第940話 神の採決
モエニタ王城の焼け残った部屋。
俺、オージェ、エミル、グレース、アウロラ、デメール、雷神、死神、ブリッツが席に座り、この後どうするべきかの話し合いをしている。
アウロラが急にそうするべきだと言って、神々たちが集まったのだ。
デメールが言った。
「うちはわざわざ、火神を追い詰めなくてもいいと思うがねえ」
すると雷神も死神も頷いている。だが俺が言う。
「なんで?」
「むしろ、どうして追い詰める必要があるんだい? 北大陸の出来事については、これで決着がついたんじゃないのかい?」
「いや。フェアラートをけしかけた奴がいるし、デモンを使ってあちこちをめちゃくちゃにしたアブドゥルも見つかっていない。そいつらを放って帰る事は出来ないよ。そのついでに火神にも会って、話しておく必要あるだろ」
「そのうち、解決するんじゃないかと思うけどねえ」
どうやらあまり生きていない俺達と、一万年をすごして来た神々には、考え方に大きな隔たりがあるようだ。それは彼らが、生に対しての執着がない事があげられる。俺やオージェ達の寿命がどうなるかは知らんが、俺達が守ろうとしている人間達には百年足らずの時間しかない。彼らや彼らの子供達が生きているうちに、また大量虐殺なんぞあったらたまったもんじゃない。
そこで俺はデメールに言った。
「そう言う考えだから、オウルベアが絶滅寸前に追いやられたんじゃないのか?」
「それは…そうかもしれない。でもそれは豊穣神である、ウチの定めなんじゃないのかねえ」
「俺は自分で戦って切り開きたいね」
「そもそも、神々が自ら戦い始めたのは、あんたらが初めてさね。うちらの時代は子らが戦った事こそあれ、神々が出張って戦うなんてしてこなかった」
そこでオージェが言う。
「デメール様。それは恐らく、我々の前世に関係している事なんですよ。同じ世界の同じ国から来た我々は、同じ価値観の下でこうして戦っている。まだ神になってから日も浅いせいか、人間としての記憶が強すぎて、そう言う考えにはなれないんです」
それにブリッツがつけたした。
「僕は違う国から来ましたが、基本はやはりオージェさんと同じ考えですね。自分達の住む場所が蹂躙されたまま、黙っている訳にはいかないというのは理解ができる」
雷神がつまらなそうに言う。
「チンケな考え方やで。わしらが言っているのは、神々が戦こうても意味がないと言うとるんよ。子らが戦う分には仕方ない事でも、その親である神々が口を挟む事じゃないんやで?」
死神も雷神が言う言葉にうなずいた。
「そうですなあ! 吾輩もおばちゃんと同じ考えであるからして」
「誰がおばちゃんやねん! 骨のおっさん!」
「骨はいいですが、おっさんは聞き捨てならないですなあ」
そこ?
そしてエミルが言う。
「とにかく、生き物と神たちの関係はそれでいい。問題はデモンじゃないかな? 元は人間に呼び出された強いデモンが、あちこちで人間達を蹂躙した。それをしていると目されるのはアブドゥル。そいつを始末しないと、また同じことが繰り返されると思う」
「それは…せやなあ」
グレースが手を挙げた。
「僕が思うに、デモンと神は敵対しなければならない存在では? 神々が守るべき人間を、無条件で殺していく訳ですから、エミルさんと同じように、デモンを召喚するのを止めさせるべきだと思います」
そこで最後にアウロラが言う。
「それについては、神が一同に会しての話し合いを提言します!」
「十神を集めての会議かいな?」
「はい! それで次の一万年を決めるべきかと思います!」
それを聞いてデメール、雷神、死神の雰囲気が変わった。そして死神が言う。
「決裁者として吾輩は問う! セレスティアル・アービトレーションを開催する必要があると思う者」
俺が聞いた。
「なにそれ、セレスティアル・あーど、あーび、なに?」
「セレスティアル・アービトレーション 十神が集っての天界調停ですなあ」
「天界調停?」
「そのとおり。十神が集まって、取り決めを行う会議です」
「どうすればいいの?」
「まずは、吾輩と豊穣神と雷神が受体をせねばなりませんなあ。またブリッツが火神なのか破壊神なのかも分からないです。新しい十神が集まって、未来の決め事をするのですなあ」
デメールと雷神が、やれやれと言う顔をする。
だが…なんだろう? 俺の心の奥底でも、それはしなくちゃならないような気がしてならない。
するとオージェが言う。
「アウロラちゃん。どうしてそう思ったのかな?」
「わかりません。勝手に心がそう思いました」
「不思議なもんで、実は俺も必要かなと思ってしまった」
そこで死神が言う。
「では、セレスティアル・アービトレーションを開催するのに賛成の神は?」
俺、オージェ、エミル、グレース、アウロラが手を挙げる。
「ウチらにはそれを決める権限がないさね」
「そやねん。新しい神の決める事やねん」
だがブリッツが手を挙げた。
「僕が神を受体する器であるとするならば、僕は賛成しますどうですか?」
すると死神が言った。
「では過半数越えで決済としましょう。新しい神々の面々は、我々の次の器を見つけてください」
「ウチはもう終わりでも良かったんだけどねえ」
「わしもや」
だが死神が首を振る。
「新しい世代が決めた事です。吾輩らはそれに従うまででしょう」
「しかたないねえ」
「けったいやなあ」
俺が聞いた。
「新しい神を集めたら、セレスティアル・アービトレーションがなされると思って良いんだな?」
「いいもなにも、既に次の世代が決める事。吾輩たちは、それに否という事は出来ません」
「じゃあ、そう言う事にしよう」
すると囲んでいるテーブルの上に、死神が何かを書き始める。実際に書いてはいないようだが、指でなぞるようにしてすらすらと書いていった。次の瞬間テーブルの表面が輝きだし、俺達はまるで宇宙空間のような場所にいた。
「皆さん。テーブルに手を」
全員がテーブルに手を着くと、俺達の体に何かが流れ込んでくるようだった。気づけばまた元の部屋に戻っていて、俺達はテーブルを囲んで座っている。だが、まだみんなが薄っすらと輝いている。
俺が言う。
「今の…俺だけが見た訳じゃないよなあ」
そして死神が言った。
「これで、吾輩たちの次の器である者も、残りの二神も全てが気が付きました。おのずと引き寄せられ、決済はセレスティアル・アービトレーションによって決まるでしょう。ねえ、アトム神」
死神はアウロラに話しかけている。
アウロラが分かるわけねえだろが! と思っていたがアウロラが答える。
「はい。必ずや神託となって我々に答えをもたらすでしょう」
そしてグレースが言う。
「古いものを止め新しきを作らねばならないです」
今度はエミルが話を始めた。
「その知恵を集結し、新たな知恵の実を子らに授けるとき」
「ど、どうしたどうした? みんな」
だがダメ押しでオージェが言う。
「それらを守るのが我の使命」
「オージェまで」
なぜか皆が俺を見つめているが、別に何も言う事はない。
すると雷神が言った。
「なんじゃい! 魔人の奴はまだ覚醒しとらんのかい!」
俺が慌ててしまう。
「ど、どういうこと?」
「今ので自分の使命がわかったはずやねん!」
「使命とか言われても……」
やっばっ! なんか俺だけ置いてけぼりになってしまった! なんとなく仲間達も、分かったような顔をしているんですが!
だがそこで助け船が出る。
「ラウルさん。僕もなんのことか」
そう言ったのはブリッツだった。受体していないブリッツにも、今の話が何か分からないようだ
そこでアウロラが俺に優しく言ってくれる。
「今はそれでいい。きっと何か役割があるのだわ」
うう…幼い妹から諭されるように言われるのは堪える。だが分からないんだから仕方がない。
「とにかく、神の器と残りの神を探すってので良いんだよね?」
「まあそう言うことよ」
何か分からないが、俺とブリッツにだけ分からない何かがあったようだ。いきなり、達観したようなまなざしで俺達を見ている。
次第に皆を包む灯りが収まってきて、元の通りになった。
「アウロラ。俺の役割ってなんだ?」
「えっ? 何の事?」
「いや、そう言ってたから」
「私、そんな事言った?」
「ああ、オージェは、守らねばならないとかなんとか言ってたし」
「俺は、そんな事言ってないぞ」
光が収まった途端に、皆が元通りになってしまったようだ。だが皆はやるべき事が分かっているといった様子で、俺だけが取り残された感はある。
「ま、やる事は決まったし。まずは火神探しかね? 次の器たちを探さないとだし」
「どちらもです」
「わかった」
会議が終わると、アウロラが俺においでおいでしている。
「お兄ちゃん。ちょっと」
「ああ」
部屋を出ると、ファントムとフェアラートの成れの果てが俺について来る。俺はアウロラに連れられて、壊れずに残っている部屋に入る。
「話がまとまって良かったぁ」
「どういうこと?」
「あのままだと、新旧の神で割れてたと思う」
「あー、何かそんな感じあったね」
「多分。そうなるともっと大変なことになってたと思う」
「そうなの?」
「神託だけど、世界が二分されてたかも」
「うっそ」
「はっきりとは言えないけど。強制的に集めて良かった」
なるほど。アウロラには何らかの神託が見えてて、それに基づいてさっきの会議を開いたらしい。
「先にそう言ってくれれば良かったのに?」
「結託してはダメなのよ」
「そうなんだ…。なんかお兄ちゃんだけ取り残された気分なんだけど」
「そんな事は無いと思う。きっと、それにはそれなりの理由があると思うから」
「そっか。分かった。まあ決まった事をやっていくだけだな」
「これで、良いはず」
アウロラに言われて、なんとなく良かったような気はしている。そしてとアウロラがイオナのところに戻ると、イオナとカトリーヌが聞いて来る。マリアは二人の身の回りの世話をしていた。
「ラウル。お話合いは終わったかしら?」
「ああ、母さん終わったよ」
「そう。それでどうなったのかしら?」
「新しい神様が全部集まって、話し合いをすることになった」
「そうなのね……」
「どうかした?」
「ううん。この戦いは、いつ終わるのかしら?」
そうだよなあ…こんな事にいつまでも、つきあわせて申し訳無い。
「母さん達だけでも、ユークリットに帰そうかとも考えているよ」
「アウロラは?」
「ごめんね、お母さん。私は帰らないわ」
「なら私も一緒にいるわ」
そしてカトリーヌも言う。
「私もラウル様のお側に居ます」
やっぱり時間をかけすぎた。神々の感覚でやっていたら、彼女らの人生が終わってしまう。
そしてイオナが俺の後ろに立っている、ファントムじゃなくフェアラートの成れの果てを見て言う。
「なんか…それ。会った事あるような感覚するのよねぇ」
「な、ないない! これは新しい仲間だから」
「そう……」
微妙な雰囲気になりながらも、俺はさっさとフェアラートの成れの果てに、名前を付けないとなあと思うのだった。