表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/131

10. ノノ

愛しい愛しい王子様との、幸せな未来のために。

私は原作ヒロインを、悪魔の嫁にしようと、がんばる。



明らかに、ヒロインに惚れたはずなのに。

悪魔は声をかけもせず、突然、帰ると言って、あさっての方向へ歩きだした。








……おい、ちょっと待て。

方向音痴のくせに、どこ行くつもりなんだ、お前は。


まずい。

ここであいつを見失ったら、計画が全部パーになる。


私はあわてて、悪魔の後を追いかけた。








ルシフェルの姿は、すぐそこの公園で見つかった。


奴はベンチに腰かけて、いかにも物憂げな顔で、池の水面を見つめている。






……うお、ヤバい。

顔がメチャクチャいいだけあって、ものすごく絵になってる。


通行人の女が、悪魔をチラチラ見てるのに、するどく気がついた私は、すかさずガンをお見舞いした。


根性のないモブの女は、シッポを巻いて逃げだした。







モブを追いやった私は、悪魔の横に腰かけた。


「先程はどうなさったんですの、ルシフェル様。


突然『帰る』とか言い出すから、女をくどくのが怖くて、バックレたのかと思いましたわよ」


ルシフェルは押し黙ったまま、答えない。








「まさか、お気に召さなかったとか、贅沢ぬかすんじゃないでしょうね?


一応、言っておきますけどね。

あなたの人生、あれ以上の子に出会えるほど、甘くありませんわよ。


分かったら、ちゃっちゃと話しかけて、物陰に連れ込んで、一発チューでもしちゃいなさい」









悪魔はパッと、こちらを向いて。

突然、声を荒らげた。


「……この、ものが!

そのようなこと、出来るわけなかろうが!!」







「……はい? いま、なんて(おっしゃ)ったんですの?」


「だっ、だから……。

あの娘に話しかけて……。キ、キキキキ、キスなど、出来るわけなかろうが!」



そう言うと、真っ赤になって黙りこむ。







えっ?


……なに、こいつ。


なんでこの程度のことで、いちいち恥ずかしがってんの?







だってあんた、原作じゃ……。


あの子の顔を見るたびに、壁ドンだとか、あごクイだとか、お姫様抱っことか。


やりたい放題、やってたじゃないの。







私は目の前にいる悪魔を、もう1回、まじまじと見た。


顔は、真っ赤っ赤にほてり。

瞳はうるうると潤んで、唇はギュッと結ばれている。


ちょっと突っついてやったら、簡単に泣き出しそう。







うん、大変かわいくて、よろしい。


……じゃなくって。


このヘタレは、一体なんなの?

ひょっとして、顔と名前がまったく同じ、そっくりさんか何かなの?







そのとき。


いくつもの光の玉が飛んできて、ルシフェルの周りに、ふよふよと漂いだした。


人魂はチカチカと瞬いた後、その正体を現した。








おおっ、悪魔だ!


人型じゃない、本物の悪魔だ。


……まあ、サイズは大分ミニチュアだけど。

ミニチュアっていうか、手のひらに乗っかるくらい、ちまっとしてるけど。








手乗りサイズの悪魔たちは、子供みたいなかん高い声で、ルシフェルに話しかけた。



「どうしたんですか、ルシフェル様。また誰かにイジメられたんですか」


「それとも、迷子になったんですか? お家がどっちか、分かります?」


「まあまあ、そんな顔しないで。グチぐらいなら聞きますよ」








ルシフェルは、グチり始めた。


「うう……。

どうせ、おれはダメな男なんだ……。

方向音痴だし、すぐ物をなくすし……。


好きな女に、声もかけられないし……」







悪魔たちは、全然悪びれずに言った。


「なんだ。そのくらい、いつもの失敗に比べたら、全然大したことないじゃないですか」


「どうせ声かけたって何にも出来ないんですから、結果は一緒ですよ。忘れましょう」


「ほら、このキャンディあげますから。さっさと立ち直ってください」








アホは感動したらしく、まずそうな飴を受け取ると、ハンカチで涙をぬぐった。

それから、幸せそうな顔で笑った。


「……皆、ありがとう。

お前たちのような部下を持てて、おれは本当に幸せだ」







いや、お前、今……。

思いっきり、部下にディスられてたぞ。


そんなんで悪魔とか、皇太子とか、やってけるのか?








そのとき、1人の悪魔が前に進み出た。


「……ルシフェル様。

ここは、私にお任せください」


そいつは毛むくじゃらで、まんまるい腹をした中年っぽい悪魔だった。ひかえめに言って、大分醜い。







しっかし、なんで、こいつだけ……。

やたらダンディで、渋い声をしてるんだ。







めっちゃいい声の悪魔は、フッと不敵に微笑んだ。


「私は、今はあなた様にお仕えしておりますが、実は以前、変わった職場に勤めておりましてね……。女性の扱いには、少々自信があるんです」


「なに、本当か?」

「ええ。実は私、昔は『鬼枕のペドロ』という名で呼ばれていたんです」








その名前が出たとたん。

ちびっこい悪魔たちは、ザワザワと騒ぎ始めた。



「まさか……あいつがペドロなのか!? かつて存在した伝説のホストクラブ・血の池のナンバーワン、鬼枕のペドロ!」


「泣かせた女は数知らず。巻き上げた金の使い途は一切不明。20年前、突然表舞台から姿を消した、女心のプロ!」


「……信じられない。そんなすごい奴が、どうしてルシフェル様の家来なんかに?」








ペドロは片手を、すっと挙げ。

悪魔たちを黙らせると、渋い声でこう言った。



「ルシフェル様。あなた様の恋路を、微力ながら、この私がお助けしましょう」


「本当か、ペドロ! 本当に、おれを助けてくれるのか!?」


「ええ。

ではまず、私の実力をご覧に入れましょう。

……そこの美しいお嬢さん、少しご協力いただけますか?」







ーーそう言うと。

ペドロはポンッと煙を上げて、ルシフェルの姿に化けた。


あっと言うヒマもなく、ペドロは私の顎をクイッと掴み、俺様っぽく微笑んだ。


「どこを見ている?

女、お前はおれの物だ。

などする権利はないぞ」







元ホストのオッサンは、流れるように私を抱いて、耳元で甘く囁いた。


「立場の分からぬ雌犬には、お仕置きが必要だな。


……ふん。

今さら後悔したところで、もう遅い」








私には、ミハエル様がいるのに、ダメ……。

ドキドキが止まらないよぉっ!


俺様なくどき方はイラつくけど……だってだって、顔がいいんだもん!!








――しかし、そのとき。


私の脳裏に、ある記憶がよみがえる。


……あれっ、ちょっと待てよ。これって確か、死か恋のセリフでは……?








原作のルシフェルは、典型的な俺様で、ワガママな自己中だった。



私はプレイ中、ずっとこう思っていた。

「……こいつ、せっかく顔も声もいいのに、なんでこんなキャラなんだろう?」



しかし、なぜかユーザーには人気があって。

「死か恋の人気ナンバーワンは、ルシフェル」などという、とんでもないデマまであった。







ルシフェルのファンたちは。


「普段は強引だけど、時々見せる優しさがたまらない」とか。「いつも自信満々な彼が、私の前でだけ見せる弱さが愛おしい」とか。


わけの分からない感想を口にしていた。


どうも信者たちの目には、見えないものが見えてるらしい。








ペドロは追い討ちをかけるように、どこかで聞いたことのあるセリフをくり出した。


……これは初回限定盤付属の、ドラマCD。

こっちはミニゲームクリア後の、ご褒美ボイス……。


くどき文句をくり出す度に、ペドロは周囲から熱狂的な拍手を浴びた。









恐ろしい事実に気づき、私はガクブルと震えた。


もしかして、死か恋のユーザーって……。

原作ルシフェルのファンって……。


みんなこのオッサンに、ときめいてたの!?





ペドロは元の姿に戻ると、渋い声で講釈を垂れた。



「……と、このように接していると、女性の好感度が上がっていきます。


そちらのお嬢さんは、あまりお気に召さなかったようですが……。これが一番受けのいい、定番のキャラですから。


まずはこのキャラでやってみて、相手の反応を見ながら、徐々に切り換えていきましょう」







ルシフェルは、尊敬の目をペドロに向けた。


「すごいぞ、ペドロ!!

お前はなんて頼りになる奴なんだ。

……頼む。おれの代わりに、あの娘を口説いてくれ!」


「勿体ないお言葉です。では早速、そのお嬢さんに会いに行きましょう」








全員の期待を、一身に背負って。

元ホストのオッサンは、(さっ)(そう)と歩きだした。



ーーそして、次の瞬間。

つっ込んできた、馬車に()かれた。


馬車は猛スピードで公園を突っ切り、林の方へと消えてった。







そして、辺りはシーンとなった。


公園の池の周りには、ペドロの肉片と体液が、飛び散っていた。









悪魔たちは悲鳴を上げた。

そして全員が、泣きながら地面に這いつくばった。


それから、ペドロの残骸を拾い集めると、落ちていた瓶に詰めだした。




うーん……。

なんか、こいつら……。


甲子園で負けて、砂持って帰るみたいだな。








空気は完全にお通夜で、一番うるさく泣いているのは、名前の長い皇太子だった。


悪魔たちは全員で肩を寄せ合って、シクシクと涙をこぼしている。



周りのノリについていけず、私は一人、呆然と立ち尽くしていた。








ルシフェルは突然、懐からナイフを取り出した。

鞘から抜くと、自分の左手に刃を向ける。


私は、あわてていじめにした。


「なに早まったことしようとしてんのよ!

あんた、悪魔でしょ! たかが部下が死んだぐらいで、自殺しようとすんじゃないわよ!!」








「そのような罪深い行いなど、誰がするか!!

おれはただ、ペドロを復活させようと……」


「みえみえの嘘つくんじゃないわよ。あんたがリスカして、なんで死人が復活すんのよ」


「おれは全ての魔族の祖である、大魔王様の血を引いている。その血を介して魔力を与え、月の光を浴びさせれば、ペドロは元通り復活するのだ」









私はホッとして、ルシフェルを放した。


「なんだ、そういうことだったの。じゃ、そいつ、とっとと復活させちゃって」


ルシフェルは、ナイフで自分の指先を切ると、血を瓶の中にポタポタ垂らした。







「……で? そいつ、どのぐらいで復活すんの?

3日? それとも1週間?」


「体がバラバラになって、かなり弱っているからな……。だが、案ずることはない。定期的に月の光を浴びさせて、こまめに血を与えてやれば、50年ぐらいで元の姿に戻るだろう」


「ごじゅ……。

バカ言ってんじゃないわよ! 今すぐ元に戻しなさい!!」







「仲間を案ずる気持ちは分かる。

だが、50年など、またたく間に過ぎるであろう。焦る必要などないぞ」


「だから、それじゃ遅すぎるのっ!!

最低でも、3年以内になんとかしなさい!!!!」


「では、ペドロの体を神殿に運ばせよう。3年は無理であろうが、復活が早くなるはずだ」







ルシフェルが目配せすると。


ペドロの体の入った瓶は、ふわふわと宙を舞い。

どこかへ飛んで消えてった。



ああ……。

さよなら、私の希望……。


できれば早めに、帰って来てね。








タフさがご自慢の私は、すばやく気を取り直し。

ちっこい悪魔たちを見た。



「まあいいわ。これだけ悪魔がいるんだもの。もう一匹ぐらい、女をくどける奴がいるはずよ。


……で?

おれが行ってやろうっていう、根性のある奴は、どいつなの?」









手のひらサイズの悪魔たちは、互いに顔を見合せると、お前が行け、いやお前だ、とでも言うように小突き合った。


それから、キョロキョロと辺りを見回すと。

全員ポッと、頬を染め、俯いてモジモジし始めた。


チビどもは、全員で示し合わせたように頷くと、光の玉になってその場から消えた。








おいおいマジかよ。勘弁しろよ。


私は怒鳴りつけるのを必死でこらえ、冷静に腹をくくった。


……もう、こうなったら。

このヘタレにやらせるしかないぜ。







私はルシフェルを弁当屋の前まで引っぱって行くと、ホラ行けとせっついた。


しかし、肝心のヘタレは顔を赤らめるばかりで、一向に動こうとしやがらない。







すでにこの時点で、時刻は2時になっていた。


私のかわいそうなお腹は、空腹でキリキリと痛み。

(かん)(にん)(ぶくろ)()は……ブチ切れる寸前だった。









ピーク時を過ぎたため、客の数はかなり減り。

弁当屋の店内にはのんびりとした空気が漂っている。


原作ヒロインのサクラは、いったん奥に引っ込むと、エプロンを脱いで裏口から出てきた。


おそらく、遅めの昼休憩に行くのだろう。







「……チャンスですわよ、ルシフェル様!

今なら気持ち悪いファンもいないし、声をかける絶好の機会ですわ!!」



しかし、ヘタレは動かない。


やむを得ず。

私はヘタレの腕を引き、ヒロインの後を追いかけた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ