11. ノノ
俺様だったはずの悪魔が、ヘタレだったと判明し。
私はマジで、ガックリときた。
しかし、元ヤンの私は、けしてめげない、あきらめない。
なんとしてでもヘタレ野郎を、ヒロインとくっつけてやる。
お昼休みのヒロインに、私は悪魔をけしかけた。
しかし、ヘタレは動かない。
やむを得ず。
私はヘタレの腕を引き、ヒロインの後を追いかけた。
ーーーーーーー
歩いても、歩いても。
悪魔はモジモジするだけだった。
いい年こいた大の男が、女の子の後つけ回すとか……。
これじゃ単なるストーカーじゃねえか。
根性なしのヘタレ野郎は、完全に声をかける気をなくしたらしく、観光客気取りで、呑気に町並みを眺めている。
……ったく、やってらんねえぜ。
あー、牛丼食ってビールが飲みてー。
ーーそうこうしているうちに。
私たち二人は、噴水のある広場に出た。
人が多く、賑やかで、小さな屋台がいくつも出ている。
ルシフェルは私をつっつき、キラキラと目を輝かせて、アイスの屋台を指差した。
「あれはなんだ、ロザリンド」
「ああ~~、あれは……。伸びるアイスですわ。
別にアイスが伸びたからって、何の役にも立たないんですが。気になるなら、買ってきてもいいですわよ」
「しかし、時間が……。
そろそろ、城に帰らぬと……」
そう言いつつも、目は屋台に釘付けになっている。
私は苛立ちを必死にこらえ、無理やり笑顔を作った。
「いいから、買ってらっしゃいな。
今日はナンパは無理そうですし、私はどうでもいいですわ」
ルシフェルはパッと顔を輝かせると、なぜかツンデレみたいなセリフを吐いた。
「そっ……、そうか?
まあ、お前がそこまで言うなら、仕方ないな。ついでだから、お前の分も買ってきてやろう」
誰もそこまで言ってねえよ。
いいから、とっとと買って来い。
列に並びだした悪魔に、私は呆れた目を向けた。
あいつ、悪魔のくせに……。
アイスなんかで子犬みたいに喜んでら。
年いくつだよ。バッカじゃねーの。
思わず、ため息をつくと。
突然、誰かに肩を掴まれた。
ハッとして、振り向くと。
そこにいたのは、休暇を取らせたはずの従者だった。
シェイドはヒソヒソ声で言った。
「あなたは一体、何をなさってるんですか!
よりにもよって、あの軍事大国の皇族を誘拐するなんて……。これは国際問題……下手すると、戦争になりますよ。
もし殿下の身に何かあったら、公爵家は取り潰し、一族みんな死刑です。
分かったら、今すぐ殿下を、元のところに返してきなさい!!」
「……るっさいわね!
私だって、出来るんだったら、そうしたいわよ!!
だけどあいつ、方向音痴なのよ。
そんなのを、その辺にポイッと捨てて来るわけにいかないでしょうが!!!!」
「誰がそんなことしろって言いましたか!! おれは……」
「――何をしておる、そこな子供」
両手にアイスを持った悪魔は、こちらを不審そうに見ている。
私とシェイドは口を閉じ、思わず顔を見合わせた。
ルシフェルは、親戚の兄ちゃんみたいに、気安く言った。
「なんだお前たち、知り合いか?
……仕方ない。
もう一つ買ってくるとしよう」
そこまで言うと。
ルシフェルは従者の顔を、ジロジロと見始めた。
「そういえばこの子供、どこかで見たような顔をしておるな……。
おれは普段、山のような人間に会っておるから、少々記憶が……。だが確か、この子供とは比較的最近……。というか多分、つい昨日……」
ちびっこい従者は、あわてた様子でまくし立てた。
「いえ。
おれはあなたとは初対面ですし、この人とは、縁もゆかりもない赤の他人です。
今ちょうど、職場が潰れて……転職活動に忙しいので、これで失礼いたします」
そう言うと、従者はそそくさ、去ってった。
……ちくしょう。
あいつ、一人だけ逃げやがって。
今度会ったら、覚えてやがれよ。
―――――――――――――
それから、私たち二人は、ヒロインをストーキングしながら町を回った。
ヘタレは好きな女を、遠くからただ見つめるだけで、サクラの休憩はあっけなく終了した。
ヘタレは何もしてないくせに、なぜかやり遂げたみたいな顔で頷いた。
「……うむ、満足したぞ。では、おれはそろそろ、城に戻ることにする」
それから、悪魔は少し照れたような顔をした。
「ふだんは付き人が傍に控えておるし、このように自由に外を歩くのは初めてだ。
まるで、普通の人間になったようで……。
今日は本当に楽しかった。
ありがとう、ロザリンド」
そう言って。
子供みたいに、にっこり笑った。
人の気も知らないで……。
皇太子はヘラヘラと、気の抜けた顔で笑ってる。
……ったく。
ほんと、しょうがないわね。
帰ろうとする悪魔の肩を、私はガシッと、つかんでやった。
「待ちなさい。誰が返してあげるって言ったの?
まだデートは終わってないわよ」
「いや、しかし……。
おれが帰らぬと、城の皆に迷惑が……」
「迷惑の一つ二つも、かけられないようじゃ。
まともな大人になれやしないわよ。
あんた、皇太子なんでしょ?
だったら、もっと外の世界を見なくちゃ。
城に引きこもって家来に守られてて、ボンクラ君主になっても知らないわよ」
ルシフェルは驚いたように、目を見はった。
「ロザリンド……」
そして、私たちの間に、沈黙が訪れた。
サアッ、と一筋の風が吹き、ルシフェルの赤い髪が、舞うように揺れた。
……ふっふっふ。
この私のやさしさに、こいつも心を打たれたに違いない。
しかし、ルシフェルは表情をきつくすると、出来の悪い子供を、叱るみたいな口調で言った。
「お前、先程から……少々態度が大きいぞ。
仮にも上司に対して、口の利き方がなっていないのではないか」
私は仕方なく下手に出た。
「も、申し訳ございません、ルシフェル様……。
大事な仲間がケガをして、つい取り乱してしまいましたの……」
ルシフェルは、あっさり許した。
「そうか。ならば仕方ないな。
これから気をつければ、それでよい」
「……それで?
お城に帰りますか、もう少し町を見て回りますか? どちらになさるんですの、ルシフェル様?」
「部下のお前が、そこまで言うなら、いたし方あるまい。もう少しだけ、つき合ってやっても構わぬぞ」
偉そうに、ふんぞり返ってやがるけど。
パタパタ振ってるそのシッポ、まったく隠せてないからな。
私は悪魔の手を取ると、令嬢らしく可憐に微笑んだ。
「そうと決まったら、思いっ切り楽しみましょう。
まずは、ストリップ劇場からですわね」
「スト……? なんだそれは、庶民向けの流行芝居か?」
「いいから、いいから。
着いてみてからのお楽しみですわ」
私は悪魔の手をとると。
昼下がりの下町に、ノリノリでくり出した。




