41. ノノ
お城の火事から逃げのびて、生き残った令嬢は……。
ヒロインの母だった。
そして、私の親友は、超いいとこのお嬢様だった。
まったく自重しない女帝と、腹黒すぎるプリンスは、仕事の合間に手を組んで……。
ヘタレとダチの結婚を、成功させる準備をしていた。
あんまりすぎる展開に、私は思わず、目が点になった。
「……っていうことは、つまり。
私が何もしなくても、二人は結婚できたってこと?
そんな……。
だったら、そう言ってくれれば……」
「……ロザリンド。
ぼくの記憶が確かなら、
『君のやり方は、乱暴すぎて、うまくいかない。
だから、この件は、ぼくを信じて任せてほしい。
そうすれば、けして悪いようにはしない』と、伝えておいたはずなんだけど。
……もしかして、忘れてる?」
「……そういえば。
そんなようなセリフを、だいぶ昔に言われたような……」
「陛下との会談が、とてもなごやかに終わって、『これで全てうまくいった』と、一息ついた瞬間に、なんだか嫌な予感がしてね。
電報を何度打っても、君からの返事はないし。
電話をかけても、繋がらないし。
もしかしたら、君の身に何か起きたんじゃないかと、心配して帰ってきたら……。
こんな騒ぎが起きていたわけだ」
「…………」
私のセクシーな背中を、汗がダラダラと伝った。
白バラよりも優美な方は、氷点下よりも冷たく笑い。
優雅に、皮肉をおっしゃった。
「ロザリンド、君のおかげで……。
行きたかった学会に、行けなくなったよ。
ありがとう」
わー!!
王子様が、マジ・おこですわー!!!!
……ヤバい。
早く、ご機嫌とらなくちゃ。
でないと、マジで殺される。
私は、ふるえるヒザをしかって、必死に王子を持ち上げた。
「まっ……。
まあぁあ~~! そうでしたのぉ~~!!
それは、大変でしたわねぇ~~。
にしても、マジで、さすミハですわ。
オフクロさんの正体を、ズバリと見抜いただけでなく!
お仕事のついでに、お義母さまへの根回しまで、バッチリ
すませちゃうなんて……。
……いよっ! さすが、ミハエル殿下!
トームズよりも頭がよくて、政治家よりも腹が黒くて、電卓よりも計算がうまいっ!!!!
なのに、見た目は超☆さわやかで……。
白馬の王子の皮をかぶった、黒幕キャラになれそうですわ!」
私は、必死に手をもんで、ニヤニヤ、ヘラヘラ取り入った。
ラスボスオーラをお持ちの方は、美しく微笑んだまま、冷たい声でおっしゃった。
「……まさかとは思うけど。
それで、機嫌をとってるつもり?」
「うっ……。
何もかも、お見通しですのね……。
ひょっとして、テレパシーをお使いですの?」
「そんなもの使わなくても、君の顔を見れば分かるよ。
……ぼくを、誰だと思ってるんだい?」
私は、スーパー正直に言った。
「あなたはこの国の王子で、世界で一番イケメンで、何でもかんでもお出来になっちゃう、パーフェクトすぎるお方です」
金髪碧眼の王子は、真剣な顔をして言った。
「……ロザリンド。
ぼくは、君のフィアンセなんだよ?
大切な人のことなら、他の誰よりも分かるよ」
「……へっ?」
見えない壁が、なくなって。
王子様の美しい手が、すっと、こっちに伸ばされて……私の頬に、やさしく触れる。
突然、推しに触れられて。
私の体は、熱くなる。
ミハエル様の、金色の髪は。
サラサラしてて、柔らかそうで。
エメラルド色の瞳には……私が小さく、映ってて。
こうやって、見つめ合うだけで。
息が止まりそうになるほど、美しく整った顔が。
……ゆっくり、こっちに近づいてくる。
えっ。
これって、もしかして。
このまま、ここで……「する」流れ!?
私は、石になりかけて。
あわてて両目を、ギュッとつむった。
クスッと、笑う声がして。
吐息が、肌をくすぐって……。
ノーマークだったおでこに、柔らかいものが、そっと触れ……。
あっという間に、離れていった。
私はびっくりして、目を開けた。
金髪碧眼の王子は、とびきり甘く微笑んで言った。
「……今宵の続きは、満月の晩に」
……その時、ふっと。
突然に。
頭のすみの、すみのどこかで……。
何かが、妙に引っかかり。
ものすごく大事なことを、思い出せそうだったんだけど。
大切なその思い出は、あと少しってところで…… 。
またまた、どっかに行ってしまった。
「……ロザリンド?」
「ふぇっ!?
……あっ……。
ミハエル様……。
すみません……。
なんか今、ちょっと意識が遠くなってて……。
……えっと。
何のお話でしたっけ?」
王子様は、ため息をついた。
「……もういいよ。
期待したぼくが、バカだった」
私は何がなんだか分からず、とりあえず謝った。
「えっと……。
なんか、スンマセン……」
英国紳士みたいな人は。
端正な美しい顔に、おだやかな笑みをはりつけて……スッと、右手を差し出した。
「お望みでしたら、手を貸しますよ。
地面に座っていらっしゃる、レディ?」
地面に、尻餅ついてた私は。
王子様の手を借りて、どっこらしょっと、立ち上がり。
目の前にいるフィアンセを……不思議な気持ちで、まじまじと見る。
「考古学の研究が、何より大事」なこの人が。
大事な学会ほっぽりだして、とんで帰ってくるなんて……。
……もしかして、ミハエル様って。
わりと真面目に、私のこと好き……?
突然、肩を叩かれて。
私は、体がビクッとなった。
「……どぅおわっ!?」
「ほら。
そうやってまた、遠くに行かない。
君の『それ』に付き合ってたら……いつまで経っても、キリがないからね」
そう言うと。
王子は私の手を握り、グイッと強くひっぱった。
私は王子に、手を引かれ。
ヨロヨロヨロッと、歩き出し……。
突然、ふってわいた疑問を、ストレートに王子にぶつけた。
「……でも、どうして分かりましたの?
サクラのオフクロさんが、貴族のお嬢様だって……」
王子様が、足を止め。
私の顔を、まじまじと見た。
「……本当に分からない?」
「マジマジのマジで、分かりませんわ」
ディンドン一の名探偵は、「マジかよ」という顔をなさった。
けれど、王子はその顔を、笑顔の裏に引っこめて。
とっても優雅に、おかくしになると。
探偵っぽいセリフを吐かれた。
「……では。
レディのご期待に応えて、解説編を始めましょうか」