第932話 子供らの救出と悪魔の所業
エミル部隊はすぐにやって来た。フェアラートが逃げ、ゼクスペルを倒したことで制空権が確保された為である。敵の攻撃を受ける事の無い空を、自由に出来るようになったのはかなり大きい。それは俺達が、この王都をほぼ占拠出来たも同然だからだ。ここまでかなり手こずっていた王都攻略だが、フェアラートの奥の手を封じ込めた事で一気に形勢逆転した。
だがここに来て、フェアラートがやっていたクソみたいな研究に俺は腹を立てている。体を改造された子供たちが大量にいて、その子らをどうしたらいいのか見当がつかないのだ。ひとまず魔人達が檻を破壊し、捕らえられていた無事な子供達を外に出した。アナミスが警戒を解くように軽く催眠をかけて、やっと出て来たのである。だがその心の傷は深いらしく、あまり俺達には近づいてこない。
「もう大丈夫だよ」
見た目が一番かわいいグレースやティラが子供らに声をかけている。俺達が声をかけるより、子供達が言う事を聞くからだ。地下の研究所には、大量のアーティファクトがありそれらは不気味に沈黙している。俺達がどうすべきか分からないのは、アーティファクトにされかけの研究途中の子供達である。
するとあたりを捜索していたカララが言う。
「ラウル様。更に奥に何らかの施設があるようです」
「わかった」
俺がカララに連れられて行くと、そこに鉄の扉がある。だが取っ手とかは無く、どうやって開けたらいいか分からない。それを見てグレースが言う。
「自動ドアっぽいですね」
「もしかしたらこれもアーティファクトかな?」
「かもしれませんね」
すると、やって来たエミルが言う。
「この研究所の状況を見る限り、碌な場所じゃなさそうだけどな」
「確かにそうだな。カララ、中はどんな部屋だ?」
「作りは…台所のような作りですが」
「台所か。って事は、この子らの飯でも準備していた部屋なのかな?」
「どうでしょう?」
「開けてみるか?」
するとエミルが俺に言う。
「まず入る前に、向こうに何があるのが見てみよう。危険なものがあったら不味い」
「そうしてくれ」
エミルからぽわぽわと精霊が生まれ、数個の光の玉が鉄の扉を通ろうとした。だがドアの前に留まり、なかなか中に入って行かない。
「怯えているようだ…」
「精霊が?」
「ああ。入って行かない」
するとカララが言う。
「向こう側に生き物や敵はいないようですが…」
「どういうことだ?」
途端にその扉の向こうを見るのが恐ろしくなってきた。精霊が怯えるというには、何らかの意味があるからだ。俺の側にシャーミリアが来て言う。
「ご主人様。よろしければ、私奴が確認をいたします」
「そうしてもらうか。ファントム! この扉を外せ」
《ハイ》
ファントムが、その鉄の扉に指をめり込ませた。そのまま、ググッ! と引っ張ると鉄の扉がひしゃげ、まるで悲鳴のような破壊音が聞こえて来る。
キヒィィィィィィ
思わず耳を塞ぎたくなるような音だった。
「やっぱりアーティファクトだ。ファントムが手こずっている」
「はやくおし! ウスノロ!」
ファントムが更に力を込めると、その扉は蛇腹のようになり入るスペースが出来た。そこからすり抜けるようにして、シャーミリアが内部に入り込む。
《ご主人様》
《何があった》
《恐らくは、子供達の食事を用意していた場所かと思われます》
《台所か? なんで台所なんかに精霊たちは怯えていた?》
《ご気分が悪くなるかもしれません》
《言ってみろ》
《子供達に食べさせていた物が原因です》
《食べさせていた物? なんだ?》
《恐れ入りながら申し上げます。それは…子供です》
《なんだと…》
《そして恐らくはファントムが破壊した扉もアーティファクト。その扉がこの中身を見せないように守っていたようです》
《だから精霊が入りたがらなかったのか…》
胸糞悪すぎる。この檻の子らに食わせていたのか、アーティファクトに変えられた子供に食わせていたのかは分からないが、なんと子供に子供を食わせていたのである。そのあまりにもの凄惨な事実に、俺は言葉を失って呆然としてしまった。
「どうしたラウル?」
「ここは…燃やした方が良いかもしれない」
「そんなにひどいのか?」
「ああエミル。知らない方が良いよ」
「そうなのか?」
「ああ」
そしてシャーミリアが扉の隙間から抜け出して来た。もちろん彼女らの食べ物を考えると、それほど具合の悪いものじゃないだろうが、シャーミリアは俺を気遣って言うのをためらったのだ。最初に出会った頃の人を人とも思わない所業から考えると、かなり俺寄りの考え方になっているのだと分る。
俺達はそこを後にし、出て来た子供達に尋ねる。
「君らはここで何をするのか知ってたかい?」
皆がふるふると首を振った。だけど少女が言う。
「檻から出て行った子は、もう帰ってこなかった」
「そうか…」
どうするか? ここから地上に出るには、あの研究室を通らねばならない。この子らはその実情を知らないでいるようだが、あんな光景を見せてしまうと発狂しかねない。
するとアナミスが俺に言う。
「眠らせましょう。担いでいくしかありません」
「そうするか…」
そこで俺はエミルとグレースを集めて聞いてみる。
「アーティファクト実験に使われた子らは治療したら治るかな?」
「精神は崩壊しているみたいだ」
「体が治れば治りませんかね?」
「治すと言っても、欠損しているというより合成されてしまっている。時間が経ちすぎていて、エリクサーで元に戻るかどうか分からん」
「「うーん…」」
二人が考え込んでしまう。
「モーリス先生なら何か知ってるかな?」
「知っている可能性はあるんじゃないか?」
「ならここを保存して、先生を呼んで来るって言うのも手だな。それにはこの王都を完全に陥落させなきゃならないがな。こんな敵地のど真ん中に先生を連れてくる事は出来ない」
グレースが言う。
「陥落まで、もう少しじゃないですかね?」
「いや。どんな敵が残っているのか分からん。アブドゥルとやらもまだ見ていない」
「確かにそうですね」
「都市の状態を探ってから、魔人の一般兵を入れるしかない」
するとギレザムが言う。
「人海戦術で王都の各所を占拠し、一気に本丸に攻め込むという訳ですね?」
「そうだ。とにかくこの都市を隅々まで見たわけでは無いし、火神の存在も確認していない。魔人軍で都市を占拠してしまうのが一番だろう」
「「「「「「は!」」」」」」
「まずは無事な、この子らを連れ出そう」
「かしこまりました」
そしてアナミスが部屋中に、赤紫の煙を充満させ子供を眠らせた。ゴーグがオオカミ形態になり、皆でその背中に子供達を乗せていく。あとは他の魔人たちが両手に抱えて、研究室を通り過ぎていった。
「まるで嗚咽だ…」
「泣いているんでしょうか?」
そう言うとシャーミリアが言う。
「苦しいようです。痛いのか辛いのかは分かりませんが、とにかく苦しくて仕方がないようです」
「そうか…この状態は辛いんだな…」
複雑な気持ちだった。助けられるならば助けてやりたいが、今の俺達にはどうする事も出来ない。いろんな部品をくっつけられ、体を二つに割られて、または二つの体をくっつけられて嗚咽を漏らしている。こんな状態の人間を目にするのは初めての事で、どうしたらいいのか見当もつかない。
「ごめんな…。ごめん、今はどうする事も出来ない。ごめんよ」
俺は一人一人に声をかけて、その研究所を後にするのだった。研究所の入り口のゴーレムを見てグレースが、開けっ放しにしておくと何かが入り込むといけない言う。
「いったん閉じよう」
「わかりました」
ガラガラと音をたてて入り口が締まる。そして教会の入り口から出ていくと、オージェが龍から人間に戻っていた。ラーズ達も集まってきて、子供達をゴーグから降ろし始める。ラーズはユークリットでモーリス先生と一緒に居た期間が長く、どちらかというと人間が好きなほうで、その子供達を見て悲しそうな顔をしている。
「ひどく疲れているようです」
「ああ。酷いありさまだった」
「そうですか…可哀想に」
そしてオージェが言う。
「全員助けられたのか?」
俺は首を横に振った。
「ダメだった」
「どういうことだ?」
「動かせる状態じゃない子らがいっぱいいたんだ。まずは助け出せる子らを優先して連れて来た」
「…そうか…」
そして俺はエミルを呼ぶ。
「エミル」
「ああ」
「輸送ヘリを召喚するから、この子供らをモーリス先生たちがいる安全な場所まで連れて行ってくれないか?」
「もちろんだ」
「マキーナ、ルピア、アナミスはヘリの護衛をしてくれ」
「「「は!」」」
「カナデはヘリに乗って、眠っているこの子らを見てくれるか?」
「わかりました…」
そしてマリアが聞いて来る。
「ラウル様。私は…」
「…俺の側に居てくれ」
マリアが不思議そうな顔で、俺と仲間達を見るがシャーミリアがうんと頷いている。
「わかりました。おそばにおります」
「ありがとう」
「ヘリを召喚できる場所まで行こう」
広場にやって来て俺がチヌークヘリを召喚すると、魔人達が子供達を後部ハッチから乗せていく。眠っている子供らを椅子に座らせて、シートベルトをかけてやっている。彼らも壊れ物を扱うように、丁重に子供らの体を固定していた。
「じゃエミル! ケイナ! カナデ! 頼む!」
「了解」
「「はい」」
「みんな! エミルのヘリが無事に飛び立てるように、周辺の屋根に上って警戒してくれ」
「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」」
シュババババ!
魔人達は一斉に周囲に散って行った。
魔人たちに見守られれる中を、子供達を乗せたチヌークヘリが飛び立ち、M240中機関銃を装備したマキーナとルピアとアナミスも一緒に飛んだ。ヘリコプターは攻撃を受ける事も無く、王都の北の空へと消えていく。そこで俺は俺の前に並んだオージェとグレース、そして部下達に向かって言った。
「到底許せるものではない。フェアラートは必ず殺す」
「了解」
「わかりました」
「「「「「「「「は!」」」」」」」」
まだあちこちで火が立ち上っており、ゼクスペルと鎧ムカデが暴れた爪痕が残っていた。その辺りに焼死体が転がっていて、アーティファクト兵の残骸も散らばっている。
「いったい…何がしたいんだか…」
オージェが言う。
「狂人の部類なんだろう」
「人じゃないよ。奴は、魔人よりも冷酷だ」
「めちゃくちゃ力を込めた一発を、その顔面に叩き込んでやりたい」
「はは…残骸も残らんだろうけどな」
そして俺達は街の中心部にそびえたつ城を見る。
「まずは城に行くか…」
「だな」
俺達はやるせない気持ちで、都市の中心に向かい進軍を始めるのだった。