第939話 永遠の幸せをあげる
この国が崩壊しないように、俺達はモエニタ王都の防衛体制をしっかりと整える。王都以外の地域はまだ日常通りだろうが、王都が機能を停止させれば国中が混乱するだろう。まずは応急的な処置をして、じきに昔大量に洗脳したバルギウスの兵士をここに連れて来る予定だ。
それよりも俺達はフェアラートの負の遺産である、アーティファクトに変えられた途中の子供達のところに来ていた。あちこちに機械につながり、ピクピクして苦しい表情の子供達がぶら下がっている。モーリス先生に、この子らを確認してもらい対応策を聞く。
だが……モーリス先生からはいい答えは出なかった。
「ラウルよ…こうなってしまっては戻しようがない」
半分アーティファクトに繋がれたような子供達を見て、モーリス先生が眉を顰める。
「無理ですか……」
「むしろアーティファクトに繋がっているうちは、こうやって命をつなぎとめておるじゃろうが、外せば死んでしまうじゃろうな。体をもぎ取られるようなものじゃから、この状態では動かす事もできん」
「エリクサーをかけてはどうでしょう?」
「……恐らくは、精神が死ぬじゃろうな」
「欠損部分を戻せるのにですか?」
「この状態では欠損したことになっておらん。エリクサーをかければ、精神が死んでしまうじゃろう」
「精神が?」
「この状態で安定しているのに戻したら、過酷な実験と魔法の施術を思い出すじゃろうて」
「そんなにひどい思いをするのですか?」
「戻せば間違いなく植物人間じゃ」
どうしようもねえじゃねえか。改めてこの非道な実験に腹が立ってくる。この地下にいる半分人間達は、いずれにせよ植物人間のような状態だ。エリクサーをかけると、完全な植物人間になるらしい。
そこにギレザムが、アーティファクトの中にいたビトーを連れて来た。
「ラウル様。ビトーを連れてまいりました」
「ご苦労さん。ビトー、こんなところに連れて来て申し訳ないね。いやだったろう?」
するとビトーは首を振る。
「ううん」
「君はここに居たんだよな」
「うん」
「なんで君はこういう改造をされなかったんだい?」
ビトーは悲しそうな顔で言う。
「皆の声が聞こえるから」
「皆の声が聞こえる?」
「そう」
「話せるってことか」
ビトーはコクリと頷く。どうやらアーティファクトと話が出来る為に、改造される事無くアーティファクト戦車のブレーンとして中に収められていたらしい。
そしてビトーは悲しそうに言う。
「今も皆の声が聞こえて来る」
「ここにいる子らの?」
「そう」
「なんて言ってるんだ?」
「……」
ビトーは更に悲しそうな顔をした。少しして重い口を開く。
「お母さんに……会いたいって言ってる」
「……そうか」
「この子は、離れ離れになった妹を心配している」
「妹を……」
俺が悲痛な面持ちになると、ビトーが言う。
「やめるね? ラウルさん苦しそう」
「お前……優しすぎるな」
ビトーはニッコリ笑う。
そこで俺はビトーに言う。
「なあ、ビトー、全員の話が聞きたい。一人一人の話を全て俺に教えてくれ。心置きないように、話したいことを全部聞いて欲しい」
「わかった」
そしてビトーは俺を連れ、一人のアーティファクトの前に行く。その子は体の胸くらいまでしかなく、下に黒い鉄の箱があり繋がっているだけの状態だ。
「この子は、親が死んでおばあちゃんに育てられたんだって、だけどそのおばあちゃんが死んで孤児になってここに連れて来られた。だからお婆ちゃんのお墓に花を持って行ってほしいって」
「そうか。あとしてほしい事は?」
「……最後に美味しいものが食べたかったけど、それは無理だから我慢するって」
「……そうか」
そして次の子に移る。この子は目深に兜をかぶっていて、体中にパイプが突き刺さっている状態だ。
「この子は、妹とはぐれちゃったんだって。メーナって言うんだけど、もしまだ生きてたら。お姉ちゃんは大好きだったよって伝えてほしいって」
「メーナか、わかった。あとは?」
「……ふふっ。この子は最後に青空の下で日向ぼっこがしたいって」
「わかった」
それから俺とビトーは、一人一人のアーティファクトの話をしっかりと聞いて行く。アーティファクトにされた子らは、ぴくぴくと動くばっかりだったが、なんとこの状態で精神を保っていた。
こんな地獄はない。まだ正気じゃない方がどれだけマシだったろう。自分達がもう助からない事を知ってても、まだ残した家族や兄弟の事を思っている。
モーリス先生も帽子で顔を隠していた。
全ての半アーティファクトの子らに話を聞いて回り、それぞれが自分の思い出を語ってくれた。ビトーは既に涙にまみれており、どうやら俺の視界も曇っている。
そして最後にビトーが言った。
「ラウルさん……」
「ああ」
「みんなが言ってるんだ」
「なんて?」
「もう疲れたって、ゆっくり眠らせてほしいんだって。自分達はもう戻らない事を知ってるから、仲間を助けてくれたラウルさんの手でこれを終わらせてほしいって」
「……そう言ってるのか?」
ビトーがコクリと頷いた。
そして俺は念話を繋げる。
《アナミス! すぐに来い!》
《はい》
アナミスが地上から俺の元にやって来た。そして俺が泣いているのを見て、そばに寄り添って来た。
「ラウル様! お気持ち大丈夫でございますか? 緩和いたしましょうか?」
「いや、俺はどうでもいい。とにかくアナミスにはお願いがあるんだ」
「はい」
「ここにいる子らは、それぞれに思いがあるんだよ。俺はそのひとつひとつを聞いたんだ」
「それは…お辛いことでございました」
「俺の辛さなんて大したことじゃない。それよりも、ここにいる子らの想いをかなえてあげたいんだ」
「かしこまりました」
俺は最初の子のところに行って、アナミスに告げた。
「この子の思い出と夢をかなえて欲しい」
「仰せのままに」
アナミスから赤紫の靄が現れて、そのアーティファクトに繋がれたピクピクしている子供を包んだ。
「お婆ちゃん、そして両親に会わせてやってくれ」
「はい」
するとアーティファクトに繋がれた子は、ぴくぴくと動くのをやめ、心なしが柔らかい表情になる。
アナミスを連れて次の子に移る。
「この子は妹を心配しているんだ。両親のもとでメーナという妹と共に幸せな暮らしをさせてくれ」
「はい」
そしてまた同じような現象が起きた。ピクピクして苦しそうな表情が和らいだのだ。それからも次々に子供たちの願いを叶え、一番幸せだったころの思い出と、ないはずの未来を見させる。
その事で、半アーティファクトの子らの表情が和らいでいくのだった。
全てが終わって俺はビトーに言う。
「終わらせた。これでもう悲しい思いはしない」
「ありがとう! ラウルさん! ありがとう! みんなが幸せになった! ありがとう!」
そして俺は魔人達に念話を繋ぐ。
《総員! この地下アーティファクト工場を未来永劫封鎖する! 誰も入れないようにする必要がある! この子らはこれからずっとここで生きていくんだ! 教会を取り潰し誰も入れないようにする》
《《《《《《《《《《《《は!》》》》》》》》》》》》》》
そして俺はビトーに言った。
「彼らはこれからずっと幸せだ。もう苦しい思いはしなくてもいい」
「……うん」
そして俺はモーリス先生のところに行く。
「先生……」
「なんじゃ?」
「これでよかったでしょうか? この子達はこれで救われたのでしょうか?」
「うむ。救われた。ここで命尽きるまで幸せな思いをしていられる。お主は彼らの辛いものを全て消し去って、幸せな記憶や思い出を見させてやっているのだ。アナミス嬢がおらねば、ここの子らはただ辛い思いをして消え去るしかなかったじゃろう」
「そうですよね。…こうするしか思いつかなかったです」
「最善策じゃ」
「ここはまもなく魔人達の手で塞がれます。出ましょう」
「うむ」
俺とモーリス先生、ギレザムに連れられたビトー、そしてアナミスがこの研究所を出た。入り口をバシンと締めて、地上へと昇っていく。ゴーレムが入り口を押さえていて、俺はそこで待っていたグレースに言った。
「ゴーレムをこの階段に詰め込んで、下に誰も行けないようにしてくれ」
「わかりました」
グレースはまたゴーレムを出して、階段に突っ込んでいくように指示を出す。すると次々にゴーレムが詰まって地下への階段は塞がった。俺達が外に出ると、巨大化したスラガが居た。
「スラガ! この忌まわしい教会を壊せ!」
「はい」
ズーン! ズーン! と教会を殴りつけていく。あっという間に建屋が壊れて行った。
皆が集まっているところに行くと、俺の表情を見て皆が黙った。俺の心は系譜によって皆に繋がっているから、俺の想いが伝わっているのだ。
オージェが俺の肩に手をかけて言う。
「とっとと終わらせちまおう。これ以上心を痛めるような事が無いように」
「だな。フェアラートをそそのかした野郎と火神とアブドゥル。これが同一人物でないのはなんとなくわかって来た。恐らくは別々に存在していて、そいつらの思惑は一つじゃないだろう。そいつらを見つけてまずは何をすべきか、それを俺達も模索していくしかない」
「そうか……そうだな。まあ、俺はとにかくお前についてく」
するとエミルとグレースも言う。
「そうだ。ラウル、お前がリーダーなんだからな」
「そうですよ」
リーダーか。なんか久しぶりに聞いたな。無邪気にこの四人でサバゲをやっていたのが、どれだけ幸せだったか分かる。
俺が干渉に浸っていると、シャーミリアから念話が繋がった。
《ご主人様! まあまあの出来栄えのものが完成しました!》
意気揚々とした声だった。俺の沈んだ気持が明るいシャーミリアの声に…なぜか慰められなかった。
何だ……? ざわざわする。
とにかく俺はシャーミリアがいる場所に向かった。彼女がいたのは、ある空き家の地下室だった。
「お、マキーナもいるのか」
「は!」
「シャーミリア。最高傑作とは?」
するとシャーミリアがニッコリと笑って、部屋の中心にある布で覆われた物を指さす。
「こちらにございます! かなりお役に立つ事、間違いなしでございます!」
「そっか。それでそれはいったいなんだ?」
バッッサァァァァ! と布が取り払われる。
するとそこには痩せてつぎはぎだらけの…ファントムみたいな何かがいた。
「えっと、ハイグールだよね?」
「左様でございます! 何と! 魔法が使えるのでございます!」
そう言ってシャーミリアが、痩せたファントムに言う。
「ほら! さっさとおし! ご主人様がいらっしゃってるんだよ!」
痩せたファントムがコクリと頷いて、手を前にあげて魔法を発動した。
本当だ…魔法を使うんだな。
だがその後が問題で、俺達は次の瞬間、地上にいた。
「えっと、転移魔法?」
「左様でございます!」
シャーミリアがめっちゃ嬉しそうだ。俺は恐る恐るそのハイグールの事を聞いてみる。
「これって…もしかしたらフェアラート?」
「はーい!」
ああ…モーリス先生に何て言ったらいいんだ。幸いにもフェアラートには見えないが、転移魔法を使うという事で怪しむんじゃないだろうか? だが俺もシャーミリアにダメだと言っていなかったし、なんとなく俺が悪いような気がしてきた。
そこで俺はシャーミリアに言った。
「よくやったシャーミリア! 流石は右腕! だがコイツがフェアラートだとは誰にも言うな!」
「はい…。あ…みぎ…うで? …ああ…はあはあ」
ペタン! とシャーミリアはダメな人になった。
いずれにせよ俺は凄い能力のハイグールを手に入れ、何か大切なものを無くした気がした。