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後編

 黒騎士の甲冑に青春を費やしていた私にも、弟より一足先に卒業の時が来た。

 弟の甲冑への魔法付与が認められ、私は魔法武具の専門店で注文武具を作る仕事に就くことになった。

 できあがった甲冑などの防具を調整し、客に依頼された魔法を付与するのが仕事だったが、世の中、ばかが多いことを知った。

「前のあの試合でかっこよかったあの魔法がいい」

 と、甲冑のデザインの一部でもあるかのように、流行のまま、自分の適性や実用性を見ない注文のなんと多いことか。

 そういうのに限って、どんな値段でもホイホイ買ってくれることもあり、注文の8割が半既製魔法をごちゃごちゃと組み合わせた、無駄な魔法武具になっていた。

 しかも、大半は大して使いこなすこともできず、放置され、転売される。

 高価なものなのに…。こんな空しい仕事だったのか。

 家で黒騎士ごっこをしていたときのような、毎日が楽しく、工夫のアイデアで寝る間も惜しんだ生活が少し懐かしかった。


 そしてもう一つ、悲しいことに、私の弟もまたばかだった。

 オリアナ嬢との楽しいデートは、休日だけでなく、平日もトレーニングの時間を削っていちゃいちゃ。毎日のようにあっち行ってデート、こっち行ってスイーツ。

 せっかく出た賞金は、剣や防具に使うことなく、デート代と彼女の欲しがるものを買い与えてなくなったらしい。

 甲冑はあの天覧試合で勝利した時のまま、あれが最強だと思い込んだのか、少しの手入れもチューニングもされなかった。

 まあ、元々チューニングしてたのは私だし。

 剣も一日どれくらい持っていたのやら。あっという間に体力も筋力も落ち、月例試合は月を重ねるごとに順位を下げていったらしい…。

 そう、卒業してから私は、月例試合を見に行くこともなかったのだ。


 初めて実った恋に浮かれ、のぼせ上がった弟に、オリアナ嬢は5ヶ月後には月例試合1位の別の男に乗り換え、とっとと去って行った。


 私は励ますつもりだった。

 本当に、優しい言葉の一つでもかけてやろうと思っていたのだ。

 しかし、目の前に、膝を抱えてしくしくと涙する情けない男を見た途端、気がついたらグーで頭を殴っていた。

「ばかたれが」

「…姉さん」

 しばらくまともに見てなかった弟は、ちょっと顔がふっくらと丸くなっていた。

 余計むかついて、もう一発殴った。

「痛いじゃないか! このっ」

「見る目がないんだよ」

 痛みでにらみつける弟を、怒りでにらみ返した。

「順位でしか男を図れないようなばかを掴んで。順位ではなく、あんた自身を見てくれるような人を選びなさいよね。全く」

 弟の目から、怒りが消えていた。自分でも思い当たるところがあったのかも知れない。

 この際だから、きっちり反省させておこう。

「あんた、賞金をみんなあの女に使ったんだって?」

「う…うん」

「ばっかじゃないの? そんなこと喜ぶようなばか女、下手に嫁にでもしたら、食い潰されるだけだから。がんばったのは、あんたでしょ? 一緒に頑張った剣や甲冑、あんた自身にお金を使いなさいよ!」

 うっかり、一緒に頑張った私にだってその権利はある、と言いそうになったが、そこは抑えておく。

 私がお金なんて手に入れたら、全額没収してあの甲冑にほどこすレアメタルを買いあさり、私以上の魔法を使える魔法武具師から秘伝の魔法の1つや2つ聞き出せるよう、買収に使ってしまうに違いない。

「勝ったときだけ笑う奴なんて、こっちだって笑っておしまいでいいのよ。負けたときに励まし、次の手を考え、すぐサボるあんたを引っ張って一緒に鍛えてくれるくらいの意気込みのある女をとっ捕まえなさいよね。ばーか、ばーか」

 そしてもう一発、今度は少し手加減してデコピンで済ました。

「いい授業料だと思って、次、頑張りなさいよ。試合も、恋も」

 ぐっと奥歯をかみしめた弟が、正気の目に戻っていた。

 これで大丈夫だろう、と弟の部屋を出ようとしたとき、

「姉さん…また、黒騎士の甲冑、…見てもらえるかな」

 珍しく弟から言ってきたので、姉として、引き受けないわけにはいかない。

「仕事があるから、専属とは行かないけど。チューニングしたげるから、黒騎士の名に恥じない試合をしなさいよ」

 握りこぶしを見せて、部屋を出た。

 弟を励ましに行ったのに、こっちが励まされた。

 姉のわがままに付き合ってきた弟が、初めて姉の「仕事」を認めてくれた。

 家の屋根に登って、ひとりうれし泣きをした。


 それから弟は毎日トレーニングするようになり、弟の亡き父側の伯父に師匠になってもらい、本格的に剣を学ぶようになった。

 黒騎士の甲冑のチューニングを見た伯父が、伯父の勤める部隊の鎧を見て欲しい、と言うので、魔法付与はもちろん、多少の修繕ならお手の物で、着々と仕事をこなしていくと、その腕を見込まれ、部隊のメンテナンス要員として雇ってもらえることになった。

 未練なく魔法武具店をやめ、せいせいした。


 最終学年の月例試合はフル装備だ。

 甲冑も重くなるので、結構順位が入れ替わる中、弟の卒業が近づく頃には月例試合は黒騎士パーシヴァルと銀騎士クライドの1、2位争いが常態化していた。

 姉としても、不調だった弟が自分の力で立ち直ったのが嬉しかった。

 自慢の弟、と言ってやってもいいかもしれないが、調子に乗らないようまだ言っていない。


 卒業までの最後の試合の1週間前、突然銀騎士に呼び出しを食らった。

 弟かと思い、呼びに行こうとしたら、私で間違いないらしい。

 甲冑のことで何か文句があるんだろうか。それとも、私の腕を見込んで、あの美しく仕上がった銀の甲冑のチューニングを任されたりするんだろうか。

 あの甲冑は実にきれいだ。誰が魔法を付与しているのかは知らないが、恐らく私が直すような所はない。試合相手ごとに微妙に調整を変える芸の細かさは素晴らしい。

 しかし、知り合いとの試合のうちはそれでもいいけど、実際に仕事について、荒くれ者を相手にするようになるなら、もう少し汎用性があった方がいいかもしれない。

 銀騎士ことクライドは、卒業後は辺境警備隊で仕事をするらしく、私が甲冑の汎用性のことを話すと、全くその通り、さすがは黒騎士の甲冑を管理するだけある、とお褒めの言葉を授かった。

 あの銀の甲冑は、自身でチューニングしている、と聞き、感心した。

 剣だけでなく、魔法もいけてる。これはかなり優れた剣士に育つだろう。将来有望だ。

 弟と共に成長を見てきたこともあり、近所のおばさん程度には誇らしく、嬉しくなった。

 で、何をしに来たのか、と思いきや

「次の試合で勝利したら、あなたに私についてきてもらいたいのです」

 と言われた。

 引き抜きか。

「いやあ、私、今の仕事が結構気に入ってるので、職替えをする気はないです。伯父のところでこのまま…」

 そう答えると、くすりと笑われ、

「仕事だけではありません。あなたをまるごと、お引き受けしたい」

 5秒考えた。

 10秒。

 手を取られ、手の甲に口づけされて、脳みその回線が切れた。

 試合の後、返事を待つ、そう言って弟と同い年の銀騎士は去って行った。


 誰にも相談できぬまま、とかく毎日防具のメンテナンスを続けた。

 平日は仕事場の荒くれた男どもが壊してくる胸当てやら、肩パッド、帯剣ベルトなどのメンテを。休日は家の黒騎士の甲冑の最適解を求めて試行錯誤。

 クライドと弟では互角と言ってもいいが、まだ少しクライドの方が上手だろう。


 …しかし、銀騎士様は、妻に実用性を求める男であったか。

 黒騎士の姉が、黒騎士を殴って育てていることなど、知るよしもないのだろう。

 優しいお姉さん、とでも思われていたら、ずいぶんまずい。

 本性は、黒騎士育成のため、弟を無理矢理剣士に仕立てたスパルタの姉だ。バレる前に、いい人、素敵な姉、の皮を被ったまま、きれいにお断りすべきか。

 やんわりとお断りの言葉を考えていたら、針で指を刺してしまった。


 弟最後の試合は月例試合だったが、結構盛り上がっていた。

 なんせ、黒騎士、銀騎士と、2人もの優秀な騎士が出た年だ。

 その最終戦を見逃すまい、と、多くの人が押し寄せていた。

 遠くに見たオリアナ嬢は、また男が変わっていたようだが、返り咲いた弟にも興味を持っているようだった。クライドにも熱い視線を送っている。

 こう言うと男好きなように見えるが、本当に強い男が好きなのかもしれない。たかり癖がなければ、それはそれで一つの趣味と言えなくもない。


 決勝は、大方の予想通り、弟、黒騎士パーシヴァルと銀騎士クライドだった。

 鎧の最終チェックをして、弟を送り出す。

 できれば、下手な言い訳を披露しなくていいように、弟よ、勝ってきてくれ。

「頑張って行っておいでね!」

 軽く鎧の肩を叩いて、大きな怪我のないように祈る。

「姉さん…」

 試合前に声をかけられたのは初めてだ。

「ん?」

「クライドのプロポーズ、受けるの?」

 な、…

「何で知ってんの」

「受けたい?」

「いや、お友達から、ならともかく、いきなり辺境は…」

「あいつ、いい奴だよ。僕が言うのも何だけど」

「うーん。…いや、こんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 試合集中! 他のことなど考えないの。私がどうだろうと関係ない。正々堂々試合をしない奴を、私は許さない」

 弟をじろりと睨む。

「やるからには、勝て。絶対だ」

「…判った」

 弟がやる気の笑みを見せた。そのあくどい顔、いいね。黒騎士にふさわしい。

 兜を着ける。

 私の好きな黒い甲冑。黒騎士の完成だ。

「じゃ、僕が勝ったら、まだチャンスがあると言うことか」

 はい?

 脳みその混乱は、…とりあえず置いておく。

 黒騎士と銀騎士が並ぶ。

 試合開始!

 最初っから押しまくる、激しい攻防。

 最終戦だけあって、2人とも気合いが入っている。

 銀騎士はさらに甲冑の軽量化に成功したのか、いつもより足取りがさらに軽い。

 うちは重量感はあまり変更がないけれど、関節の操作のための浮遊感を関節のみならず、全体的に1、2ミリ持たせることで、重さによる疲労感の軽減効果を図っている。

 肩への負担も少なく、振り上げても楽だろう。

 剣と剣が当たる。

 うおおお、受けるか、今のを。

 払いからのよどみない突き上げ。なかなか。

 兜をかち割りそうな縦割りの剣。

 手甲が歪む。ああ、うちの甲冑を壊さないで。

 そして、胸を突く一撃!

 なんと、弟、黒騎士が勝った!

 バンザーイ!

 みんなが弟に駆けつけるので、後ろで温かい目で見守っていた。

 しかし、弟は真っ直ぐ私の所に来ると、硬くて重い甲冑を着たまま私をふわりと持ち上げた。

「よくやった! パーシヴァル。私の自慢の弟だ!」

 兜の目の隙間から、笑顔の弟が見えた。


 銀騎士は

「残念です。もし来年まで、お相手がいらっしゃらなければ、是非もう一度チャンスをください」

 そう言って、深く礼をした。

 そんな風に言ってもらって大変恐縮だったので、私は隠し通すつもりだった本性を打ち明けた。

「あの…。私、自分で言うのも何ですが、かなり厳しい姉でして。弟を鍛えるため、ガンガンに追い立てるような人間…と言うことは、ご存知ですか?」

 恐る恐る聞くと、

「判っていますよ、間近で見てましたから」

と、笑って言われた。

 全く隠し通す必要はなかったのだ。

 しかし、判ってるって…。銀騎士の嗜好は謎だった。


 卒業後、銀騎士は辺境地へと向かった。

 来年というのは、来年の、一般向けの天覧試合を指しているのだろうか。

 学生の大会とは違い、一般の天覧試合は、そうそう勝てるものではない。

 あれだけの実力の持ち主だ。そうしないうちにその実力が認められ、辺境の地できっと良い縁を見つけるだろう。

 まあ、学生時代の良い思い出、と言うことで。


 伯父の部隊で働くようになった弟は、職場も一緒、家も一緒で、学生の頃よりも頻繁に接するようになった。

 就職した弟は、私を姉さんではなくマーシアのあだ名「マーシィ」と呼ぶようになった。

 生意気だけど、姉弟間の名前呼びなどよくあることだ。

 職場で「姉さん」と呼ぶのが恥ずかしいのかも知れない。好きにさせることにした。

 さすがに社会人になった弟を追い回してまで鍛えることはなかった。部隊で充分鍛えられているし、それにも音を上げていない。成長したものだ。

 職場の甲冑や防具は支給品で、他の人と似たような仕掛けしかできなかったが、時々サービスして、追加の魔法も仕掛けておいた。

 一方で、家にある黒い甲冑は、今でもメンテナンスを欠かさず、大事に置いている。

 時々身につけてくれているようだ。


 ずっとそんな感じで過ごしていたのに、ある日、部隊の受付のお姉さんと仲良くしているのを見て、うっかりちょっとイラッとしたのを指摘され、かましたラリアートをよけられた。

 実に腹立たしい。

 とっとと受付嬢を落としといで、と言ったにもかかわらず、

「嫉妬? 嫉妬した?」

と喜ばれ、何かにつけてからかわれた。

「ふーんだ。誰があんたなんかに」

 あっかんべーをした私に、妙に余裕のある顔で笑ってる。

「僕は嫉妬してるよ。例え仕事でも、マーシィが他の誰かの防具を嬉しそうにメンテしてるのを見ると、他の奴に取られたくないって思うなあ」

 いつの間にか私より頭一個分以上も高くなった弟に顔を寄せられ、耳元で囁かれた途端、私の脳みその回路はまたしても切れてしまった。

「ずっと黒騎士専属でいてほしいな。甲冑のメンテだけじゃなくて」


 そして、気がついたらかわいい弟はいなくなり、すてきな黒騎士を手に入れてしまっていた。



修正(銀騎士の呪い)

いろいろ粗だらけですみません…。


手のひら→手の甲

手のひらに顔を向けたら、仕事の後だったら臭いかもなあ。

いや、銀騎士様は、働き者の手を愛でてくださったのかも知れぬ。


お呼び出しは

前日→1週間前

でないとその後数日悩めませんわい。


平にご容赦のほど。


これは、銀騎士の呪いかも。

…勝たせたろか。


2022.10.10

久々に目を通し、メンテしました。

結構荒いなぁ…。ハズカシイ。

甲冑も文章もメンテが大事です。

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