43. エピローグ ~~バラの舞踏会~~
……そんなこんなで、色々あって。
ヘタレとダチは、公認のカップルになった。
私はダチのためにした、親切のツケを払わされ。
賠償金に罰金に、弁護士費用にワイロにと。
金をムシャムシャむしられて、お財布が超ピンチになった。
「友達のために、やったことだし……。
やさしいパパに泣きつけば、きっと何とかしてくれる!」
なんて、期待をしてたのが……今から思えば、ゲロ甘すぎた。
親バカなはずの、チビデブハゲは。
ニコニコ笑って、こう言った。
「パパはお前が大好きだから、利子はとらないであげるよ。何年かかってもいいから、キッチリ全額、返してね」
冷酷な父の、裏切りによって。
公爵令嬢の私は、その日の酒とつまみにも、ことかく日々を強いられた。
頼りにならない親父と違って、ちゃんと頼りになるダチは。
ヘタレと二人で校門に立って、モブたちに寄付を呼びかけた。
ヘタレとダチの、集めた寄付に。
王子様からの、カンパに。
名前も知らない誰かから……札束の差し入れもあって。
私の巨大な借金は、ほとんど消えてなくなった。
ーーそんな感じで、時は過ぎ。
秋が来て去り、冬になり。
暖炉には火がくべられて、空から雪の結晶が、フワリ、フワリと舞い降りて……。
誰もが待ちに待っていた、クリスマス・イブがやって来た。
ーーーーーーー
ーー今宵は、バラの舞踏会。
豪華絢爛なホールは、シャンデリアの灯に照らされて、まばゆい程の輝きに満ち。
バラのツリーの木立の中に、めいめい好きな色のドレスを、身にまとった令嬢たちが、にぎやかにひしめく様は。
色とりどりの花が咲く、5月の庭にそっくりで……。
季節感を、ガン無視している。
おしゃべりの輪が、あちこちにでき。
いかにも出来立てホヤホヤな、即席3分カップルが、ベタベタと腕を組んでいる中。
私は二階の特等席に、ぽつんと、一人で腰かけて。
階段の上のドアが開くのを、今か今かと待っていた。
ーー突然、辺りが静かになって。
トランペットが、高らかに鳴ると。
おしゃべりしていたモブたちが、一斉に同じ方を向く。
貫禄のある、じいさんは。
モブたちの視線を受けて、「エヘン」と1回、咳払いすると。
ヒロインの名を、高らかに告げた。
「……レディ・サクラ!!
サンドリヨン伯爵令嬢、
サクラ・ミヤモト・サンドリヨン!!」
モブたち一同の視線が、階段の上に集まって……。
大きな扉の向こうから、今夜の主役が現れた。
ーー平民の聖女から、令嬢になったヒロインは。
つややかな黒髪を、ハーフアップで清楚にまとめ。
宝石のついたティアラのかわりに、可憐なバラをあしらって……。
ふんわりとしたピンクの生地の、お姫様っぽいドレスを着てる。
ドレスの見事なデザインに、私は思わず、息をのむ。
オフショルダーの、上品な襟は。
まるでバレリーナのように、華奢なサクラの上半身を、美しく引き立てていて。
ふんわり、ふわふわと広がる、淡いピンクのスカートは……絵本のお姫様みたいに、ロマンチックで可愛くて。
……ぶっちゃけて、一言で言うと。
ものすごく、よく似合ってる。
原作ゲームのヒロインは、集まったモブたちの顔を、ゆっくりと見渡すと。
にっこり優雅にほほえんで、お姫様っぽく、お辞儀した。
広間のあちらこちらから、「ほぅ……っ」と熱い、ため息がもれる。
タキシード姿のトムも、ドレス姿のアンたちも。
サクラのあまりの可愛さに、すっかり魅了されているようだ。
大帝国の未来の妃は、堂々と、背筋を伸ばし。
ゆるやかにカーブした、ゴージャスな階段を……。
一歩一歩、ふみしめるように、ゆっくりゆっくり、下りていく。
最後の1段が、終わって。
1階のダンスフロアに、ヒロインが降り立つと。
タキシードを着たイケメンが、彼女が来るのを待っていた。
ルシフェル・カルロス・以下略は。
すらりとした長身に、白いタキシードをまとい。
炎のように鮮やかな、赤毛をビシッとセットしてーー。
胸元に、白いバラを挿してる。
タキシード姿のヘタレは、ヘタレでヘッポコな普段と、別人みたいに凛々しくて……。
頭がよくて、勇敢で、立派な皇太子に見える。
赤髪のプリンスは。
胸元のバラを手に取って、ヒロインに差し出した。
黒髪のヒロインは。
一輪の白バラを、大切そうに受け取って……。
かんざしみたいに、頭に挿すと。
いとしい男の、手を取った。
空気を読んだモブたちが、サッと、壁際に下がって。
指揮者がサッと、タクトを振った。
オーケストラの演奏が、ゆるやかに広がって……。
幸せ一杯な二人の、おひろめワルツが始まった。
二人がくるりと、ターンをすると。
サクラのドレスのスカートが、ふわっと、大きく広がって……。
つぼみがパッと、開くみたいだ。
あっという間に、一曲が終わり。
舞踏会の会場は、拍手の音で、いっぱいになる。
ヘタレは愛嬌たっぷりに、観客たちに手を振った。
ヒロインは手を振りながら、誰かを探してるみたいに、観客の顔を見ていって……。
私と、目が合った瞬間。
めちゃくちゃ可愛い笑顔を見せた。
サクラがヘタレを突っついて、なんかコショコショ、ささやくと。
ヘタレも、私の方を見た。
二人は目と目で、語り合い。
手をつないでバンザイすると……。
私に向かって、お辞儀した。
私はピューッと、口笛を吹き。
「……いよっ! 熱いね、お二人さん!!」
と、二人を軽ーく、からかってやる。
モブたちは顔をしかめたが、二人は照れくさそうに笑った。
盛大な拍手がやんで。
観客たちが、ソワソワし出すと。
沈黙していたオーケストラが、ワルツを演奏し始めた。
観客だったモブたちが、一組、そして、また一組と、次々、ダンスの輪に加わって……。
ドレスの花が、次々に咲く。
みんながダンスに夢中になっても、私はその場を、動けなかった。
立派になった親友と。
あんなにヘタレだった、ヘタレが。
幸せそうにしてる姿を、こんな風にあらためて見ると……これまでにあった色んなことが、頭の中で、よみがえり。
なんだか、ジーンとなってしまって、ちょっぴり涙がこみ上げてくる。
私は二人が踊るのを、いつまでも、いつまでも……。
あきることなく、じっと見ていた。
ーー時計の鐘が、ボーンと鳴って。
エンディングのお祝いムードに、すっかり浸かってた私を、現実世界に引き戻す。
……うそっ。
もう、こんな時間!?
いっけない!
王子様との約束が……。
私はクツを脱ぎ捨てて、両方しっかり、手で持つと。
窓から外に、飛び降りた。