第936話 明らかになる過去の因縁
フェアラートは最終防衛の為に、城の地下で巨大蜘蛛型重機アーティファクトを作っていた。俺達がモエニタ王都に進軍して来たのに対し、デモナードへ転移魔法で飛ばしてやる作戦が空振りに終わり、にっちもさっちもいかなくなって出して来たらしい。ゼクスペルも居なくなった今、恐らくはこれが最後の砦なのだろう。
「まあ…詰みなんだろうけどな」
だがこいつを早く始末しないと、モエニタ王都は壊滅してしまう。俺達が生まれた国とは縁もゆかりも無い国とはいえ、一般市民が大量に死ぬのは避けたい。バーニアで飛ぶ俺が上空から見下ろし、コイツの弱点を探っていた。
「遠距離攻撃は無し。ゼクスペルがいないからどうにもなんないか」
《ご主人様》
マキーナだった。
《なんだ》
《エミル様が、恩師様をお連れしました》
《えっ?》
俺が離脱し急いで北へ飛ぶと、エミルのヘリがこちらに飛んで来ていた。周りにはマキーナとアナミスとルピアが飛んでおり、俺はエミルのヘリの前に出てハッチを開けるように指示をする。内側からハッチが開かれると、そこにモーリス先生たちがいた。その後ろには母さんとカトリーヌ、ミーシャとアウロラまで居る。
そのままハッチに取りつき、先生に話しかける。
「先生! どうしました?」
「フェアラートが暴れておるようじゃのう」
「はい。へんてこなアーティファクトを操っています」
「ラウルも難儀しておるようじゃし、ここは一肌脱がんといけんと思うての」
「だいぶ危険ですけど」
「ゼクスペルをやっつけたのじゃろ?」
「はい」
「ならば、わしを連れて行くのじゃ。恐らくフェアラートの根底はわしらが原因になっておる」
どういう事かは分からないが、いままで先生の言う事は当たっている。だがあんな所に連れて行って大丈夫なのだろうか?
すると後ろからアウロラが言った。
「お兄ちゃん! これは天啓なの! 連れて行って!」
先生の思いつきというわけでは無いようだ。
「エミル! 王都の中央付近にデカい重機のようなのがある。そいつがフェアラートだ、危なくなったらすぐに離脱しろ」
「了解」
そして俺はヘリと共に、モエニタ王都に舞い戻った。巨大蜘蛛型重機アーティファクトの被害は甚大で、王都の中心から横に逸れて住宅が列をなして潰れている。魔人達とオージェが妨害をしているようだが、その進撃を停められないでいるようだ。
そしてヘリが上空に差し掛かり、モーリス先生が言った。
「あんなものを、こさえおって。いったい幾つの命をつかったのじゃ」
苦い表情で見ている。
「先生! どうしますか?」
「拡声器をおくれ」
俺は拡声器を召喚してモーリス先生に渡した。エミルが空中にヘリを固定し、開いたハッチから何かを言うようだ。
「あー、久しいのう。フェアラートよ」
すると巨大蜘蛛型重機アーティファクトが、ぴたりと止まる。どうやらモーリス先生の声だと認識しているようだ。とりあえず答えは無いので、そのままモーリス先生が話しかけた。
「随分と大層な物をこさえたようじゃな。じゃがその技術は使ってはならんものじゃ、お主もそれを分かっておろう。そしてこれ以上の破壊は無意味じゃ、ここまで来ればもうお前は挽回できん」
だが突然巨大蜘蛛型重機アーティファクトが動き出し、ハサミで地面をくりぬきヘリに投げて来た。
ガシッ!
だが、あっさりとシャーミリアが受け止める。
それを見てモーリス先生が言う。
「わしには、強い教え子がたくさんおる。のう、フェアラートよ。お前の手は、もうわしには届かん。これ以上の破壊行動を止めるのじゃ、潔く終わりにせい」
ゆっくりと区切るように、丁寧に語りかけている。
すると巨大蜘蛛型重機アーティファクトの足が、ニューッと伸びて高く高く上がって来た。だがヘリに到達する事は無く、次の瞬間てっぺんの平らな所から何かが出てくる。それはガラス張りのフードで、中にフェアラートの上半身が出ていた。
「おお。顔を見せてくれるのか」
だがフェアラートが言った。
「今更遅いのだよ。お前が悪いのだ」
「それはすまなんだ。わしは一体何をしたのかのう?」
「分からないのか?」
「すまん。最近年をとってしもうて、物忘れがひどいのじゃよ」
するとモーリス先生の後ろから、イオナが言った。
「先生。あの人を私は覚えています」
「そうじゃろ。同じ時に、学校にいたからのう」
するとフェアラートが言った。
「その声は……」
イオナがひょこっと顔を出して、拡声器を借りて言った。
「私はあなたを知っています」
「……」
「あなたはとても優秀な魔法使い。本当に才能あふれる魔法使いだと、先生がいつも言ってました」
「……」
なんだ? フェアラートの様子がおかしいぞ。何かキョトンとした顔で、イオナを凝視している。
「そんなあなたが何故このような事を?」
「イオナ・ナスタリア…」
「その名前で呼ばれるのは久しぶりだわ」
その瞬間フェアラートの顔が歪んだ。そして表情を変えてイオナに言う。
「なぜです。イオナさん」
「はい?」
「なぜ、あんな野蛮な騎士の元へ嫁いだのですか?」
「私の主人を悪く言うのは、止めていただきたいわ」
イオナがそう言った途端、フェアラートは俯きブツブツと何かを言った。
「……そが…」
「えっ。聞こえませんハッキリ言ってください」
「クソが! 私の気持ちなど、どうでも良かったのだろうが!」
「おっしゃってる意味が」
なんか変な事になって来た。フェアラートの気持ちってなに? 一体過去になにがあった?
「クックックッ! アーッハッハッハッハッ! お前の旦那が、自分の所の騎士を助けてくれって言った時の顔。あれは最高だったなあ!」
「なんですって!」
「憎たらしいあの国を滅ぼせたのは、俺の最高の誇りだよ!」
だがそこでモーリス先生が冷静に言う。
「滅ぼしたのであるから、お主の目的は達成したのであろう? なぜ、まだあがき続けておる?」
「だまれジジイ! お前のような恵まれた奴に私の気持ちなどわからん!」
「いや、お主の考え方さえ変えておったら、恐らくはわしを超えておったじゃろ」
「なっ……」
「魔法の才はわしなどより上じゃった。ただ、ちいとばかし焦りすぎたのじゃ。わしとお主ではどれだけ経験の違いがあると思うておる? 短期間で追いつけるような修練を積んではおらぬのじゃ」
「……」
「まあ…いまさらじゃな」
「くそ! くそくそくそ! お前がもっと私を上手く導いてくれていたら! もっと優秀な魔導士になっていたら! イオナは! イオナは私に振り向いたのだ!」
するとモーリス先生は、ふうっとため息をついて言う。
「やはりそうなんじゃな…」
「なんだ!」
「お主の気持ちを知っとったよ。その焦りは、思い人であるイオナの為であったのだろう?」
「……」
「イオナはグラム・フォレストに嫁いだ。それがそれほど気に食わなかったのか?」
フェアラートの口から血が出ている。よっぽど悔しいようで、唇が嚙み切れてしまったらしい。
「そうだ! なのに訳の分からない子供まで作って! そいつごと殺ろうと思ったら、逃げやがった! それになんだ! そいつが戻ってきたと思ったら、恐ろしい力を秘めていやがった! 途中まで私の計画は完ぺきだったのだ! それが訳の分からない魔人連中が出て来て、全てを台無しにした!」
「ふむ。なるほどのう…」
だがイオナがフェアラートに言う。
「私は死ぬまでグラム・フォレストの妻。そしてラウル・フォレストの母よ、あなたが邪魔だったグラムは私にとって、自分の命よりも大切な人だったのよ!」
「ふはははは! 知らんなあ!」
《ご主人様。今が絶好の機会かと、話に夢中になっている間にとどめを》
《だな。コイツは俺の父親を殺した奴らしい。これ以上無駄口を叩かせる必要は無いな》
アーティファクト兵を殺したやり方で、俺は既に攻略方法を思いついていた。このデカい図体はミサイルもはねのけるほど頑丈だが、アーティファクト兵同様に内部はそれほど強固ではないだろう。
俺がとどめを刺そうと動き出した時、モーリス先生が小さい声で止める。
「待ってくれラウルよ」
「えっ?」
「もう少しだけでええ」
「わかりました。ですが僕の堪忍袋もそろそろです」
「わかっておる」
そしてモーリス先生は、また拡声器をフェアラートに向ける。
「だが、そのすべてはお主の一存だけでやったのではあるまい」
「……」
「どうじゃ?」
「そうだ…だったらなんだというのだ!」
「死ぬ前に、お前の話を聞いてやろうと言っておるのだ」
「死ぬ? 笑わせるな! やって見ろ!」
「本当か? 恐らくは一瞬じゃぞ」
「……だまれ……。私の魔装機は完璧だ」
「そのような張りぼて、どうにもならんわ」
「うるさい…」
「フェアラートよ。お主にももう、分かっておるのじゃろう?」
「……」
「言うてみい」
するとフェアラートはモーリス先生を睨んで言った。
「そうだ。私は教えてもらったのだ」
「誰に? なにを?」
「異世界の人間にだ。あの者は私に言った! あなたほど優秀な方が、負けっぱなしで良いのですかと!」
「それになんと答えたのじゃ?」
「私はまだ未熟! だが時間をかけて高みに登ってみせると!」
「そう、それでよかったのじゃ…」
「だが! 時間をかけているうちに、あの女は取られるぞと言ったのだ! そして案の定、その女は人の物になってしまった! あの異世界の者の言う事は正しかった! だがあやつは挽回できると言ったのだ! 欲するものは力で取り返せると!」
「その者の名を聞きたい」
「……」
「教えてくれぬか?」
「…わ、分からない。あれ? あいつの名? あれ?」
「たわけめ。魔法で記憶を抜かれてしまっておるではないか。お前ほどの才のある男が…」
「私は…私はぁ!!」
そしてモーリス先生が俺に目配せをする。やれって事だ。
シュッ! と俺はそこを飛び去る。
《シャーミリア。ヘリは絶対に墜とさせるなよ》
《かしこまりました》
そして俺はその反対側に周りこんで、一気に巨大蜘蛛型重機アーティファクトの胴体に飛びついて手を触れる。
親父の敵だ。
ズゥゥゥン!
巨大蜘蛛型重機アーティファクトは次の瞬間、真ん丸の風船のようになった。そして胴体のあちこちから煙を噴き出し、その体がゆっくりと倒れて来る。俺は巨大蜘蛛型重機アーティファクトの中で、デイジーカッターを爆発させたのだった。
《みんなで都市に倒れるのを止めろ!》
カララが糸で巻いた巨大蜘蛛型重機アーティファクトを、魔人達が引っ張りシャーミリアとマキーナ、アナミス、ルピアが飛びついた。その下にはオージェが率いる魔人部隊が待ち構え、グレースがゴーレムを大量に出していた。
加速がついていたが、それは空中で斜めに止まった。これが倒れていたら、モエニタ王都は更に壊滅的な被害を被っていただろう。
するとエミルが無線で行って来る。
「ラウル! チヌークにワイヤーでつないでみんなで運ぼう」
「わかった」
チヌークから下がったワイヤーを、壊れた巨大蜘蛛型重機アーティファクトに絡めずるずると引っ張りようにして、王都の壁の外に出す事が出来た。
《放して良いぞ!》
ズッズゥゥゥゥン!
巨大蜘蛛型重機アーティファクトが倒れると、大きな土煙をあげてその大きな体を崩壊させていく。するとそのてっぺんにあったガラスが外れ、フェアラートがずるずると這いずっていたのだった。