第926話 デモン世界の伯爵がめんどかった
俺は見知らぬデモンを前に考え込む。
今まで地上で遭遇したデモンは話など聞かず、接触すれば無条件で俺達を攻撃してきたが、とりあえず目の前の奴は紳士的に話をしてくるようだ。フェアラートからいきなりこんなところに飛ばされたから、どいつもこいつも無条件で攻撃して来るもんだと思ってた。
そしてこいつは、言う事を聞いて欲しくば契約しろって言ってくる。って事は、今まで地上で出会ったデモンがいきなり攻撃を仕掛けて来てたのは、俺達を攻撃するように誰かと契約していたって事か。
てなことを知ったところで、デモンなんて悪魔みたいな奴と契約したら碌な事にはならん。とは言え、このデモナードから向こうの世界に帰る為に何とかしなきゃいけない。
うーん…。悩む。
例えば契約スルスル詐欺みたいな感じで、ここを乗り切る事は出来ないのだろうか?
いや…たぶん。人間の世界のように契約書を交わすわけではないよな? たぶん契約したら最後、何か大事なものを差し出さなきゃいけなくなるような気がする。例えば魂とか。
とりあえず知ってる知識で、適当な事を言ってみよう。
「あー。生贄とかいる?」
「ふん。どこでそれを用意するというのだ? 見る限り数人しかいないではないか 」
「いやあ…さっきまで数十人の人間も一緒に居たんだけどね、どっか行っちゃった」
「ならば連れて来い」
俺がシャーミリアに聞く。
《あのー、シャーミリア。さっきまで居たアーティファクト兵たちが何処に行ったか分かるか?》
《申し訳ございませんご主人様。既にやつら気配は途絶えました》
《うわ。逃がさず、ちゃんと確保しておくんだった。フレイムデモンだらけの土地に、裸で放逐したらそりゃ生き延びる事は難しいか…》
《あー。申し訳ございませんご主人様…我々とデモンの戦いに、巻き込まれた可能性が高いかと思われます》
聞かなきゃよかった。
とりあえずこのデモンは冷静に話が出来るみたいなので、いったん聞いてみよう。
「えーと、人間達は居なくなっちゃったみたい」
「出来ぬのなら言わぬ事だな!」
「ちなみに、あっちの世界に俺達が帰る事は出来るだろうか?」
「契約と共に我があちらに受肉し、貴様らを連れて行けばよい」
「えーっと、生贄以外に何か交渉する手段はある?」
「まあ、いろいろだ。永遠の奴隷になる、残りの寿命をもらうなどもあるな」
どれもダメすぎる。つうか、なんとなくわかって来た。フェアラートは最初から、俺達をこっちの世界に封じ込めようとしたんだ。俺直轄の魔人精鋭部隊は簡単には倒せないし、手っ取り早くこっちの世界に封じ込めてしまえば簡単に無力化できるもんな。
しかし…コイツと契約したところで、向こうの世界に返してくれるとは限らない。デモンなんで信用できない。
「えーと、もっと軽ーい感じの契約ないの? 肩もみ券とか」
「カタモミケン? 何の事か分からん」
「えっと、お前の好きな時に肩をもんでやるって切符を一枚やるよ」
「貴様…馬鹿にしておるな?」
無理か…。じゃあ殺そうかな。
するともう一人の女型デモンが耳打ちをする。その直後ドラキュラ伯爵みたいな奴が俺を睨んだ。
「お前…我を滅ぼそうと考えたか?」
やべ、殺気を放っちゃったか?
「いや? そんな事は考えていないが?」
「デモナードでデモンを欺く事など出来んぞ」
すると、さっきからデモンの話っぷりに、イライラしていたシャーミリアが声を荒げた。めっちゃ威圧的な姿勢になり、デモンを見下すように叫ぶ。
「貴様ぁ! ご主人様に向かってなにを偉そうに! 黙って言う事を聞いておればよいものを!」
「むっ。小娘…我にそのような大言を吐くか!」
「ふん! 消しカスにしてやろう!」
途端に赤い空に黒い雲が流れて来る。もしかしたらこのデモンは気象操作もできるのだろうか? あたりには風が吹き荒れてきて、どうやら目の前の奴の気持ちが気象状況に反映している気がしてきた。
「精神体である我らを滅ぼそうと考えるとはな。フレイムデモンやフライデモンとは訳が違うのだぞ!」
えっ? そうなの? じゃあヤバいじゃん。
「精神体?」
「そうだ! このデモナードでは我々は精神体! 人間世界に行くときは受肉をするが、こちらでは消滅する事などないのだ」
そうなんだ。
《シャーミリア。怒りを抑えろ》
《ですが! ご主人様に対してあのような偉そうな物言いを!》
《いいから》
《申し訳ございません。我を見失うところでございました》
《うん》
そして俺が前に出て、ドラキュラ伯爵みたいな奴に尋ねる。
「お前達を召喚する時に、向こうの世界から生贄にされた人達ってどうなるの?」
「こちらの世界に放たれる。いずれ死に絶えれば、フレイムデモンやフライデモンなどに変り果てるのみ。向こうの人間はこちらで野獣となるだけだ」
うわあ。じゃあ俺達は、人間の成れの果てのバケモノと戦っているのか。
するとシャーミリアが言う。
《恐れ入りますご主人様。ファントムを作る際は、一部その原理を応用しております》
《だからデモナードの事知ってたのか?》
《左様でございます》
ファントムが無尽蔵に人間の死骸を吸い込むのが不思議だったが、なんとなく合点がいく。とにもかくにも、目の前のデモンと絡んでいては埒が明かない気がしてきた。そこで俺が言った。
「えっと、邪魔したね。別をあたる事にするよ」
するとデモンが笑い出す。
「クックックックックッ。このビフロンス伯爵を城から呼び出しておいて、ただで済むと思っているのか? お前達がいる世界はデモナードであるぞ?」
「どうなるの?」
「契約をせぬのであれば、お前達を奴隷にでもしてやろうか!」
どこぞのデー〇ン閣下じゃないんだから…。
「そいつは願い下げだな」
「お前達の意志など関係ないわ!」
そう言ってビフロンス伯爵が、目をカッと赤く輝かせた。
なっ! なんだなんだ! 一体何をした? 魂を吸われた?
「さあ、城で働かせてやる。ついてまいれ」
ん? やだけど?
俺がビフロンス伯爵に言った。
「あー、ちょっと忙しいんだよね。うちら戦争中なもんでさ、君にカマっている暇はないんだよ」
「えっ!」
ビフロンス伯爵が目を見開いて驚いている。なんで驚いているのかさっぱりわからないが、こんな危なそうな奴と関わってたらマズいので、俺達はここを離れる事にする。
「みんな。行こ」
「「「「「は!」」」」」
《ハイ》
くるりと振り向くと、ビフロンス伯爵が俺達を引き留める。
「おい! 待った! 待て待て待て待て! もう一度こちらを見ろ!」
なんだよめんどくせえなあ。
「なに?」
するとビフロンス伯爵が改まって言う。
「お! お前達を我が城で、奴隷として扱ってやる! すぐについてまいれ!」
「いや、だから嫌だって。なあ」
「「「「「はい」」」」」
《ハイ》
俺達の様子を見てビフロンス伯爵が慌て始める。何やら困った事でもあるらしい。更に俺達に近づいて来て、大きな声で言った。
「我が城でぇ! 奴隷として使ってやるからあ! ついてこーい!」
だめだ。危ない奴だ。実力行使もしないで、お願いすれば俺達が奴隷になると思ってるらしい。
「いいって。他あたるから、じゃあな」
「ななななななな!」
「何慌ててんだよ?」
「何故にお前らは魅了が利かんのだぁぁぁぁ!」
なるほど、コイツはシャーミリアやアナミスが使う魅了を俺達に使ってたのか。さっぱり気が付かなかった。
「さてね。とりあえず忙しいからさ。お前もう帰っていいよ」
「待てい! 我はビフロンス伯爵なるぞ! デモンの伯爵なのだぞ! 言う事を聞け!」
「うるさいな」
「い、言う事を聞くまで、未来永劫付きまとうぞ! お前らの精神の奥底から蝕み滅ぼしてやるぞ!」
「あっ? やってみろよ」
「死ねえぇぇぇぇ!」
ビフロンス伯爵が飛びかかって来たので、ファントムのハンマーパンチが炸裂し自動防御した。
ドゴン! バッ!
おお! 見事に飛び散った。
「あなた!」
女型のデモンが飛びついて来たので、俺はAT4ロケットランチャーを召喚してお見舞いする。
バグン! バッ!
四散した。
「じゃあ、行こっか」
「「「「「は!」」」」」
《ハイ》
俺達が城に背を向けて、違う場所に移動しようとした時だった。後ろから声がかかる。
「まてえ!」
うっそ。めっちゃしつこい。
俺達が後ろを振り向くと、黒霧の塊が竜巻のようになっている。それがバッ! と晴れた時、中心にビフロンス伯爵がいた。それから少し遅れて、黒い竜巻が起こり女型のデモンが現れる。
「ほんとだ。死なないんだ」
「そのようでございます」
デモン達が俺らを驚愕の眼差しで見ている。どうやら自分達の力が通じない事と、いきなり消滅されられたことに驚いているようだ。
「き、貴様ら! と、獲り付いてやる! 呪い殺してやるぅぅ!」
「こっわっ!」
するとギレザムが言う。
「ラウル様。ミニガンをお借りしたく」
「いいよ」
俺はM134ミニガンをギレザムに召喚してやった。ギレザムはそれをビフロンス伯爵に向けて撃つ。
キュィィィィィィィ!
ブゥゥゥゥゥゥゥゥ!
弾丸が射出され、さらにギレザムはそれに電気を帯びさせた。
パリパリパリパリ!
その電撃を帯びた火線が、二人のデモンを襲い一瞬で飛び散らせた。しばらくそのまま見ていると、再び黒い竜巻が起きて二人は復活した。
「電撃もダメか…きりないね」
「そのようで」
「しかたないから撒こうかな」
「はい」
ドン! 俺はデイジーカッターを召喚した。
「ファントム。これをぶつけろ」
《はい》
ファントムが七トンのデイジーカッターを持ち上げて、ビフロンス伯爵に向けて投げた。するとビフロンス伯爵がサッとそれを避けて大笑いする。
「うわっはっはっはっはっ! そのようなデカい岩があたるか!」
いやお前じゃないし。
カッ! ズゴォォォォン!
「へっ?」
「はっ?」
デイジーカッターはデモンを通り過ぎて飛んでいき、城を爆破したのだった。そのおかげで城が吹き飛び、キノコ雲がふきあがっている。
《さっ、トンズラしよう》
《《《《《は!》》》》》
《ハイ》
デモン二人が燃え上がる自分の城を眺めている間に、俺達は疾風の如くその場所を立ち去る。高速で移動し急速にその爆心地から離れていくと、だいぶ遅れて声がしてきた。
「まあああああってええええええええ! このおおおおおお!」
デモンがキレた。とにかく俺達はめんどくさいそいつから距離を取るべく、一目散に走り去る。だが突然目の前にビフロンス伯爵とその奥さんが現れる。精神体というだけあって、物理的な移動じゃないらしい。
しかも目の前の二体のデモンは見た目がだいぶ変わっている。細身の紳士だったビフロンス伯爵は目が窪み顔が長くなって、口が耳まで裂けている。女のデモンは角が伸び、下半身毛むくじゃらで上半身裸になっていた。
やべえ。憑りつかれちゃった?
「ゆるさん! ゆるさんぞ! 我らが長い年月をかけて作った城を! よくも!」
やりすぎたかも。
「えっと。ゴメン」
「それで済むかぁぁぁぁ!」
ビフロンス伯爵は口から火を吐き、女型のデモンは手に大きな斧を携えていた。
なにか方法は無いか…。これはこれで非常にマズい気がする。
だが。
いきなり目の前の二人のデモンがしゅぽん! と元に戻る。そしてその視線が、俺達の後ろに向いていた。
「あ、あなた様は…」
二人のデモンが震え出した。突然の事に俺達は意表をつかれ、何が起きているのか分からないでいる。すると唐突に別な所から声がかかった。
「お困りのようでございますね」
俺は焦りながらも、その声の方向を向くのだった。