第945話 前線の維持と懸念材料
俺はスベイルとモエニタ騎士達から、南方の様子を聞いた。南端の都市レベリオには、大きな港があり漁業も盛んらしい。北のはずれにある我々のグラドラムでは、巨大な魔物が多いため浅瀬での漁に留まっているが、南にはそこそこ大きな船もあるのだとか。そのため南端にある都市レベリオはそこそこ豊かな場所らしい。
「モエニタはかなり広いんだな」
「元は違う国々でしたが、まとまって大きくなりました」
「そうか。ところで火神って聞いたことあるかい?」
「もちろん。我々が信仰している神ですので」
「そうか。見た事ある?」
「か、神様をですか? ありません」
「なるほど」
いきなり火神の情報は取れないようだ。ひとまず俺達は、この都市の統治を彼らに少しずつ移行する。王を任せたハルトと宰相を任せたキリヤは、それを聞いてホッとしているようだ。流石に普通の日本人にこの世界の都市を統治する事など、不可能に近い事だった。
そしてスベイルが言う。
「あの、北からお連れした騎士達をお借りしてもよろしいのですか?」
「ああ。凄く優秀で強いから、役に立つと思うよ。それに俺が言う事を聞くようになってるから、絶対に逆らう事はない」
「素晴らしき統率力でございます」
スベイルが言っているのは、洗脳しまくったバルギウスの騎士達の事である。恐らくモエニタの騎士よりはるかに強く、防衛や魔獣の討伐などは任せて安心だろう。
そしてスベイルが重ねて聞いて来る。
「それに、人ならざるものが多くいるようですが、あれは全てラウル様の配下、という事でお間違いないですね?」
「間違いない。だが、申し訳ない。彼らは、俺の言う事しか聞かない」
「分かりました」
「念のため言っておくと、手を出さないように命令してはいるが、俺の侮辱をしたり仲間を下に見られる事を嫌う奴もいる。下手をすると手にかけてしまうかもしれない。だから、くれぐれも喧嘩などを仕掛けないようにしてもらいたいかな」
「肝に銘じます」
そうして大まかな話は終わった。
俺達は既に、南方へむけてのアブドゥル捕縛計画を立て始めている。もし捕縛できなければ、殺害するだけだが、俺達が知りたいのはアブドゥルの後ろ盾になっている奴の正体だ。
「で、例の物は出来てる?」
「はい」
そう言って、スベイルと騎士達から何枚かの羊皮紙を渡された。それは、騎士達に書いてもらったアブドゥルの似顔絵である。それぞれに絵の上手い下手はあるものの、なんとなく雰囲気は似通っている。
どれも病的な雰囲気が描かれており、まがまがしい目つきが特徴だった。
「ありがとう」
「では。我々は、騎士団を手伝う者を一般市民から集うように動きます。モエニタ市民が大勢、生き残っていたのは幸いでした。これもひとえに、ラウル様達、魔人軍のご尽力の賜物であると思います」
「俺達も、なかなか攻めあぐねてたからね。もっとやりようもあったかもしれない」
「いえ。残った者でやれます。それに大きなお力添えをいただいておりますので」
「じゃ、頑張って」
「「「「「は!」」」」」
スベイル達騎士達はそのまま、市中へと出て行った。そこで俺も部屋を出る。
「じゃ、行くぞ」
「はい、ご主人様」
《ハイ》
《……》
俺の金魚のフンはもう一人増えた。
シャーミリアとファントムとカオスだ。こいつらはまるでRPGのパーティーにように俺について来る。
というか、ギレザムが必ず俺の側に誰かをつけるようにと言い出したのだ。そしれそれはエミル、グレース、アウロラも同じ。神々に付き従うように、直属がくっついている。オージェだけが一人でも大丈夫なので、直属はついていない。
都市はゼクスペルやフェアラートとの戦いで、破壊されたとはいえ、壊れたのは全体の五分の一程度。あちこちに崩れた屋敷や燃えた屋敷があり、そこを必死に直す市民と、手伝うバルギウス兵や一般兵のオークやゴブリンたちの姿がある。
魔人達の助力は凄く大きく、市民達は初めその姿に恐れおののいていたが、今ではその怪力が役に立つと分り、友好的に接する者も出てきているようだった。
だが俺が通ると、どうしても魔人達は畏まり、道のわきに並んで挨拶をしてしまう。
《ギレザム。作業中は挨拶をさせないように徹底させてくれ》
《申し訳ありません。ラウル様、徹底するようにいたします》
《ま、俺はじきに出発するからいいけど。魔人達が、ここの人間達と仲良くできればそれでいいから》
《は。人間を優先するようにと申し付けましょう》
この都市に、魔人を大量に残していく予定なので、仲良くしてもらわないと困る。うちの魔人たちは相手が誰であれ、喧嘩なんかを吹っ掛けられたら殺してしまう可能性が高い。そして、危害を加えてくるようなものがいれば、手を出して構わないと言ってある。そこは普通に、人間達と同じように振舞っていいという事だ。
俺が駐屯地に行くと、モーリス先生と一緒に、ラーズとスラガもいた。
「ラウルよ」
「先生。ここの騎士達が戻って来たので、近隣の魔人軍基地の建設に人員を割きます」
「ふむ。転移魔法陣の設置もせねばならんしのう」
「それが出来れば、もうここは手放しで良いんですけどね」
「ま、魔人達の事じゃ。あっという間に作り上げてしまうじゃろうて」
「そうですね。大型の魔人たちがいっぱい来ましたから」
「うむ」
今や、魔人軍基地は大陸全土に分布されている。
俺が想定しているのは、前世で言う所の米軍基地のような役割である。有事の際に、魔人達が防衛できるように、そして異変を感じ取った時に情報を共有する為だ。
まあ、米軍のように世界四十五の国と地域に、五百四十五カ所も基地があるわけでは無いが、それでもそれぞれの都市に必ず設置するようにしてきた。その為もあり、敵の侵入を許さなくなった。
なぜこんなことをしているのか?
それは、ユークリット王都やサナリアのような悲劇を、二度と起こしなくないからである。どこから攻め込まれても、常に対応できるようにしているのである。幸いにも、魔人は人間と違って、牛や馬のように成長が早い。その為、各地域に知恵のある魔人の隊長や精鋭を置いて、統括させているのだ。
いつしか、世界中の魔人の数はかなり増え、俺の力も格段に高まっているのが分かる。
問題は、さっきギレザムに指示したように、若い魔人は自分で判断して動く事が出来ない。それも当然のことで、生まれてそれほど経っていない奴がいるからである。
精鋭がいるから、統率がとれているが、管理者が居なくなれば人を襲う可能性もある。
「ふう」
「どうしたのじゃ?」
「魔人が。急激に拡大しましたからね、僕の系譜に連なっているうちはいいですけど……」
「ふむ。おぬしに何かあった時か?」
それを聞いたシャーミリアがブンブンと首を振る。
「恐れながら恩師様。ご主人様になにか、などおきません。全て私達が防ぎます。全魔人の命と引き換えにしても、ご主人様は守ります」
それを俺が制する。
「シャーミリア。例えだよ。例えば、俺が消滅などした場合、魔人の統率が取れなくなる」
「それは……」
「何事も絶対はないよ。シャーミリア」
「はい……」
そこでモーリス先生が言う。
「魔人の母君はどうじゃろ? その時が来たら……」
「いえ、ルゼミア母さんは隠居の身です」
「そうか……無理という事じゃな」
「僕に何かあったらオージェやエミルやグレースが、魔人を抑え込めるかどうかも分かりませんし」
「ふむ……。しかし、どうしたのじゃ? ここに来て、もう後戻りはできんじゃろ」
「いや……増える魔人が若すぎるのが心配です。直属の魔人は数百年から数千年生きた者達。ですが、最近増えだしたオークやゴブリンたちは生まれたての者も多い。自分で思考出来ない者もいます。北の大陸にいる魔人達は比較的、成長したものが多いですが、南に広げた基地にはまだ幼い者が多すぎる」
「それは仕方なかろう。成長には時が必要じゃ」
「はい」
そしてモーリス先生が言う。
「そんなに忙しいのなら、ラーズとスラガをわしの側に置かんでも……」
「いえ。それはギレザムが決めた事です」
「何を恐れてのことじゃろ?」
「人間と神です」
「人間と神? 人間が不安ということかの?」
「そうです。ここモエニタでは、我々は歓迎されてません。魔人達はどうという事はないですが、エミルやグレース、アウロラやイオナ母さん、カトリーヌや先生が群衆に襲われたら万が一がある。まあ僕とオージェは全く問題ないですけどね」
「なるほどのう。ここはいって見れば、火神の陣中と言う事だからか」
「そうです。先に進むために、あの騎士達を連れてきましたが、火神の消息がつかめていない以上は、充分注意する必要があるという事です」
モーリス先生が髭を撫でつけながら深く頷いた。
「言う通りじゃな。何が起きるか分からん」
「それに」
「なんじゃ?」
「出て行った神々が、あのままならばいいですが、受体すれば次の者に力ごと移ってしまう。それが僕たちのように仲間同士とは限らないですし、人としての意識を保っているかもわかりません。神々が出て行ったのには、そう言う意図も含まれていますから」
「神が敵に回るかもしれぬという事じゃったな」
「ええ。そして、モエニタの騎士達から、南方の様子を全て聞きました。我々はアブドゥルの捕縛を考えています。その裏に控える黒幕も含め、何とかしないとこれは終わりません」
「ふむ。ま、そう言う事ならば、護衛は甘んじて受けておこう」
「そうしてください。騎士達の話を聞いていて、それほど安全な状態ではないと再確認しました」
「それで、いつ行く?」
「南へは数日中に。モエニタの統治にめどがつき次第出発です」
「うむ」
そしてその部屋に沈黙が下りた。するとモーリス先生がぽつりと言う。
「どうなるじゃろうなあ……」
「僕は、神々の受体先が皆、識者であることを祈りますね」
「そうじゃな」
「それで、先生。これを見てください」
そう言って俺は、スベイル達から書いてもらったアブドゥルの似顔絵を出した。
「これが今のアブドゥルです。これを、ケイシーに見せて確証を取ります」
「おお、似顔絵を描いてもらったのか」
「はい」
これによってケイシーの証言が取れれば、間違いなくアブドゥルは南に逃げたのが確定する。
「ふむ。わしのところに来たという事は」
「まもなく、エミルがケイシー神父を連れてきます。ご一緒にどうですか?」
「そうしようかの」
そんな話をしていると、エミルの操縦するヘリコプターの音が聞こえてくるのだった。