1. 私の推しが死にそうなのは、どう考えてもゲームが悪い
俺様系のイケメンは、傲岸不遜にこう言った。
「――では忠誠の証に、おれの靴を舐めよ」
燃え上がる炎のような、赤い髪。
あやしく輝く金色の瞳、人間離れした美貌。
どっかの国の皇帝のような、ド派手でゴージャスな衣装。
不敵に笑う口元には、絶対的な高みから、他人を見下ろす者の驕りを、ぷんぷん漂わせてやがる。
そいつは、愉快そうに続けた。
「……どうした? 出来ぬのか?」
たかが悪魔の分際で、あんまり調子こいてんじゃねえぞ。
お前みたいな俺様野郎、私が本気を出しさえすれば……。
ボッコボコのミンチにしてから、煮えた油に突っ込んで、カラッとフライにしてやるわ。
――だけど、そのとき。
愛する推しの美しい顔が、私の脳裏によみがえる。
私は握ったコブシを下ろし、赤毛の悪魔に、目をやった。
いくら、イケメンだからって……。こんな性格悪い野郎の、舎弟みたいなマネをしろだと?
ふざけんな。
そんな屈辱、この私のプライドが、刺し違えてでも、許さない。
てめえに頭を下げるぐらいなら、たとえ丸焦げにされたって、そのムカつくドヤ顔を、二度と見られないようにしてやるよ。
だけど、だけど……。
推しの命を助けるためには、こいつの力が必要なんだ。
私は殺意を、ぶっ殺し。
俺様野郎の足元に、うやうやしく跪いた。
――――――――――――
いきなり、トラックにひかれて。
「やっべぇ。今回はまじ、死んだかも」
……と思った、次の瞬間。
ヨーロッパのお城みたいな、お屋敷の庭で。
私は、豪華なドレス姿で。
血のシミのついた、木刀を手に……。
なぜか、素振りをやっていた。
「……何これ。
めっちゃ変な夢……」
私は周囲を見回した。
この背景とか、衣装の感じからすると……。
私いま、たぶん……。
「死か恋」の夢見てる??
……やったー!!
すっげえ。夢なのに、超リアル。
だけど、自分の夢だってのに、気が利かねえな。
どうせ夢なら、「あの人」を出せっての。
「――ここにいたんだね、ロザリンド」
……はぅあっ!!
聞き間違える、わけがない。
まるで人気声優みたいな、爽やかすぎる、その声は……!!
木刀を、背中に隠し。
私はパッと、振り向いた。
そこには、ずっと大好きだったーー
私の推しが、立っていた。
――――――――――――――
キラキラ輝く金髪に、まばゆいエメラルドの瞳。
白馬の王子様っぽい、端正で美しい顔。
白い軍服みたいな衣装に、すらりと長い手足。
そして、トレードマークの、さわやか王子様スマイル……。
間違いないわ、この人は……。
「…………。
ミハエル様……」
キングストン王国・第二王子のミハエル様は。
さわやか過ぎるイケメンで、頭がよくて、スポーツも出来て、全世界の女にモテる。
性格はおだやかで、国民からの信頼も厚い、まさにパーフェクト超人…………
……というのは、表向きの顔。
お仕事用に作ったキャラで、ほんとはキャラが全然ちがう。
本当の性格は、超絶クールで腹黒で、ほんのちょっぴりドS気味。
目的のためならば、自分の命もポイッと捨てるし、殺したいほど憎い奴とも、笑顔で手を組むようなお方だ。
白馬の王子なルックスと、ラスボスみたいな内面のギャップ……。そして、背負った悲しい過去が、私の好みにぴったりフィット。
ストライク、超タイプ。二次元相手に、ガチ恋出来る。
ああ、ミハエル様……。
あなたを一目見たときから、私はあなたのとりこですのよ?
私は愛しいプリンスに、熱い視線を送ってみた。
すると、なんと……!
ミハエル様が、一歩、また一歩と、こちらに近づいて来る。
やったぜー、ひゃっほう。いい夢だ!
しかし、これ……。
夢にしちゃ、えらくリアルだな。
花壇にはパステルカラーの花が咲いてるし、春の日差しの暖かさや、草の匂いまで感じるし……。
私は何となく、自分の腕をつねってみた。
……あれっ、痛いぞ。
さすが私。
「鉄パイプの鬼」と、恐れられてただけのことはある。軽くつねっただけなのに、めっちゃ痛くてジンジンするわ。
……って、アホ言ってる場合じゃねえ。
痛みがあるっていうことは……。
これってまさか、リアルなの!?
あまりの展開についていけず、私は頭が真っ白になった。
―――――――――――――――
ミハエル様は、私の前で立ち止まり。
にっこりと、微笑んだ。
それから、私の顔をのぞき込み、おだやかな声でこう言った。
「……大丈夫かい、ロザリンド?
なんだか、今日はいつにもまして、興奮してるようだけど……。
もしかして、昨日の朝刊のせいかな?」
ああ、ミハエル様……。
あなたって、なんてイケメンなのかしら。
やっぱり、イケメンは正義ね。
本物のイケメンは、見ているだけで、癒されるもの。
王子はマジな顔をして、何かおっしゃっているけど。
私の頭はテンパっていて、まったく使い物にならない。
……ダメだ。
頭がこんがらがっていて、話がいまいち分からない。
だけど、せっかく大好きな推しが、話しかけてくれてるんだし。シカトだなんて、ありえない。
何でもいい……。
何でもいいから、とにかく何か言わないと……!!
えっと……。
私たち、何の話してたっけ?
確か、そう……。
「大丈夫?」って聞かれたような……。
私はなんとか口を開くと、思ったままのセリフを吐いた。
「あなたが何をおっしゃってるのか、さっぱり分かりませんわね。
私は、強い女ですから。
そんなの全然、へっちゃらですもの!!」
ミハエル様は、ほんの少しだけ、驚いたような顔をなさると。柔らかく微笑んだ。
「君なら、きっとそう言うと思ったよ。
誰に何を言われても、決して自分を曲げないで、自分のしたいことをする。
君のそういうところを、ぼくは尊敬しているよ。
出来れば、君はずっと、そのままで……。
ぼくの隣にいてほしい」
ふわー。
この笑顔、間近で見ると、やっべえわ。
笑顔があまりにヤバすぎて、セリフが頭に入ってこないわ。
だけど、なんか……。
褒められてるっぽい感じだし。
とりあえず、何か返事をしなくては。
「いえっ!
わっ、わわわわ、私はそんな……。
ミハエル様に、そのようなお言葉をおかけいただけるなんて……。
幸せすぎて、今すぐもっかい、死にそうでゲスわ」
王子は小さく、ため息をついた。
それから、深い緑の瞳で、私の目をまっすぐ見つめた。
「君はぼくの婚約者なんだから、そんなに緊張しなくていいのに。
……この間も、そう言ったはずなんだけどね」
そんなの無理っ!!
だって、こんな綺麗な目で見られたら……。
ドキドキしすぎて、死んじゃうよ!!!!
「そういえば、入学式は1月後だね」
「はっ、ははは、はいっ! そうでっ、でででで……。でしたわね?」
どうしよう。
好きな人が話しかけてくれてるのに、頭がオーバーヒート寸前……。
突然、王子様は奇妙なことを言いだした。
「ねえ、ロザリンド。
ちょっと手を貸してくれるかな?」
言われるままに、手を差し出すと。
ミハエル様は、にっこり笑った。
「……では、当日は馬車でお迎えに上がります。
私の愛しいプリンセス」
王子は私の手をとって。
そっと、口づけを落とすと。
風のようにさわやかに、去って行かれた。
私の脳は、限界をこえ。
考えるのを放棄した。
そして、私はその場にひっくり返り、意識をポーンと手放した。
――――――――――――――
気がつくと、私は豪華なベッドで寝ていた。
ああ、このふかふか具合……うちのうっすい布団とは大違いだわ。それに、肌触りも、なんだか安物とは違うみたい。
……って、あれ?
私、なんでこんな高そうなベッドで寝てるんだっけ。
「……ああ。目が覚めましたか」
執事服の少年が、面倒くさそうな口調で言った。
「それじゃあ、おれ、紅茶入れてきます。
アッサムのオレンジペコー、ミルクプロテイン入りですよね」
少年は椅子から立ち上がると、返事も聞かずに部屋を出て行った。
一人になった私は、ベッドから抜け出すと、ドレッサーの前に座った。
……すると、鏡の中には。
知らない女が、映ってた。
金色のウェーブヘアに、赤茶色の瞳。
雪のように真っ白な肌に、薔薇色の唇。
冴えないOL姿とは、まったく似ても似つかない……ハリウッド女優みたいな、ゴージャスで、あでやかな美女だ。
ネグリジェの胸元からは、豊かな胸の谷間がのぞき。
鎖骨のちょっと下のところに……。
バラの形の、アザがある。
……あれっ?
この、バラの形のアザって……。
「死か恋」のロザリンドと、まったく同じところにあるんじゃ……?
…………。
まさかとは、思うけど。
もしかして、私……。
悪役令嬢になってる!!??
読んでくださって、ありがとうございました。
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