2. ノノ
クソ真面目なカタブツ従者は、「病院に行く」といいわけをして……夜まで帰って来なかった。
ーーそして迎えた、次の日の朝。
私の部屋に、朝食をもってきたのは……。
いつものウザいチビ助じゃなくて、新人メイドのアンだった。
黒髪をおかっぱにした、12ぐらいのちっちゃいメイドは、緊張でガチガチになって言う。
「……おはようございます、お嬢さま!
きょっ、今日は……。
シェイド先輩のかわりに、わたしが……。
お嬢様に、おつかえしましゅ!!」
「……なに、あいつ。
まだ、帰ってきてないの?
召使いの分際で、仕事サボって朝帰りとは……。
いい根性してるじゃないの」
メイドのアンは、新人らしく、たどたどしく言う。
「えっと……。
先輩は、お葬式に出るので、今日は……。
……じゃなかった。
明日まで、おやすみなんです」
つーことは、女じゃなくて。
マジで、病院だったのか……。
今年の冬って、めっちゃ寒いし。
親戚のじいさんとかが、寒さに負けて、ポックリいっちゃった感じか?
メイドのアンは、ため息をついた。
「お葬式だから、仕方ないですけど……。
先輩がいないと、やっぱり、色々大変ですよ。
シェイド先輩は、上級使用人の中でも、特別な存在ですから……」
「……特別な存在ぃ?
あの、ヘッポコな従者が!?」
「ヘッポコなんかじゃないですよ!!
先輩は、すごくお仕事ができるし。
無愛想でこわいけど、ほんとはすごく優しい人で……。
私がちょっとドジしても、いつもフォローしてくれるんです!!」
「アン、もしかして、あんた……。
あいつのことが好きなの?
だったらYou、つき合っちゃいなさいよ!
身長的にも、つり合ってるし(笑)」
「えぇっ!?
そんなんじゃないですよ!!
先輩はかっこいいけど、恋愛に興味なさそうですし……。
それに、実は、わたし……」
そう言うと、アンはモジモジしはじめた。
……なんだ。
他に好きな男がいるのか。
……ちっ。
あいつに女を作らせて、遊びまくる作戦はパーか。
メイドのアンはうつむきながら、恥ずかしそうに、こう言った。
「わたし……。
今は、したっぱメイドですけど。
いっしょうけんめいお仕事をして、スキルをつけて、将来は……。
レディーズ・メイドになりたいんです。
だから、今は恋愛をするより、お仕事をがんばらないと」
「……へえ。
あんたって、意外と意識高いのね。
死ぬほどドジで、使えないのに」
「がーん!!
……ひどいです、お嬢様!」
「あはは!
ごめん、ごめん。
そんじゃ、あいつが帰ってくるまで……あんたが紅茶いれる係ね。
あんた以外のメイド、私を見ると、さけぶから」
メイドのアンは、はりきった。
「……えっ!
わたしが、お嬢さまの紅茶を……?
せっ、責任重大ですが……。
光栄です! がんばりまひゅ!!」
たよりないメイドの肩を、私はポンと、やさしくたたき。肩の力を、抜いてやる。
「……まっ、気楽にやればいいわよ。
どうせ、味には期待してないし」
「がーん!!」
アンがアタフタしながらいれた、まずい紅茶をすすっていると。
門のところに馬車がつき、チビの従者が降りてきた。
私はまずい紅茶を置いて、玄関に走っていった。
ーーーーーーーー
ーー雨の中。
黒い喪服をまとって、ぬれて帰ってきたチビを、私はやさしく出むかえてやる。
「……なに、あんた。
もう帰ってきちゃったの?
せっかくだから、そのまま帰って来なけりゃいいのに」
従者はニコリともせずに、無言で、黒いカサをたたんだ。
私は家来のシカトにもめげず、明るく話を続けてやった。
「でも、まあ、よかったじゃないの。
死んだのが、ジジババで。
親戚のジジババなんて、いつくたばっても、おかしくないし。
あんたも、べつに悲しくないでしょ?
だって……。
『いつ、死んでもおかしくない』って、覚悟はできてたはずだもの」
ーー雨にぬれて、しめった。
従者の、前髪の先から。
しずくが一滴、ポトリと落ちて。
大理石の玄関ホールに、黒い点々を作った。
それでも、チビは。
モップを持ってくることも、せず。
ただ、ぼーっと、突っ立っていた。
「…………」
私は、ちょっと変だと思った。
「……あれ?
もしかして違った?
ひょっとして、子供が事故で死んだとか?」
「……いえ。
大体において、あなたのおっしゃる通りです」
「なーんだ、よかった!
やっぱり、死んだのジジババなのね。
まあ、寿命で死んだなら、それもまた運命ってかさ……」
「……すみません、お嬢様。
少し、気づかれをしたので……。
失礼させていただきます」
「……?
分かった、おやすみ〜〜」
去ってくチビの背中を見ながら、私はちょっと首をかしげた。
「……?
なんだか今日は、いつにもまして暗いわね。
でも、ま。
親戚が死んだだけだし、そのうち元に戻るでしょ」
ーーしかし、私の予想に反して。
従者の様子は……なかなか、元に戻らなかった。