第946話 敵の捜索とダンジョン情報
かなり不安そうな顔のケイシー神父を連れて、俺達は南へ向かってみる事にする。アブドゥルの似顔絵を見せたところ、本人で間違いないとケイシーが言ったからだ。ケイシーにとってはトラウマ級の顔で、それを見せただけでブルブル震えたほどだ。
モエニタ王都近郊基地には、もはや大量の魔人が駐屯していて、モエニタ王都で働いている魔人に何かあっても、すぐに兵を送る事が出来るようになっていた。だが俺の直属のうちの半分は、ここに残して防衛をさせる事になっている。今回の作戦目的は戦う事ではなく、アブドゥルの所在を確認する事。なので部隊は最小限にとどめ、残りをモエニタ王都と前線基地に残し、魔人定着をさせるために動く事になる。
ヘリコプター操縦要員はマリアとティラ。マリアの防護用にルフラがついて来ており、その三人でヘリコプターの運用をする事になる。UH-60 ブラックホーク を召喚して、俺達はそれに乗り込んだ。
捜索部隊は、俺、シャーミリア、ファントム、カオス、となり、ケイシーの護衛にはカララがつく事になる。念のため、人間と争いが起きた時の対策としてアナミスが同乗していた。
青い顔をしているケイシーに声をかける。
「大丈夫だよ。カララがついてるし、なにかあっても転移魔法が使えるようになったから」
「そうなんですね。なんだか、皆さんとは久しぶりで、何を話したらいいのやら」
「別に気を使う必要はないさ」
「はい……」
南へ向かうほどに、青々とした森が広がっていった。モエニタより北は荒野で、その先は熱砂の砂漠。だがこのあたりは自然豊かで、いろんな食べ物がとれるようだった。いよいよ今まで行った事の無い南の地域へと入り、時おり飛んで来る魔獣をシャーミリアが駆除しながら進んでいく。
するとシャーミリアから念話が繋がった。
《都市が見えます》
《了解》
「都市があるようだ。念のため、町の状況を確認して進むぞ」
「「「は!」」」
「ヘリは目立つから、離れたところで降ろしてくれ」
「分かりました。ラウル様」
エミルほどではないが、マリアの操縦の腕前は一流になってきている。全く不安も無く、ティラのサポートもあり安定した飛行を見せていた。ヘリが着陸し、俺がヘリを下りるとシャーミリアがやってくる。
「ご苦労」
「はい、ご主人様。このあたりは、だいぶ魔獣が多いようでございます」
「みたいだな。それだけ、食料も豊富って事だ」
「はい」
そして俺はヘリの仲間に告げる。
「ルフラはマリアの護衛で残れ。ティラはヘリ周辺の警戒に当たり、おかしなものを発見したらすぐにここから離れるんだ」
「「「はい!」」」
俺はいつもの如く、シャーミリアとファントムとカオス、アナミスとカララとケイシーを載せる、迷彩塗装の87式偵察警戒車を召喚した。シャーミリアとファントムが、天井にのり不測の事態に対応する。
「じゃ、行くぞ」
「「「は!」」」
《ハイ》
《……》
なるほど、カオスはまだ返事をすることが出来ないらしい。ファントムも最初はそうだった。
一応道らしきものがあり、馬車が通ったようなわだちがある。そこを87式偵察警戒車が走り始め、先にある街を目指した。その街に敵の何かが潜んでいるようであれば、速やかに戻り部隊を連れてこよう。
「デメールや死神や雷神がいた痕跡とかも、残ってるといいんだけど」
ケイシーが答える。
「そういえば、いなくなってしまったんですってね」
「そう。自分探しの旅にいっちゃったから」
「自分探し……という事は、分体を探す旅という事ですか?」
「そうらしいよ。俺の仲間達はそれぞれ、自分で判断して俺と居るけど、他の神々は分体の意思を尊重したいらしくてね。神々がこちらの手にあると、たかを括っていた俺が間違ってた感じかな」
「神々も、次の世代に託したいという事ですね」
「俺の勝手な都合で止めていたんだって事を、痛感したよ」
87式偵察警戒車が森を抜けて草原に出ると、向こうに町の影が見えてきた。もはやこのあたりは、俺達にとっては未知の土地なので、何が待ち受けているのか分からない。
すると不意にケイシーが言う。
「あの! トラメル・ハルムート辺境伯様はお元気ですかね?」
突然何を言うかと思えば、ユークリット国の辺境伯トラメルの事だった。
「あー、しばらく会ってないね。ユークリット王都にしか戻ってないから」
「そうなんですね……」
「なんかあった?」
「い、いえ! こうしてラウルさんと一緒に出たので思い出しました」
ケイシー神父は何故か顔を赤らめて、俺から目を逸らした。
ん? なんだ?
「気になる事があるとか?」
「いえ。以前三人で、ザンド砂漠をさまよったじゃないですか。あれ以来、お会いして無いなと思って」
「ハルムート領地周辺基地の魔人からは、おかしな報告は入ってないし、平和に暮らしていると思うよ」
「な、ならいいんです」
確かに懐かしい。あの時は、三人が転移魔法で飛ばされて、本当に死ぬ思いをしたのを覚えている。だけどそのおかげで、虹蛇を見つけてグレースに会わせる事ができた。今思えば、敵の策略だというのに、導かれるようにして巡り会ったんだなと思う。
「気になるなら、作戦の後に行って見る?」
「えっ? そんな気軽に行けるものなんですか?」
「今回、ケイシーだって簡単に迎えに行ったろ。転移魔法陣が、あちこちで使えるようになったんだよ」
「なら、ま、まあ。この戦いが終わってからでも」
「そうだな。俺も久しぶりに会ってみたい」
「ですよね!」
ケイシー神父がやたらと嬉しそうだった。そして運転しているアナミスが言う。
「ラウル様。このまま町に行けば目立ちますが?」
「んじゃ、87式偵察警戒車を草原に隠して徒歩で行くぞ」
「「「は!」」」
そして俺達は深い草原に87式偵察警戒車を隠し、草を乗せてカモフラージュした。そのまま街道に出て、ぞろぞろと歩きだす。
俺とケイシー以外は、怪物と怪物に、美人と美人と美人。車を降りたとてめちゃくちゃ目立つ。だが、車で乗り入れてしまうよりかは幾分マシだ。一応は目立つかと思って、全員にフード付きのマントを着せているが、顔が目立つ。
「うーん。全員フードを深くかぶれ」
「「「は!」」」
とりあえず隠した。ケイシーも見習ったようにするが、俺はケイシーに言う。
「まあそんなにビビるな。いざとなったらどうにでもなる」
「は、はい!」
町に近づくと、その辺りの畑で農作業をしている人影が見えて来る。だが魔獣の襲撃を恐れてか、農作業をしている人たちの側に数名の冒険者らしき奴らがいた。そいつらは、突然現れた俺達をじっと見て警戒しているようだ。まあ、目深にフードをかぶっているので、盗賊に見えない事も無い。
うーん。やばいかな?
と、思っていたら、案の定ぞろぞろとそいつらがやって来る。
「ご主人様。いかがなさいましょう?」
「あー、騒ぎは起こしたくない。いざとなったらアナミスが処理をしてくれ」
「わかりました」
町に向かう道の先に、剣をぶら下げた冒険者達が立ちはだかる。
《シャーミリアは手を出すな》
あらかじめ言っておこう。
《は!》
そして凄むわけでもなく、そいつらの一人が声をかけて来た。
「あんたら、どこに行くんだい?」
どうやら盗賊だとは思っていないらしい。まあ、盗賊は堂々と街になんか来ないし、なんか別のものだと思っているのだろう。
「俺達はモエニタ王都から流れてきた冒険者だ」
「また冒険者か。全員そんなにほっかむりして、なんで顔を隠してるんだい?」
そこで俺が、ぱっとフードを脱ぐ。
「若いな。駆け出しか?」
「まあ、そんなところだ」
「魔獣が結構出ただろう?」
どうやら俺達の力量を探っているらしい。
《シャーミリア。冒険者バッヂを見せろ》
《かしこまりました》
そしてシャーミリアが、スッとミスリル級冒険者のバッジを出す。
「なっ! ミスリル級!」
やっぱり違和感があるか。そこで俺は適当な嘘をつく事にする。いや……半分本当のことだけど。
「俺は貴族の息子なんだ。だから、手練れの冒険者を雇って連れている」
「なるほどねえ。随分変わったいでたちだけど、ミスリル級冒険者ってのは変わっている人が多い」
ピクリ。俺の耳が反応した。相手はミスリル級冒険者と知って、警戒を緩めたようだった。
「この町にミスリル級冒険者がいるのか?」
「ああ。ギルドに顔を出してみるといい、まあいつもいるとは限らないけどな」
「わかった。忠告ありがとう。というか、農作業にも冒険者がついてなきゃいけないのか?」
「最近、魔獣が増えたみたいなんだよ。本当は街になんか近づいてこないんだけど、溢れた細かいのが、ちょこちょこと出るようになったんだ」
「わかった。んじゃ、ギルドに顔を出して見よう」
「ああ」
そして俺達はそこを通り過ぎ、アナミスの出番も無く門に辿り着く。それほど高い市壁ではなく、木製の木を組んで作られたものだった。これでも充分防げる程度の魔獣しか来ないのだろう。
入り口の自警団のような、服装の揃ってない男たちから二人が近寄って来る。
俺が言う。
「冒険者なんだが、町には入れるかい?」
「バッジを見せてくれ」
「ああ」
シャーミリアが白魚のような手でかざすと、自警団の男がゴクリと喉を鳴らした。確かに、彼女ら良いい匂いがするし、良い女ムーブって感じがする。フードからちらりと見える顔も、まあ美しいことぐらいは分かった。ドキドキしちゃうのも仕方ないが、本当の彼女らを知ったら笑えないだろう。
「見ない色のバッジだ」
どうやら冒険者ではないらしい。
「ミスリルだよ」
「そうか! ミスリルかい! ならギルドに行って見るといい」
冒険者と同じことを言われる。何かあるのだろうか?
スムーズに通されて、町の中に入ると想像していたよりも活気に満ち溢れていた。
ケイシー神父が言う。
「案外、景気が良いみたいですね」
「そうだな。モエニタ王都からの商人も途絶えたと思うんだが……」
「市場に行って見ませんか? 情報が取れるかもしれません」
「だな。それに、何か美味そうな匂いもする」
「確かに! 行って見ましょう!」
俺達七人は、町の雑踏に足を踏み入れた。しばらく行くと、露店が並ぶ市場に出る。
「多分、うろついてる奴らは冒険者だな」
「みたいですね」
通りに多くいるのは、冒険者のようだった。そこで俺は、良い匂いをさせている屋台へと歩いて行く。何かを焼いたような香ばしい匂いだったが、どうやらソーセージみたいのが焼かれているようだ。
ケイシーがはしゃいでいる。
「腸詰ですね! いい匂い!」
「んじゃ買おう!」
フランクフルトじゃん! めっちゃいい匂い!
俺も思わずテンションが上がってしまう。どうせ、他の連中は食わないだろうしな。
「こいつを二本くれ」
「あいよ。銅貨六枚だ」
そして俺は懐から銀貨を一枚出して言う。
「釣りはいらないよ」
「こんなに良いのかい?」
「いいよ」
「んじゃ、もう一本付けとくよ」
そして三本のフランクフルトを受け取り、俺は店員に聞いた。
「随分人が多いね。ここは栄えてるのかい?」
「ん? あんたらも冒険者かい?」
「そうだ。今日来たばかりだ」
「そうかいそうかい。もしかして、ダンジョンを聞きつけて来たのかな?」
俺達は顔を見合わせる。
「ダンジョンか?」
「最近見つかったんだよ。そこで、ダンジョン攻略の依頼が出てね、冒険者が集まってるって訳さ」
「なるほどね。最近?」
「そうさね、数週間前くらいかな」
「なるほど……、この腸詰は美味いな」
「ありがとよ! 最近は魔獣も豊富でね、肉には困らないのさ」
「そう言う事か。話を聞かせてくれてありがとな」
「ああ。ゆっくりしていってくれ」
そこを離れて、俺は皆に言った。
「本来は、敵の捜索なんだけどな、どうやらもう別件を見つけてしまったみたいだ」
カララが言う。
「いかがなさいましょう?」
「まあ、ギルドにいってみるか」
「はい」
そうして俺達は、町の真ん中ほどにあるギルドに向かう。やはり活況のようで、周りにも冒険者が大勢ウロウロしていた。だが浅黒い肌の奴が多く、どうやら南から来ている連中のようだ。
そして俺達がギルドに入ると、フードをかぶった異質な集団に視線が一気に集まるのだった。




