第924話 召喚の生贄となる
俺達はじりじりとフェアラート包囲網を狭め、護衛のゼクスペル二人に隙が出来るのを注意深く探っている。確かこいつらの名は、フォイヤーとファゴールだったか。とにかく気配に全くの隙が無い。
そんな状況で、広場外からはアーティファクト兵が虫のように飛び込んできており、俺達は囲まれつつあった。早めに一点突破でフェアラートを仕留めたいところだ。
周りの建物の住人は避難しているのだろうか? 多少派手にぶちかましても大丈夫だろうか?
そんな俺の意識を読みギレザムが言う。
《ラウル様。ゼクスペルはむやみに火を放ってきておりません。おそらく理由があります》
《自分のところの都市を焼きたくないだけか、この都市が全滅したら火神の力が削がれるからか》
《強硬突破しますか?》
《だな。すでに俺らの状況を念話で察知して、オージェ隊とグレース隊は強行突入で都市に入り込んだ。ここはさっさと片付けて離脱するのが得策だ》
《は!》
《カララはカーライルを頼む。他全員でかかるぞ》
《《《《《は!》》》》》
ギレザムとの念話は全員に伝わっている。魔人達は俺の合図を待ち、目の前にいるフェアラートを殺すべく集中する。どうやら近距離にフェアラートがいる為か、ゼクスペルは火炎を撃たない気がした。
《よし! フェアラートがそばにいる間は、ゼクスペルの火炎は飛ばない! かかれ!》
《《《《《は!》》》》》
魔人達が一気にフェアラートの首を取るために仕掛けた。ゼクスペルがフェアラートを守るように塞がり、フェアラートは自ら魔人の死角に入り込む。
しかしその時…。
フェアラートがにやりと笑った気がした…。
カッ!
俺達の視界が真っ白になる。
《離脱!》
咄嗟に危険を感じた俺は魔人達に命じる。真っ白になった次の瞬間、俺達は”違う”場所にいた。
「な! 転移?」
どうやらフェアラートは、自分の周辺数十メートルを転移させたらしい。俺は直属の配下ごと、まとめて転移されてしまった。周辺には巻き込まれたアーティファクト兵が居て、中心にも未だにフェアラートとゼクスペルの二人がいる。
だが…それよりも、周辺の景色が異様だった。
《何だ…ここ?》
《モエニタでは無いようです》
《普通じゃないぞ…》
岩肌がそびえたち、ところどころに建物らしきものが建っているように見える。だが異様なのはそこじゃない。あちこちの岩場から火炎が上がり、どう考えてもまともな風景じゃない。空は赤く雲が黒にみえるし、遠くでは雷が何本も落ちているようだ。何よりも周辺におかしな気配がする。
「クックックックッ! どうですか? この風景」
余裕たっぷりにフェアラートが言う。
「どこに飛ばした?」
「さあてね」
なんか非常にマズい感じがする。どう考えても変だ。だがその答えは俺の脇から聞こえた。
「デモナード…」
それを聞いたフェアラートが言う。
「鋭い奴が部下にいるようだ」
そうつぶやいたのは、シャーミリアだった。とにかくフェアラートをつかまえて、どうにかする必要がありそうだ。
そして俺の意識を感じ取った魔人達が動こうとした時、フェアラートが言う。
「私をどうにかしたら戻れませんよ?」
魔人がビタっと止まる。
「どういうことだ…」
「とにかくお前は危険ですね…。ここで生涯を終えるがいい!」
「まて!」
ビシュッ!
フェアラートとゼクスペル二人が消え去る。俺達が飛びかかろうとしたところにはもう誰も居なかった。周辺のアーティファクト兵は置いて行かれたようで、俺達を囲みながらも焦っているようだ。
「なんだここは…」
「我々は飛ばされたのか?」
「ど、どういうことだ!」
どうやら奴らも想定外だったらしい。俺がアーティファクト兵に言う。
「残念だな。お前達は見捨てられたらしいぞ」
「な! 悪魔の言う事など!」
「俺達は悪魔じゃないよ。それよりあんたらは、この状況でどうするつもりなんだ?」
「お! お前達を仕留めれば、フェアラート様は見捨てん!」
「どうかねえ?」
「やれ!」
「ウオオオオオオオオオオ!」
アーティファクト兵が剣を持って一斉にかかって来た。だが俺は仲間達に言う。
「鎧は使えるかもしれん。取り押さえて鹵獲する」
「「「「「は!」」」」」
《ハイ!》
走って来るアーティファクト兵数十名が、突然ぴたりと止まった。
「な、動かん!」
「くそ!」
「どうなっている!」
体が止まっているのはもちろん、カララの蜘蛛の糸のせいだ。フェアラートが消えた後に、既に周囲に張り巡らせていた糸にアーティファクト兵が引っかかったのだ。
「さてと…まずは」
俺は空中で止まっているアーティファクト兵に近づいた。鎧をまじまじと見て、バルムスに言われた事を思い出す。
「んー」
この鎧は無理やり脱がせると、中身の人間ごと剥がれるらしかった。身体と融合するような形になり、脱ぐには制御装置のようなものを解除しなければならないのだ。
「これかな?」
「お、おい! よせ! 触るな!」
制御装置らしきものを見つけたので、ピン止めになっているような器具を引き抜いてみる。すると途端にその兵士がだらりとぶら下がり、鎧からぼたぼたと血が溢れて来た。
「あ、違った。先に鹵獲した鎧とは改良されていて違うんだ」
俺は自爆装置のようなものを引いてしまったのだろう。とりあえずピンを外したことによって、制御装置が外れそうになったのでカパッと取り外す。
バカッ!
アーティファクト鎧がぱっかりと開いた。中の人間は残念ながらザクロのようになってしまっているが、どうやら制御装置には何かカラクリがある。とにかくこんな血だらけで、中に肉が詰まっているようでは鎧としては使えない。
ゴーグが言う。
「うえっ! 気持ちわるっ!」
「すまんゴーグ。こうなると思わなくて」
ギレザムが言う。
「我の剣で切り離しましょう」
「多分それでも使い物にならないよ」
「そうですか…」
そして俺が次の兵士に近づいて行った。
「ヒッ! やめろ! 寄るな! やめてくれ!」
スタスタと近づいて、空中に留まっている兵士に言う。
「外し方を教えないと、ああなっちゃうよ」
「……」
どうやら答える気はないようだ。
「仕方ないな」
俺が制御装置に手を伸ばすと、体をバタバタさせてアーティファクト兵が言う。
「まて! わかった! 言う! やめてくれ!」
「素直じゃないか。じゃあ教えてくれ」
「わかった! だからやめてくれ!」
「いいよ」
そして身動きが取れないアーティファクト兵が言う。
「順番なんだ。外すのには順番がある!」
「順番。なるほど! パズルみたいにしたのか!」
「ぱずる? 何か分からんが、とにかく言うとおりにしてくれ!」
「了解」
「まずは背中だ。背中の首の所に小さな輪がある!」
俺がくるりと後ろに回ってみると、カララが見やすいように兵士を逆さまにした。確かに首の後ろに輪っかのようなものがある。
「あった」
「それを引き抜いてくれ!」
グッと指にはめて、引っ張るとスルスルと抜けて来た。長さ的には尾てい骨のあたりまである、鉄製のワイヤーのようなものだった。
「外したよ」
「次は、さっき触った制御盤だ。そこを体の前にずらしてくれ」
「はいはい」
カララがやりやすいように前に出してくれた。俺はその制御盤を前面に押してみる。少し硬いが、ガチャっと音をたてて前にスライドした。
「ズレたよ」
「そしたらピンを抜いてくれ」
さっき最初に引いてしまったピンを抜く。今度はそれを外しても兵士は死ななかった。ピンを抜くとその下に小さなボタンがあり、赤から青に変わる。
「なんかランプが青に変わったぞ」
「それを押してくれ!」
グッと押すと、ガパン!と鎧が開いて、ドサリと裸のおっさんが落ちて来た。全裸でそれほど体格のいいおっさんじゃない。この鎧に入るには、大きな体ではダメなのかもしれない。
俺はその裸のおっさんに、召喚したコルトガバメントを突き付けて言う。
「おまえ、どっかいけ」
「は?」
「逃がしてやる。どこにでも行け」
「しかし…ここはいったい…」
「知らん。お前らのボスが俺達を連れて来たんだ。お前らも災難だったな」
おっさんはよろよろと立ち上がり、フラフラとそこを離れて行く。
「カララ! 解除の仕方は見たか?」
「はい」
ガパン! ガパン! ガパン! ガパン! ガパン! ガパン! ガパン! ガパン! ガパン!
あちこちで糸に絡められているアーティファクト鎧から、生まれ出るかのように裸のおっさんが落ちて来る。あまりにものシュールな絵に、思わず吹き出しそうになるが黙って見ている。
おっさんらは股間を隠しながら走って行った。
「カララ。一人捕まえろ」
「はい」
裸のおっさんの一人が、足首を糸で釣られてブラーんとぶら下がった。裸のおっさんは股間だけをおさえながら慌てふためいている。
「いやいや。お仲間と一緒でなくて済まないね」
「放してくれ! 頼む!」
「放すよ。ただ教えて欲しい、今度は鎧の着方を」
「それは知らん! 鎧は機械で着せられるんだ!」
「えっ! そうなの!」
「そうだ!」
マジか…。じゃあ着る事は出来ないな。
ドサリと落ちた裸のおっさんは、他の裸のおっさん勢を追って走っていく。
ギレザムが俺に言った。
「バルムスに見てもらいたいところですが、持ち帰る事は叶わなそうです」
「だな。しかし…」
俺は周辺を見て言う。
「シャーミリア! デモナードって何だ?」
「ご主人様。デモンらの世界でございます。確かではございませんが、フェアラートの反応を見てもそのようでございました」
「そうだったな」
とりあえずカララが、アーティファクト鎧を集めて、俺達がその周りに集まる。とにかく現状を打破しなければならないが、ここが何処かもよく分かっていない。
「どう思う?」
するとギレザムが答えた。
「北大陸やファートリア神聖国では、人間を生贄にしてデモンを召喚しておりました。恐らく今回は…我々が生贄にされたのかと思われます」
「つうことは…。俺達の代わりにあっちにデモンが行ってるかもしれない?」
「そうなるかと」
「まあ、あっちにはオージェ達がいるから、何とかなると思うけど…」
「しかし、オージェ様やグレース様の隊が生贄にされないとも限りません」
「あっ! たしかに! やべーな。ていうかまず、俺達がヤバいね」
「戻る方法を考えねばなりません」
だがなぜかシャーミリアだけが嬉しそうにしている。
「どうした? シャーミリア?」
「以前のように、ご主人様と離れる事も無くご一緒させていただきました! 私奴はどこまでもご一緒させていただきます!」
なるほどね。俺がザンド砂漠に飛ばされた時の事を言ってんのな。シャーミリアがこの世界の事を知ってそうなので、もう一度聞いてみる。
「で、デモナードって言うのはどんな感じ?」
「恐れながら申し上げます。あちらの世界と表裏逆のようなものです」
「裏表逆かあ…」
「こちらはデモンが住む世界にて…」
シャーミリアがピクリとして周囲を警戒し始める。
「ご主人様…どうやらデモンが我々に気が付き、監視されているようです」
「来たか」
俺はすぐさま武器を召喚した。全員が俺の召喚した武器を装備し、デモンの襲撃に備える。戦いながら、あっちの世界に帰る事を考えなければならない状況となった。炎が燃え盛る世界で、俺達はまた新たな戦いを強いられる事となってしまったのだった。