42. ノノ
王子様に怒られて、必死にご機嫌とってたら。
なぜかくどかれ、キスされて、なんとなくいい感じになり。
なんとなく浮かんだ疑問を、なんとなくぶつけたら、解答編が始まった。
全てを知っていた王子は、ヒロインの母親について、こうコメントをなさった。
「あの人がロワンス人だということと、上流階級出身なことは、最初から知っていたんだ」
「……えっ。なんで?」
「覚えてないと思うけど。
ぼくはミヤモト弁当で、買い物をしたことがある。
その時に、彼女と話をしたんだよ。
彼女の話す言葉には、
h の発音を忘れる、r が口蓋垂音になる、/i:/ の音が /ɪ/ に変化する、単語の最後にアクセントがくる、サンドイッチを『彼』と呼ぶ
……など、いくつかの特徴があった。
だから、ぼくにはあの人が、ロワンス人だとすぐに分かった」
理由がちんぷんかんぷん過ぎて、私は余計に分からなくなった。
「…………。
その話は、もういいですわ。
じゃあ、オフクロさんが貴族のお嬢様だって、知ってた理由は何ですの?」
「正確に言うと、貴族と知ってたわけじゃないけど。
彼女の優雅な物腰や、完璧な礼儀作法や、ウィットに富んだ会話は……。
上流階級に生まれて、豊かな暮らしをしていた過去を、思わせるものだったから。
そんな女性が、下町の小さな店で、弁当を売っているのなら、そこには何か理由があると、考えるのが当然だろう。
おそらく彼女の正体は、ロワンスの貴族の娘か、裕福な商家の娘で、紛争から逃れて来たか……。
身分違いの恋人と、かけ落ちをするために、この国にやって来た。
まあ、そんなところだろうと、大体察しは付いていた」
「ひええ……。
ちょっと、おしゃべりしただけで、そこまでお分かりになるとか……。
マジで探偵ぽいですわ、あなた」
「とはいっても、その時点では、それ以上の詳細は、何も分かっていなかった。
アンヌさんの正体が、サンドリヨン家の娘じゃないかと、ひらめいたきっかけは……。
……ロザリンド。君の話だよ」
「……私の話?
私、何か言いましたっけ?」
「ロザリンド。
君は先月、サクラちゃんのアパートに、お茶会をしに行ったね。
そして、翌日の朝。
君はぼくを見つけると、一目散にかけ寄ってきて……。
親友の家で過ごした楽しい休日の話を、くわしく語り聞かせてくれた。
そのときの君の話に、アンヌさんの正体を示す、ヒントが隠れていたんだよ」
……はて。
正体を示す、ヒントとな……。
んなもん、どこにあったのかしら?
私が首をひねっていると、王子はヒントをお出しになった。
「楽しいお茶会が終わって、そろそろ家に帰ろうか、それとも、このままここにいて、夕食を食べていこうか……そう、思案し始めたとき。
突然、強い地震が起きて、重そうな仏壇が、アンヌさんの方に倒れた。
君は迷わず前に出て、アンヌさんの身を守り、地震の揺れがおさまると、仏壇を元の位置に戻した。
そのとき、何か小さなものが……。
仏壇から飛び出してきて、床の上を転がった。
君は、それをかがんで拾い。
『こんなものが、なぜここに?』と、小さな疑問を抱いたが……そのうち、すっかり忘れてしまった」
「あ~~……。
そういえば。
そんなこともありましたわね。
……で。
私はあのとき、何を拾ったんでしたっけ……?」
私が、うんうん、うなっていると。
王子は懐の中から、「小さなもの」を取り出した。
そして、その「小さなもの」を、私の手のひらに乗っけた。
「あっ、これは……!!」
私の手のひらの上に、ちょこんと、乗っかっているのは。
銀色の輪っかの上に、大きな青い石がついてる、メチャクチャきれいで、高そうな指輪……!
王子は青い宝石に、描かれた模様を指さして言った。
「この指輪の紋章は、サンドリヨン家のものなんだ。百合はロワンスの王家を、湖は聖女の愛を。
そして、奥に描かれた城は……。
人類の栄光と、勝利のための犠牲を示す。
この3つのシンボルを、紋章にしている家は……ユーレッパには、3つしかない。
その家の中の1つが、サンドリヨン伯爵家なんだ」
「へー。
そうなんですのー。
……って、ちょっと待ったぁ!!
ミハエル様、あなた……。
ひとんちの家紋を、全部覚えてらっしゃるの!?」
「うん。
まあ、大体は」
……この人、頭おかしいわ。
なんか、もう。
半分、人間やめてるわ……。
記憶力のよすぎる方に、私はかわいく文句を言った。
「……でも、そこまで分かってたなら。
やっぱり、もうちょっと早めに、教えてくれても
よかったんじゃあ……」
端正な顔のプリンスは、いかにも探偵ぽく言った。
「推理という名の空想と、現実に起きた出来事を、一緒にしてはいけないよ。
どんなにそれらしい推理も、捜査できちんと裏を取り、確かな証拠を得るまでは……。
妄想やデマと変わらない。
そんな不確かな『推理』を、気軽に人に話すのは、災いのもとになるだけだ」
「…………。
まあ、理屈は分かりますけど。
ちょっと、慎重すぎません?」
名探偵は、皮肉に笑った。
「慎重にならざるを得ないよ。
供述証拠はただでさえ、扱いが難しいのに。
まして、その証言をしたのが、人より少々鈍感で、勘違いが激しくて……。
大切なことを、『ついうっかり』で忘れるような、そそっかしい女性とくればね?」
「小難しく、おっしゃってますが。
『お前みたいなアホな娘の、言うことなんぞ、あてになるものか! ワシは自分の目で見るまでは、絶対に信じんぞ!!』
……つまり、そういう意味ですわよね?」
他人を信用しない王子は、しれっとなさって、おっしゃった。
「ぼくは君を信じたいから、執事に調査をさせたんだ」
「…………」
「セバスチャンの、話によれば。
アンヌさんは、自分が貴族であることを、最初は否定していたらしい。
でも、自分の娘が、身分の高い男性と、禁断の恋をしていることを、率直に伝えられたら……。
『……あなたの、おっしゃる通りです。
わたくしは、サンドリヨン家の娘です。
自分自身の都合のために、家の名を捨てた身で……。
このようなことを申し上げるのは、大変、心苦しいのですが……。
わたくしの大事な娘が、愛する人と生きられるよう、どうかお知恵をお貸しください。
そのために、必要なことがあるのなら……。
わたくしに出来ることなら、なんだっていたします』
……そう言って、頭を下げられたそうだよ」
スーパークールなプリンスは、娘を思う母親の愛に、まったく心を動かされずに、淡々とおっしゃった。
「ぼくは個人の問題に、深入りしない主義だから。
他人の恋愛事情なんかに、関わるつもりはなかったんだけど……。
大切なフィアンセの君が、無駄な苦労をしてるのを、放置するのもどうかと思って」
そこで、王子は、一拍おいて。
薄情な恋人を、責めるみたいにおっしゃった。
「ぼくは純粋な厚意で、手助けをしただけなのに。
何か裏があるんじゃないかと、人をさんざん疑ったあげく……ぼくの提案すらも忘れて、一人で暴走するなんて。
君って、ほんとに失礼だよね」
緑の目をしたプリンスは、白い目をして、こっちを見てる。
私は自分のあやまちを、心の底から反省し。
全力で、頭を下げた。
「すんません! マジ、すんません!!
もう二度と、絶対に……。
こんな勝手なことは、しません。
これからは、あなたを素直に信じます」
王子様は、さわやかに言った。
「そうしてくれると、うれしいよ。
そのセリフ、もう100回は聞かされたけど」
私は、地面に土下座した。
「……サーセンッ!!
マジ、サーセンッした!!!!
今度こそ、私、生まれ変わります。
得物についた、血のシミにかけて。
絶対、生まれ変わってみせます!!」
王子は、皮肉な口調で言った。
「……そう。
じゃあ、君の言葉を信じて、期待しないで期待しておくよ」
王子は「顔を上げろ」と言ったが。
あんまり申し訳なくって、私は顔を上げられなかった。
そうやって、土下座しているうちに……。
私の足の感覚は、完全になくなった。
どこまでも寛大で、面倒見のいいプリンスは、足を崩せとおっしゃった。
ありがたいお言葉に甘え。
固まった足を、そっと崩すと…………。
なくなったはずのビリビリが 、不死鳥のようによみがえり。
私を容赦なく、なぶった。
足のしびれに、のたうち回り。
私は、地面を転がった。
王子様は冷めたお声で、話のまとめにお入りになった。
「……じゃあ、これからの話をしようか。
まずはセバスチャンの車で、二人と一緒にディンドンに帰る。
無事、ディンドンに着いたら、ルシフェル殿下を宮殿に送り、サクラちゃんに手紙を渡して、女帝陛下と会う日を決める。
そして、その後の行動は……。
ぼくの指示に、従ってもらう。
君もシェイドも、それでいいよね?」
私は、背後をふり返り、がけっぷちの方を見た。
そこには黒髪の従者が、銃をかまえたままのポーズで……呆然と突っ立っていた。
……チビ助。
お前、いたのか……。
一言もしゃべらないから、どっかに消えたと思ったぜ。
ーーこうして、二人のかけ落ちは。
王子様の華麗な推理で、あっけなく未遂に終わり。
私と王子とロミジュリと、固まっちゃってるクソガキは……執事のジジイの運転で、仲良くディンドンに帰った。