5. ロイヤルスクール・ミュージカル
母親の死を乗りこえて、すっかり元気になった従者は。
主人の顔をひとめ見るなり、いきなり、説教し始めた。
やさしいご主人様な、私は……。
うっかり仏心を出して、こいつを元気にしてやったことを、モーレツに後悔していた。
……あ〜あ。
余計なこと、すんじゃなかった。
ほっとけば、今ごろチビは落ちこんで、めちゃくちゃ静かだったのに……。
私って、なんて、けなげでいい人なのかしら。
空気の読めないチビ助は、人の気持ちも知らないで……。クドクドクドクドクドクドと、しつこく説教をかますと。
ゴホンと、せきばらいをして。
怒ってるんだか、照れてるんだか分からない、ヘンテコな表情をした。
「……。
まあ、その……。
今回のことでは、あなたにも迷惑をかけてしまいましたし。
おわびと言っては、なんですが……。
どうぞ」
そう言うと。
チビはふせんがベタベタ付いた、なんだか妙にぶ厚いノートを、私に向かって、差し出した。
「……なにこれ?
あんたの日記帳?」
「進級テストのために作った、対策用のノートです。
このノートをくり返し読んで、次こそ、赤点の回避を……」
「いらない。
どうせ読まないし」
「そうおっしゃらず。
どうぞ、お納めください」
いらないと言っているのに……。
チビは手作りのノートを、しつこく渡そうとしてくる。
あんまり、チビがしつっこいので、私はノートを廊下にポイした。
ノートをぶん投げられた従者は、なぜか、プンプン切れだした。
「なんてことをするんです!!
せっかく、人が一生懸命、徹夜して作ったノートを……」
「一生けんめー作ろうが、いらないものは、ほしくない。
私に喜んでほしけりゃ、肉とか酒とか、よこしなさいよ。
あんたって、ほんと気が利かないわね」
「……お言葉ですが、お嬢様。
今のお嬢様にとっては、この対策ノートが、もっとも必要なのではないかと……。
そう思って、用意した次第なのですが……」
「心配しなくても、平気よ。
私って、やれば出来る子だから。
テスト勉強なんて、直前にちょちょいとやれば、楽勝だもの」
「そういうことを、言っているから……。
学年で5位なんて、無様な点を取るんです!」
「……はぁ?
5位つったら、立派でしょうが」
「上からだったら、そうですね……!!
でも、お嬢様の場合は……下から、学年5位ですよ!!」
「……ったく、いちいち細かい奴ね。
上から5位でも、下から5位でも、大した違いないじゃない」
「全然、まったく、違います!!
とにかく、次のテストこそ……赤点を回避してもらいますからね!
まず、今週の土日は、数学のやり直しから……」
頭がめっちゃいい私は、廊下を爆裂ダッシュして、うざい従者をふりはらい。
トイレに、かけ込もうとした。
……と。
廊下の角を曲がったところで、ヘタレとばったり出くわした。
「……おお、ロザリンド!
ちょうどよいところに来てくれた!
実は、おれは今朝から、ずっと……。
おまえを探しておったのだ。
ロザリンド、おまえ……。
舞台に、出てみるつもりはないか?」
「……はぁ?
なんで、私が?」
ヘタレな皇太子殿下は、ニコニコと愛想よく、わけを説明し始めた。
「うむ、実は……。
おれが訪問している、ある孤児院が経営難でな。
孤児院を立て直すために、多額の寄付が必要なのだ。
そこで、チャリティー芝居を開いて、その売上を寄付しようと思うのだが……。
……ロザリンド。
おまえも、芝居に出てはくれぬか?」
私は、クールに断った。
「私、パス。
ボランティアとか、超だるい」
「そう言わず!
おまえは、美人で華があるから……。
おまえが参加してくれれば、きっと多くの観客が、集まるはずだと思うのだ。
いそがしいところ、すまぬが、どうか……。
協力しては、もらえぬか?」
「おだてられても、やなものは嫌。
ボランティアとか、マジ・超だるい」
そっけなく、そう言うと。
赤毛の皇太子殿下は、ダンボールに捨てられた、子犬みたいな目をして言った。
「来月までに、100万ゴールド集めなければ、孤児院がなくなってしまう……。
両親をうしなった気の毒な幼子たちが、帰る家をもうしなって、この寒空の下に、追い出されるとは……。
そのような、むごいこと……。
とても、おれには耐えられぬ……!!」
「分かったわよ!
……ったく!
協力すれば、いいんでしょ!!」
ヘタレは私の手をとって、満開の笑顔を見せた。
「ありがとう、ロザリンド!
やはり、おまえはやさしいな!」
「はぁ〜〜……」
私が、ため息ついてると。
クラスメイトのトムが、ヘタレの肩をたたいて言った。
「……でーんかっ!
話は、聞かせてもらいましたよ。
水くさいじゃないですか。
おれたちにも、協力させてくださいよ!」
「いっそ、その舞台……。
クラスみんなで、やりましょう!
そうすれば、100万ゴールドなんて、きっとすぐに集まりますよ!」
「そうですよ!
みんなで力を合わせれば、できないことはないですよ!」
喜怒哀楽のはげしいヘタレは、感激で目をうるませた。
「おお……!
ありがとう!
トム、トム……それに、トム!」
目の前でくり広げられる、テンプレ的な青春ドラマに。
私は、「はぁ〜っ……」と、ため息をついた。