第941話 居なくなった神々と大賢者への隠し事
次の日、なんと三人の神様が居なくなってしまった。
デメールも雷神も死神も、どこを探しても見当たらない。魔人達がモエニタ王都中を探し回ったが、三人の神様は姿を消してしまったのである。
そして、なんと神の置手紙が見つかった。
『私達はただいまより、自分探しの旅に出ます。戦いに明け暮れる日々に、息苦しさを感じていた今日この頃。本当に、自分のやりたいことを見つけたいと思うのでございます。行き先も期間も未定、持ち物は最低限の着替えのみでございます。お友達には、旅に出ることを伝えていません。私達はこの旅で、新しい自分を見つけたいと思っています。追伸、神探しに不公平の無いようにと思っております』
「なんだろ? ふざけてんのかな?」
俺がイオナに聞いてみる。デメールと親しくしていたので、何か知ってるかもしれないと思ってだ。
「おそらく、ふざけていないと思うわ。なんだか戦いについて、ずっと悩みを抱えていたようだし。そもそもラウルたちが、自分達の次の世代を見つけるのは違うかな? みたいな事を言っていたかしら」
「神様も、そんな人間のような感覚を持っていたとは驚きだ」
「器自体は、元何らかの生き物だったからじゃないかしらね。正直な所、母さんにも分からないわよ」
「だよなあ…」
デメール以外は正直なところ読めなかったが、まさかデメールもアンジュを連れて出て行くとは思わなかった。イオナの部屋で話をしていると、ドアがノックされる。
「どうぞ」
するとグレースとオンジが入って来た。そしてグレースが言う。
「あのー。オンジが、ちょっと知ってる事があるみたいで」
「聞きたい」
オンジもこの冒険中に、だいぶお爺ちゃん度が増した気がする。戦いに明け暮れる日々は、御老体にはキツイのかもしれん。
「ラウル様。実は守護者のお家に伝わるお話なのでございます」
「うんうん」
「元より、神は自ら次の器に辿り着くように出来ているのだと、聞いた事があります。ですので他の神の力を借りて、自分の次世代の器に辿り着くのは、違うと感じられたのでしょう。引き寄せられるようにお集まりになったラウル様やグレース様とは違い、強制的に連れて来られたようなものですから」
「確かに。神様なんだから、下々の者がその行動を制限できるものでもないしね」
「はい」
「んじゃ。しょうがないか」
それを聞いてグレースが言う。
「でも。大丈夫なんですかね? まだ見ぬ敵やアブドゥル、そしてデモンなんかに遭遇したらどうなっちゃうんでしょうか?」
「まあそれを心配したところで、勝手に出てったんだから自己責任って事でやってもらうしかないよね。フェアラートが居なくなった今、ある程度自由に動いても良いと判断したんだろうな」
「でしょうねえ」
だが俺は何故か、これが正常な感じがしている。遭遇した次の器であるブリッツは、どちらかと言えば俺達の考え方に傾倒してしまっている。だが本来はそれぞれに考え方があって、神は次の器の考えにのっとって動くのが筋だ。俺達が、強制的に探し出すというのは違うだろうと思う。
「ただ一つ言えることはある」
「なんです?」
「受体して次に会う時は、敵になっている可能性があるって事だ」
「そうか…。そうですよね。僕らと一緒なら、次の体の思考になっちゃいますからね」
「三神はそうでなければならないと考えたんだろう。一応、皆に通達しておかないとなあ」
「ですねえ。一難去ってまた一難ですか」
「仕方ないよ」
結局どうしようも無くなった俺達は、その事を全体に通達し捜索を中止した。いずれにせよ、未知の敵とアブドゥルと火神は探さなきゃならない。やる事に変わりないので、特に新たな指針も無かった。
俺が魔人たちに神々を探す事を止めさせ、次の準備に取り掛かる事にした、そんな時だった。
《ご主人様》
《どうした?》
シャーミリアからの念話がつながる。
《恩師様が、フェアラートの墓はどこだと申しております》
《やっべ。急いで擬似の墓を建てろ》
《既に作っておりました》
《よし!》
俺が慌ててドアを開けると、ファントムと元フェアラートが待っていた。
いけね。コイツの名前を考えないといけなかったんだ。
慌てて廊下を走っていると、シャーミリアがシュッと現れる。
「お手を煩わせ、申し訳ございません」
「仕方ない。それよりもコイツの名前を考えたぞ。そのうち、つっこまれるかもしれんから」
「どのようなお名前に?」
「カオスだ。なんかここまで来るとカオスだよって意味」
「かしこまりました。カオスでございますね」
「そうだ。コイツの性能試験も出来てないし、神様もいなくなったし、やる事が山積みだよ」
「余計な仕事を増やしてしまいました」
「で、フェアラートの墓なんだけど、ちゃんと適当な死体埋めてる?」
「はい。ぬかりなく」
「よし」
そして俺達二人とファントムとカオスが、モーリス先生のところに出向く。モーリス先生は、壊れた王城の修復に勤しんでいるところだった。
「先生」
「おおラウルや」
「もしお時間がおありでしたら、フェアラートの墓にお参りをと思いまして」
「おお! そうかそうか! それでは聖女リシェルにも声がけを」
「わかりました」
そして俺はシャーミリアに聞く。
「リシェルはどこかな?」
「都市に出回って、怪我をしている人を治して回っていると聞いております」
「なるほど。じゃあ連れて来て」
「は!」
気づけばモーリス先生は、元フェアラート…現カオスを見て首をひねっている。
「これは……シャーミリア嬢が作った怪物なんじゃよなあ?」
「あ……そうですね。僕の守護者を増やそうと作ってくれました」
モーリス先生は、カオスをじーっと見ている。
「なんじゃろ?」
モーリス先生が何か言いたそうだ。
「は、はい?」
「なーんか、どこかで見たことがあるような気がするんじゃがのう」
「ははは……気のせいじゃないですか?」
「ふむ。なんというかとても懐かしい感じがしてならんのう」
「気のせいですよ。コイツの名前はカオスと言います。ファントムと同じハイグールという奴で、人の言葉を話す事はありません」
「屍人か……。シャーミリア嬢の力も恐ろしいものじゃ」
「ですよねー」
シュッ。とシャーミリアがリシェルを連れて戻ってきた。高所恐怖症のリシェルは空を飛ばされて、くらくらしている。根回しもしてないから、たぶん強制的に連れてこられたんだと思うけど。
「あー、聖女リシェル。いきなりごめんね」
「は、はいー。なんですか? ここはどこですか?」
「実は今回、亡くなった人らの墓に祈りを捧げてもらいたくて」
「そうですか。わかりました」
そうして俺は、モーリス先生とリシェルをつれて墓地へやって来た。まだ埋葬途中の人らもいて、市民達が埋葬作業をしているところだった。市民達は俺を見た途端に、さささと居なくなってしまう。
そりゃ攻めて来た敵の幹部が来たら、ビビるのは当然だと思う。でもハートは元日本人の青年だから、それはそれで傷ついちゃうかも。アメリカの進駐軍たちも、こんな気持ちだったんだろうか?
聖女リシェルが一緒に来た事で、子供達が走り寄って来た。
「聖女様!」
「あらあら」
リシェルが都市内で治癒しまくったおかげで、彼女のイメージは悪くなさそうだ。そこで俺は自分のイメージアップの為に、アメリカ軍支給のチョコレートを召喚して聖女に言う。
「これはお菓子だ。子供達に配ろう」
「かしこまりました」
聖女の手からチョコレートを受け取り、俺が袋を開けて食べ方を教えると、子供達も食べ始める。
「甘ーい!」
「美味しぃ!」
「もっと頂戴!」
「これは魔法のお菓子だ! 三十日が過ぎると消えちゃうから、その前に食べるんだぞ!」
「「「はーい」」」
そして俺は、もっと米軍チョコレートを召喚して配る。するとそれを持って子供達が散っていった。
「多少の腹の足しにはなるが、三十日が過ぎると消えちゃうんだよな」
ようやくシャーミリアが墓を指さした。
「これがあの男の墓です。祈りはファントムとカオスに影響がありますので、私奴たちは離れます」
「ああ」
シャーミリアは二体を連れて墓を出て行った。そしてモーリス先生は墓の前に膝をつき、帽子を取って胸に掲げる。それを見て聖女リシェルが、祈りをささげ始めた。するとモーリス先生の目に光るものが見えた。
フェアラートのお墓の前で泣かないでください…そこにフェアラートはいません…眠ってなんかいません。ハイグールに、ハイグールになって私の側にたたずんでいます。と、あるメロディーが俺の頭の中を流れていく。
「成仏しておくれ…フェアラート」
ああ…成仏はしていないんですぅ。
するとリシェルが言った。
「他のお墓にも祈りを捧げて参りますわ」
「うむ」
ひとつひとつの墓に祈りを捧げていると、市民達がぞろぞろと戻って来る。自分の知り合いが祈られているのを見て、歩み寄る気になったみたいだ。
そこでリシェルが言う。
「ああ、親愛なるなる神よ、私はあなたの僕。敵も味方も、全ての魂が、あなたの御許で安らぎを得ることを願います」
その神々のせいで、こんな悲劇が起きちゃってるんだけどね。
そしてモーリス先生が言う。
「もう一度フェアラートに挨拶をして行こう」
ドキ! そこにはいません。眠ってなんかいません。
とりあえずモーリス先生と一緒に祈りを捧げ、俺達が墓を出るとシャーミリアとファントムとカオスが待っていた。だけどモーリス先生がまた、元フェアラートであるカオスを見て言う。
「しかし……なーんか、どこかであったような気がするんじゃがのう」
「気のせいです。そ、それよりも神々も居なくなりましたし、次の作戦に移らないといけません。さあとっとと、戦いを終わらせましょう」
「うむ。そうじゃな」
それからモーリス先生と別れ、俺は急いでシャーミリアとファントムとカオスをつれて、王都の外の荒れ地にやって来た。
「いやあ。バレそうだったな」
「申し訳ございませんご主人様。思慮が足りておりませんでした」
「まあ仕方ない。コイツを試験するとしようか? 転移魔法が使えるハイグールなんて、使い方が無限にありすぎてワクワクすんだけど。でも、あれかなあ…転移魔法を使ったらバレるかなあ」
「いかがでしょうか……」
「まあ。俺も分かんないや」
「それでは。完全に使役させるために、ご主人様の…その…お血を拝借してもよろしいでしょうか?」
「お手を拝借みたいな?」
「はい?」
「いやいや。こっちの話、んじゃナイフ召喚すっかね」
「恐れ入ります」
そしてコンバットナイフを召喚し、俺は自分の手先を傷つける。するとシャーミリアがハアハア言い出した。そう言えば俺の血に対しては、狂ってしまうんだったっけ。ヴァンパイアなんだもんな。
「あ、先にコイツか」
「はい」
ズボッとシャーミリアがカオスの体に穴を開ける。そして俺はそこに血を垂らした手を突っ込んだ。
ズグズグと血を吸われ、シャーミリアがカオスを蹴飛ばした。
「いつまで吸ってるんだい! 消滅させられたいのか!」
「えーっと。シャーミリアもアーン」
「ああう…はい…」
シャーミリアが犬のようになり、口をあんぐりと開けている。俺がそこに血を垂らしこむと、シャーミリアは恍惚の表情を浮かべて血を飲むのだった。