39. ノノ
さえないチビをからかって、銃で撃たれた私のもとに……。
白馬の王子が、現れた。
冷静沈着な王子は、キレやすいチビの魔の手から、フィアンセの私を守り。
「ヘタレと聖女は、あずかった。
てめえのチンケな計画も、これで完璧ポシャッたな」
……と。
勝利宣言をなさった。
私を好きだと、言うくせに。
ヒロインの恋を邪魔する方に……「なぜ、こんなことを、なさるのか」聞くと。
金髪碧眼の王子は、ついに動機を語り始めた。
「……20年前の、ある夜。
ロワンスのある城が、炎と煙に包まれた。
その城の持ち主は、ある有名な伯爵だった。
彼は領地をよくおさめ、住民たちから愛されていたが……。火事で、帰らぬ人となる。
伯爵の死後、その土地は……。
『ある帝国』の手に渡った。
伯爵を慕う民たちは、帝国に反感を持ち、大規模なデモを起こした。
そのデモの最中に、新米警官が発砲。
住民たちのリーダーは、その場で息を引き取った。
この事件が、決定打となり。
住民たちと帝国の、和解は絶望的になる。
両者は武器を持って争い、終わりの見えない戦いが、長きにわたって、くり広げられ……。
亡き伯爵の愛した、美しい町並みは……。
銃弾と血の雨に打たれて、見るも無残な姿となった」
唐突に、歴史の話をはじめた王子に、私は思わずツッコんだ。
「……あのぉ~~。
すみません、ミハエル様?
私、外国の歴史とか、ぜんぜん興味ないんですけど。
その難しいお話と、私のダチのかけ落ちに、一体なんの関係が……?」
キングストンのプリンスは、私の素朴な質問を、いとも優雅にスルーして、なぞのお話を続ける。
「火事が起こった直後から。
住民たちの間では、こんなうわさが、ささやかれていた。
『これは、帝国のしわざだ。
あの強欲な女帝は、この土地を手に入れるために、伯爵様とご家族を殺し……。
証拠を始末するために、城に放火しやがったんだ。
こんなことをする奴が、人間であるはずがない。
あの女は、魔女なんだ!
魔女のおさめる悪魔の国に、この土地は渡さない!
この土地の持ち主は……。
今でも、伯爵様なんだ!!』
こんな会話が、領内のいたるところで、昼夜を問わず交わされた結果……。
住民たちの頭の中では、
『伯爵は、帝国の魔女に殺された』
という、ただのうわさが、ほとんど事実になっていた。
結局、その後の調査によって、
『火事が起きた原因は、中庭に落ちた雷で、放火ではない』と分かったんだけど。
うわさを信じた住民たちは、
『こんな結果はデタラメだ。警察も消防も、帝国とグルなんだ』と、ますます怒りをつのらせた。
デマを信じた住民たちは、正義のために、デモを起こして……。
罪のない帝国兵を大勢殺し、自分たちも大勢死んだ」
「……へえ〜〜。そうなんですの」
まあ、そんなの死か恋の中じゃ……。
普通によくある話ですわね。
モブの頭が悪いのは、クソゲーのお約束だし。
端正な顔のプリンスは、どこか皮肉っぽく、笑い。
「ある帝国」の正体をバラす。
「ちなみに、その帝国の名は……。
エンペラドール。
ルシフェル殿下の、母国だよ」
私は、納得して言った。
「なるほど!
その領地の住民が、ヘタレの実家と、もめてますのね。
……でも。
それと、二人のかけ落ちが、何か関係ありますの?」
ーーほんの一瞬。
違和感のある、沈黙があった。
あれっ?
どうしちゃったのかしら。
もしかして、私……。
変なこと言った?
私が、オロオロしていると。
端正な顔のプリンスは、とっても、さわやかに笑って。
物分かりの悪い子どもに、やさしく言い聞かせるように……。ゆっくり、はっきり、おっしゃった。
「これから、君に聞かせる話は。
世間には、知られていない……あの火事の真実だ。
ぼくが『話していい』と、言うまで。
他の誰にも言わないと、約束してくれるかな?」
ーーそう言うと。
ミハエル様は少しかがんで、顔をこっちに近づけた。
サラサラとした、金髪が。
体の動きに合わせて、揺れて。
宝石みたいな緑の瞳に……私の姿が、小さく映る。
王子様の美しい顔が、目の前にアップでせまり。
私は思わず、ドキドキしたが。
王子様が、私を見る目は……。
氷みたいに、冷たくて。
ドキドキしたり。
ラブラブしたり。
はたまた、エロいことしたり。
……そんな場合じゃないことを、めちゃくちゃハッキリ、おっしゃっている。
「……もう一度、聞くよ。
ロザリンド、君は……。
秘密を守ると、約束できる?」
王子様の、目力に負けて。
私がコクンと、うなずくと。
冷たい瞳のプリンスは、話を先にお進めになった。
「伯爵家の人間は、あの火事が起きた日に、全員死んだと言われているけど。
……実は、生存者がいたんだ。
その人物は、ある目的をかなえるために、この国にやって来て……。
今日まで、ひっそり生きてきた」
「火事場からドロンした、その人物って、誰ですの?
……!!
まさか、ミハエル様、あなた……!!」
「…………」
フッと、かわいた笑いがもれて。
……王子様の、瞳の奥で。
冷たく燃える、青い炎が……。
ほんのわずかに、揺らめいた。