第947話 冒険者ギルドで生存者に遭遇する
神々が動いた直後のダンジョン発見は、明らかに違和感しかない。そこで俺達はギルドに来て、状況を調査する事にした。ケイシー神父がやたらとビクビクしているが、他のメンバーは全くの無表情だ。
「ケイシー、そんなにビクビクしなくていいぞ」
「っていわれても、おっかない顔した人らがいっぱいいますよ」
「冒険者は、みんなあんなもんだよ」
「絶対、殴られますよ」
「ケイシー……なんで、ファントム見てもビビらないの」
「だって、ラウルさんの護衛の人だから」
「そうだけど、どっちかというと、こっちの方が怖いだろ」
「えっと、慣れ?」
「ははは、ケイシーらしいや」
そして俺たちは冒険者たちの視線を集めつつ、エントランスの中央に進む。冒険者たちの視線の先にいるのは、シャーミリア、アナミス、カララ。冒険者達は、その美貌に見とれているのだ。そのおかげで、ファントムやカオスのおかしさには、誰も気づいていないように思える。
「とりあえず……」
そして俺は、周りを見渡す。どうやらここに、俺達以上の強者はいない。端から端まで見ても、人間と獣人と……いや……違うのがいる。
エルフ?
エルフと言えば、ニカルス大森林のエルフの里か、エミルとケイナくらいしか見たことがない。耳を隠しているが、さすがにエルフの特徴くらいわかる。ただ背の高い女ではないはず。俺は、その女のエルフに近づいて行く。
「こんにちは」
だがそのエルフは、すりすりと後ずさった。どうやらフードをかぶっていても、ファントムの異様さは伝わっているらしい。
「ファントム。下がれ」
《ハイ》
ファントムが下がると、エルフはホッとしたような表情になる。
「ごめんね。あれは、おとなしいから大丈夫だよ」
「いえ……」
やはりエルフだ。間違いない。
「エルフだよね?」
「違います」
即答だった。だが、近くで見ても間違いなくエルフだと思う。するとその隣を囲んでいる、数人の冒険者たちが、俺と女エルフの前に立ちはだかった。
「なにか用かい? 坊や」
「いや、俺の友達に似てたもんだから、つい声をかけてしまった」
「友達……」
「いや、いいんだ忘れてくれ」
耳を隠しているという事は、エルフだと悟られたくない事情があるのだろう。俺は、相手の事情も分からずに聞いた事を後悔した。
「お前、見ない顔だな?」
冒険者の物言いに、ビキビキとシャーミリアから音が鳴る。
《絶対に暴れるなよ》
《心得ております。ご主人様》
ほんとか?
俺は冒険者の方を振り向いて、ぺこりと頭を下げて言う。
「今日、この町に到着したんだ」
「お前も、ダンジョン狙いか」
「まあ、そんなところだ」
「ランクは?」
そして俺はペンダントを取り出して、そいつの目の前にぶら下げる。
「ミスリル?」
「ああ」
すると冒険者達は、俺の後ろにいる奴らを見渡して言う。
「ボンボンの遊びか? 後ろの人らは実力者のようだな」
ビキビキビキビキビキ! と、シャーミリアから、人ならざる音がする。
ヤバイ!
とりあえず、俺はニッコリ笑って言う。
「ま、そんなところだ。別に喧嘩をしようと思っている訳じゃない、不躾に声をかけてすまなかった」
シャーミリアやカララの脅威が分からぬ三下では、暴れたところで利はない。
いや……むしろ、これを利用するか。
「いや、それだけでは済まないだろうね。よかったら、飯でも奢らせてくれないだろうか? あんたらも、ミスリルの冒険者と近づけるチャンスだろ」
すると今、話ていた男が振り向いて言う。
「どうするよ?」
「ま、悪くないんじゃねえか」
「そうだな。ただ飯が食えるってんならな」
「いいんじゃない? 私は良いわよ……」
そう言って女が振り向くと、エルフの女が答える。
「構わないわ。さっきの勘違いを謝罪するならね」
「もちろんだ。このあたりの流儀が分からなくてね、出来たらご馳走させてほしい」
「決まりだな」
そして俺達は、その五人の冒険者パーティーと共に、ギルドの端にある酒場に移動する。もちろん、俺とケイシー以外は、メシも酒もやらないけど。
席に座ってすぐ、俺は相手の冒険者達に言う。
「好きなものを頼んでくれ」
「やっぱり、ボンボンかい」
「まあ、そんなところだ」
「じゃ、遠慮なく」
そう言って食い物と酒を頼み、俺も人数分の酒を頼んだ。酒がテーブルに並べられたので、俺達はそのまま酒を口にする。
するとケイシーが言う。
「きっつう」
「なんだ、そっちの僧侶さんは酒はだめかい」
「いや、飲むけど、こんなキツイ酒は」
確かに独特だった。というかアルコール度数は高そうだが、とにかく甘ったるい。
「ああ、そうか! このあたりの人じゃないんだもんなあ」
「はい」
「僧侶の格好をしているという事は、回復役かい?」
ケイシーが俺の顔をチラリと見るので、コクリと頷いた。実はケイシーは聖女リシェルやサイナス枢機卿のように、回復魔法は使えない。
「そうです」
「貴重だな」
「まあ」
「そんで、そっちの、美しいお嬢様方は?」
まずいな。打ち合わせしてないし、何を言うだろう。と、思っていたらカララが口を開く。
「私達は、魔導士よ」
「だろうねえ。そんな華奢な前衛がいるわけねえ」
「ええ」
いや、シャーミリアは完全に前衛で、カララはタンクだけどね。アナミスが唯一、華奢と言えば華奢だけど、人間相手なら無傷で降伏させることができる。もちろん、その事は伏せておく。
「そんで、そっちのお二方は?」
そう言ってファントムとカオスを見る。だが……二人は喋れない。
そこを見計らって、シャーミリアが言う。どうやらカララの演技で、何をすべきが察したらしい。
「この二人はおしゃべりが嫌いなの。この大きいのが前衛で、こちらの細いのが魔導士よ」
「凄いな! 魔導士が、五人も集まってるなんて、ミスリルってのもうなずける」
俺達がきちんと挨拶をした事で、相手も言う事にしたらしい。一人一人、自分の役職を告げていく。
そして俺は最初の無礼を、もう一度詫びる事にした。
「最初はすまなかった」
するとエルフの女が言う。
「気にして無いわ」
「そうか」
「ただ……」
「ん?」
「エルフのお友達がいるというのは、とても気になるけど」
「ああ、親友なんですよ」
「エルフと?」
「まあ、はい」
すると冒険者達が、ちょっと驚いたような目で俺を見ている。おかしなことは言ってないと思うが、なぜか変な事を言った感が漂った。
「変かな?」
すると冒険者のリーダー的な男が、身を乗り出して聞いて来る。
「本当は詮索はあまり良くないんだが、あんたらどっから来たんだ?」
あれ? ヤバいのかな?
「なんでだ?」
「このあたりにエルフなんていねえんだよ。人か獣人か、普通はそうだろ?」
「そうなの?」
「しらねえのか?」
「ああ」
「このあたりじゃ、エルフはおかしな目で見られるんだよ。悪魔付きとか言ってな」
「いや、その双極にいるでしょ、エルフには精霊の加護がある」
するとようやく、エルフの女が目を輝かせて聞いて来た。
「なぜ、それを知ってるの?」
「だって、親友は精霊使いだし」
相手の冒険者達は、どやどやと話し始めた。どうやら、俺の言っている事に驚いているようだ。
「そうなのね……」
その雰囲気を見て、俺は相手の冒険者に言う。
「よかったら、場所を移さないか? ここじゃ話せない事もあるようだし」
「だな、そうするか!」
そうして俺達はギルドに勘定を支払い、その場を後にする。町はやはり冒険者だらけで、相当な賑わいを見せていた。すると相手のリーダーが言う。
「うちらの宿に行こう」
「わかった」
ギルドから少し歩いたところに、彼らの宿屋があった。冒険者リーダーが、宿の主人に言う。
「ちっと、作戦会議をしてえんだが、場所はあるかい? 聞かれたくねえ話だ」
「んじゃ、奥の部屋を使っておくれ、銅貨三枚でいいよ」
そこで俺は、懐から銀貨一枚出す。
「おつりはとっといて」
すると宿屋の主人の顔が突然にっこり変わる。
「まいど! 時間は気にしなくていいよ。人も寄り付かせねえ」
「どうも」
そして奥の部屋に入ると、そこは食堂のようになっていて、テーブルと椅子が並んでいた。そして俺達が腰かけると、エルフの女が話し始める。
「ごめんなさいね。騙して」
「いや、事情があるんだろうなと思って」
「そうなの」
そうしてそのエルフの女が、スルスルと頭に巻いているターバンを解く。すると尖っている耳が、その下から出てきた。
「やっはりそうなんだね?」
「ええ。でも、このあたりじゃ忌み嫌われるから」
「エルフの里じゃ、みんな平和にしてたけどね」
「えっ! 里に行ったのですか!」
「行った。エルフも酷い目にあっててね、悪い奴らに虐殺されたんだよ」
「……」
するとその女のエルフは、目をウルウルさせ始める。どうやら、あの事件を知っているらしい。
「もしかすると、逃げてきた?」
「……そう」
なんと、こんなところまで逃げて来ていたとは。
「ニカルス大森林に居たんだ?」
「そう」
「それで、冒険者をしているんだ。精霊の力を使って?」
「魔法、という事にしているわ」
「なるほど」
えっと、んじゃ、エミルを連れて来ればいいんじゃね?
そう思い立った俺は、スッと立ち上がった。そして、そこにいる奴らに言う。
「ちょっと用を足してくる」
「ああ」
「カオス」
カオスが俺の後ろを突いて来たので、廊下に出てすぐに告げる。
「この場所は覚えたか?」
もちろんカオスが答えないが、スッとその視線が俺を見る。
「よし、モエニタ基地へ転移しろ」
ブオン!
カオスが直ぐに転移魔法を発動し、俺を連れてモエニタ基地の外へと戻った。俺はカオスを連れたまま、真っすぐにエミルのところに向かう。
「エミル!」
「なんだ、戻ったのか?」
「エルフの生き残りを見つけたんだ。一瞬来てくれるか?」
「そんな南でか!」
「そうだ」
「行く」
「カオス。さっきの廊下に転移だ」
ブオン! さっきの廊下に戻った。そしてドアを開けて、エミルと一緒に中に入る。
すると、エミルを見た女エルフはダッ! と立ち上がって、椅子が倒れる。
ガタン!
「ああ、君が生き残りか」
「嘘……あ、ああ、あなたは、エミル」
「そう」
「良かった。生きていたのですね」
そこで俺が、エルフの女に告げる。
「えっと、彼は今は、精霊神だよ」
するとエルフの女が跪き、胸の前に手を組んで祈り始める。するとエミルが、スッと女の頭の当たりに手を差し伸べて言った。
「君に、精霊の加護を」
ふわりふわりと、低級の精霊が舞い降りてエルフの女に降り注いだ。
「感謝いたします」
「良く生き延びたね」
「命からがら、逃げて参りました」
「もう、ニカルス大森林は安全になったんだよ」
「本当なのですか? バルギウス兵と化物が……」
「解決した。今はその後処理のために、ここに来たんだ」
エルフの女はポロポロと涙を流し、肩を震わせていた。
俺達はその冒険者パーティーと親密になり、この周辺の情報を聞き出す事が出来たのだった。