、したくない!」
勇者の小人は、悲しげに言った。
「……。
ポエマーのトム……。
君の気持ちは、分かるけど。
白雪姫は、死んだんだ。
ぼくたちは、みんな……そのことを受け入れて、生きていかなくちゃいけない」
ポエマーの小人は、棺にしがみついたまま、悲痛な声をはり上げた。
「白雪姫は、死んでない!
棺の中で、生きているんだ!!」
その他大勢の小人は、ポエマーの小人をいさめた。
「白雪姫が、生きてるだって!?
君は、気でもふれたのか!?」
「そうだぞ、トム! しっかりするんだ!
ほら、棺から離れて……」
「いやだ! ぜったい離れない!
姫と、お別れするぐらいなら……。
ぼくも一緒に、この湖の底に沈むよ!!」
ポエマーの小人は、そう言って、しくしくと泣きだした。
ーーと、そこに。
王子様役のヘタレが、木馬に乗ってやって来た。
「……どうした、そこな小さき者よ。
一体おまえは、なぜそんなにも……悲しそうに泣いておるのだ?」
勇者の小人が、こう言った。
「王子様……。
ポエマーのトムは、白雪姫が死んじゃったことを、まだ受け入れられないんです。
トムは白雪姫のことが、大好きだったから……」
「なんと、痛ましい……。
ならば、おれも花を一輪、そなえてやろう」
王子様役のヘタレは、そう言って、ちょっとかがむと。花を一輪、手にとった。
「助かります!
王子様が、お花をそなえてくだされば……。
トムも気持ちがなぐさめられて、きっと元気になるでしょう!」
「…………」
ーーさぁーて。
そんな感じで、話がしんみりしてきたとこで。
私が、華麗に舞台に登場!!
シリアスモードを、ぶっ壊す。
「……そうはさせないわ!!」
私はビシッとポーズを決めて、悪役らしいセリフをはいた。
「白雪姫の葬式に、王子が参加するなんて……。
そんなの絶対、許せない!
この世の、すべてのイケメンは!
この、私こと……。
悪いお妃様のもの!!
つーわけで。
まずは、そこの王子様から……。
私の、下僕にしてやるわ!!」
商人役のメガネ野郎が、せこすぎるケチをつけてきた。
「おまっ……。
人の葬式ぶちこわすとか、どんだけ非常識やねん!!
迷惑なのも、大概にせえや!!」
「うっせーんだよ、クソメガネ!!
ゴチャゴチャゴチャゴチャ、ぬかすなら。
まずは、おまえから……。
コブシのサビにしてやんぞ!!」
私は、大きくステップをふみ。
メガネ野郎に、なぐりかかった。
ーーと、そこに。
従者のチビが、割り込んできた。
「シェイド、あんた……!
魔法使いのくせに、なんで剣とか持っちゃってんのよ!!」
「……脚本の指示です!」
「毎度毎度、邪魔ばっか、してくれちゃって……。
いい機会だから、力の違いを思い知らせてあげるわ」
「……さて。
それは、どうでしょうか?」
チビ助は、剣をぶん投げて。
私のドレスについたマントを、後ろに生えてる木に固定した。
「……しまった!」
チビは、くるりとふり向いた。
「今です、勇者のトムさん!!」
「分かった、ぼくにまかせて!!」
勇者の小人は、マントの中から……。
さいほうセットを、取り出すと。
ティアラについた風船を、針でつついてパーン! と割った。
「うっ……!
や〜ら〜れ〜たぁ〜〜!!」
私は、派手にバタッと倒れた。
勇者の小人は、針を高くかかげて言った。
「お妃様を、倒したよ!!」
私のみごとな、やられっぷりに……観客席がドッとわき。
寄付金を集めてるカゴに、次から次へと、札束が入る。
王子のキスで、ヒロインが目をさますと。
ナレーター役の詩人は、おしばいのシメに入った。
「こうして、7人の小人は……。
悪いお妃様を倒して、お姫さまの命をすくい。
みんな一緒に……。
…………」
そこまで言うと。
急に、詩人の声がつまった。
「何かあったのか?」と思い、ナレーター席を見上げると。
銀髪の詩人の目から……。
涙がひとすじ、流れてた。
吟遊詩人は涙をぬぐって、セリフの続きを読み上げた。
「7人の小人は、悪いお妃様を倒して、お姫さまの命をすくい。
みんな一緒に……。
家に、帰っていきました。
……めでたし、めでたし」
ワーーッ!
パチパチパチパチ!!
――――――――
ーー舞台の幕が、閉まっても。
吟遊詩人は、今もまだ……。
静かに、涙を流してた。
『もしかして。
死んじゃった元カノのことを、思い出しちゃったのかしら……』
そう思った私は、詩人にやさしく話しかけてやる。
「どうしたの?
目に、ゴミでも入った?」
「いえ、なんでもないんです。
ただ……。
「ただ?」
「こんな幸せな日々が、ずっと続いてくれたらいいのに……。そう思っていたんです」
私は、冷静に返した。
「たぶん、ずっとは続かないわね。
せいぜいもって、2週間ってとこじゃないかしら」
詩人は、さびしげに笑った。
「……そうでしょうね。
輝かしい瞬間は、いつも気がついた時には……指の間をすり抜けて、波のむこうへ消え去ってしまう……。
どうか時間を戻してほしいと、どんなに人が願っても。
その願いが、かなったことは……。
残念ながら、ありません。
……。
きっと、いま……。
こうして、みなさんと一緒に、笑い合っている時間も……。
まばたきをするような、ほんの短い季節のうちに、色あせて……。
そうと気がついた時には、永久に失った……過去になっているのでしょうね」
そう言って。
エルフみたいな吟遊詩人は、とても、はかなげに笑った。
悪役令嬢の私は、めっちゃ真面目にツッコんだ。
「オルフェウス、あんた……。
暗いわよ。
そのネガティブ思考、いい加減に直しなさいよ。聞いてるだけで、うざいんだけど。
……ほら。
これで、涙ふきなさい。
せっかくのきれいな顔が、ブサイクになったら嫌でしょ?」
「……ありがとうございます。
あなたは、とても美しい人ですね」
「そうよ、今さら気づいたの?
私って、『見た目は、世界一の美女』って……リアルじゃ評判なんだけど?」
吟遊詩人は、真顔で言った。
「外見ではなく、心がです」
私は、頭をポリポリかくと。
小悪魔っぽく、笑って言った。
「それって……。
私が、ブサイクって意味?」
吟遊詩人は、あわてて言った。
「……ええっ!?
いえ、今のは言葉のあやで……。
けっして、そんなつもりでは……」
ーーと、ここで。
観客席から、「アンコール!!」の大歓声が、まき起こる。
あわてふためく詩人の背中を、私はバシッと軽くたたいて。
失言を、スルーしてやる。
「まあいいわ。
今のは、言葉のアラだったって……。
そういうことに、しといてあげる。
だから、ほら。
オルフェウス……あんたも笑って!
アンコールには、やっぱり笑顔でこたえなきゃ!!」
「……はい!」
ーーこうして、S組の舞台は、大成功で幕を閉じ。
集まった寄付金で、孤児院の建物は……。
ピッカピッカに、建て直された。