第98話 究極の回復魔法
怪我人が多くてどうすべきか迷っている時だった。
皆と一緒に怪我人を捜索していたカトリーヌが俺のところに来た。
するとカトリーヌから回復魔法が使えると言われ、俺は彼女と一緒に怪我人を収容した大型テントに入る。
中に入ってみると状況は想像以上にひどい。
火傷をおったものが多かったが、あとは転んで腕を折ってしまったり、岩壁で体を切ってしまったものもいた。正直なところ薬も何もかも燃えてしまったため、全員を助ける事は出来ないかもしれなかった。
《全身大やけどを負ったものは、おそらくはだめだろう・・せめて軽傷の人だけでも。》
布が足りていないため包帯で傷口を隠すことができないでいた。すでに体の大半に火傷を負っているものは絶望的かも知れない。クルス神父の回復魔法とルピアの怪我を吸う能力で出血は止まった。ルフラが冷やしてくれることで火傷した皮膚の痛みを和らげる事も出来ている。アナミスの夢を麻酔代わりにして眠っている者もいる。だが死んでしまいそうな人が多数いた。
治療施設が無ければどうする事も出来ない。
「ルピア!いったんやめてくれ!治療できる奴を連れてきた!ルフラとアナミスもいったん治療を止めてくれるか?」
「「「はい」」」
俺はカトリーヌに治療をするようにいう。
「じゃあカトリーヌ出来るか?」
「ラウル様、それでは回復魔法をかけます。」
「誰からやるんだ?」
「えっ?だれからとは?」
「いやカトリーヌ、治る可能性のある人からやるべきだろう?」
「治る可能性がある人ですか?」
「ああそうだ。街が燃えてしまったため薬品も無い、残念ながら治療する施設もないんだよ・・生き伸びる確率の高いものから治せば、より多くの人が生き延びる可能性が高い。したくはないが命の選択をしなければならない時なんだ。」
シビアだが俺はカトリーヌに本当の事を伝えた。病人たちもその場で聞いているのだが一刻を争う、どこか聞こえないところで悠長に誰を救うのかを相談している暇はない。
「あの・・ラウル様」
「決まったか?」
「はい・・全員を」
「なっ!俺の話を・・」
俺がカトリーヌに話しをしたらそれを遮るように、カトリーヌの手と手の間から光が漏れ始めた。
シュワァァァァァァア
カトリーヌから四方に光が漏れだす。三つ編みの髪留めが切れてしまい、彼女の髪の毛がふわりと浮き始めた。彼女の周りから風がテント内に注いでいるようだった。温かいような安らぐようなそんな風がそよいでいる。
次の瞬間カトリーヌが叫ぶ!
「ゾーンキュアブレス!」
シュピィイイイイン
まばゆいばかりの光がテント内に広がり急激に膨張した。長いストロボ光がひかり続けるようだった。俺は思わず目を閉じて彼女を見る事をやめてしまったほどだ。
《まぶしい!》
ガタガタと揺れるテントから強烈に漏れ出す光に、魔人達が緊急性を感じ武器を持って飛んできた。
「ラウル様!」
ギレザムの声だ。
「大丈夫ですか!?」
ゴーグが叫ぶ。
「いかがなさいました!」
ジーグが慌てて駆け寄ってきた。
「あ、ああ!大丈夫だ!みんな武器を下ろせ!問題ない。」
俺は全員に武器を下ろさせた。
光が収まりあたりに静けさが戻る。
「あの・・ラウル様。治療が終わりました。」
「治療が終わった?誰の?」
「えっと、全員のです。」
「全員の?」
「はい、女性魔人様の小さいけがも治っています。」
《えーっと。これは・・》
それが何事が起きたのか掌握が出来ないでいると、怪我をして横になっていた人たちがムクリと起きだした。
「えっ?」
《ちょっとまてまて!全員の傷が・・消えている。火傷が・・曲がった腕が・・切れた腹の傷が・・なくなっている。死にかけていたはずだが・・》
「ラウル様、ありがとうございます。」
「ぉぉぉぉ、なんという・・奇跡」
「あ、目が・・焼けた目が見える!」
「立てる!自分の足で!」
全員が回復していた。
「カトリーヌ・・。えっと・・ありがとう!凄い!奇跡だ!」
俺は興奮してカトリーヌの肩をバンバン叩いていた。
「い、いえ。みんなが助かってよかったです!」
カトリーヌはニッコリ笑って微笑み返してきた。
《ん?・・・なんだろう・・この笑顔どっかで見た事あるような・・黒く汚れているけどよく見りゃ美人じゃないか?》
「とにかく魔力が無くなってしまったろう?カトリーヌ!休んでいいぞ!」
「いえ・・次のテントにも怪我人はいますので大丈夫です。」
「いや無理する事はない。他のテントの怪我人はこのテントより比較的軽傷だ。治療は必要だと思うが、魔力枯渇でカトリーヌが失神してしまう。」
「あの・・まだ魔力は余裕がございます。」
《そうなのか?こんなに大きな魔法を使って?俺もたいがい魔力は多いと思うが、それは俺が半分は元始の魔人だからだ。この子はただの人間だろう・・グラムに聞いた王宮魔導士並みの魔力でもあるってのか?》
カトリーヌはすたすたとテントを出て次のテントに入っていった。俺もそれについて行く。
「では、ラウル様治療を行います。」
「は、はい。」
シュワァァァァァァア
またカトリーヌから四方に光が漏れだした。髪の毛がフワリと浮かび上がってきた。
「ゾーンキュアブレス!」
シュピィイイイイン
《まぶしっ!!》
すると徐々に光が収まり目が慣れてきた。
「おお!傷が治っている!」
「折れた指が動く!」
「火傷が・・火傷が消えた!」
「ラウル様!ありがとうございます!」
「い、いや・・俺じゃないんだ。カトリーヌが・・」
「いえ、ラウル様がすべての方をお助けになったのです。」
カトリーヌから俺が助けたのだと言い出した。
「いや!カトリーヌだろ?どう考えても!まだ魔力は大丈夫なのか?」
「ええ、少し疲れましたけど・・軽い傷ならまだまだ治す事が出来ます。」
「いや、もういい!とりあえずカトリーヌも休んでくれ!食事はとったのか?」
「ええ、いただきましたよ。不思議な食べ物でしたね、鉄の塊を開けたら中に魚がはいってました。」
自衛隊の戦闘糧食の・・マグロ缶だ。
「どうだった?」
「おいしかったです。」
「それはよかった。とりあえず個別テントで休んでいてほしいんだが。」
一度きっちり休んで貰って万全の体制で治療してもらえれば全員が助かる。
「あの・・・もしいまラウル様にお時間があるのならば、お話したいことがあるのですが?」
「話?」
「はい、出来れば二人きりで。」
すると後ろからギレザムがいぶかしそうに言う。
「いや!ダメです!ラウル様に何かあってはいけない。誰かが立ち会うようにしてください。」
それもそうだな。俺は一応魔人国の国王代理だ、誰かがそばに居なければいけないのは当然だ。
「カトリーヌ、同席者がいても良いか?」
「ええ、かまいません。出来ればラウル様に近しいものであると助かります。」
「わかった。」
「マリアを呼んできてくれ。ギレザムも同席してくれるか?」
「わかりました。」
ギレザムが俺に礼をして、マリアを呼びに行った。
テントの中ではカトリーヌの魔法で傷が治った人たちが喜んでいる。
「そういえば前のテントの人たちは大けがで何も食べていなかったな。ここにいる皆さんは食料を食べましたか?」
「ええ、先ほどいただきました。」
「不思議な食べ物でしたね。」
「食べたことの無い味でしたがおいしかったですよ。」
「それは良かったです。」
《本当によかった。食欲が出るかどうかが心配だったが、とにかく食べないとダメだ、体力が無いと生きる気力も出ないからな。重傷者のテントの人たちにも食べて体力を回復してもらわねば》
俺はカトリーヌと一緒にテントを出て重症者のテントに戻ると、すでにルピアとルフラとアナミスが協力してみんなにご飯を食べてもらっていた。
「よかった、みんなご飯が食べられるようになったんですね。」
「はい、これは・・なんという食べ物なんでしょうな?」
「鉄?に入ってるのを初めてみました。」
「この、お菓子?甘くておいしいです。」
皆、缶詰やチョコレートをびっくりしながら食べていた。
《この世界には無いものだからな・・そりゃ驚くか。とにかく食べられるのであれば一安心だ。》
前世でよく自衛官の皆川に言われた。とにかく食べなきゃだめだと・・食べないと生きる気力も出なくなるんだと。俺が体調を壊して頭痛薬を飲んでいるのを見て、皆川が食事が原因なんだと教えてくれた。バランスよく食べるようにしたら体調を壊す事が無くなったのを思い出す。
怪我人の様子を見ているとマリアが戻ってくる。
「よし、マリア寝ているところすまなかった。ギレザムと一緒に来てくれ。」
「いえ・・気になって眠れないでいました。一緒にまいります。」
「すまないな。」
俺、ギレザム、マリア、カトリーヌがテント村を離れて正門の方へ歩いて距離をとる。だいぶ遠くまで歩いてきたので俺が立ち止まると、みなが俺の周りに集まる。
「よし、カトリーヌこれでいいか?」
「はい。」
「話ってなんだ?」
「はい。」
カトリーヌは緊張しているのか少しふるえているように見えた。
静かに話を始める。
「実はラウル様がバルギウスの使用人たちにあの毒を食べろと言われたとき、私は自ら食べようと決めてラウル様の目を見ていたのです。」
「俺の目を見て?」
《そういえば・・そうだ。誰を選ぼうか迷っていた時に、なぜかこの目に引き寄せられて指名したんだった。》
「私が食べれば、あの企みがばれて他の者は許されるのではないかと思いました。そしたらラウル様は私を1番に選んでくださいました。」
「毒が入っているのを知っていたのか?」
「ええ、当然私もキッチンにもいましたから。」
《そうか・・カトリーヌだけ知らないというわけはないか・・》
「それで、率先して食べようと思ったのか?」
「はい。でも・・怖かったのです。」
ポロポロと涙を流し始めた。
「怖くて仕方がありませんでした。ラウル様が逃げろと言ってくださって、みなを見捨てて逃げてしまったのです。」
「それは普通にげるだろ。」
「私は・・皆を見捨てたのです。」
「バルギウスの使用人を助けたかったと?」
「国は関係ありません。ただ一緒にグラドラムまで来た仲間でした。その人たちがただ殺されるのを見ているわけにはいきませんでした。」
「わかった・・それで俺にどうしろと?」
もう過ぎたことだった。結局すべての人は助からなかったのだからどうする事も出来ない。
「私がグラドラム行きの使用人に紛れ込まされる時に言われたのです。人を助けるのだと・・私にはその使命があると恩師に言われました。」
「人を助けろ・・か」
「それがあの時だと思ったのです。恩師のお言いつけを守る時なのだと。」
「そうだったのか。恩師という人はそれを想定していた?」
「いえサウエルさまは・・恩師は・・」
「ちょっとまて!いま何と言った?」
記憶に何か引っかかるものがあった。なんだ?俺は何にひっかかっているんだ?
「恩師のお言いつけを守るときだと・・」
「違う、その後言った名前をもう一度・・」
「サウエル様です。サウエル・モーリス様。」
撃ち抜かれた・・心にズドンと響いた・・まさか・・
「モーリス先生が生きているのか!?」
「はい、私が連れてこられるまではお元気でした!」
「どこにいるんだ!?」
「ユークリットの西側の村に潜むように暮らしています。」
「モーリス先生が・・」
「あの・・ラウル様・・お知り合いなのですか?」
俺とマリアは顔を見合わせて驚いていた。
《モーリス先生が生きている!?しかも先生がこの子を差し向けて人を守るように言ったということは?俺達の事に気が付いている?》
「モーリス先生には!なんて言われた?」
「先生からは魔人の国の王にあったら自分の名前を名乗れと、そのことで人々を守る事が出来かもしれないと。」
「カトリーヌの名前?お前の全ての名前を教えてくれるか?」
「はい、カトリーヌ・レーナ・ナスタリアです。」
マリアがストンとその場にへたり込んで泣き出した。
「あ・あ・あ・あ・あ!!」
そして・・俺も衝撃を受けていた。
《なんということだ・・モーリス先生が生きていて俺達に差し向けたこの子は・・ナスタリアの名を持つ女の子。先生はこの子をバルギウスの使用人として送り込んだんじゃない!俺達の事を知って保護してもらうために送り込んだんだ!》
「そんな・・」
「あの・・ラウル様、どういたしました?」
カトリーヌは俺達が驚いているのを、キョトンとした可愛い目で見ていた。
「カトリーヌよ、イオナ・フォレストを知っているか?」
「はい・・私の叔母です。」
《やはり・・この子は母さんの姪っ子。》
俺のいとこだった。
俺はすんでのところで母さんの姪に毒を食わせるところだったのだ。
俺も・・マリアと同じように・・その場にへたり込んでしまった。
俺の目からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちていた。
「カトリーヌ・・ごめんな!ごめんな!生きててくれてありがとうな!!」
俺はカトリーヌのスカートにしがみついて泣いた。