第949話 ダンジョン攻略とは違う問題が満載
一階層は低ランクの冒険者達が、数日かけて弱い魔物を狩るらしい。スライムなどがメインらしいが、ルフラを連れて来なくてよかったと思う。同類がやられるのを見て、冒険者を襲ったりなんかしたら大変だ。ダンジョン内に天幕がはってあるのは、二階層に潜っている冒険者たちの拠点になっているから。
一緒に来た冒険者が、ケイシーに言っている。
「いやぁ。回復の聖職者がいるのは、本当に心強いですよ」
「あ、あの。僕は……」
うん。ケイシーはなんもできん。不安にさせたらまずい。俺がカバーする。
「彼は、いざという時しか使わないから。よっぽどの時はね」
「そうなんですね。まあ、ミスリルですからねえ」
「そうです」
二階にもチラホラと冒険者が居て、一緒に来た冒険者が言う。
「ここに居るのは、ブロンズ以上ですよ」
「なるほど」
そして、ここに居るのは、でっかい蝙蝠の魔獣だった。
「あ……」
ズバッと、冒険者が蝙蝠を斬っているのを見て、ゆらりと俺の隣りの人のオーラが揺らめいた。
《シャーミリア。関係ないよな?》
《もちろんでございます! ご主人様。あれは、ただの蝙蝠》
ズバッ! ピキッ!
《シャーミリア。関係ないよな》
《そ、その通りでございます。あれは、ただの蝙蝠でございます》
するとカララが、シャーミリアに言う。
「そうよ。シャーミリア。あなた、心が揺れているわよ」
「ゆ、揺れてなど無い。カララは、何を言っているのかしら」
そして先に進むと、今度は冒険者が大型の蜘蛛の魔獣を魔法で燃やしていた。
「あ……」
《カララ。関係ないよな》
《もちろん、なにも》
垂れ下がって来た蜘蛛の魔獣を、剣でズバッと斬ってる。カララの美しいブルーのセミロングヘア―が、ふわりと逆立ったように見えた。
《カララ。問題ないよな?》
《も、もちろんです》
するとシャーミリアがカララに言う。
「あなた、動揺してない?」
「してないわ。するわけがない」
それを見て、一緒に来た冒険者達が、すこし焦って聞いてくる。
「ミスリルですよね? 蝙蝠や蜘蛛が怖い? 確かに危険な魔獣ですが」
「「ちがう!」」
シャーミリアとカララの声が揃う。
やべえ。これは、全く想定していなかった。むしろ、他の問題が起きそうな気しかしない。
するとアナミスが言う。
「あら。お姉さまがた。何か、気に障る事でもございましたか?」
妖艶なワインレッドの髪と唇で、ニッコリ笑っている。たぶん、俺の焦りを感じて、二人を取り持とうと思っているのだ。だが、その表情をみて、一緒に来た冒険者達の表情がとろんとしてしまう。
ヤベエ……サキュバスの色香に惑わされている。冒険者の男らが、すすすとアナミスに近づいた。
「あ、あの。お姉さん。少し側に近づいても?」
それを聞いて、エルフの女が怒る。
「ちょ! ダンジョンに入ってるのよ? あなたたち、いったいどうしたの!?」
「どうしたも、こうしたも……」
シャーミリアが、アナミスにぴしゃりと言う。
「ご主人様は、食事を許可しないわ。惑わせないで」
「わ。わかってる!」
アナミスが慌てて、すすすっと、男達から離れた。名残惜しそうに、男達が手を伸ばす。
どうしよう。このままじゃ、食っちゃうかも。
そんな風に頭を抱えていると、エミルが俺のそばに来て苦笑いしている。
「困ってる?」
「ちょっと」
「わかった」
するとエミルがそっと青い精霊を呼び出して、アナミスの色香に迷う男達に、そっと降らせていく。
「は!」
「あれ?」
「俺……なんか……」
エミルがグッと親指を上げた。どうやら、精霊の力を使って男達の気持ちを鎮めてくれたらしい。
俺が大きな声で言った。
「この階層では、俺達の敵にならーん!」
一緒に来た冒険者達が、ハッとしたように俺を見た。
「な、なるほど。これくらいでは、不満だったわけですね」
「そうです! 未踏の三階に降りましょう!」
「わかりました! ですが、まだ下の階層への入り口が見つかってないんですよ」
《カララ》
《はい》
カララが目に見えないほどの、アラクネの糸を張り巡らせて隠し扉や、地下へ続く階段を探る。
《ありました》
《よし》
カララが進み始めたので、その後ろをケイシーが歩き、ファントムがエミルを護衛しつつそちらに向かった。そこで、冒険者達が言う。
「なんか、魔物が全然近寄って来ない」
「本当だな」
「狩り尽くしたとか?」
「そんなのは聞いてないぞ」
いやここに、シャーミリアとカララとファントムがいるからだ。魔獣を狩っていた周りの冒険者達も、不思議そうな顔で周りを見ている。俺達が通り過ぎた後で、また魔物が出てきていた。
一緒に来た冒険者達は、まるで魔獣が居ないように感じている。
「ここです」
そこは何の変哲もない、岩の壁だった。だがカララは間違いないという。
「この壁の向こうにあるらしい」
「なんで、分かったのです?」
えっ……アラクネの探査能力だけど……。だけど、そこで俺は堂々と言う。
「ミスリルだからさ」
「なるほど!」
目の前の壁を見て、冒険者達が困ったような顔をした。
「でも、ここ、と言われても、進めないようだけど……」
俺はファントムに向かって言った。
「ファントム。壊せ」
《ハイ》
ブンと無造作に、ファントムが壁にパンチを繰り出した。
ドッゴォォォン! と岩が壊れて吹き飛ぶ。
「「「「ぶっ!」」」」
「ああ、あったあった。下に続く坂道」
「素手?」
「あ、ミスリルなんで」
「やはり、ミスリル級は凄まじいですな」
よし。これで、ぜーんぶ乗り切ろうっと。
「じゃ、行こっか!」
「ちょっちょっちょっ!」
「えっ? なに? 問題あった?」
「いや……流石に、新しい階層への入り口を見つけてすぐというのは」
「まずい?」
「ギルドに報告して、調査をしないと。それに、救助できる人材がいない」
「なるほどなるほど! じゃあ、君達は、一旦戻ったらどうだろう?」
「……」
四人は難しそうな顔をしている。だけど、一人が言った。
「ミスリルの戦い方を見れるチャンスかもしれない」
「確かに。だが、足手纏いにならないか?」
すると、リーダーが俺達に言って来た。
「これ以上強い魔獣が居たら、我々では対処できない。ミスリルに言うのもなんだが、大丈夫ですか?」
いや。大丈夫もなにも、まだ大した魔獣にあってないし。てか、ここに揃ってる俺の仲間たちこそが、ダンジョンのボス級のひとたちだし。
「大丈夫。ミスリルだから」
「そ、そうか。わかりました。ではついて行きます」
「そうだね。せっかく一緒に来たのに、強い魔獣の素材もとれないなんて最悪でしょ?」
「そ、それはもう」
崩れたがれきをファントムが蹴散らして、俺たちが悠々と進んでいくと、仲間達も静々とついて来る。一緒に来た冒険者が、その後ろを恐る恐るついて来た。地下三階に降りると、より気温が低くなる。
そこで、冒険者が聞いて来た。
「やはり、準備したほうが。そちらの皆さんは、薄着すぎますし」
だがそれを聞いて、シャーミリアが言った。
「ひんやりして良い気持ちだわ。ねえカララ」
「ええそうね。むしろ、温かいくらいだわ」
確かに。魔人国の地下洞窟に比べたら、ここはあったかい。でもケイシーが、ぽつりと言う。
「えっと……僕は寒いです」
それを聞いて、冒険者達が頷いた。
「そうですよね……」
めんどい。連れて来るんじゃなかった……。
だが、そこでまたエミルが言う。
「困ってる?」
「ああ、少しな」
するとエミルは、ふわりと赤く仄かに光る低級精霊を呼び出した。それがふわふわと浮かび、ケイシーと冒険者達に降り注ぐ。
「あ、あったかくなった……」
「本当だ」
「凄い」
冒険者達が、また俺を見るので俺がニッコリ笑って言う。
「ミスリルなもんで」
「「「「そうか」」」」
そしてエミルに親指を上げた。エミルも返してくる。そして俺は、ケイシーをちらりとみて、トラメルと一緒に砂漠をさまよった事を思い出す。
そういえば……人間と冒険するって言うのはこういう事だった。人間の仲間といってもバケモノ側の、カーライル・ギルバートやモーリス先生との冒険になれて、忘れていた感覚かもしれない。
さらに進むが、やっぱり魔獣が出てこない。
「ここは。アンデッドもいないし、魔獣のダンジョンみたいだな」
そう言うと、冒険者のリーダーが言う。
「そう……なんですがね。なんか、魔獣が出てこない気がしません?」
「ああ。えーっと、そうね。ここは、魔獣が少ないのかも」
「そんなわけは……」
そしてさらに奥へ行くと、大きな扉が出てきた。どうやら、ここから先に進むらしい。
「立派な扉だねえ」
「あの、流石に危険では?」
「いや、だってここまで魔獣がでなかったし」
「それはそうですが……こんな、ダンジョン攻略初めてです」
「ミスリルなんでね」
そしてファントムがぐっと、扉に手をかけて押し込んでいく。大きな石の扉はズリズリと奥に開いて、俺達はそのまま中に入り込んだ。するとそこは、少し広めの空間が広がっていた。
「おっ。今までと雰囲気違う」
冒険者パーティーが驚愕の眼差しをして、その空間の奥に向けていた。
「あそこに、何かいます!」
「ほんとだ」
すると、カララが俺に教えてくれた。
「三つ首の大犬、ケルベロスです」
「おお! ファンタジー!」
するとエミルも賛同する。
「マジか! ケルベロスだ! 本当に、三つ頭があるんだ」
冒険者が言う。
「いや。巨大すぎます! いったん体制を整えては?」
だが、そんなのは遅かった。俺の仲間達がぞろぞろと奥に進んでしまっている。
「ぐるるるるるるる」
赤い目が六つ。三つの首を上げて、俺達を威嚇しているようだった。
冒険者のリーダーが叫ぶ。
「構えろ! 前衛が前へ!」
と隊列を組んでいるのに、シャーミリアが一人前に出て行ってしまった。
「ちょっ! ちょっ! ちょっ! いくらなんでも無防備すぎる!」
「そうです!危険だ!」
「下がらせて!」
えっと、下がらせた方が良いのだろうか? そんな事言っても、シャーミリアはズンズン進んでいく。そしてケルベロスの前に行って、腰に手を当てて眺めていた。
「彼女、こ、殺されるぞ!」
「何をやっているんだ! 眺めてるだけか!」
「いくら、ミスリルだって!」
次の瞬間。
「がぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!」
三つの首を一斉に、シャーミリアの方に向けて走らせる。
やべえか? 俺は瞬間、AT4ロケットランチャーを召喚していた。
しかし……。シャーミリアが冷たく言い放つ。
「ご主人様の御前よ」
トン! トン! トン! とケルベロスが、床に頭を付けて上目遣いにシャーミリアを見ている。
「偉大さが、わかっているようね。大人しくしてなさい」
「くぅぅぅぅぅぅん!」
冒険者達はポカンとしていた。そしてシャーミリアが振り向いて俺に言う。
「では、ご主人様。先に参りますか」
「あ、ああ。そうしよう」
俺がケルベロスの脇を通り過ぎる時も、冒険者が通り過ぎる時も暴れはしなかった。その先に行くと、また新たな扉が見えてくる。そこでカララが言う。
「下に続く道があるようです」
「んじゃ、いこうか」
流石に冒険者達が声を上げる。
「ど、どういうことです!? なんで、あれは暴れないのです! 子犬のようになって」
するとシャーミリアが言う。
「ご主人様の御前で、何をしているのと叱っただけよ」
「「「「叱った???」」」」
「ええ」
どうやらようやく、冒険者達は俺達の異様さに気付き始めたようだった。顔が青ざめており、なんだか申し訳ない気分になって来た。だが、俺達には真の目的がある。それに構っている暇はないのだった。